第六話 階の上にて
「着きました。どうぞ、お降りください」
馬車の扉が開いた瞬間、帝の側近らしい宦官が待っていた。
恭しく一礼し、澄んだ声で告げる。
「こちらへ。帝が待っておられます」
長い階段が、本殿まで果てしなく続いていた。
一段上がるたびに、空気が澄むようで、反対に重くなるようでもある。
足音が石に吸い込まれ、どこまで登っても終わりが見えない。
本殿は、まさしく都の心臓だった。
天井は蒼瑠璃に輝き、柱は紅玉。
壁一面に四季が描かれ、筆致はどれも異なる。まるで時代ごとに、画師が命を懸けて塗り重ねてきたかのようだった。
金糸のような光が差し込み、白玉石の床を淡く照らす。
「ここでお待ちください」
宦官は深く頭を下げ、音もなく去っていった。
そして、そこには——すでに佳恋がいた。
長い黒髪が波のように流れ、衣の裾は薄桃色に揺れている。
華やかという言葉が、彼女のためにあるようだった。
彼女は私を見ると、唇の端で笑う。
「競演の勝者は、私一人じゃなかったのね」
「いいえ。私は出ていません。だから、あなたが唯一の勝者です」
「では、なぜここに?」
「……わかりません。捕らえられたので」
「あら、そう」
佳恋は顎を少し上げ、私の服を見下ろした。
そして、わざとらしく眉を上げて言う。
「でも……その服、帝に会うにはちょっと、ね。失礼すぎない? まるで田舎の娘みたい」
「これしか持っていないので」
「可哀想に。まあ、質素な子もたまには目新しいかもね」
声は柔らかいのに、冷たく刺さる。
その一言で、自分の袖のほつれが急に恥ずかしくなった。
私が黙っていると、彼女は髪をかき上げながらため息をつく。
「いつまで待たせるのかしら。足、もう疲れたわ」
私は何も答えなかった。
頭の中が、空白になっていく。
——何も、考えていなかった。ぼんやり、ただ立っていた。
「ねぇ、あなた大丈夫? 顔、死んでるわよ」
その言葉で、ようやく自分の顔がこわばっていることに気づいた。
何も言葉が出ない。
そのとき、扉の向こうから宦官が現れた。
「帝は急遽、体調を崩されました。本日はお会いできません。
お二人には奏和宮をご用意しております。今宵はお休みください。
明日は歓迎の宴がございます。ご準備を」
「はい」
私と佳恋は同時に返事をした。
同じ馬車に乗り込み、奏和宮へ向かう。
外の景色は金の霞のように流れ、誰も何も言わなかった。
しばらくして、佳恋がふいに言う。
「そういえば名前、まだ聞いてなかったわ。私は佳恋。あなたは?」
「弦です」
「弦ちゃん、ね。年もそんなに変わらないと思うし、タメでいいでしょ?」
「……わかった」
「私は舞者の芸『翩』。あなたも奏和宮に行くってことは、芸の系統は同じね。何?」
「楽師の琴」
「琴。へぇ……今の四芸の一人も琴……」
「いや、琴の芸なんて珍しくない。しかも田舎で育ったから、そんなはずない」
私は思わず食い気味に言った。
「だよね……でも、競演に出てないのに、ここに呼ばれたのは不思議ね」
「私もそう思う」
——嘘をついた。
けれど、その嘘がなぜか心に馴染んだ。
まるで、自分の運命を皮肉っているように。




