66話
なんでここに?
「ゲートがなんでここに……?」
疑問がよぎったが、ほんの一瞬だった。
バベルが「下位ローカルチャンネル」を通じて座標を教えてくれる場合でなくても、亀裂はいくらでも現れる可能性がある。
突発亀裂がその代表的なケース。
しかし、そんな突発亀裂でなくても、音もなく現れて「時」を待つ、じっと待つ亀裂も存在する。
扉を開けるにふさわしい時を待ちながら、息を潜めているじっと待つゲート。
それを種亀裂、シードゲートと呼んだ。
「わあ、無法地帯だな」
こいつら全員、刑務所暮らしを送らせるべきだ。
「種」は発見次第、申告するのがお約束だ。
たまに精神がアンドロメダに家出したやつらが、私が異界とコミュニケーションを取ってやるとか、馬鹿げたことを言って隠す場合がよくあるが、見つかれば有無を言わさず刑務所行きだった。
どうせこれも絵に描いたような展開だろう。
どこかのマッドサイエンティストみたいなやつらが、種を発見するや否や、大喜びで研究センターまで建てたんだ。
「希少動物実験に麻薬研究……種の隠蔽まで。犯罪てんこ盛りセットだな、これ。まるでクリスマスのようじゃないか?」
1番、2番じゃ足りず、脳が壊れるレベル。
ジオはうんざりした表情で、不吉な青い穴を見つめた。
「種は事前に閉じられないのか?」
「原則的にはそうです。開いてこそ閉鎖もできるので」
「じゃあ、早くこいつから連れて行こう。あの種は申告すればセンターのやつらが 勝手にやるだろう」
じっと待っている種なんかより、悲惨な姿で死にかけている妖精龍の方が優先だった。
ジオは手を伸ばした。人生最大の優しさを込めて尋ねた。
「おい、半死半生の妖精龍。大丈夫か?」
ジオ基準の最大の優しさだった。
「まさかもう死んだんじゃないだろうな?シードゲートの説明タイムだったんだぞ。こういうことをきちんと説明しないと、蓋然性不足とか言われるんだからな」
「デッドプールか?勝手に第4の壁を越えるな……」
ジオが戸惑って見つめようが、おかまいなしに巨体を突っつく指。
「おい、ヘイ、目を開けてみろ!さっきの死んだ魚のような目でもいいから、少しは開けてみろ!」
切実な(無礼な)その叫びが届いたのだろうか?
空気が震えた。
続いて、頭の中に響き渡る声。
肉声で出すのではなく、意志によって伝える龍のコミュニケーション方式だった。
[……同族の匂いがするな。]
「……」
ずっと軽く振る舞っていたジオの眉がひそめられた。
意志で伝わる原始的なコミュニケーション方式。
全く誤解の余地がないという長所もあったが、短所も存在した。
相手の感情と意思が「非常に」直接的に伝わるということ。
ジオは龍の感情を感じた。
悲惨なほど、悲しかった。
「……ああ。私も龍がいるんだ。お前みたいな龍。系統は少し違うけど、ルーツはだいたい同じだ」
[そうか?それなら私の勘違いではなかったんだな、よかった……。死ぬ間際の春の夢かと思った。]
かすかな響き。
ジオはぼんやりと彼女を見つめた。
「龍、お前の名前は?」
[アムピトリテ。]
「アムピトリテ。いい名前だな。ギリシャの海の龍神の名前じゃないか」
妖精龍アムピトリテが笑った。消え入りそうなうめき声のような笑いだった。
[聡明だな。]
[私もその海で生まれた……。暖かい太陽の下、白い波が私を形作った……。]
おそらくそうだっただろう。
学園でのあの日、確認のため日光に照らしてみた龍の鱗の色をジオは忘れていなかった。
今では漆を塗ったように真っ黒だが、元々はきっと目がくらむほど色とりどりだったはずだ。
まるで太陽の下で砕ける地中海の白い波のように。
ジオは静かに手を当てた。龍から感じられる生命力は限りなく微弱だった。
「そうか……。アムピトリテ。私はお前のパートナーの頼みで来たんだ。あいつのところに連れて行ってやる。それまで頑張ってくれ」
[……フィソか。]
ジオはユン・フィソの名前を口にしたことをすぐに後悔した。
少し前までとは比較にならない、巨大な感情だった。それらがそっくりそのままジオを襲った。
悲しみ、心配、後悔……。
苦痛に満ちた悲嘆だった。
妖精龍アムピトリテは泣かずに泣いた。
[私が弱くて……足りなくて、私のパートナーをこんな苦痛に陥れてしまった。人間たちが恨めしいが、私自身を一番許せない……。]
「……お前がなぜ?」
人間の欲望によって地下に閉じ込められた妖精龍。
会話している今この瞬間にも、おぞましい人工血管が彼女から血と魔力を奪い取っていた。
翼が引き裂かれたまま、全身に管を刺されたまま、龍はそうやって人間の欲望の中で死にかけていた。
それでもアムピトリテは、自分をそうさせた者たちよりも自分自身を責めた。
自分がここに閉じ込められるきっかけとなった、自分のパートナーを心配した。
「いつもそうだ」
いつもこんな感じ。
この世はそういうものだ。
善良なものは最も弱い。最も早く消え去る。
生涯善良にだけ生きて、また最後まで自分よりも他人を思っていた一人の男も、そうやって死んでいった。
幼い娘を残して。
巨大な妖精龍がうずくまっている祭壇のような台。
周囲を囲む血管と龍の巨体のすぐ上で揺らめく種亀裂。
近くに上がってそれらを注意深く観察していたジオが、小さくうめきながらジオを呼んだ。
「ジオ、この血管……そして種まで、全部アムピトリテと深く繋がっているようです」
「……」
「まるで有機的に繋がった、一つの生命のように」
「……おい、その言葉は」
「ええ。どうやら……」
どれか一つでも間違って触れば、アムピトリテにも致命的な影響が及ぶ。
もしかしたら、死ぬかもしれない。
重い眼差しでジオがそう言っていた。彼もまた、この状況が悲惨だった。
ジオの表情が暗くなった。
[……人間の王よ、そなたの名は何という?]
「ジオ」
[ジオ、そなたの怒りが私にも感じられる。まるで怒涛のようだ。]
「……」
[しかし、そうする必要はない。すでに私の生が終わりに近づいていることを、そなたも感じているのではないか……?]
風前の灯火のように危うい生命。
そうやって消えゆく息で意志を繋いでいた妖精龍が、突然顔を上げた。
[……それでも、そなたがよければ。]
はっきりとした眼差しでジオを見つめる。
日が完全に暮れる前、ほんの一瞬明るくなる空。走馬灯のように。
[一つお願いをしてもよろしいか?]
「なんだ?」
[テイマーとパートナーの生命は繋がっている。]
[私の死がフィソの死にならないでほしい。これが私アムピトリテの唯一の願いだ。]
「……ふざけるな。死ぬわけないだろ」
ジオがうんざりしたように言い返した。
何を言ってるんだ?強制的に契約でも切ってやろうと思ってここまで来たと思ってるのか。
彼女の感情に巻き込まれて感傷的だった精神が、おかげで少し覚醒する。
[しかし、王よ。]
「ああ、黙れ」
ジオも龍の周辺を慎重に調べた。
確かに、素人が見ても深く絡み合っていて、安易に手が出せない。
ドクン、ドクン。
脈拍が感じられる人工血管から、空中に種のように突き刺さって周囲に青い波長を放っているシードゲートまで。
どこから手を付ければいいのか見当もつかなかった。
「おい、パクさん。あんたナイフすごく上手いじゃないか。こういうのをうまく切り離せないのか?ほら、鮭の解体ショーを撮るような、気性の荒いシェフみたいに」
そう呟きながらジオの方へ歩き出そうとしたその時だった。
「……!ジオ、危ない!」
『星痕(星痕)、強制開門。』
『究極星位、「■■■■」様が星界星約に基づき干渉力を一部行使します。』
【 精神を落ち着かせろ?】
ほんの、紙一重の差。
「ご無事ですか!」
肩を強く掴むジオの腕。
ジオは静かに手を上げて自分の頬を撫でた。感覚がヒリヒリした。
急いで調べたジオが、小さく安堵の息を漏らした。
「危なかったです。幸い特性が活性化されたようですが……」
違う。
特性なんかじゃない。
ジオは床に散らばった矢の破片と、剥がれ落ちた帽子を見つめた。
左頬をかすめた矢。魔力が全く込められていなかったので分からなかった。
本能的に攻撃を防いでくれるジオの「絶対結界」特性は、魔力にのみ反応する。
いくら職業群の分類が無意味なほど強いとしても、基本的にジオは魔法使いだから。
もし「彼」が無理やり介入して弾き飛ばさなかったら、そのまま目に突き刺さっていたかもしれない。
「……クソ。よくもまあ。」
ようやく状況を理解したジオの顔がゆっくりと、夜叉のように歪み。
バキッ。
バキバキバキッ!
「あいつら捕まえろ!殺してしまえ!」
「ジオ!下がってください、ゲートが!」
盲目の矢が起点だったのだろうか?
背後から押し寄せてくる、どこか目がイカれている人々。
そして……。
空中に連続的な斜線を刻みながら魔力を吸い込み始めた、胎動の種。
同時多発的にトリガーが引かれた。
まるで誰かがいたずらでもしたかのように、瞬く間に場内が戦場へと変貌する瞬間だった。




