9話
* * *
韓国人なら朝の鳥のさえずりがもたらす恐怖感を知っているだろう。
熟睡中にアラームを聞き逃して学校や職場に遅刻するとき。
また、寝るタイミングを逃して徹夜した目で日の出の窓の外を眺めるときなど。
半島の鳥たちは、まずい瞬間ばかりを選んで澄んだ声でさえずるものだった。
「アラーム消して」
iPhoneのSiriを呼ぶように聖約星をこき使いながら、ジオが手を振った。
鳥のさえずりもそうだし、目の前でしきりに何かが邪魔くさく光っていた。
でもちょっと待って、鳥のさえずり?
最近の鳥は昼にも鳴くのか……?
浪人生、キョン・ジオの平均起床時間は、早ければ朝11時、遅ければ午後2~3時だ。
そういえば、鳥のさえずりにしてはちょっと人工的な気が……
ジオは急に鳥肌が立って目をぱっちり開けた。
案の定。
バベルネットワーク
[ランキングが変動します。]
[現在キョン・ジオ様の国内ランキングは2位、全体ランキングは4位です。]
……
……?
「……夢か?」
うん。夢みたいだ。
完璧なくだらない夢だ。
キョン・ジオは再び布団をすっぽり被った。
ブーン、ブーン。
電話
iPhone Plus
不在着信(11)
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カカオトーク
Kakao Talk
未読メッセージ34件
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ママの息子│010-7351-xxxx
━ x月xx日 ━
やあ
泣いてる?
いつかこうなると思ってた(笑)
他人様が死ぬほど労働してるときにゴロゴロ寝転がってるだけだけだと言っただろ、誰が見てもお前エジプトのミイラみたいだって。あーすっきり、ついに正義が実現に。これが社会だ。
もしかして悪いこと考えてるんじゃないだろうな
シスター
人が毎日1位でばかり生きられるわけないんだよ たまには下の空気も吸ってみないと 生きてるって感じがしないだろ
今まで人間味がちょっと足りなかったんだよ。
すぐに連絡しろ。
お前今日午後までに連絡しなかったらマジでワールドチャンネルに身元晒して手配令出すぞ
冗談じゃないぞ 言ったからな
マジだからな。
何だよ 私の1位返せよ。
「お星様、釈明して」
順位のストレスから解放してくれるって言ったじゃん。花道だけを歩ませてくれるって?
何も知らなかった純真無垢な小学生を唆して人生丸ごと食い尽くした結果がこれなの?
「こんな廃車同然のろくでなしのポンコツ車め」
[あなたの聖約星、「運命を読む者」様が午前中から降り注ぐ人柄の悪さに痛い思いをしています。]
[もちろんそうは言ったものの、私もウチの可愛い子猫ちゃんがまさか10年間も一度も塔に足を踏み込まないのは、想像もできなかったと言い訳しています。]
もういい。
みじめな裏切り者の言い訳なんか聞いてる暇はない。
現実感がまだないからこの程度だけど。これは実はかなり衝撃的な事件だった。
というのも、順位逆転はキョン・ジオがバベルネットワークに名前を連ねてランカーになって以来、初めてのこと。
ジオは深刻な表情で起き上がって座った。
ひどい寝相のせいで派手に鳥の巣になったおかっぱ頭がボサボサだった。
ランカーチャンネルを引き出して確認してみると、そこも炎上していた。
何かのビッグイベントがこんなにドッと押し寄せてくるなんて、みんなとても楽しそうだ。
国内ランキングからワールドランキング、ハンターイントラネットなどなど。
漏れなく全部チェックしてから、片方の視界で存在感を放つストップウォッチが見えた。
[チュートリアル D-DAY]
[Opening Soon..... 00:02:15:49]
「2時間……」
本日正午、正刻に始まる第40回チュートリアルワーク。
毎年、年に2回ずつ。
新しい覚醒者たちを輩出するチュートリアルワークは、国家的なイベントも同然だった。
開幕日が国家指定の臨時休業日であることはもちろん、バベルの塔までもが広場を除くすべての階が臨時閉鎖される。
しかも今回のチュートリアルは「魔の9区間」。
39階が開かれた時点で進行されるだけに、「チケット」をもらってもこれまで塔に入場せずに温存していた者たちもどっと押し寄せてくるのは目に見えていた。
すぐにランカーチャンネルやインターネットを見てみても、今日はみんなチュートリアルと順位変動の話ばかり。
ジオは歩いてキッチンの冷蔵庫に貼られたメモを読んだ。字体まで整っているペク・ドヒョンだ。
[いなり寿司作っておいたから食べてね。冷蔵庫を開けてみれば、すりおろしたリンゴジュースもあります。洗濯物は靴下だけ別に置いておいてください。
必要なものがあればカード置いていくので使ってくださいね。
行ってきます。]
- 追伸。アイスクリーム一日で全部食べないこと
- 追伸2。寝る前に歯磨き必ず!して寝てください
出かけてからそれほど時間が経っていない感じ。
読む前にすでに皿のラップを剥がしていた手が、いなり寿司3個目を掴み上げた。
ジオはもぐもぐ噛みながらゆっくりと状況整理に入った。
すぐに片付けなければならないミッションリスト。
1. 順位変動の真相究明
2. 午後までにキョン・ジロクに連絡すること
せめてもの救いは、自分の大切な順位を征服した反逆者も、ママの息子も今頃いる場所が見当つくということ。
ふむ。やっぱりあの手しかないか?
[聖約星、「運命を読む者」様がやっぱりあの手しかないようだとうろたえながら駆けつけ、相槌を打っています。]
[ひょっとして気が変わるかと気が気でなく、どうか今考えた通りに実行してほしいと水を汲んでお祈りし始めています。]
「ああ、分かったって」
不機嫌そうな顔でジオはいなり寿司の皿を置いた。そしてとぼとぼと浴室へ歩いて入っていった。
* * *
[「失礼いたします、理事。本日ご自宅に別途お約束された訪問客はいらっしゃいますか?」]
「もうすぐチュートリアルが始まるのに、くだらないことを」
[「申し訳ありません。弊社も承知しておりませんが、居住されているレジデンスのセキュリティの方からどうしても確認してほしいと要請がありまして」]
「俺の家に?」
[「はい。それではいないものとしてすぐに伝えます」]
「秘書チームも忙しいだろうからいい。直接聞く。繋いでくれ」
カチッ。タバコに火をつける間、電話が繋がる。
[「副代表様!お忙しい中、お手を煩わせてしまい大変申し訳ございません。申し訳……」]
「お忙しい中だろうから、前置きはなしにして、内容だけ」
[「あ、はい!実は今ロビーに副代表様をお探しの方がいらっしゃっていまして、弊社の方の名簿にはない方なのですが、副代表様が自分の名前を聞けばすぐに分かると言って聞かず、せめてお伝えだけでもと」]
[「弊社の方で処理しようとしたのですが、その方が、幼い一般の女性の方なので、手が出しづらく……」]
「セキュリティは交換しないとな」
揉み消されたタバコの火が音もなく消える。席を立つイルグルは退屈そのものだった。
遅めの午前。
適度な日照量が広々としたペントハウスを染めていた。
そしてその日差しを横切って浴室へ向かっていた足取りが、一瞬止まる。
ちょっと待て。
「待て」
[「はい?」]
「一旦待機しろ。今行くから」
そして彼がエレベーターから降りたとき、ロビーでは相変わらず言い争いが続いていた。
「ここでこのようなことをされては困ります。しつこく無理強いされるようでしたら、こちらも実力を行使してでも強制的に排除するしかありません」
フードを被ったまましゃがみ込んでいる小さな女の子と、その前で懇願する屈強な男たち。
呆気にとられ、おかしくもなって、彼は腕組みをして柱に寄りかかった。
どこかで見物してやろうというつもりで。
「おじさん、覚醒者?」
「そうですよ、お嬢さん。だから」
「おっ、私、一般人。」
「……」
「力を使ったら刑務所行き。ガチャコンガチャコン」
「参ったな……」
数々の不祥事により、覚醒者関連の処罰基準と水準を非常に厳格に強化してから久しい。
それでも覚醒者には特有のプレッシャーがあるため、普通は大人しく引き下がるのだが。
今回はとんだ食わせ者に引っかかってしまった。
体格も小さいのに、恐れというものを目で探しても見当たらない。
急激に家に帰りたくなった表情のセキュリティチーム。
見かねた後輩が若い覇気で乗り出した。
「もういいです、先輩。このままでは埒があきません!ここは私が腹を括って責任を取ります。入居者の方々が行き交うロビーでいつまでもこんなことをしているわけにはいきません。おい!そこの!」
え、はい。
そこの……?
意気揚々と腕まくりをして乗り出した末っ子が、たじろぎ後ずさる。
獅子が子どもの首根っこを咥えて運ぶように。
さっきまで目の前にしゃがみ込んでいたフードが、誰かの手に掴まれぶらぶらと宙に浮いていた。
うわ……!
周囲から息を呑む声が上がる。
いつの間にか静まり返ったロビー。
凍り付いた末っ子の背後で、セキュリティチームが慌てて姿勢を正した。
ひどく緊張した顔で叫ぶ。
「ふ、副代表様!」
「戻って、仕事しろ。これは俺が処理する。躾が悪くて……人の手を煩わせるから」
軽い白Tシャツに片手をポケットに突っ込んだラフな格好。
一見するとどこかのコンビニにでも散歩に来たような姿だが、彼を侮れる者は誰もいない。
韓国不動の頂点ギルド
〈銀獅子〉のナンバー2、ランキング7位。
異名は鬼主。
万鬼を服従させる魑魅魍魎の代理者。
「虎」が首を傾げて覗き込み、にやりと笑った。
「そうだろ、『ジョー』?」
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キョン・ジオにはいつでも勝手に使えるカードが2枚ある。
1枚は、暮らしぶりを哀れに思った弟キョン・ジロクが母親に内緒でこっそり渡してくれたセカンドカード。(現在は死亡)
もう1枚は、成人になった記念だとサプライズプレゼントでもらった限度額無制限のブラックカード。
ガンガン使い倒すキョン・ジロクのカードとは違い、見るたびに庶民の肝を冷やすため、コンビニで、あるいはチキンを買うとき、あるいは緊急事態のときにだけそっと使ってみるそのVVIPカード。
虎はまさにそのカードの持ち主だった。




