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61話

* * *


トク、トオク。


心電図の機械の音と、落ちる点滴のしずく。


人より敏感な感覚の覚醒者には、はっきりと聞こえた。ジオは、味気ない病室の天井を見つめた。


「病院は、まっぴらごめんだ。」


もちろん、だからといって、あまり親しくもない縁の前で魔法を使うのは、もっとごめんだ。少し我慢する方がましだ。


それが、救急車について、今ここに救急室まで来ている理由だった。


呼吸器をつけたユン・ウィソの顔は、死体のように蒼白だ。


「薬物中毒のようですが……一般的な中毒症状は、アンチポイズンポーションパックを投与すれば好転するはずですが、おかしいですね。上級ヒーラーの先生に来ていただく必要があるようです。」


インターンは、それでも、それほど深刻な状態ではないようだという言葉を付け加えた。


どうやら、患者よりも患者のような顔のユン・ガンジェを意識した発言のようだった。


病室の外。


うずくまっているユン・ガンジェは、黙っていた。たった数日で、やつれ果てた姿。


鍾路ダンジョーンで、虫の蜜袋に閉じ込められていた時よりも、状態が悪いように見える。


「あいつも、ベッドに寝かせた方がいいんじゃないか?」


「それが、私が言ってみたんですが、本人が断固として……。」


「おい、おい。ヘイ。起きろ。乞食かよ?床で何してるんだ?」


「ちょ、ちょっと。ジョー、ジョー!いくらなんでも、病人に向かって蹴るのは……。」


「……ジョー?」


ユン・ガンジェが、膝の間に埋めていた顔を上げた。


やつれた顔で、彼らを見つめる。


「そうだ……全部ジョーのせいだ。ジョーのせいだ。」


「何よ、いきなり逆恨み?」


まるで、肝臓のせいだという歌を歌うウルサのCMみたいだ。


黙っていたら、いきなり髪を掴まれたジョー(本名:キョン・ジオ)が、ペク・ドヒョンに、不当だという視線を送った。


ペク・ドヒョンが、気まずそうに笑った。


「あの、ガンジェ君。それはどういう……。」


「全部ジョーのせいだ、クソ!」


「あらまあ。聞くに堪えないわね、ちょっと!ジョーが何をしたっていうのよ!」


「ちょっと、ジオさん。落ち着いてください。」


「あいつさえいなければ、いや、いなかったら!うちの兄貴は、あんなことにならなかった!」


「えええ。マジかよ。世の中生きづらくなると、まずお上を恨むっていうけど、ひどすぎないか!ジョーが何をしたっていうんだ!」


「あの魔術師王……さりげなく、自分のことをお上だと言ってる……。」


無意識に、普段考えていることが出るっていうけど……。


とにかく、大学の門もくぐったことのない奴らの喧嘩だからか、かなりタフだ。


ペク・ドヒョンに両腕を掴まれたキョン・ジオが、空中に向かって、前蹴りを繰り出した。


「かかってこい、かかってこい!」


「お願いだから……。」


(体面を保ってください……。)


なんとか落ち着いたのは、通りすがりの看護師の叱責があった後。


野良猫に髪をむしられたゾンビのような姿で、ユン・ガンジェがすすり泣いた。


「うちの兄貴が、『あの人』じゃないことくらい……俺だって感じてた。ただ、知らないふりをして、信じたかっただけなんだ……。」


「……。」


「いつでも、いつの日か、正体を明かして、実は俺がジョーだったんだと、今まで我慢してただけだと、全部ひっくり返してくれることを願ってたから。」


「……。」


「もう少し我慢すれば、俺がもう少し我慢していれば、兄貴が今まで苦労したと、兄貴が臆病者でごめん、もう我慢しないと、全部終わったと言ってくれると、言ってくれるといいなと思って……。」


誰もが、自分の人生の「どんでん返し」を願う。


逆転劇を夢見て。


一日で変わってほしいと、願い、また、渇望する。


ただ、他人と違って、ユン・ガンジェの渇望は、もう少し具体的で、対象が明確だっただけだった。


膝の間に顔を埋めたユン・ガンジェが、しくしくと泣いた。後悔と自己嫌悪の涙だった。


「だから…… だからあ……兄貴が苦しんでいるのも見て見ぬふりをして、兄貴の話も聞かなくて……本当にバカみたいに。」







「兄貴!知ってるんだ。兄貴があの人だってこと、そうでしょ?」


「え?何のことだ?」


「まさか、人をバカだと思ってるのか?世界で『黒い竜の主』は一人しかいないことくらい、誰でも知ってるよ。」


「……ユン・ガンジェ、お前、ギルドに来たのか?俺が絶対に来るなって言っただろ!」


「いや、ちょっと兄貴を探しに行っただけだよ。」


「ガンジェ、俺はあの人じゃなくて……」


「ああ、わかったよ!正体を明かさないってこと。そうだよな、兄貴の性格じゃ、人前にどうやって出るんだ?理解するよ、弟として。」


「……。」


「でも、本当にすごいな。ユン・ウィソ。兄貴が俺の兄貴で誇らしいよ。」


「俺が、うちの兄貴をあんな風にしたんだ……。」


ジオは、じっとユン・ガンジェを見下ろした。


涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった10代の顔、真っ赤に火照った顔が醜い。しかし。


キョン・ジオが、ユン・ガンジェという少年と出会って以来、最も真実の姿だった。


「……助けて。」


「……。」


「うちの兄貴をあんな風にした……あの悪い奴らに、復讐してくれ。」


「……。」


「6年だよ。うちの兄貴は、高校生の時から、なんと6年も、あいつらに言われるがまま、こき使われるがまま、奴隷のように生きてきた……。」


ぎゅっ。


ズボンの裾を掴む手。


必死の形相で掴んでいるせいか、血の気もなく真っ白だった。


ジオが尋ねた。


「私が誰だか知ってて、助けてくれって言ってるのか?」


「強い人。」


「……。」


「兄貴が言ってた。もし何かあったら、ここに連絡しろって。」







「これが一番必要そうだったから。」


「私が気づいたの、知ってたんですか?どうして?」


「そんな目で見られたら、誰でも気づくだろ?」


「ドラゴンの匂いがしました。それも、燃え上がるような匂いが。それなら、一人しか……。」


「これが誰なのか聞いたら。」


「……それじゃあ、本当に、本当に助けが必要な時に連絡しても!」







「俺たちが待っていた人だって、切実に待っていた……。」


反転のキー。


逆転の主人公。


「ジョー」は笑った。


ハンターか。こいつ。







* * *


チロロク。


パックジュースを飲む頬が丸い。


おかっぱ頭。小柄。


あどけなさの残る顔。


未成年と成年の境界線に位置しているが、まだ少女の方にずっと近い外見。


外見だけ見れば、誰もが簡単に予想できないだろう。


可愛い、幼い、ユニークだ、と思うくらいで通り過ぎるだろう。


しかし、この幼い女がまさに、世界で最も強力な魔法使い。


ただ一人の好敵手もいない、このバベル時代の王だった。


ペク・ドヒョンは、静かにその前に着席した。


「……ガンジェ君の立場からすれば、勘違いするのも無理はありません。他のことならともかく、『黒い竜の主』は一人しかいないのは事実ですから。」


「うん。黒竜は『ジョー』の象徴だし。」


世間に姿を現す時、一度も一緒じゃないことはなかった。


遠い空から黒点のように現れる『黒い竜』の姿は、魔術師王のシグネチャーも同然。


ジオは、ストローをもう一度吸った。


「それどころか、私も騙されたのに、まあ。」


「え?」


「竜の鱗。見たことあるんだ。ユン・ガンジェが学園に持ってきてて、本当に真っ黒だった。うちのお星様が教えてくれなかったら、そのまま騙されるところだった。」


危うく、鍾路の真ん中でニーズヘッグを取り出して、翼の付け根を調べてみるところだった。


そっけないその言葉に、ペク・ドヒョンが少し躊躇した。唇をもごもごさせて、やっと口を開いた。


「実は、私も……別の『黒い竜』を見たことがあります。」


ふむ。ジオは、後ろに寄りかかった。


「回帰前?」


「はい、タイムラインで言えば、今の時点よりもずっと後のことではありますが……」


「じゃあ、それがあいつなんだろうね。いきなり2匹も出てくるはずないし。」


「私もそう思います。理由は少し違いますが。」


懐を探ると、そのまま取り出して置いたのは、急いで剥がしたようなラベル。


「偶然か何か。午後に言った物流倉庫で見つけたんです。」


「……。」


「二重コーティングしてあるのを見ると、まだ出航前だとは思いますが、出るとすぐに恐ろしい勢いで大きくなる製薬会社です。稀代の覚醒剤を出すんですよ。」


通称マヌミッション(Manumission)。解放薬物。


ペク・ドヒョンの声が低くなった。


「覚醒剤と言ってますが、麻薬です。」


「そして、そのマヌミッションの原材料が、まさに幻獣種の妖精竜……私が見たという別の『黒い竜』です。」


暗い表情で、彼がジオを見つめた。


「私の勘違いでなければ……さっき屋上で飛ばしていたあの粉……。」


「何を訊いてるの?妖精竜の羽の粉で間違いないよ。」


見間違えるはずがない。


そんな特徴的な粉を持っているのは、世界中で妖精竜だけだ。


妖精竜の羽の粉には、苦痛と現実を忘れさせる効果があった。


したがって、一時的には良いが、長時間さらされたり、大量に直接摂取したりすると、心身耗弱状態に陥る危険性が大きかった。


例えば、そこのユン兄弟のように。


だから、ジオも片付けながら、麻薬掃除だと言ったのだ。


「もちろん、本当にそうやって竜を捕まえてきて、本物の麻薬を作るとは思わなかったけど。」


[聖約星、「運命を読む者」様が、人間は欲望と出会うと、悪い方向に奇抜になる才能があると言って、不思議がっています。]


そうだね。サタン、こいつ、今日も1敗追加だ。頑張れ。


「ジョー、どうなさいますか?」


「さあね。」


ジオの両足が、空中でリズミカルに揺れた。


病院の休憩室。


片方のテレビでは、様々な速報が流れている。


[ 先ほど入ってきたニュースです。ハ・ヤンセの現ギルド、ヘタのギルド長が、明日発足する連合攻略隊に最終合流したというニュースです。ハ・ヤンセハンターとギルドヘタ側では、まだ公式な立場を発表しておらず、推測が……。 ]


[ 連合攻略隊名簿発表 ]


[ ランキング4位ハ・ヤンセハンター、連合攻略隊に電撃合流「非常に異例なこと」 ]


[ 4つのギルド連合攻略隊、韓国バベルの塔39階攻略明日午前10時に電撃着手 ]


「ペクさんは、あれに行かないの?」


「ああ。私は今の時点では、バベルの塔の外で動く方がいいので。それにしても、ヘタ宗主が行くんですね……。」


考え込むような回帰者の顔。


ジオは、じっと見てから、顎を突いた。


病院の窓ガラスに、自分の顔が映る。退屈で、倦怠感にまみれた……。






「それじゃあ、本当に、本当に助けが必要な時に連絡しても!」


「俺たちが待っていた人だって、切実に待っていた……。」




「ああ、本当に。親愛なる母さん。」


だから、予備校なんかに行かせて、娘を困らせないで。


[あなたの星約者、「運命を読む者」様が、うちの可愛い子猫ちゃん、最近動き回ることが多くなったと言って、ケラケラ笑っています。]


「本当に、そうですよ。」


世の中、どうなってしまうのか。


ジョーは立ち上がった。


そのまま、とぼとぼと歩いて行き、まだ床にうずくまっている貧民街の弟を見つめた。


「おい。」


「……。」


「一つだけ選べ。正確に。」


「……。」


「お前たちが望んでいるのは、『復讐』か?それとも……。」


「……。」


「『救い』か?」


正面、すぐ目の前にいる超越者の瞳。


顔を上げたユン・ガンジェが、魅入られたようにその瞳を見つめながら答えた。


「救い……。」


「……。」


「……いや、復讐。」


「……。」


「復、讐。」


民の答え。


王は笑った。非常に満足そうで、爽やかな笑顔で。


「そうだ。救いはセルフだ。」


塗炭の苦しみに陥った人々を救うのが聖君なら……。


そもそも暴君とは、涙と血の処刑場を繰り広げてくれるもの。


それこそが、暴君の王道ではないか?


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