2話 『虚無』との強制契約と、逃げた看守への『強制接続』
さて、戻ったらどう報告するべきか?
問題児に、敵戦車から拾った謎の少女……言い訳のまとめ方が見つからない。
「トレスさん。おかしいことに気が付きませんか?」
「おかしいこと?おかしい奴なら俺の横にいるぞ」
少女にお姫様抱っこされ、ぐったりしているパールが腕の中で口を開く。
その姿はまるで、出来の悪いヒモ男と、屈強な彼女のようだ。
「敵を撃退したのに、看守が一人も飛んで来ません」
「全員死んだと思ってんじゃねえの?」
「いえ。部隊が全滅したなら、次は看守たちが狙われる番です。普通なら臨戦態勢で銃口を向けてくるはずでしょう?」
確かにパールの言う通りだ。
いくら吹雪とはいえ、静かすぎる。
「――索敵報告。半径500メートル以内に、人間大の生体反応なし」
俺の裾を掴んだまま、少女が突如として無機質な声を上げた。
色々と便利な機能が備わっているようだ。
「人間がいない?他にも敵がいたってことか?」
「いえ。銃声も悲鳴も感知していません。ただ『いない』のです」
「……注意して建物に戻るしかねえか」
案の定、建物の外には誰もいない。
あるのは熱戦で影のみとなった、俺たちの周りにいた哀れな囚人の跡ぐらいだ。
「さあ、慎重にいくぞ。中に伏兵がいるかもしれん」
「分かりました。では、そこの力持ちなお嬢さん。開けてください」
パールが指さすと、少女は無表情のまま鉄扉を蹴り飛ばした。
ドガァァン!!
轟音と共に、重厚な扉が紙くずのようにひしゃげてホールへ飛んでいく。
「たっだいまー!みなさん!!」
「お前らまとめて『慎重』を辞書で引いてこい!!」
俺の絶叫がむなしくホールに響く。
だが、返事はなかった。
敵の銃弾も、看守の怒声も飛んでこない。
あるのは、死のような静寂だけだ。
「ほら、誰もいないのは明らかじゃ無いですか。それに……」
パールは少女に降ろしてもらうと、よろめきながらカウンターへ近づき、一枚の紙きれを手に取った。
そこには何かの手順が書かれているようだが、文字が薄くなり始めている。
「おや、これは『遅延式隠蔽魔術』ですね。時間が経つと文字が消える仕組みです」
「感心してないでなんて書いてあるか読め!」
「残存魔力から読み取ります……媒体ごと燃やせば情報は完全に消えるのに、田舎の魔術師は詰めが甘い」
パールはブツブツ言いながら解読を試みるが、先ほどの戦いの反動だろう。
またすぐに白目をむいてふらふらになってしまった。
こいつ本当に燃費が悪いな。
「ええと……『緊急脱出手順。最終手段として施設を完全封鎖し、地下搬入路より撤退せよ』」
「撤退だと?」
「続きがあります。『囚人は戦力外のため、食料および燃料と共にこれを放棄とする』」
俺は耳を疑った。
放棄?戦力外?
つまり、あいつらは。
「俺たちを囮にして、自分たちだけ逃げたのか……!」
「しかも、この極寒の中で食料と燃料を持ち出して、鍵までかけて。……要するに『干殺し』ですね」
「あの野郎どもぉ……ッ!」
怒りで血管が切れそうだ。
だが、パールはどこか楽しげですらある。
「合理的判断ですが、計算式が間違っている。私たちという『想定外』の生存を考慮していません」
こいつ、この状況でニヤつきやがって。
何者なんだ本当に。
「ところでお嬢さんは。……そういえばお名前は?聞きそびれました」
パールが少女を見る。
「本個体を特定する固有名はありません」
「向こうではどうやって区別してるんだ?」
少女は無表情のまま、空中に青白い文字を投影した。
「機体識別名『NULL』」
空中に浮かぶ、四文字のアルファベット。
「エヌ、ユー、エル、エル……ヌル?」
「素晴らしい!」
パールが食い気味に叫んだ。
「古代の言葉で『NULL』!すなわち『無』!『中身が空っぽ』の状態!」
「はあ?名前すらないとはな。やっぱりポンコツか?」
「違いますよトレスさん!ゼロですらない、何色にも染まっていない『未定義』……つまり何にでもなれる無限の可能性です!」
「お前が言うと『欠陥品』にしか聞こえねえよ」
パールは興奮して語りだしたが、要するに「何もない」ってことだろ。
呼びにくいことこの上ない。
「ヌル……ナル……よし、『ナル』でいいか」
「……ナル」
少女が小首をかしげ、パールの顔と俺の顔を交互に見た。
「個体名『ナル』を、仮称として受諾。……それで、代行者」
「なんだ。あと俺をその呼び方でするな」
「質問を却下。……代行者、本来接触予定だった帝国の密偵はどこですか?」
「あ?」
「私の記憶領域には『指定座標で密偵と接触し、機密情報を渡せ』という命令だけが残っています。ですが肝心の『誰に渡すか』という情報が欠落しています」
「……あー」
俺とパールは顔を見合わせた。
欠落した原因に、心当たりがありすぎる。
戦車ごと凍らせて割ったからな。
「……その密偵の顔や名前は?」
「機密保持のため、指定座標と時刻しか私には開示されていません。そしてその時刻はもう過ぎ去りました」
なるほど。
つまりこいつは、「凄い兵器」だが「届け先が分からない迷子」になったわけだ。
「そこで、現時刻をもって『最初に生体認証を通した人間』……つまり貴方を、暫定的な『代行者』として登録しました」
「俺はただの鍵代わりかよ!」
「肯定。私は自律判断機能に制限がかかっています。貴方が『撃て』と言えば撃ちますし、『任務完了』と言えば機密保持のため自爆します」
「……責任重大すぎるだろ」
トレスが頭を抱える。
だが、ナルは無表情のまま、さらに残酷な事実を告げた。
「なお私たちの生存に必要な食料も、あと数時間で枯渇します」
ナルが指さした先には、もぬけの殻になった食料庫があった。
一欠片のパン屑すら残っていない。
看守の野郎、本当に根こそぎ持って行きやがったらしい。
「……パール、立てるか」
「おや、掃除の時間ですか?」
「ああ。逃げたゴミ屑どもを追いかけて、食った飯を全部吐き出させるぞ」
俺はライフルのボルトをガチャンと引いた。
「まずは地下搬入路に行ってみましょうか」
「罠がないか警戒しないとな……というかどこだ?俺は知らんぞ」
「足跡をたどりましょう」
俺は床をまじまじと見たが直近の足跡はこれだ!と全くならない。
どれが今日のものだ?
「搬入路なんてそんなに通るものではありません。魔力の痕跡をたどればそう難しくはないでしょう」
パールは杖の先を床に這わせ、見えない「線」をなぞるように歩き出した。
俺にはただのコンクリートの床にしか見えないが、こいつの目には看守たちが逃げ去った「道」が光って見えているらしい。
しばらく進むと、厨房の奥にある巨大な冷凍庫のような分厚い鉄扉の前で足が止まった。
「ここですね。隠蔽されていますが、微量な魔力漏れを感じます」
「よし、鍵穴はどこだ?鍵開けは任せておけ。記者時代に覚えた特技で……」
俺が胸ポケットから針金を取り出し、意気揚々と前に出ようとした、その時だった。
「トレスさん、今は『掃除』の時間ですよ。鍵を探すなんてまどろっこしい」
パールが顎で扉をしゃくると、後ろからナルが無言で前に出た。
彼女は扉の隙間に両手をねじ込むと、無感情にこう告げた。
「障害物を排除します」
「おい待て!こじ開けるにしても少しは離れ……」
俺の警告は遅かった。
ナルの指が強引に扉を開いた瞬間、扉の表面に赤い紋様が浮かび上がったのだ。
「――熱源感知。爆発術式です」
「は?」
ドォォォォォン!!
開放と同時に、仕掛けられていた罠が起動した。
狭い通路を爆炎が駆け抜け、俺は衝撃波で床に叩きつけられる。
鼓膜が破れそうな轟音。
もうもうと立ち込める黒煙に、俺は咳き込みながら叫んだ。
「ゲホッ……!ナル!パール!生きてるか!?」
「……騒々しいですね。鼓膜の保護を忘れていました」
煙が晴れると、そこには半透明の青い障壁を展開したパールと、その前に立つナルの姿があった。
爆心地にいたはずのナルは、焦げ跡ひとつついていない。
どうやら爆発の瞬間、自身の装甲か障壁で完全に防ぎきったらしい。
化け物じみた反応速度だ。
「看守の奴ら、追手が来ることを見越して罠を仕掛けてやがったな」
「ええ。ですが、この程度の出力では『足止め』にもなりませんよ」
パールが杖を振って煙を払うと、ひしゃげた扉の奥に広い空間が現れた。
そこは搬入路の終着点らしく、床には巨大な幾何学模様――魔法陣が描かれている。
だが、その光は完全に消えていた。
「これが……転送用の魔法陣か?」
「はい。物質を情報に変換して送る、恐らく旧式の転送装置ですね」
俺はおそるおそる魔法陣に近づいたが、うんともすんとも言わない。
まるでただの落書きだ。
「おい、動かねえぞ。魔力切れか?」
「いいえ。物理的に切断されています」
パールが魔法陣の端を指さした。
そこには、床の配線ごと斧か何かで叩き切られたような、真新しい亀裂が走っていた。
「回線を物理的に断ち切ってから逃げたようですね。これでは追跡できません」
「くそっ!逃げ道を塞がれたってことか!」
俺は壁を殴りつけた。
食料も燃料もなく、外は極寒の吹雪。
そして唯一の脱出ルートである魔法陣は破壊済み。
完全に「詰み」の状況だ。
だが、パールは壊された配線の断面を覗き込み、ニヤリと笑った。
「トレスさん、諦めるのは早いですよ。切れた回線からも得られるものはあります」
「はあ?お前、これを直せるのか?」
「直す?いいえ、もっと乱暴な方法です。……『強制接続』して、無理やり向こう側の受信機を叩き起こしてやりましょう」
「万が一再起動して気づかれたら終わりだろ!」
やはりこいつらは命知らずだ。胃が痛い。




