54話
* * *
浪人生のキョン・ジオは最近悩みがあった。
会社に通うすべての人が持っているという現代人の持病、まさに職場でのストレスだった。
「ひどいな…… 縄張り意識が。」
どこかのゴリラが聞いたら泣き叫ぶような戯言だったが、当の本人は至って深刻だった。
「何もせずにただ入ってきたわけじゃないのに……」
本当に、マジで、ガチで何もさせないなんて。
真っ黒なモニターに苦悩するキョン・ジオの顔が映った。
ジオは考えた。
「こういうの、昔ドラマで見たな。囲碁を打っていてパラシュートで入ってきた可愛い子が、何もできずに座って気まずがってるやつ。」
そんな感じか? 浪人生キョン・ジオから未生キョン・ジオになってしまったのか、今?
未生のチャン・グレが周りをキョロキョロ見回した。
それぞれ忙しく動いている〈バビロン〉デスクの人々。
高級なスーツを着こなし書類をめくったり、深刻な表情で議論したり、外国語で通話している姿だった。
まるで別世界。 それどころか……
「隣の悲しみちゃんでさえ仕事が山積みだ。」
何か偶然か、面接会場のあの悲しみちゃん(名前:チェ・ソンヘ/特徴:慢性的な鬱病)がジオの唯一の入社同期だった。
今は書類の山に顔を突っ込んで顔も見えない状態だ。 ジオは足を伸ばして悲しみちゃんの椅子をトントンと叩いた。
「ヘイ。」
「え? ええ…… ジオさん……」
「何がそんなに忙しいんですか?」
「ああ。 もうすぐ39階攻略じゃないですか…… その、複数のギルドが連携して…… 行くので。 アイテムチェックとか…… ええと。」
「そんなに重要なことをなぜ君が?」
「そうですよね。 ジオさんが見てもそうですよね。 私みたいな役立たずの宇宙の塵に、なぜこんな……」
「……私が悪かったからもういいよ。」
鼻の下にずり落ちた眼鏡を持ち上げながら悲しみちゃんがため息をついた。
「どうやら一番忙しい時期で、物量が一度に押し寄せてくるせいで、手が足りないみたいで…… 末端の私にも仕事が回ってくるくらいには……」
ジオはじっと悲しみちゃんを見つめた。
約束したかのように二組の視線が、がらんとしたジオのデスクをみた。
瞬間言葉に詰まった悲しみちゃんが、どもりながら言葉を続けた。
「……み、みんなが一緒に忙しくなければならないわけじゃないから。」
「……」
「う、ううむ。 羨ましいですね……」
「……」
[あなたの聖約星、「運命を読む者」様が職場でのいじめ反対と書かれたプラカードを持って1人デモに出ます。]
やめてくれ。
そうすればするほど、もっと惨めになるだけだ。
「いや、こうなるくらいならコンピューターにゲームでもインストールさせてくれよ。 うちの子が変わりました反省椅子体験かよ?」
「おい、ジオさん!」
ブツブツ言う心の声を聞いたのだろうか?
ドスン、目の前に垂れ下がる重厚な影。 マ氏ゴリラだった。
ジオの顔が即座に警戒態勢になった。
「お茶くみさえさせない縄張り意識のラスボス。」
「見てると暇そうだな。 口も寂しいだろうし、コーヒーでも飲みに行って休んで来たらどうだ?」
解釈:うちのお嬢様、暇ならカフェに行って冷たいバニララテでも飲んでらっしゃい。
しかし、すべての解釈が同じであるはずがない。
しょんぼりと立ち上がった。
「ゴロゴロ遊んでないで先輩たちにコーヒーでも買ってこい、このパラシュート野郎……だなんて。 言い過ぎだろ、ゴリラ。」
「はあ。 わかりました…… 舎監さん! 遊ばずに急いで走ってコーヒーを運んで来ます。 行ってきます!」
「あ、いや、ちょっと……!」
ゴリラの叫びがかすかに響いたが、B級偽装中のS級は既に出発した後だった。
* * *
「ええと。 アイスアメリカーノ4つとバニララテ1つ、ジャバチップフラペチーノ1つですね。 サイズは全部グランデで。」
「はい。 こちらでお待ちください、お客様。」
ジオは周りを見回した。
わざわざニュースやインターネットまで調べる必要もない。
外に出るだけで、最近一番ホットなトピックが何なのかくらいはすぐに体感できた。
〈バビロン〉近隣。
丸いドーム型の大手フランチャイズカフェ。
壁と天井に様々な形の魔力ホログラムが出力されていた。
国内およびワールドランキングからペク・ドヒョンの〈バビロン〉契約ニュースまで、多岐にわたっていた。
ふむふむ。 ジオは顎を撫でた。
ホログラムに映る、もうすっかり見慣れてしまった顔。
奥二重の二つの目が淡泊で綺麗な印象を与える美青年。
「妙に絡んでくるんだよな。」
ペク・ドヒョン。
ソンルン駅から始まってチュートリアルもそうだし、二度と会わないと決心した途端にもっと深く絡んでくる始末。
偶然か、運命か。
こうなると知ろうともしなかった回帰者のヒストリーが少し、ほんの少しだけ気になるような気もして……
[聖約星、「運命を読む者」様が面倒なことは大嫌いなうちの子がどうしたことかと興味津々です。]
「私と絡むのは無視すればいいけど、バンビと絡んでしまったじゃないか。」
現代ファンタジー小説の主人公とは全く絡まないのが一番いいのに。
まあいいか。
もう「安全装置」をかけておいたから。
「三戒」を思い出すと気持ちがいくらか楽になった。
「緊急事態が起きたら、このラスボスキングジオ様が飛んで行ってボコボコにしてやるさ。 それで終わりさ。 そうだろ、お星さま?」
軽快に小刻みに動いていたつま先。
ゆっくりと止まり。
柱に寄りかかっていたジオが背中をそっと離した。
「お星さま?」
何だよ、このクソ星、なぜ返事がないんだ?
「お星さま。 お星さま! おい。 おい、聖約星! 運読みさん。 運命を読む者様! すみません?」
「……お兄ちゃん?」
……
「星様。」
突然の独り言に隣の人が変な目で見てくる。 しかしキョン・ジオは気にしなかった。
正確には、そんな余裕はなかった。
一番最初に手が震えた。
次は足。 すぐに全身に震えが急速に広がっていった。
「マジで何だよ? なぜこうなる……?」
「あの。 大丈夫ですか? 顔色が。」
バタン!
真っ青になった顔色に周りの人が手を差し伸べたが、ジオは激しく払い除けた。
「私の体に触るな。」
「聖痕」を開こうとしていた。
彼との繋がりが途切れていないことを確認しなければならなかった。
「ここから出なければ。」
早く出て、人のいない場所に行って、ちゃんと。
ジオは震える足を無理やり動かした。
一歩ごとに魔力が刻まれ始めた。 抑制しようとしたが、パニック状態に近いため思うようにいかなかった。
頭ではわかっている。
魂でも感じている。
彼はまだ私と一緒にいる。
星の盟約の繋がりは依然として隙一つなく強固だった。 しかし。
「なぜ返事がないんだ!」
こんなことは初めてだ。
そして冷や汗でびっしょりになったジオの手がカフェのドアを押し開ける瞬間。
ガシャーン、パアアア!
ガラスの破片が飛び散った。
人々の短い悲鳴が響く。
パニックで力が抜けたキョン・ジオもよろめき、へたり込むその時。
「ああ。 これは。 しくじった、しくじった。」
タッ。
手慣れた様子で腰を支え抱きしめる手。
「……星、風…… の匂い。」
「申し訳ない。 私が魔力コントロールが未熟でドアを壊してしまいました。 弁償します。」
自分のミスだと大声で言う男。
襟元からは風の匂いが。 声からは韻律が感じられた。
「怪我はないか、お嬢さん?」
見知らぬ人の腕の中でジオはゆっくりと顔を上げた。
深く被った帽子の下、白く硬い首。
その上を優しく撫でる緑と水色の髪の毛。
男性的な首筋とは対照的な貴族的な顎を傾けながらジオに囁く。
「部屋に引きこもるゴミみたいな姿も、すぐにカッとなる子供みたいな姿も、全部そのまま……」
この上なく愛おしいものを見るように、彼がそう笑った。
「相変わらずめちゃくちゃだな。」
私の親愛なる「ジョー」。
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バベルネットワーク
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[残り時間 00:00:02:59]
遥か遠い場所。
遠い場所の聖約星が野蛮に笑った。 ハ。
【この生意気なクソガキが。】




