89話
「とにかくまあ、ヘタの件はよく聞きました。」
ジオが人差し指で顎を掻いた。
身代金交渉だったとはいえ、全く知らない人に頭を下げるのは初めてだった。
ペク・ドヒョンが既に板橋で取引を済ませていた関係で、どうせ来る可能性が高かったことを考えると、尚更そうだった。
「何だか二重取引した中古詐欺師みたいな気分というか?」
老人の視線がキョン・ジオに向けられた。感謝の言葉をそんな風に言うのか?
「いいんだ。安く済んだと思えば。」
ホン・ゴヤは涼しげに鼻で笑った。
「ヘタがあんなことになったのを知っていたら、お前の言葉がなくても行っただろう。師門が崩れるのは私も望まないことだ。」
タッ。チョロチョロ。
茶碗が再び満たされる。
荒々しい容貌、声とは裏腹に、老人の手つきは繊細で優雅だった。
「不思議か?」
「アンバランスではありますね。誰が見ても酒浸りから生まれた方みたいですが。」
「ジョ、ジョー、お願いだから……。」
「若い頃は愛酒家だった。」
ホン・ゴヤが軽く笑った。火魔が奪い去った傷、金属を擦るような嗄れ声で。
「酒なしでは一日も生きられなかった。奇怪なあの黒い塔が現れてからは尚更だ。」
閉じない空の穴。
数えきれないほど開かれる葬儀。小鼻を離れない血なまぐさい臭いと菊の花の香り。
昨日知っていた人が今日、そして明日死んでいく日々。
手と顔いっぱいの傷跡、傷跡の間から老将の目元が哀愁で固くなった。
「老後を準備する歳で、実に熾烈に生きた。私の人生でいつよりも情熱的であり、生に最も近く、また生から最も遠い日々だった。」
「……。」
「そんな日々には、私もお前に気になることが多かったぞ、魔術師王。」
実に傲慢な名前だった。
王とは。
しかし、それよりも似合う名前もなかった。
1世代ハンター、ホン・ゴヤは、一日で変わる世の中を誰よりも鮮明に体感した目撃者だった。
光を失った都市がどのように色を取り戻していくのか、希望を見つけた人々がどのように再び立ち上がるのか。
誰よりも確かに目撃した生き証人だった。
「数百、数万回考えた。一日であの地獄を閉じてしまった奴が、どうしてこっそり隠れてしまったのか。奴は一体どんな奴なのか?」
頭の中から消し去ることができなかった。
その強さに驚嘆したり、またその強さに恨んだりもしたからだ。
皆が切実な時に突然現れ、皆が熱狂する時に消えてしまう魔術師王。
私にあんな力があったらこんなことはしなかっただろうに、から始まった疑問は、どんな奴だろうか、という疑心暗鬼に帰結したりした。
「ウン・サジャの奴とセンターが示し合わせて隠蔽工作をするものだから、全く分からなかったが。」
ホン・ゴヤはジオを見つめた。
数多くの歳月と感情が込められた目だった。
「この長い時間が過ぎて、今になってようやく……お前をこうして目の前で見ている。」
表情のない顔で彼女を見る。
10年ぶりに会った「その者」は、思ったより小さく、幼かった。頬には初々しいどころかあどけなさが溢れており、歩みには重みがなかった。
姿を見た途端に疑ったが、目を見た途端に再び確信できた。
お前だったのか。お前だったんだな。
「昔だったらありとあらゆることを根掘り葉掘り聞いたことだろう。どうしてこんなに幼いのか、こんなに幼いのにどうしてそんなに強いのか。」
「だがもういい。お前がどんな人なのかはもう知りたくない。」
こうして会えただけで満足だ。だから。
「お前と私の約束、残された私たちの約束だけはきちんと履行してくれ。」
トン。差し出す茶碗。
ジオは茶碗を受け取った。今回の茶は全く甘くなかった。
ホン・ゴヤが笑った。
「私の姪孫に会ってくれないか、王?」
* * *
「さっきみたいに無茶苦茶にぶっ壊すようなことは考えるな。」
あれらとは訳が違うから。
扇子を手にしたホン・ゴヤが先頭に立った。
チャッ、チャララッ。
ジオには、見た目には何の変わりもない空間だったが、扇の音が繰り返されるたびに、何かが開いたり閉じたりしているのを感じることができた。
「迷宮以外の何物でもないな。」
ほとんどその何というか、ギリシャ神話に出てくる牛頭の怪物閉じ込めた迷宮級。
これほどである必要があるのかと思うが、話を聞いてみると、また一方では納得もいった。
月桂の子供たち。
彼ら皆が良い目を持って生まれてくるわけではないと言った。
また、その中でも「ホン・ダルヤ」という名前を持つことになる子供はごく少数。
誕生条件からして非常に厳しかった。
同じ日に生まれた兄弟が必ず3人以上でなければならず、そのうち1人は生まれた途端に必ず死ななければならないとか?
「『世界を見る目』についてくる全ての不正なものを引き受けて死ぬ、一種の生贄……みたいなものだ。」
「マジで、めちゃくちゃ野蛮。」
「仕方ないだろう?人間に許されない力を貪った副作用だと思わなければ。」
ホン・ゴヤは苦々しく笑った。
そしてそうして3兄弟のうち1人が死ぬと……残った子供たちの中から1人に初めて「世界を見る目」が開眼(開眼)。
すると彼が「ホン・ダルヤ」。
他の兄弟は自然に「ホン・ヘヤ」という名前を持つことになるのだ。太陽と月はセットだから。
「だが今回の代は違ったな。」
ホン・ゴヤはうなだれたホン・ヘヤの方を振り返り、呟いた。
「たった2人の双子から『ホン・ダルヤ』が現れたんだ。」
皆が驚愕した。
必ず死ななければならないにも関わらず、代償なしに発現したホン・ダルヤ。前例のないことだった。
家門史上最も強力な、同時に最も危険な「ダルヤ」の誕生。
すぐに子供を殺さなければならない、全ての「ホン・ダルヤ」は短命なのに今殺す理由があるのか、家門内でも熾烈な甲論乙駁が続いた。
結果的には、隠蔽(陸蔽)。
つまりこの蔚山別家はホン・ダルヤを世の中から隠すための一種の迷宮で間違いない。
子供を守るためではなく。
「私が、私ホン・ゴヤが引き受けようと言ったんだ。どうせタルヤたちは長く生きてみても20年ではないか?その時まで私が責任を持って面倒を見ると。」
こんなに情を移すつもりはなかったが、人の心というものは思い通りにはいかないものだと、ホン・ゴヤは笑った。
ずっと聞いていたジオが尋ねた。
「それで正確に彼女は何を見ているんだ?
なぜ危険で、私がなぜ必要なんだ?」
その質問にホン・ゴヤは周りの皆を下がらせた。
ジオと彼女、2人だけが残った場所で答えた。
「三世界。」
「それはどういう意味……」
「過去、現在、そして未来。」
「……。」
「月は三世界の終末を覗き見る。」
そして太陽についてはまだ未知数だが、星は死滅を呼ぶ。
星の目が開眼すれば人世に滅亡が到来すると、家門秘録にはそう記録されていた。今回の代のタルヤはまさにその「星の目」まで抱いて生まれたのだ。
だから、現在その目を絶対に開けないために自分の全生命力を燃やしている最中だった。
「ホン・ダルヤは現存する唯一の『本物』の終末の予知者であり、また、死にかけている。」
「……。」
「そしてその子がいつからかお前だけを探している。」
私と太陽は……私たちはただ、かわいそうなその子の話を聞いてあげたいだけなんだ。
祖母の顔でホン・ゴヤはそう話を終えた。
タッ、タッ、タアッ!
何重もの障子戸が一列に開かれる。
う、不快だ。足を踏み入れた途端にジオは眉をひそめた。
フウッ!
短く風が吹く。
ホン・ゴヤをはじめとする人々がジオの方をゆっくりと振り返った。ペク・ドヒョンが戸惑いながら尋ねた。
「何をなさったんですか?呼吸が楽になったような気がしますが……。」
「片付けた。」
「いや、だからそれをどうやって?魔力でそんなことも可能なのですか?」
「いや、できないよ。」
「え?じゃあどうやって?」
「魔力でできないから真魔力でやるんだよ。」
何でそんな基本的なことを聞くんだというマンチキンの顔。呆れている顔が憎たらしくてたまらなかった。
「これはまるでご飯がなければパンを食べればいいというような発言じゃないか……?」
魔力よりもさらに根源的な魔力、真気を引き出して使うという言葉を平然と言っていた。
そっけなく答えた魔法使いのラスボスが障子戸の間を歩いて行った。
終末だの、死滅だの、死だの。
あれこれ全部暗くてじめじめした話ばかりだ。
しかもそんな深海魚みたいな子が自分を探しているとは。
ジオは分かった。これ完全に。
「死亡フラグ確定。」
計算機を叩いてみれば答えはすぐに出た。
今もすぐ隣にいるあの回帰者、最近ずっと(本意ではなく)あのマンチキン助力者のポジションを取っているせいで、バッドエンドフラグが完全に立ったのだ。
ホン・ゴヤの話を聞きながらその考えにむかついたのも束の間。
ジオはすぐに心が川のように穏やかになった。
「だから人は財布が潤沢でなければ、え?心も潤沢で。」
インベントリの一つのマスに綺麗に置かれた「幼い羊の性情」。その温かい聖輝を見ていると、どんな苦難も乗り越えていけるような自信が湧き上がってきた。
「キングジオ様ライフ2個持ちだからな。貧乏人ども。」
どんなものでも、かかってこい。
復活アイテムを後ろ盾にした歩みが威風堂々としていた。
ジオはそうして最も奥深く、紋章の下の寝台の前に到着した。ぼんやりと見下ろす。
白くひび割れた唇、青白い顔色。
乾いた枯れ木の枝のような女の子がいた。息をするたびに死にかけている。
ホン・ダルヤがゆっくりと目を開けた。浅い息。ひび割れた唇を動かす。
「……ジョー。」




