86話
* * *
アメリカ、アイダホ州。
羊の群れの放牧場で働いていた羊飼いの少年、ティモシー・リリーホワイトはある日、「声」を聞いた。
【なぜ追わないのか?】
山裾の向こう、狼が一匹羊を捕らえて行こうとしていた。ティモシーにも十分見える距離だった。だが、ティモシーは立ち上がらなかった。
声がもう一度尋ねた。今度は違う声だった。
【なぜ追わないのかと聞いている。】
羊飼いの少年ティモシーは答えた。
「ピーターはほぼ一ヶ月も飢えているんです。」
【狼に名前があるのか?】
また別の声だった。
「ピーターの他にもいます。数ヶ月前に子供たちを産んだんです。メアリー、アイビー、ロイ……。」
【それで狼を放っておくのか?】
「一昨日、ジャスパーが死にました。今日も飢えれば次はピーターが死に、ピーターが死ねば残りの子供たちも死ぬでしょう。」
【羊がかわいそうではないのか?】
「どうせ羊は死ぬじゃないですか。かわいそうだけど、死ぬように決まっているんです。狼は違います。」
【だが、それではお前は?】
「……。」
【主人はお前に羊を守れなかった責任を問うだろう。】
「それは仕方ないことです。」
星が昇れば夜になり、日が昇れば昼になるように自然の摂理であるだけだ。
羊飼いの少年ティモシーは答えた。
【嘘だ。】
声が否定した。
【怯えているのだな。】
【殴られるのが怖いなら、お前がやるべきことをすればいい。】
「……死にはしないから。」
頬を殴られ、鞭で打たれても死にはしない。だが、ずっと飢えていればピーターは死ぬだろう。
首都ワシントンに黒い塔が現れた後、空には穴が開き続けていた。大地は毎日焼け、道は死体と血の海で塞がれた。
減っていく食料に人々の垣根は高まるばかりだった。
羊飼いのティモシーは、遥か遠くへ走っていく「狼」、ピーターおじさんを見つめた。そして呟いた。
「人はそれでも生きていかなければならないから。」
四つの声が言った。
【偽善者。】
【良い子だな。】
【私は嫌いです。】
【悪くない。】
二つの声は去り、二つの声が残った。
声が教えてくれる方向へ、ティモシーは山を登った。洞窟に入った。そうして30日が過ぎた。
啓示、そして30日間の試練。
洞窟から少年が出てくると、ラッパの音が鳴り響いた。全世界に。
バベルネットワーク - ワールドサーバー
《バベルネットワーク、ワールドアラート》
[おめでとうございます、アメリカ!]
[国家アメリカ合衆国に、初のS級覚醒者が誕生します。]
[ファーストタイトル、「星使」(神話)が開花します。]
星たちの声を伝える者、「神の子」。ティモシー・アンゲロス・リリーホワイト。
大バベル時代開幕以来、全世界で二人目のS級覚醒者の誕生だった。
* * *
午前4時。
約束の時間だった。
ティモシーは部屋の中をうろうろと歩き回っていた。声が聞こえた。例の彼らだった。
[ティミー、見ていて落ち着かないから少しは座りなさい。何度も言うようだが、君はすべてのことに過剰に反応する傾向がある。/やさしい]
[よくもまあ、そんなふうに包み隠して言ってくれるな。単にみっともないって言えばいいんだ。このとんでもない馬鹿野郎。/不満]
[あら、子供に何てことを言うの!/びっくり]
[見ていてイライラするからだ!/怒り]
「一人で一方的に約束しただけじゃないか。僕を放っておいてくれ!」
[う、うちのティミーが……。/泣きべそ]
[こいつの思春期は一体いつまで続くんだ!牧場で死にかけているところを拾って来るんじゃなかった!/逆上]
星使、星たちの声を伝える者。
「聞いて伝える者」というファーストタイトルにふさわしく、ティモシーは聖約星とバベルを通じた間接的なメッセージの他に、直接的な対話が可能だった。
もちろん、タイトル特性によるものなので、「聖痕」を開門して聞く彼らの本当の声ではなかったが。
一種の人工的な機械音のようというか……。
感情表現も聖約星側で選択して押すものだから、聞いていると最初は正直少しストレスだった。もう慣れたけど。
「来なかったらどうしよう……?」
[お前の優柔不断で情けないやり方は今に始まったことじゃないし、どうせ期待もしてなかっ……!/突き飛ばされる]
[辛抱強く待ってみなさい。必要な物が、必要な者のところへ行くのは当然の道理。そうなるように流れていくはずだ。/冷静]
左の星の慰めにティモシーが頷き、座ろうとした時だった。
トントン。
ティモシーは駆け寄ってドアを勢いよく開けた。
緊張感のない眼差しと、初めて会った時から印象的だった目つき。その下、星のように散りばめられた涙ぼくろ二つまで。
だぶだぶのホテルの制服は脱いだが、相変わらずゆったりとしたフード付きのトレーナーを着たまま、彼の憧れの人が首を傾げた。
「笑えるんだけど。」
「……。」
「誰か聞かないの?こんな夜更けに。」
この名前を「直接」呼ぶ日が来るとは。
ドクン、ドクン。信じられなくて心臓がドキドキした。ティモシーは震える声で呼んだ。
「……ジョー。」
まるでその心臓の音が聞こえているかのように、「ジョー」が失笑した。そう。
「こんにちは。」
夜明け前のスイートルームは静まり返っていた。
午後はあんなに騒がしかったのに、夜からはここを一人で使っているようだ。
ジオはアームチェアにどさりと座り込んだ。まるで自分の家の居間のような様子だった。
「いつから気づいてたの?」
「あの時、ドアの前で。」
「マジかよ、最初から全部バレてたのか。」
その言葉にびくりとしたティモシーは、しばらく躊躇してから口を開いた。
「聖約星たちがヒントをくれたから。」
関連して詳しく話すのは避けてほしいようだった。
どうせ別に気にもならないけど。
お互いの聖約星について尋ねないのは、ハンター界の不文律だ。ジオが大まかに手で合図した。
「わかったから、もうグダグダ言うな。」
ジオは顎に手を当てた。正直、少し拍子抜けもしていた。
韓国対アメリカ。
非公式とはいえ、国家代表同士の会談だから、しっかり先制攻撃を仕掛けようとこっちはそれなりに覚悟を決めて来たのに、相手はもう全身で白旗を振っていた。
「それでも西洋人だからって、また目を逸らさないんだな。」
ジオは注意深く見つめながら尋ねた。
「お前。本名は何て言うの?」
そして今回、彼は何の迷いもなく答えた。
サララララク。
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[原文ママ]
• 名前: ティモシー A. リリーホワイト
• 年齢: 27歳
• 等級: S級
• ランキング: WorId 3位┃Local 1位
[原文ママ]
• 性向: 誠心の優柔不断な引率者
• 所属: アース ━ アメリカ合衆国
• 下位所属: イージス
•星位: ■■■■ / ■■■■
• ファーストタイトル: 星使
• 固有タイトル: 羊飼い、聞いて伝える者。二番手、世界の善、メシア、偽善者、見えっ張り、王子様、子供
ふむ。こっちもタイトルがものすごく派手だな。
ジオは黙って待っているティモシーを見つめた。
それなりに澄ましているけど、こっちはもう見えっ張りというタイトルまで見た後だ。
「魔法使いが意味深な質問をする時は、安易に答えてはいけないって教わらなかったのか。」
「ああ。僕について何か確認しようとしていることくらいは気づいていたよ。何をしても構わないと思っただけだ。」
「何をしても後ろめたいことはない?」
「ジョーに向けた僕の純粋な真心には、一点の不純物もないから。」
ティモシーが優しく答えた。ジオは目をぱちくりさせた。純粋な真心?
すると何か誤解したのか、ティモシーが慌てて付け加える。
「……もちろん、想像していたよりも小さ、いや、小柄だ、その、少し小っちゃ、いやいや、体格があまり逞しくないけど!」
「……ただ小さいって言えばいいのに。」
「だから少し、ほんの少し驚いたけど、とにかく僕の気持ちは少しも変わらない。」
どうにかして真意を伝えようと必死な外国人の姿。
じっと見ていたジオは姿勢を変えた。眉を下げて深刻そうに手を挙げた。あのさ。
「悪いけど、私は、国際恋愛には興味ないんだ。」
「え?……そんなんじゃない!」
ティモシーがわめきながら立ち上がった。
「ただの憧れ、尊敬、ロールモデルみたいなものだよ。絶対に、絶対に違うから!ノー!ネバー!」
「……え?違うなら違うって、そんなに一生懸命否定する?ムカつくわ、マジで。」
本当に違うから信じてくれ、わかったからもういい、死にたいのか、そんなふうに言い争っていたのも束の間。
ティモシーが突然別の方向に顔を向けた。
何かを聞いている様子だった。
ジオはその姿に「聞いて伝える者」という彼のタイトルを思い出す。
「……こんなことをしている場合じゃないのは確かですね。」
そして再び顔を上げた時、ティモシーは眼差しが変わっていた。
長年の憧れの人の前で震えを隠せない「ティミー・リリー」ではなく、世界ランキング3位、アメリカNo.1のランカー、ティモシーの姿で。
「あまり時間がないので。申し訳ありませんが、本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
「まず……、アメリカ側公式代理人として、ホワイトハウスのメッセージを伝えます。ジョー、これからお話しすることはオフレコですが、全米の意思だと思ってください。」
美貌の持ち主、ティモシーが背筋を伸ばした。
「単刀直入に言います。アメリカ合衆国はあなたを求めています。切実に、そして熱烈に。」
「……。」
「韓国が素晴らしい国であることは、同盟国としてよく知っています。しかし、『ジョー』、アメリカは最善です。」
英雄の国。そして英雄のための国。正義と宗教、その上に築かれた国家。
「私たちは英雄を遇するにあたり、いかなる条件や制限も設けません。一人の人間に与えることができるすべての特権と名誉をお約束します。」
ぜひアメリカへ来てください、キング。




