85話
「お前、なんかちょっと怪しいぞ。」
さっきのやつじゃないかと、逃げる間もなく掴まれた肩。
宴会場の中。
少し前、スイートルームでの様子とは違い、正装したジョナサン・パクがジオの方へ顔を近づけた。
周りにはまだティモシーは見当たらない。ジオは、いかにも平然とした様子で鉄面皮特性を発動した。
「何がですか?」
「……いや、不思議だな。見れば見るほどどこかで会ったことがあるような。妙に親近感が湧くんだ。」
「え?そんなはずは。私は地球のどこにも知り合いなんていない、道端の天涯孤独な、いじめられっ子ですよ。」
か、家族のみんな、ごめんなさい。
嘘がつけない天性と鉄面皮特性が合わさって生まれた不協和音。
少しばかり自己嫌悪に陥ったが、ジオは、どうせこうなったからには、このまましらを切り通すことに決めた。
「何気なく投げた石にカエルが血を流すとは。へえ、マジかよ、すごいな。売れっ子ギルドのランカー様か?……ゴホン。」
ひどくみじめな私は今、ものすごく傷つきました。
設定と一体化して熱演する偽ベルボーイの目に、ジョナサンは慌ててあたりを見回した。社会的地位のある者がミスを犯したときによく見られる反応だ。
「しーっ、静かに。悪かったな。お前にそんなつらい過去があったとは知らなかったんだ。知らなかったんだよ。すまない。」
「いいんですよ。」
「しかし、一体あれは何だったんだ……?」
それでも、一抹の疑念を拭い去れないジョナサン・パク(本名:パク・ヨンギュ)。
就職したばかりの頃、食器を盛大にぶち壊したトラウマで、キョン・ジオがスイートルームで食器を持とうとして魔力を動かした場面を目撃したせいだった。
「確かに、魔力だったはずなのに……。」
「ずっと見てるんですか?私は仕事に行かないと。今日の日当を稼がないと、道端の弟たちが飢え死にしてしまうんですよ。」
「あ、いや。」
まるでレ・ミゼラブルじゃねえか。
雪だるま式に恐ろしく膨れ上がる滅茶苦茶ぶりに慌てたジョナサンが、やっとのことで身を引こうとした瞬間。
「ここで何してるんだ、ジョニー?」
ジオはドキッとした。
親しげな声、風の匂い。
【あなたの聖約星、『運命を読む者』様が、またしてもろくでもないやつが登場したと舌打ちしています。】
そうだ。イージスには、この男もいた。
「ルーカスが探してたぞ……。ここで可愛い子と遊んでたのか。一人だけで。」
ジョナサンの肩に置かれた腕を下げると、さっと手を伸ばしてジオの付け髭に触れる。
「楽しんで。」
キッド・マラマルディが笑った。
「……。」
ジオは静かに彼を見つめた。
カフェで一度、路地で一度、そして今。
三度目に会うキッドは、薄いシャツ姿だった以前とは違い、今日は淡いトーンの肩章付きコートを羽織っていた。
顔つきもそうだし、装飾品まで、まるでクジャクのように華やかな男だ。
大抵……野生では、華やかなものほど危険な毒を秘めているものだが。
「ジョニー、知り合いか?韓国の友達?」
キッドが目を細めた。ジオを見ながら。
「……あ、いえ、そうじゃなくて。いついらしたんですか?さっき隊長が副隊長を必要としてるようでしたが。」
「ティミー・リリーはいつも私を必要としてるさ。何を今さら。」
「ハハ、まあ、そうですね……。」
「知り合いなら紹介してもらおうと思ったのに。残念だな。」
「……。」
「早く行ってこい、ジョニー。ルーカスがお前を探してるって言っただろ。」
「あ、はい。」
どこかぎこちなく、ジョナサンが振り返った。隣の男がどこか不快で、困惑している様子で。
とにかく、そうして二人きりになる。キッドが意地悪く尋ねた。
「ボーイ、名前を教えてくれ。名札がないな。ホテルの『従業員』が。」
ジオはそっけなく答えた。
「ジョー。」
「へえ。壮大な名前を持ってるんだな。」
「つまんないこと言わないで。知らないふりはやめて。」
どうせ全部知ってるくせに。
「ジョー」を知り、奇妙な好意を抱き、末っ子の周りをうろつき回る。
まるで小説に出てくる黒幕みたいで怪しさ満点のやつ。しかし、スキルが通用しないため、ジオが実際に知り得る事実といえばそれしかない男。
こっそり忍び込んだのは、ティモシーだけでなく、この男に関する情報が必要だったからでもある。
「こんなに不意に鉢合わせるとは。」
ずっと姿が見えなかったので、警戒が少し緩んでいた。斜に構えたジオの方へ、キッドが近づく。
微笑みながら、ゆっくりと付け髭を剥がす。
「王らしくない、このみすぼらしい姿は何だ?服装もそうだ……。まるで道端で物乞いをする浮浪児みたいじゃないか。」
「……何だ、この優しいふりして痛いところを突いてくるチンピラは?」
キッドは本当に不思議そうに尋ねた。
「自覚はある?君って、ちょっといじめたくなるタイプだって。」
「お前こそ、自分が変態だって自覚ある?」
「ああ。」
「……。」
マジか。言葉が出ません。
呆然とするジオの前で、キッドが身をかがめた。
唇。
ジオは本能的に一歩後ずさった。以前、路地裏での記憶があったからだ。
キッドが目を丸くした。
「へえ……体は覚えてるんだな。本当に何とも思ってなかったのかと思って、傷ついたぞ。」
「ふざけ……!」
そう言う口元をそのまま覆う手。強くはない力だった。ただ驚いただけ。
帽子の下からジオのもみあげを撫でながら、キッドが呟いた。
「泣かせたい。」
笑みのない目を伏せた。
「泣かせてみたい。」
世の中のことには無関心そうな顔で傲慢に見下ろしながら、星の途方もない偏愛の中に、か弱い人間の体で埋もれているこの人を……。
『星痕、強制開門。』
【よくも。】
ぽたっ。ぽたぽた。
「……。」
「……。」
血の匂い。
ジオは斜めに視線を落とした。
自分の頬をなぞっていたキッドの手から血が流れ出していた。刃物のようなもので切られたように。
深く切られたのか、出血量がひどい。床に血がぽたぽたと落ちていた。
広がる血の匂いに、すぐに人々の視線が集まる。
ざわめきがどんどん大きくなった。
それでもキッドは、ただ血が流れる自分の手を見つめていた。
じっと、無表情な顔で。
「……痛い。痛いな。」
「あぁ、、ごめん。私のお星様は、ちょっと気が荒いんだ。」
キョン・ジオは、ふっと笑った。
「私にだけは優しいけど。」
「……。」
キッドの顔に、かすかに笑みが広がった。目を細める笑顔。作り笑いだった。
「原則的に、星位は人間のことに干渉できないはずだが……。ずいぶんとすごい星位を連れてるんだな。」
「おい。」
「……。」
ジオは一歩近づいた。低い声で囁いた。
「お前、私が「ジョー」だって知ってるんだろ?」
そんなくせに。
「『王』である、私がどんな星を連れているか、一度も考えたことがないのか?」
風の匂いが薄かった。血の匂いに紛れて。
おかげでジオは、目の前のこの見慣れない男を、十分に見慣れない存在として見ることができた。これまでの奇妙な感情とは違って。
「よく聞け、外国人。」
「……。」
「この『ずいぶんとすごい星位』と私が結んだ星の盟約の契約条件の一つは、全能だ。」
富と権力。勝利と栄光。全知と全能。
望むなら世界を足元に。願うなら死さえも私を飲み込むことはできないだろう。
「だから……お前が何をしてうろついているのか知らないが。」
「……。」
「私の顔色を『よく』見ながら、ほどほどに騒げ。」
その奥底の黒い瞳の上に一見して映る光彩、天の川。
キッドは考えた。星位。
「そして……聖、座。」
タッ、タタタッ!
「……副隊長!」
「サー!マラマルディ様!ご無事ですか?」
押し寄せる人々、大きくなる騒ぎ。
ジオは一歩横に避けた。
いつの間にか顔はまたいつものように無愛想になっていた。ざわめく人波に紛れていくキッドの方を見て、さっと鼻をすすった。ふん。
「だから、誰が騒げって言ったんだ?」
誰であれ、小さなマンチキンに手を出したら、ただでは済まないぞ。本当にただでは済まないんだ。
【「キングキャット!キング!一体どうしたんですか?まさかまた何かやらかしたんじゃないでしょうね!キングキャット!応答してください、キング!キングキャット!」】
「……。」
……あいつ、大丈夫かな?
大した怪我じゃなければいいけど……?
ジオはそっとイヤホンを外した。チャン局長の悲鳴が遠ざかっていくその時。
「どうしたんだ?」
「隊長!」
「ティミー、それが。副隊長が少し怪我を。」
「マジか。やっちまった。」
一番騒いでいたのは自分なのに、いざとなったら自分が一番やばいことになりそうなマンチキン。キョン・ジオは、そろりそろりと後ずさりした。
近くにあったナプキンを手に取り、急いで腕にかけた。誰が見ても私は一般人だ。一生懸命働いていた善良なホテルのベルボーイだ。そうです、そうです。
近づいてきたティモシーがキッドの傷を確認すると、あたりをぐるりと見回した。何かを探すように。
「え?」
ば、バレたか?
「……ヒーラー!どこにいる!すぐに連れてこい、いや、副隊長を連れて上がって、ちゃんと治療しろ!
「ティミー、私は大丈夫……」
「何を言ってるんだ!急にそうなったんだろう!どう見ても深いじゃないか、呪いにでもかかったらどうするんだ!ちゃんと調べてもらわないと、支援チーム!何してるんだ!早く動け!」
「ふむ、違うな。」
ギルド長の命令だった。みんなの動きが機敏になる。
わーっと来て、またわーっと去っていく人々を避けて、ジオは壁にぴったりと寄り添った。
騒がしくジオの前を通り過ぎる人々。
キッドがちらりとこちらを見ているようだったが、ジオが後ろを向いていると、すぐに消えていった。
大丈夫だって、と言いながら遠ざかる声。
そしてその時。
とぼとぼ。
すぐ真後ろで、キョン・ジオは、一瞬立ち止まる足音を聞いた。
「キッドは、午前3時頃に眠る。」
「だから、4時くらいになれば、私の部屋で誰にも気づかれずに会えるだろう。」
「待ってるよ。」
「ジョー。」
声と同時に頭の中に響くテレパシー。
ジオはゆっくりと振り返った。
少し離れた場所に、遠ざかっていくティモシーの後ろ姿が見えた。
ティモシーだった。




