18 王子は誘惑される6
食事が終わった後、アーサーは宿の自室で本を読んでいた。
もう、かなり夜が更けていた。
トン、トン
ドアがノックされた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
ドアを開けてララが入って来た。
ララは黒い甲冑をはずし、薄手のドレス姿になっていた。
「王子様。ありがとうございます。内密の相談を受けていただいて…………、実は、私は人間というものに失望してしまったのです。もう、誰も信用できません。」
「わかります。あれほどのひどいことをされれば、そう感じるのもしかたがないと思います。」
「私の気持ちを御理解いただきうれしいです。」
ララはアーサーに目を合わせ始め、さらに続けた。
「美しい心というのは傲慢ごうまんです。偽善者です。この世界に生きている人間で、美しき心が常にある者なんていないと思います。逆に悪しき心は常に人間と共にいます。」
「ララさんの言われることは十分に理解できます。」
「アーサー様。どうでしょうか、美しき心など全否定なさって、悪しき心に目を向けられたらどうでしょうか。」
「そうですね…… たぶん、私の心の中でも、悪しき心が9割、そして、美しき心は多く見積もってみても1割ぐらいだと思います。だけど、美しき心は完全には消えません。」
「大丈夫です。絶対に消すことができます。」
「私はこう考えているのです。人々が生きる毎日を照らすのが美しき心です。美しき心に照らされなければ、人々は毎日生きることができません。」
「…………私は、…………もう、…………悪しき心だけで生きている人間になりました。」
そう言うと、ララは美しい緑の瞳から大粒の涙を流し始めたので、アーサはとても心配した。
「何か美味しい飲み物がないか。宿の料理人に聞いて持ってきますね。」
アーサはあわてて部屋を出て、料理人達が明日に向けて働いている調理場に向かった。
1人になったララは涙を流しながら、ひとりごとを言っていた。
「どうして、こんな運命になってしまったのだろう。でも、あの時は悪しき心に屈し魔王の家臣にならなければ私の命はなかった。そう、悪しき心を守る暗黒騎士ララ! この道が正しいのよ! 」
それからララは決心して、着ていたドレスを脱ぎ捨て一糸まとわぬ姿になってベッドに横たわり、アーサーが部屋に戻るのを待った。
アーサーが調理場に行くと、料理人達はみなラム酒を飲んで談笑していた。
そこにアーサーが入って来たのをみて、みんながびっくりして起立した。
「すいませんでした。みなさんが楽しくおしゃべりしているのを邪魔してしまいましたね。何かおいしい飲み物はないでしょうか。それだけいただければ、すぐに消えます。」
「このような辺境の地であまりおいしい飲み物はありませんが。私達が今飲んでいるラム書は、みんなが唯一おいしいと思っています。少し強いですが。気持ちがハイになれますよ。」
「そうですか。それは興味深いですね。ほんの少しいただけますか。」
「どうぞ、大瓶1本さしあげます。ついでに、一緒に飲むと特別においしいチースもどうぞ。」
「ありがとうございます。」
王子はラム酒とチーズを受け取ると、ララがいる自分の部屋に戻り始めた。
(少し強いけど、これを飲めばララさんの気も晴れるかな。)
アーサーは自分の部屋のドアを開けた。
ドアの音を聞いた瞬間、ララもこれからの成り行きを考えてとても緊張した。
アーサーが驚いた声で言った。
「ららさん。着替えをされたのですか。」
「えっ!!! 」
寸前までララは体に一糸まとわない姿で、アーサーを誘惑して自分に手を出してもらおうと固く決心していた。
しかし、気がつくと今は、とても美しいドレスに包まれていた。
銀色に光り輝く豪華なドレスだった。
「王子様……このドレスは…………裸だったのに? 」
「料理人達から、とてもおいしいラム酒とチーズをいただきました。もう遅いですから、ほんの少しだけいただきませんか。ララさんはアルコールはどうですか? 」
「はい。父がお酒付きで付き合いで飲めましたから、大丈夫です。」
アーサーは2つのグラスを持ってきてラム酒を注いだ。
ラム酒の影響か、ララはほんとうのことを告白し始めた。
「王子様。ほんとうに申し訳ありません。私は暗黒騎士なんです。人間のことが信じられなくなり、最後には美しい心なんて役にたたないと思いました。それに、魔王アスモデウスに命を救われたのです。」
深刻な告白を、アーサーはわざと笑顔を作って平静に聞いた。
「そうでしたか。でも、また変われば良いのではないですか。」
「魔王アスモデウスと契約して、その家臣になりました。変わることはできません。王子様が変えていただけますか? 」
アーサーの顔が突然赤くなった。
その時、バタンと強い勢いでドアが開いた。
黒色の輝く髪で、透き通った海のように青い瞳、神秘的な両目が笑っていた。
彼女は、包み込む体を最大限に際立たせるアクアマリン色のドレスを着ていた。
「こんばんわ。私も混ぜていただけませんか。」
「クラリスさん!!! な、な、なんで―――― 」
「申し訳ありません。アーサー様、お嬢様はもうがまんできなくなってしまったのです。」
侍女のメイが後ろから前に進み出て、おわびをした。
「がまんできなくなったってて???―――― 」
「メイ。説明しないでください。ララ。闇落ちしたあなたを元に戻すことができますよ。私の母は魔王の呪いをとく力がありますから。私が母の所に御案内します。」
「母上は、魔女の国の女王クリスタ様。お願いします。」
それを聞くと、クラリスは詠唱した。
「時の精霊、空間の精霊よ、時空を合わせよ。私と暗黒騎士ララを女王クリスタの元へ。」
言い終えた瞬間、2人の姿はそこから消えた。
残ったメイにアーサーは聞いた。
「クラリスさんは何にがまんできなくなったのですか? 」
「もちろん。アーサー様がララ様の美しさに惑わされてしまいそうだったからですよ。失礼します。」
メイは部屋を出て姿を消した。
「余分なことを言ったわ。お嬢様にまた嫌われてしまう―― 」




