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アサガオの記憶

作者: 青崎衣里

友人から「朝顔」のお題をもらって書いた1200文字小説です。

「休みなのにわざわざ来てくれてありがとね、萌音ちゃん」

「いえ、とんでもない。また何かあったら、その名刺の番号にいつでも連絡してください」

 わたしはにこやかに微笑んで玄関のドアを閉めた。損害保険会社でファイナンシャルプランナーをしているわたしに、幸恵おばさんから連絡があったのはつい先日のことだ。


「最近ご近所で盗難が続いててね、ちょっと不安なのよ。警備会社と契約しようか迷ってるんだけど、空き巣被害は保険が効くって聞いたから、詳しく教えて欲しくて」


 本当はネットで調べて申し込む方が手っ取り早いのだが、わたしはおばさんの要望以上に詳細な設計書を作成して持参した。そして盗難だけでなく地震や河川の氾濫による家屋の被害、さらには自転車による傷害などについても懇切丁寧に説明し、先程無事契約を取り付けたのだ。休日に働いたのだから、このぐらいのリターンはあって然るべきだろう。


 さて帰ろうと踵を返した途端、ふと視界の端に小さな鉢が飛び込んできた。青い花が二つ、鉢の中で萎れている。朝顔だ。そういえばおばさんの子供二人のうち、下の子は今年小学校に上がったばかりだった。夏休みの宿題に観察日記をつけているのだろう。

「うわぁ、懐かしい。わたしもやったなぁ」

 朝顔は大抵昼前には萎んでしまうが、夕方まで咲いている品種もある。わたしはそれを庭で育て、毎日、朝と夕方にせっせと日記を書いていた。当時の記憶が甦ってきたついでに思い出したのは、ある日の夕刻、門の外から知らないおじさんに声をかけられたことだ。


「お嬢ちゃん、あのおうちの人、今お出かけしてるかどうか知ってる?」

 何を尋ねられているのかよく分からず、わたしは首を傾げた。向かいの家を指さしたその人は、スーツ姿の男性だった。

「困ったな。ピンポン押しても誰も出ないし。ここ、確かでっかい犬がいるんだよなぁ」

 わたしはでっかい犬という単語に反応した。

「タロウちゃんは暑いのが苦手なの。だからねぇ、いつも夕方にお散歩してるよ」

「ああ、そう。じゃあ今はお散歩中なのかな」

「わかんない」

 要領を得ない会話に苦笑していた男性は、次の日もまたやって来た。その次の日も。


 しばらくしてお向かいの家に空き巣が入った。周辺で何軒かやられたようで、大人たちはずいぶんと騒いでいたが、犯人はわりとすぐに捕まったらしい。

「まさか朝顔の観察日記に自分のことが書かれているとは思っていなかったみたいで、空き巣犯も驚いていました」

 わたしが描いた似顔絵のホクロの位置が決め手になったと、お巡りさんには感謝された。

「そんなこともあったっけ」

 つぶやきながら通りに出ると、すぐ近くに一台のワゴンが停まっていた。水を販売する会社の車だ。

 あれ、このロゴ、どこかで見たな。

 ふと頭の隅で何かが引っかかったが、すぐに気にするのをやめて、駅に向かって歩き出す。




 おばさんから盗難被害の報告が入ったのは、それから十日ほど経ってからだった。




次にもらったお題は「スリッパ」です。

近々掲載予定ですので、よろしかったらそちらも覗いてみてください。


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