72話
* * *
病院でユン・ウィソとの対話。
出発前にふと、キョン・ジオが尋ねた。
「テイマーが他人の感情を勝手に操ることもあるの?」
「はい?それがどういう?」
「他の人が自分に抱く好感をコントロールしたり、好きにさせたりとか。あなたは、テイマーなんだから何か知らない?」
「そ、そんな話は初めて聞きますが……。」
「なんだ、じゃあ私が貴方を助けたのはどう説明するんの?」
「はい?」
「考えてみれば最初からおかしい。妙に貴方が気になったんだ。」
振り返ってみるとそうだ。
龍だの何だの事件が大きくなったが、始まりはダンジョンだった。
鍾路ダンジョンの前でユン・ウィソを見て、ジオが「動」き、結局ここまで来たのだ。
「ユン・ガンジェが騒ぎ立てたから、また別の龍の主だから……。もちろんそういう理由も あっただろうけど。でも私が貴方に連絡先まで渡したのは、たかがそれだけでは説明がつかない。」
初めて会った瞬間から気になった奴。ずっと目が離せなかった。
他人に興味を示すことが極めて稀なキョン・ジオとしては、珍しいことだった。よほどのことなのか、聖約星さえも貴方にどうしたのかと尋ねたほどだ。
「貴方だから、この私が動いたんだ。他の奴じゃなく、貴方だから。」
「あの、お兄さん。勘違いしないでくださいね。あんたのこと好きだなんて絶対に言ってないですから。ひょろひょろの病人が夢を見るな。」
「あ、言ってません!」
「ただこのキング・ジオ様がみょーな親近感を覚えた、という話です。見て見ぬふりをせずに助けてみようか、という気持ちになるくらい。」
ジオは気まずそうにつま先をコツコツと鳴らした。そして。
「貴方一人だけだったら、まあ生きていればこういうこともあるかと忘れていただろうけど。」
最近、似たような奴に会った。
理由も脈絡もない惹かれ合い。
しかもそいつはユン・ウィソよりずっとタチが悪かった。キョン・ジオの心を動かすどころか、揺さぶったのだから。
さっと顔色を沈めるジオ。
じっと考え込んでいたユン・ウィソが、やがて低い感嘆とともに膝を叩いた。
「ああ!もしかしてそれじゃないですか?」
「何がだ。」
「『他人』、他の『人』とおっしゃったので、ピンと来なかったんですが。一般的に召喚獣、つまり動物がテイマーに好感を抱くことはあるんですよ。」
どうやら交感や繋がりをはじめとする愛情から基盤とする関係。
それを本質として生まれ持った覚醒であるだけに、当然のことなのかもしれない。
テイマーは「線」をより簡単に越える。
説明を聞いていたジオの眉がぎゅっとひそめられた。ちょっと待て、これを聞いていると。
「こ、このひょろひょろ野郎が。貴方、私が今、人間じゃなくて動物だって言うのか?」
いくら私が全方位に渡ってどうしようもない高貴な猫のキャラ解釈をされているとはいえ、こいつ、人の面と向かってよくもそんなことを?
「あ、いや、別にそういう意味じゃなくて!」
ユン・ウィソは慌てて手を振った。
「とりわけ!とりわけ、特に!そういう部分で敏感な方がいると聞いたことがあるような気がします。つまり動物的な感覚を持って生まれた方々。例えば……『S級』とか。」
まあ、確かに……。
ファン・ホン、あのヤクザ豆腐野郎もユン・ウィソにちょっと弱かった気がする。
すぐに納得したジオが頷いた。しかしユン・ウィソは、むしろ疑問が残る顔だった。
「でも……それは相対的に好感を抱きやすいというだけで、反則的な影響を与えるほどでは絶対にないはずなのに……。」
「ふむ。」
「ジオ様がおっしゃった方のような場合なら、おそらくテイマー特性だけでなく、その人固有の特性、まあ、聖位とか、そういうものが総合的に加わった結果じゃないでしょうか?」
ユン・ウィソが呟いた。
「自分の意志で感情と心を揺さぶるなんて。」
それならその人は本当に怖いですね。
* * *
今後、会うのは難しくなるだろう。
グイード・マラマルディがあちこちでそう言いふらしていた理由があった。
太平洋を越えて飛んできた奴ら。
そのすべての奴らのスケジュールを握っている決定権者が、ついに動き出すからだった。
アメリカ、ジョン・F・ケネディ国際空港。
ニューヨーク発仁川到着、航空便。
ウォール街のアナリスト、スミス氏は現在、非常に機嫌が悪かった。
デルタ航空の悪評については、夜通し語っても足りないほどだが、これはちょっとひどすぎないか?
「定時出発までは望まない。」
しかし、遅延はすでに2時間目だ。しかも強風、霧などの気象悪化で出発が遅れている状況でもなかった。
「たかが搭乗客のためだなんて!」
機内放送ではずっと遠回しに言っていたが、結局VVIPが乗らないから出発しないと言っているのと同じだった。
「ふざけるな、そんなに高い身分なら専用機に乗れ!一体何をしているんだ!」
腹が煮えくり返った。
スミス氏をはじめとするファーストクラスの乗客が抗議しても無駄。こうなると意地まで湧いてくる始末だった。
「一体どれだけ偉い奴なのか、しっかり見て覚えておこう。降りたらすぐにタイムズにリークして、めちゃくちゃに……。」
結果的にそのリークは必ずしなければならなかった。
スミス氏が考えていたのとは少し違う方向だったが。
「こ、光栄です、ミスター。お隣の席とは。」
待ってやるさ、クソ、2時間でも3時間でも無条件で待ってやる。
表情管理ができなかった。
そりゃ当然じゃないか?
目の前の美青年は「神」が下したこの時代最高の盾だった。全世界で唯一無二、二人の聖位と聖約を結んだ!
ギルド〈イージス〉のギルド長。
大天使たちが加護する「神の息子」、ティモシー・リリーホワイトが微笑んだ。
「僕のせいで遅れたんですね。すみません。ギルドに急用があって……。」
「だ、 大丈夫です。とんでもない!」
「急用があるとはな。」
ティモシーを見て、後ろでギルド員たちが咳払いをした。嘲笑をこらえるためだった。
誰も想像できないだろう。
あのまともなふり、上品ぶっている金髪の青年が、さっきまで拗ねてホテルのベッドに寝そべって抵抗していたという事実を。
「今回拗ねた理由は何だったっけ?」
「うーん。支援チーム長が韓国に一緒に行ってくれないって。ティミーは内心、韓国観光ガイドとして彼を狙っていたみたいだよ。」
「参ったな。支援チーム長が賢明だったな。もし行っていたら、どれだけ苦しめられたことか?毎朝『ジョー』の遺跡に行こうとぐずぐず。」
「ティミー・リリーの性格を知っているから逃げたんだ。」
「羨ましい、羨ましい。」
「貴方ら、私の悪口言ってるだろ?全部聞こえてるぞ。」
しまった。頭の中に響くテレパシーに、ギルド員たちは慌ててそっぽを向いた。自由自在に飛ばすテレパシーは、ティモシーの数ある能力の一つだ。
ティモシーは後ろを睨んでいた体を再び戻した。あの野郎ども、どうりで座席配置がここだけ離れていると思ったよ。
仕切りの向こうのすぐ隣も知らない人、通路側も知らない人。
乗務員が(出発前にも関わらず)持ってきたシャンパンをちびちび飲みながら、ティモシーはしょんぼりと目を伏せた。
「私、仲間外れ……。」
覚えてろ。降りたらみんなに復讐してやる……あれ?
「そ、それ。」
少しばかり切羽詰まった声。
彼の通路側の席、スミス氏が何気なく顔を上げると、びっくり仰天した。
アメリカの英雄、アメリカ大陸の恋人。アメリカン・スウィートハートが彼を指差して指をさしていた。
正確には、手に持った漫画本を。
「こ……『キング・ウィザード』のことですか?」
「『キング・ウィザード:黒い龍を探して VoI.4』!あ、まだ発売されてないと思ってたのに。」
「コミックの方に知り合いがいて、明日の午前中に発売されるものを事前にいただきました。十数時間も飛行機に閉じ込められる予定なので……。」
表紙に描かれた、大都市を背に孤独に立っている黒いローブの魔法使いの英雄。
どう見てもモチーフの人物が 確実だが、誰もが知らないふりをして消費している、現在アメリカ最高の人気コミックス。
スミス氏は慎重に尋ねた。
「ご覧になりますか……?」
「はい!」
「もしかして『キング・ジョー』のファンで……?」
「はい!」
レトリーバーだ。
ゴールデンレトリバーがここにいる。
尻尾を振る幻影が見えた。スミス氏はぎこちない笑みでアメリカの英雄に本を渡した。
「お願いだから……そうじゃないふりくらいできないの?」
「何が?」
約10時間のフライト。
魔石技術によって徐々に飛行時間が短縮されているとはいえ、まだまだ長いには長かった。
ティモシーは凝り固まった肩をぐるぐると回してほぐした。
別途用意された空港内の待合室。
別途入国審査を終え、韓国側の関係者を待っているところだった。
前回とは違って「とりあえず」アメリカ側の公式使節として来たのだから、むやみに動くことはできない。
「あのファン心だよ。」
ギルド員が深いため息をついた。
「マッドドッグはいないものとして、それでも貴方のランキングの上にいる人なのに、ライバル意識までは望まないから、せめてプライドくらいは守ってくれ。」
それなりに真剣な話だったが、相手もそうだったかは疑問だ。
ティモシーが至って真剣に頷いた。
「そう……。でもジョーはどうして返事をくれなかったんだろう?僕のカードを受け取ったはずなのに。」
参ったな。こいつ、全然聞いてないじゃないか。落胆するギルド員の肩を横からポンポンと叩いた。
そうであろうとなかろうと。ティモシーは相変わらず深刻だった。
ホワイトハウスでダメだと言われたのを、こちらが強引に説得して送った手書きのカードだった。
彼の好意に満ちた気持ちを見せてあげたくて。
もしかして見覚えがないといけないかと思って、写真まで一番 写りの良いものを選んで送ったのに。
「ジョナサンがハングルのコーチまでしてくれたんだぞ。最近の若い韓国人が一番よく使うという慣用句で。」
「このバカ……貴方は罠に引っかかったんだ。」
韓国系アメリカ人のギルド員の一人が、必死に哀れみの気持ちを隠した。
ジョナサン・パク。本名パク・ヨンギュ。
ギルド〈イージス〉の支援チーム長、全羅道出身の海兵隊男の悪魔のような笑みが目に浮かぶようだった。
コン、コン。
だらけていた姿勢が一瞬にして変わる。
ノックの音とともにドアが開いた。
黒いスーツを着た人々。韓国側の関係者たちの登場だった。
隙のない警護とともに 入ってきた、壮年の男が人当たりの良い笑顔を見せる。
「これは……お越しになるのにご苦労様でした。韓国覚醒者管理局局長のチャン・イルヒョンと申します。」
「ミスター・チャン!」
知っている名前だった。
ずんずん歩み寄ったティモシーが彼を抱きしめた。
瞬間、誰もが 慌てる中、一人その理由を知っているチャン・イルヒョンだけは思った。ハハハ。
「やばい……。」
「ジョーにはいつ会えますか?」
貴方、約束したじゃないか。
声に出さなくても目が語っていた。
ティモシー・リリーホワイトが明るく笑った。まるで日差しのように。
* * *
その時刻。
太陽のような笑顔のアメリカ代表と悲しい中年韓国代表が同時に一人の人物を思い浮かべている時。
その主人公は……。
「ボヒョン住職、お元気でしたか?」
「久しぶりです、菩薩様。」
「うむ……。」
江原道、ボヒョン住職の前だった。




