64話
* * *
ギルド〈インバイブ〉。
かつては国内有数の規模を誇る大型ギルドだったが、ハンターの義務を放棄したことで衰退の一途をたどったギルド。
10数年前、全国民の悪夢として残った大規模突発亀裂事態。
「悪夢の3月」事件がその決定的なきっかけだった。
当時、議政府に拠点を置いていた〈インバイブ〉。
ギルド担当区域だっただけに、サドンゲート発生時、誰よりも先に戦うべきだったが……。
議政府を襲った2級突発亀裂。
その前で「たった一人」で市民を守り抜いたのはギルド〈ヘタ〉。
どこにも〈インバイブ〉はいなかった。
すべてのことが終わった後、責任論が台頭し、一つ二つと始まった検察の調査によって明らかになった結果はさらにひどかった。
亀裂が発生するやいなや、ギルドの重役たちが偽装身分でワープゲートに乗って逃げたという状況が明らかになると、全国民が立ち上がった。
「あのハンターどもを今すぐ市庁広場に吊るせ!」
国民への謝罪記者会見も無駄だった。
公開処刑制を導入しろと国民世論が沸騰し、それに応じて自然にギルドはすっかり没落。
行く当てのないどん底まで転がり落ちて、塔やダンジョン攻略どころか、ハンターたちの後を追いかけ回して、おこぼれを拾うスカベンジャーまがいのことをして生きていくかと思いきや。
没落して体だけが残ったそのチンピラギルドを拾い食いしたのが、目の前にあるものはとりあえず食っておくという主義の「夜食王」。
アンダーワールドの支配者。
5大ギルド、〈黎明〉だった。
ペク・ドヒョンは考えた。
「様子をうかがっていたインバイブが水面に戻ってきたのは、黎明の下に入ってからだ」
ランキングデビューしてたった5年。
国内に数少ないS級だとはいうものの……。
この短い期間に黄昏の〈黎明〉が5大ギルドの一角として定着できたのは、すべてその途方もない食欲のおかげだった。
〈インバイブ〉の立場からすれば、天運だったと言えるだろう。
勢力拡大で目に見えるものがなかった幼いギャングスターがアンダー帝国を統一し、自然に吸収されたのだから。
「問題は……単なる名前だけの傘下なのか、それともこの件に黎明まで関わっているのか」
〈インバイブ〉一箇所だけなら構わないが、万が一後者なら……。
思ったより事が難しくなる。
ペク・ドヒョンの顔が曇った。
「キッド……お前はいったいどこまで入り込んでいるんだ?」
マヌミッション(Manumission)という単語の直訳は「奴隷解放」。
したがって、覚醒剤「マヌミッション」のもう一つの名前は、解放薬物だ。
回帰者ペク・ドヒョンはその麻薬の背景に「誰が」、またどんな「集団」の意向があるのか正確に知っていた。
「当たってる。こいつで間違いない」
物思いを断ち切る平和な声。
ペク・ドヒョンは顔を上げた。
特有の気だるそうな顔でジオが誰かの前にしゃがみこんでいた。
倒れた者の頬をいたずらっぽく人差し指でつつく。
すべて任せると言ったのに……。
本当にペク・ドヒョンが道を開いている間、ずっと後ろ手に立っていた方だった。
「二枚舌を使わないと言うべきか、頑固と言うべきか」
焦土と化した廊下の上。
あちこちに転がっている人々。廊下を埋め尽くした彼らからは何の音もしない。
ただ二人だけが動く廊下は静寂に近いほど静かだ。
ヒュッ。
血のついた剣を払い納刀したペク・ドヒョンが普段と変わらない口調で問い返した。
「インバイブ所属で間違いないですか?」
「ああ。チョン・ジンチョルの子分」
ジオがそっけなく答えた。
「やっぱり?」
[聖約星、「運命を読む者」様が鍾路ダンジョンでエレベーターの方に攻撃を飛ばしてウレギが怪我しそうになったあの忌々しいトロール野郎で間違いないと肯定します。]
「お星さまも鍾路ダンジョンで間違いないって。へえ、こいつら本当にインバイブだったんだ」
「お星さま?」
「私のお星様」
「……聖約星を、お星さまと呼ぶんですか?」
もちろん聖約星を呼ぶ呼称はそれぞれ違う。聖約星との関係がそれぞれ違うからだ。
聖約星と親しく付き合っている化身たちがいるとペク・ドヒョンも聞いたことはあるが……。
ジオが首をかしげた。
「気分によって違うけど、大体、どうして?」
「いえ。聖約星と本当に親しいんですね」
「じゃあ、あんたは何て呼ぶの?」
「……」
ペク・ドヒョンがなぜかひどく戸惑っていると思った。まるでそんなことは考えたこともなかったかのように。
しどろもどろしながら口を開く。つまり……。
「……普通、呼ばないですよね……?」
「……」
[……。]
[あなたの聖約星、「運命を読む者」様がベイビーが本当に本当に頑張るから、今まで恵まれていることに気づかずいつも文句ばかり言ってごめんなさいと叫びます。]
「ふ、不憫」
あの家の聖約星、不憫。
どうしたことか。
契約者を間違って出会って骨までしゃぶられ、完全に冷たいビジネスそのもの……。
「……み、みんなそうじゃなかったんですか?」
まったく、だから最近の若い奴らはダメなんだ、もらうものだけもらったら口を拭うと1号線の説教おやじビームを装填しようとした刹那。
立ち上がろうとしたジオがそのまま動きを止めた。
じっと耳を傾けていたジオの視線が下を向いた。
廊下の床にたっぷりと溜まった血。
その水面の上で揺れるさざ波の跡。
音は止まったが、余震はまだ残っていた。
「……ジョー?」
「泣き声」
「何の」
「龍、泣き声」
ジオは冷たく固まった表情で顔を上げた。
ドラゴンの恐怖ではない。
自分より弱い種族を見下ろし、威圧する最上位捕食者のけたたましい咆哮ではなかった。
これは。
ドラゴンの叫びだ。
死を目前にした龍が生涯最後に、同族を呼ぶ救いの断末魔だった。
* * *
昔のことだ。
龍との縁のヒストリーはジオが幼い頃に遡らなければならなかった。
[キーワード「黙示録の赤い龍」の具現化に失敗しました。]
[司書の熟練度が不足しています。]
「ちぇ……どうしてできないんだよ!」
「記録」の具現化とは、事実上創造に近かった。
しかし、無から有を創造するのではない。
この世界にすでに存在しているが、無形として存在していたものを有形として具現化すること。
つまり、イメージとしてのみ存在していたものに形を与える行為であるだけに、データが多ければ多いほど、またそのイメージが具体的であればあるほど良かった。
したがって、聖書の「黙示録の赤い龍」ほど資料も溢れ、イメージまで確かなものはないから。
簡単にできると思ったのに……。
また失敗だった。
幼いジオが足を踏み鳴らしてむくれていた。
「詐欺師!」
[あなたの聖約星、「運命を読む者」様がどうしようもない子供の駄々に肩をすくめます。]
[詐欺師とは?このにいにはできないと前もって説明し終えたのに、馬耳東風だったのはお前様だったと言葉巧みにインテリジェントな口調で反論します。]
「意地悪!」
[聖約星、「運命を読む者」様がいくらデータの具現化だとしても、武器を作るのと同じようにドラゴンを作れると思うのかと、あまりにも安易に考えているのではないかと、それとなく叱るように腰に手を当てます。]
[できないことにいつまでも駄々をこねないで、うちの可愛い子猫ちゃん、こんな時間があるならイケメンにいにと修練しにバベルの塔にでも行こうと誘います。]
「行かない!」
昔の聖賢いわく、定石がダメなら裏技を使えと言った。(違う)
道がないなら抜け穴を探せとも言っていた気がする。(絶対に違う)
幼いジオは諦めなかった。
「龍といえばそもそも最強のロマン」
お前ら自家用ドラゴンが一匹もいない最強を見たことあるか?
ドラゴンくらい乗り回してこそ、ああ、あいつがあの界隈のキングを食った最強なんだな、と認めてくれるものだ。
幼いジオは意気揚々と図書館に出入りし始めた。
幸い、世の中には非常に多くの龍がいた。
「アジ・ダハーカ、こいつはマジで本当に悪そう。ファフニールは、わあ、こいつ欲張りだな。ヤマタノオロチうんぬん?こいつは何?日本製だからパス」
その他、翼がないからパス、文献不足でパスなどなど。
あらゆるパスが飛び出す頃。
「ニーズヘッグ」
北欧ノルウェー神話の中で最も恐ろしい龍。
世界樹の根元で生きる敵意の虐殺者。
こいつだ。
お前に決めた。
ジオは運命を感じた。
「虐殺者のくせに木の根っこをかじってばかりいて、いつもリスや鳥と喧嘩しているようなつまらなさが気に入った」
そして相次ぐ数々の失敗。
熟練度不足のメッセージにノイローゼになりそうだった。
幼いジオはハードルを下げた。
ありったけの想像力を動員した。
神話の中の龍ニーズヘッグの「価値」を減らすために。
今の自分が耐えられる大きさに世界から取り出せるようにマインドトレーニングを続けた。
お前は小さい、寂しい。
本当はそんなに強くも、すごくもない。
永遠の命は必要ない。必要なのはお前のそばにいてくれる誰か。
そうして、
その粘り強い独り言の中で。
[キーワード「ニーズヘッグ」の具現化を実行しますか?]
[具現化(具現化)進行中……。]
[敵意の虐殺者「ニーズヘッグが誕生しました!]
[驚異的な業績!サーバーで初めて生命創造に成功しました。]
[万流天秤があなたに敬意を!]
[ファーストタイトル、「魔術師王(神話)」が最終満開(満開)します。]
暗雲が立ち込める深い夜。
夜空を開いて生まれた……暗黒銀河の光を帯びた皮膜の黒い龍。
燃え盛る灰と火、そして星の匂いがした。
幼いジオは声を出して笑った。
「だからってこんなに小さく生まれたらどうするんだよ!」
上半身ほどの大きさの小さな龍。
伸びをするように黒龍ニーズヘッグが翼を広げた。
魔術師王、その第一の眷属。
また最初の友達の誕生だった。




