106 恐るべき真実4
アーサーが剣を振った一瞬だった。
ほんのわずかな瞬間だったのに、アーサーはスローモーションのように見ていた。
魔王アスモデウスの姿がだんだん欠けて、やがて全て消えてしまった。
最後に魔王は消えた。
完全にこの異世界から消えてしまった。
それと同時に、美しき心を映す世界と悪しき心を映す世界との境が完全になくなった。
アーサーは魔王アスモデウスがいなくなったことに驚いた。
陣地の方を振り返るとさらに何倍も驚いた。
「クラリスさん!!! 」
クラリスが陣地から出て、アーサーに2、3歩近づいたあたりで倒れていた。
アーサーは急いで駆け寄った。
彼女は目を閉じて、非常に青白い顔をした生気が全く無い顔で倒れていた。
「クラリスさん!!! しっかりしてください!!! 」
アーサーは急いで彼女を抱きかかえ、陣地の中へ急いだ。
途中で、侍女のメイが陣地の中から出て来た。
「メイさん。クラリスさんがこのような状態なのです。ヒール魔法をお願いします。」
メイはクラリスを見て、長年そばにいた侍女らしく、すぐに彼女の状態がわかった。
「お嬢様は巨大な魔術を使われ、オーバーヒートのような状態になっています。それで精神のバランスがとても悪くなり、心の中が大混乱をきたしています。」
「クラリスさんは大丈夫でしょうか。」
「正直申し上げて、私が今までお嬢様を見た中で、最も悪い状態です。魔力が強力な高位の魔女ほど、精神のバランスが最も大切なんです。それがこんなになってしまうなんて―― 」
メイはクラリスにヒール魔術をかけながら絶句していた。
いつも楽観的なメイの様子が悲観しているのを見て、アーサーはことの重大さに気づかされた。
やがて、ザラも陣地から出て来た。
そして倒れているクラリスを見ると仰天した。
「お姉様。なんでこんなに巨大な魔力を使ったのですか。しかも、ほんとうに短時間に空間を変えてしまうくらいの大魔術を発動したのですね。いったい、どうして? 」
悪いときには悪いことが重なる。
魔物の大軍が、2つの世界を越えて美しき世界に進軍してきた。
美しき心の世界に異常な重力がかかり、さらに魔族達の咆哮ほうこうがあふれた。
アーサーの心は大変乱れていたが、英雄の義務を果たさなければならなかった。
彼は戦いに無理矢理集中した。
美しき心を映す世界に侵入した大量の魔族は、エルフが放つ矢の雨の中で数を減らしていた。
さらに矢の雨を抜けた魔族達は、陣地に侵入しようとして回りの聖水の池の落ちて浄化された。
しかし、体が強い上級魔族達は陣地の中にまで侵入しようとした。
アーサー、メイナード、シン、ララは最前線に立ち、その上級魔族達と対峙していた。
シンが連れてきた暗殺集団は、その後ろで4人の補助に回っていた。
最強の4人ががんばり、なんとか魔族の勢いを食い止めていた。
「ここは、どこだ? 転移させられたのか。まずは位置を正確につかむことが必要だな。」
魔王アスモデウスはアーサーとの戦いの場から、はるかに遠い異次元の空間に転移していた。
「無限大の距離、無限大の次元を飛んでいるな。」
魔王は転移した世界を調べるため、歩き始めた。
そこ、は物体もなく生物もいない無の世界だった。
魔王が歩いても歩いても、周辺の景色は全く変わらなかった。
――――
ところが、しばらく歩くと遠くに何かが見え始めた。
そして近づくと、それは人だった。
「美しき心を映す世界の守護者!!! クラリス!!! 」
クラリスはぼおっとして、意識がしっかりしていないようだった。
魔王は全てを理解した。
「そうか。あの瞬間。英雄アーサーの剣が私に向かって振られた時、転移魔法をかけてこの遠い空間の私を飛ばしたのだな。すると、これはクラリスの精神体か。しかし、魔力がほとんど無い。」
魔王アスモデウスは、自分に残っていた魔力の一部をクラリスに分けた。
すると、クラリスの意識は戻ったようだった。
そばに魔王がいることに少し驚いたようだったが、やがて平常心に戻った。
「魔王アスモデウス。アーサー王子様と戦っていた美しき心を映す世界から、この空間に転移したのですね。すると、もうアーサー様が勝ち、魔王に変わることはないのですね。」
「なるほど。魔女は、10の災厄が最後にどのように防がれるのか知っていたのか。」
「はい。私は真実に至る魔女を継ぐ者です。アーサー王子様があなたに勝って、最後にはどうなるのか、未来を見ることができました。
《《魔王に勝った英雄が魔王を継ぐということを》》。」
「それほど英雄アーサーを愛しているのだな。悪しき心を映す守護者である魔王になると、美しき心を映す世界の守護者である魔女とは宿敵になってしまうからな。」
「世界が2人を宿敵にしてしまうと、2人の心は変わらなくてはなりません。相手を自分とは正反対の存在として憎んでしまうようになるのでしょう。」
「それで、私をここに飛ばしたのだな。しかし、英雄が魔王に勝てない場合は、魔族が勝つ。人間は全て滅びるのだぞ。さらに最後には、魔王が不在の魔族も滅びてしまう。それを選んだのか? 」
「‥‥‥‥ 」
「美しき心を映す世界と悪しき心を映す世界、人間と魔族との間の関係を決めてきた変わることのない法則だ。それを今になって壊してしまうのか? 」
「‥‥‥‥ 」
クラリスの顔は最大限に悲しそうになった。
その顔を見た瞬間、魔王アスモデウスは思った。
(かわいそうに。まだ、20歳にもなっていないのに究極の決断をして。それに比べると、何も知らないで過ごしたエマは幸せな方だったということか。助けてあげるか―― )
「美しき心を映す世界の守護者クラリス。このままで良いのか。英雄アーサーが宿敵になり、永遠に憎み合う最悪の未来を避けたとしても、その未来はすぐ終わってしまう。」
「‥‥‥‥ 」
「やがて真実に至る魔女になるクラリスよ。未来は限りない可能性あり、最高の未来をつかむことは必ずできる。よく考えなさい。どういう道が続いているのか、必ずわかる。よく見なさい。」
「はい。ありがとうございました。」
クラリスの青い瞳の魔眼が強い光を放った。
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