2 公爵令嬢は魔女だった
(え――――――――っ)
クラリスは、目の前に突然現われた数万人の大軍勢にとても驚いた。
そしてその後で、それらの人々が全てひざまずき、アーサー王子を待っていたことに感動した。
(やはり、純粋な心をお持ちの王子様は、こんなにたくさんの人々に尊敬されている。)
王子の大変な苦しみが少し報われているような気がして、彼女はとてもうれしかった。
心がうきうきしていたが、ふと最前列を見た時びっくりした。
ランカスター公爵がひざまずいていた。
(父様! まずいわ。見つかったら、きつくしかられてしまう。)
クラリスは声に出して詠唱した。
「光りの精霊、我を隠せ。」
彼女の姿は透明になり、人間の目には見えなくなった。
そして、とても優しい声でそっとささやいた。
「アーサー王子様。またお会いしましょう。あなたは決して1人ではありません。」
音を立てないように、彼女は背の高い草をくぐり、それから元の道を通り、侍女が待っている場所に帰っていった。
………………
背の高い草むらの中から出て来たアーサー王子に、ランカスター公爵が言った。
「王子様。この草むらの中に入って、お1人になられお休みになることができましたか。戦いの心労で大変お疲れのようでしたが、お体の調子はどうですか。」
「はい。ほんの少しだけ眠ってしまいました。そして、ある方に偶然出会い心をいやしていただきましたので、もう大丈夫です。それは、公爵の御令嬢です。素敵な方ですね。」
アーサー王子は後ろを振り向いたが、既にそこにいるはずの彼女は消えていた。
「あれ。公爵の御令嬢と草むらの花々の中で出会って、ここまで来たのですが。」
彼は不思議そうにしていたが、クラリスの父親の公爵はその理由がわかっていた。
「私の娘は不思議なことができるのです。でも、王子様に気に入っていただき大変光栄です。」
………………
クラリスは透明人間のまま背の高い草をかき分け、侍女のメイの前に出ると魔法を解き姿を現わした。
「メイ。遅くなりました。長い時間、待たせてごめんなさい。」
「いえいえお嬢様。素敵な方と出会われたのですね。一部始終は高い空から見ていました。おめでとうございます。」
「えっ! まさか! 王子様をだまして一瞬の口づけをしたことも見ていたの! 」
「はい。目に何か入ったと、殿方の顔を自分の顔に近づけさせるなんて、古典的な方法でしたね。」
彼女は顔を赤くしながら侍女に言った。
「だって、私が前に読んだことのある恋愛の本に書いてあったから…………」
「お嬢様、すぐにお城に帰りましょう。公爵様はもうすぐ帰還されますから、それより前には帰らないといけません。」
「わかりました。お願い。」
侍女のメイはスラッとした美しい人間の娘だったが、瞬時に大きな鳥の姿になった。
胸が白いムナジロカラスで、クラリスを乗せるとすぐに空に飛び立った。
かなり高い空中を飛んでいて、地上にある物がとても小さく見えた
しかし、彼女は慣れているみたいで、その風景を楽しんでいた。
しばらくしてランカスター公爵の城壁の中に入ったが、居館や塔をはずれた石畳に降りて、すぐにメイは人間の姿に戻った。
石畳の上に丸太小屋が作られており、2人はそこに入った。
そこが、公爵の3女クラリスの居室だった。
普通、公爵の令嬢であれば安全な居館や塔に部屋が与えられるのだが、理由があって彼女はそこに部屋が与えられず、以前、兵士の宿直用に立てられた丸太小屋に住んでいた。
しばらくすると城の中がざわつき始めた。
執事が彼女を呼びに来た。
「クラリス様。父上が御帰還されそうです。至急、居館の大広間においでください。」
「はい。わかりました。今、参ります。」
「お嬢様。最高に着飾って行きませんか。」
侍女のメイがそう提案したが、クラリスは何回も首を振った。
「そこまでしなくてもいいわ。今着ているこの服は、母様が着ていた私が最高に気にいっている服です。母様はこの服を着て、戦争で大変お疲れになっている父様を出迎えて、いやしたのです。」
彼女と侍女はすぐに丸太小屋を出て、巨大な居館に入り大広間の扉を開けて中に入った。
すでに2人の姉、パトリシアとエレノアはそれぞれ多くの侍女を引き連れて大広間にいた。
「あらあら、誰かしら。みずぼらしい黒髪の下女が入ってきたわ。」
長女のパトリシアは、母親違いのクラリスをいつもいじめていた。
「お姉様。私達の妹のクラリスですよ。ただ父上を迎える場に、ぼろ切れのような、みずぼらしい乞食のような服でくる神経を大いに疑いますわ。お姉様がお間違えになるのも当然です。」
次女のエレノアも、長女に同調していじめるのが常だった。
2人の姉の言葉を聞いたとき、侍女のメイは恐い顔をして怒った。
「お嬢様。殺しましょうか。2匹のぶたを殺しても少しも罪になりません。」
エレノアが聞いた。
「クラリス! あなたの侍女が今何か言いましたか! 」
「いいえ、お姉様。お姉様の気のせいでしょう。」
「気のせいではありません。確か2匹のぶたとか! 衛兵! その侍女を連れていき処刑しなさい! 」
公爵の令嬢に命令されて、仕方がなく衛兵は動こうとした。
すると、クラリスの凜とした強い声で立ち止まった。
「私のとても大切なメイに、危害を加えることは絶対に許さない!!! ぶたと呼ばれるのがいやならば、そう言われないように人間らしい心を持ちなさい!!! 」
突然、大広間の中に嵐のような恐るべき突風が吹き始めた。




