42 第2の国の災厄4
リリーは国立アカデミーに入学した。
アカデミーは、共和国の中枢を担う人材を育成するために作られた大学で、法律から政治学、経済まで幅広い分野を学ぶことができた。
優秀な若者が集うアカデミーの中でも、やがて抜きんでる存在になったのが3人だった。
1人目は成績首席で、後に最高執政官になるシャーロッテだった。
2人目は、成績が次席のリリーだった。
3人目は成績はあまりふるわなかったが、弁舌が見事で演説の名手として知られたのゾルゲだった。
ゾルゲは、アカデミーの中で多くの仲間を集め、まだ学生ながら世の中にさまざまなことを訴える演説会をたびたび開いていた。
彼は自分の演説が多くの聴衆の気持ちをつかみ、思いどおりの方向に向かせることを感じ取り絶対の自信を深めていった。
この3人はなぜだか、アカデミーの中でもいつも一緒にいた。
そして、ゾルゲはいつしか、リリーに好意を寄せるようになっていた。
整った顔なのに、いつも少しも化粧をしていないところが好きだった。
お互いに気が合うと思っていた。
ある日、アカデミー中の公園のベンチに呼び出し2人きりで会った。
ゾルゲは大切な話を始めた。
彼はリリーからの答えが、イエス以外にないことを確信していた。
「リリー。今日は伝えたいことがあって来てもらったんだ。担当直入に言うよ。僕と付き合ってほしい。もちろん、アカデミーにいる間は勉強が優先。時々、2人だけで会ってくれるだけでいいんだ。」
「………… 」
「こういう時、」イエスと言うことが恥ずかしいとは思うけれど、思い切って言ってしまえばたいしたことではないよ。」
「………… 」
「深呼吸して、呼吸を整えて、ゆっくりで良いからイエスと言ってみよう。」
「ごめんなさい。」
「えっ。今なんて言ったんだい。」
「ごめんなさい。あなたとは付き合えない。私にとって、あなたは一番受け入れることができない人です。」
「どういうこと。説明してほしいな。」
「私はこの世の中の人々が苦労して毎日生きている現実が好きなの。そして現実に生きている人々を助けたいの。一生懸命に勉強しているのもそのためよ。」
「それは十分にわかるよ。きみの勉強を僕も応援するから。」
「違うの! 私はあなた根本が嫌いなの。あなたの演説は虚飾だわ。現実の中では決して実現しないことをいかにも現実だと見せているだけよ。」
「でもきみは…… シャーロッテと合わせて3人でいる時はいつも楽しそうだったじゃないか。」
「単に私とシャーロッテが2人でいる中に、あなたがからんで来ただけよ。想い出してみて。」
ゾルゲはこれまでの記憶をたどった。
すると、アカデミーに入学してからのことがはっきりと想い出された。
(そうか! そのとおりだ! )
しかし、自信家の彼には屈辱だった。
事実を直接受け止めることができない彼は、攻撃に出た。
「リリー。きみは僕の演説を虚飾だと言ったけど、必ず現実にしてみせるよ。僕のような絶対的な武器を持たない、きみやシャーロッテは現実社会の波の中でウロウロするだけの存在だ。」
(よしよし、もう少し攻撃すればこれは惨めな経験ではなくなる。)
「これから、君とシャーロッテは僕の生涯の敵だ。今後、君達への攻撃を続けるだろう。僕を降った君を必ず破滅させる。最後にして最大の約束だ! 」
ゾルゲは怒り狂って去っていった。
リリーのとっては災難だった。
しかし、事前にゾルゲのことはシャーロッテといつも話していた。
「リリー。ゾルゲは一見私達と気が合うように見えるのだけど、実は全く反対の人ね。自己がとても強い。ああいう人に神は恐ろしい武器を与えてしまったのね。」
「シャーロッテ。どうしよう― この頃、あの人が私を見る視線に特別なものを感じるわ。」
「大丈夫よ。アカデミーを卒業すれば、おのずと違った道を進み疎遠になるから。」
アカデミーを卒業すると、成績が首席と次席のシャーロッテとリリーは共和国の官吏として採用された。
ゾルゲは特に就職せず、政治結社のようなものを作り活動を始めた。
彼の家は遊んでいても全く問題ない国一番の資産家だった。
官吏となったシャーロッテはゲルマ王国の問題点を正面から受け止め、全力を尽くしてそれを解決しようとした。
そんな彼女に周囲や上司達も感銘し、回りが彼女を上の地位を与えていった。
リリーも、特に女性の地位向上、子育てしやすい国づくりにすばらしいアイデアを示した。
数年間が過ぎ、まだ若いにもかかわらず、シャーロッテは最高執政官についた。
そしてリリーは、最高執政官の第一補佐官になった。
すると保守的勢力は彼女達に向かって強い反感を抱いた。
現体制の改革は、保守的勢力が保持している地位や利権を捨てさせることだったからだ。
保守的勢力は、まずリリーをターゲットに、嘘フェイクの不正やスキャンダルを流して攻撃した。
しかし、心の強いリリーはびくともしなかったし、国民の特に女性達から彼女は高い支持を受けていた。
ところが、ある日――――
ゲルマ王国の首都ベルンの中央公園に演説台が設けられた。
弁士が演説台に立ち、見事な演説をし始めた。
「みなさん。うその上に立っている人物に価値があるのでしょうか。たとえば裁判官が実は罪人だったり、小説家が実は全て他人に代筆させていたりしたら、どう思われますか…… 」
「……今日は全く同じ事をお知らせします。私のアカデミー時代の同級生にリリーという女性がおり、今では女性の地位向上のために最高執政官を助ける第一補佐官をしています。」
それから弁士は少し間を作り、口調を強めて言った。
「ところが、彼女の母親は言うのも汚らわしいことですが、女性の最大の武器を使ってお金をかせく娼婦なのです。リリーがアカデミーに入学できたのも、そのお金があったからです。」




