75話
* * *
ごほっ!
「大丈夫か?」
「あ、はい。すみません。少しむせてしまって。」
ペク・ドヒョンは口元を拭い、丁重な姿勢で茶碗を置いた。
向かい側から好奇心に満ちた視線が注がれる。
「君のような凄い境地に達した検事も、むせたりするのか。珍しいな。」
「良く見てくださるのはありがたいですが、私も人ですから。ゴヤ様はそうではありませんか?」
ホン・ゴヤが笑った。違う。
「私もそうだよ。人だ。むせることもよくある。」
その言葉にペク・ドヒョンも薄い微笑みを浮かべる。
きりっとした正座、一点の曇りもない眼差し。
感じられる聡明さと正気は、清らかでこの上ない。久しぶりに会った気持ちの良い青春だと、ホン・ゴヤは感心した。
「君の話は耳にタコができるほど聞いたが、ぜひ直接会ってみたかった。この目で確かめなければならなかったんだ。長年守ってきた私の座を奪った奴が、一体どんな奴なのか。」
「それで、ご覧になっていかがですか?」
「通だ。」
ホン・ゴヤは満足げに立ち上がった。
「何の目的で私の姪孫に会おうとしているのか知らないが……。」
君ほどの人物なら構わないだろう。
ホン・ゴヤが先導した。
ペク・ドヒョンは慎重に彼女の後ろをついて行った。一歩も逃さないように注意しながら。
元国内ランキング10位。
そして彼のランキング入りによって11位になった、韓国一の奇門遁甲家ホン・ゴヤ。
ここはそんな彼女の家であるだけに、あらゆる奇門とからくりが満載だった。下手に一歩踏み外せば、幻影陣などに閉じ込められてひどい目に遭う可能性があった。
慎重なペク・ドヒョンとは対照的に、豪快に進む足取り。
獅子、ウン・ソゴンと同じ1世代、もう数えるほどしか残っていない彼と同年代のハンターだった。
その年齢に似合わず驚くほど元気なホン・ゴヤが、ちらりと後ろを振り返った。
「そういえば、感謝の言葉を言ったかしら?」
「ああ。」
「確かに、君が教えてくれた聖霊草は、ある程度効果があったわ。おかげで、ヘヤは引き続き月桂に留まっているけれど。」
「伝え聞いております。」
「今日ここまで来たのは、また別の方法があると考えてもいいのかしら?」
「いいえ。今日は本当に見に来ただけです。一緒に来ようとした方が席を外してしまっているので。」
ペク・ドヒョンが苦笑した。一体どこに行ったのか、ずっと携帯電話も電源が切れている誰かを思い浮かべながら。
そうして歩き続けた廊下。
足が止まる。広大な規模の韓屋で最も奥まった場所に位置する深奥だった。
タン、タン、タタン!
ホン・ゴヤの手ぶりに、一列にずらりと開く扉。
奥へと足を踏み入れるペク・ドヒョンの背後から、ホン・ゴヤが念を押した。たちまち重くなった声で。
「それが誰かは知らないが、無駄だろうね。」
「……。」
「タルヤが探しているのは、たった一人だけだから。」
ぞっとする。
開けた途端に感じる気がそうだった。温度の話ではない。
これは、死の影がもたらす冷気だった。
死体のように蒼白な顔色。乾いた枯れ木の枝のような10代の女の子。
ホン・タルヤの双子、ホン・ダルヤが、かろうじて唇を動かした。
「'ジョー'……。」
* * *
寺の朝は、他の場所よりも早い時間に始まる。はるかに、はるかに早い時間に。
午前4時半。
あたりはまだ青かった。
キョン・グミは、神経質そうに靴を乱暴に履いた。乾ききっていない髪を振り乱し、中に向かって叫んだ。
「あー、お姉ちゃん、早く出てきて。遅れるわよ!お母さんはもう先に行ったって。」
「ちょっと待って……。」
眠気がたっぷり染み込んだ声。
「もう、お姉ちゃん本当に目を覚まして!一体何時間寝れば気が済むの?昨日確かに8時に寝たじゃない!」
「違うもん。寝てないもん。明け方に帰ってきたんだもん。」
回帰者、ヘヤ、どうのこうのといううわ言が聞こえてきた。それでも、その合間に服をゴソゴソ着ているのか、ガサガサという音も一緒に聞こえる。
とにかく、あの人はのろまで。
キョン・グミは縁側に腰掛け、溜まっていた自分の携帯電話のメッセージを確認した。
「そんで……グミ。私たち、何しに行くんだっけ……?」
「聞いてないの? 夜明け前夜祭っていうじゃない。何だっけ。108拝?とにかく、まあそんな感じのことするんでしょ。」
顎を突っ張ったキョン・グミが大まかに答えた。ところが、1分、3分、5分……。
返事が全然ない。人の気配も……ちょっと、人の気配?
まさか。
嫌な予感がする。むっくりと起き上がったキョン・グミが、勢いよく襖を開け放った。
まだオンドルの温もりが残る部屋。中央からずるずると散らばっている、虫の抜け殻のように脱ぎ捨てられた服。
そして……肝心の本体がいない。
キョン・グミはぶるぶる震えた。この……。
「ふざけんな、能無し浪人生!」
108拝と聞いた途端に逃げ出したわ、このクソ姉が!
* * *
ハア。ハア。
小柄な童子僧は、よたよたと山を登った。
毎回登る山道だが、いくら登っても全く慣れないほど険しかった。
「はあ。いつもこんな人里離れた場所を探しなさるんだから。」
遠くに首を傾けて見やった。巨岩の上に横たわっている、見慣れた影。
本当に悠々自適だ。童子僧は首を横に振った。
「大長老……!」
あれ、でもちょっと待って。
あの人にしては、何か……小さすぎるし、短いんじゃないか?
童子僧は慌てて叫んだ。
「だ、誰ですか?」
すると、横たわっていた先客も叫ぶ。
「そちらこそ誰だ!」
「ですから、月桂寺でテンプルステイ中の一般の方だと、そういうことですか?」
「そうだってば。」
「そ、それでは一体どうやってここに入って……?」
「普通に入ってきたってば。何回言えばわかるの?」
「いや、ここは禁地なのに。」
「禁地って何が禁地なの?立ち入り禁止?はあ、あんたがここ雪岳山を買い取ったの?雪岳山のオーナー?えらいこっちゃ、無知な私がうっかり見過ごしてもうた。」
「いや!そうじゃなくて。」
童子僧は泣きそうな顔になった。
話が全く通じない相手だった。一般人に陣法だの結界だの、説明してあげられるわけもない。
「本当に一般人なのか?」
雪岳の心臓部、この霊山は、千年前に三国時代から続いている大結界で覆われた場所だった。
それも10年を周期に、秘技を受け継いできた門派の大護法が自ら点検し管理する禁地。
智異山から白頭山まで続く韓半島の精気、その白頭大幹霊脈の心臓部を保護するための決定として……。
一般人なら、近くに来ただけでも急に急用を思い出したり、気味の悪い気がして引き返していくのが普通だった。
あんな風に自分の家の奥座敷のように寝そべって日光浴をしている場合じゃない。
「何よ、その不快な目つき?あんたもこの善良で純真なキングジオに、悪辣極まりない108拝なんかを強要して精神改造したいんでしょ、このお坊さん!」
「108拝は精神改造ではなく、心身の安定に役立つ精神修養……」
「何!こんなお坊さんみたいなの初めて見たわ。」
「お、お坊さんは悪口ではありません。」
「それに、この被害妄想すごい……素性の知れないチンピラの匂い。全然見覚えがないわけでもない。」
童子僧はそろりそろりと後ずさった。
まずは退却だ。そう思って、そそくさと踵を返した。
「怪しい人!」
ハア、ハア。
一刻も早く門派に知らせなければという思いで、童子僧は我を忘れて山道を駆け下りた。
そのため、禁地の境界線を踏んだことにも気づかなかった。
気づいた時には、もう遅かった。
サッ、サササッ!
キギ-ギギギ-!
「き、境界線……!」
童子僧は青ざめて後ずさった。
まだ、日が昇っていない時間であることを看過した。
だから、境界の近くを歩く時は注意しなければならないという事実も。
突然始まった何かを引っ掻きむしる金属摩擦音、相次いで入り混じるあらゆる獣の声。また、周囲を締め付けるように素早く旋回する動き。
「うっ!」
足首を掠める感覚に、童子僧は床に倒れ込んだ。
白色の長い毛!間違いない。
「さあ、チャン・サンボム!」
叫び声と同時に、暗闇の中から光のような眼光が現れた。醜く歪んだ毛の中の顔面が、奇怪な笑い声を上げた。
童子僧は慌てて懐を探った。震える手で、おどおどと御札を立てて差し出した。
「お、オン、ヤクサ……ナ、ナナヤジョン……ナラ。」
サバハ、まで叫ぶこともできなかった。
怪物が牙をむき出しにして、鋭く嘲笑した。無数の錐のような歯が、童子僧に向かって大きく口を開けた。
「た、助けて……」
「助けてください。」
「……!」
「助けてください。助けてください。」
叫ぶならそう、はっきりと叫ばないと。
「シグナルは確実に。わからないの?」
[特性、「心剣」が活性化されます。]
シャアアッ-!
ふわっ、前方から巻き起こる突風。
いや、剣風。いや、本当は剣風のような魔力。
刃のような魔力が怪物を真っ二つに切り裂いた。
同時に、間抜けな顔をした童子僧の前に着地する小さな足。
ひらめく僧服をまとったキョン・ジオが、少年を見下ろした。
「こんなお坊さんみたいなの初めて見たわ。はあ?」
「……あ、あ……。」
そして、その時だった。
少し前、チャン・サンボムとは比較にならない快速!
風を切る速度、爆発的な魔力衝突。
ジャジャン- クワガガガン!
ジオは思わず一歩後ずさった。彼女の「絶対結界」特性が認知するよりも先に活性化されていた。
ジオも驚いたが、相手はもっとそうだった。
顔をぐしゃりと歪めて睨みつける。溢れ出る真気が、人というよりはむしろ獣の方に近かった。
まるで……野獣。
そして、野蛮。
「てめえ、このクソガキ。何だ!」
まだらに混ざった薄紫色の髪が、風になびく。荒々しく、獰猛だ。眼差しは猛禽のように鋭かった。
ランキング8位。国内2番目のS級。
ギルド〈ヘタ〉の守門将。
「夜叉」、チェ・ダビデだった。




