497話
冷温動物のように冷たい触感。そして。
その声。
キョン・ジオはこの声を知っている。その事実に気づくと反射的な鳥肌が立った。
「あのクソ野郎が。」
「来るな！」
ドゴォォン！
衝撃波が内野席を一掃した。ジン・キョウルがぴたりと立ち止まる。ジオは首をかしげた。
来るなと言っても。クリフォトの木が顕現したのが見えないのか？
顔をしかめるキョウルと、ためらう番人たちに、あれを止めろと手で指示し、ジオは奴が飛んで行った方向へ向き直った。
「ヘイ、ママをここで何探してるんだ。公演でもしに来たのか？」
「・・・。」
「朕はお前のような子を持った覚えはない。」
いつ会ったと思って親しげなんだ。
石の山に埋もれた相手からは、これといった反応はなかった。ただ静まり返っている。
だが、ダメージを受けているはずがないとわかる。攻撃しようと魔力を振りかざした瞬間、わかった。
「吸収した。」
いつもより冷静になった魔法使いの視線が、砂塵の中を凝視した。
「アバター、これはただ事じゃないな。」
これはドッペルゲンガーレベルでもなかった。
少なくともドッペルゲンガーは、元の主人の力を食い尽くしたりはしないはずだから。
「おかしいと思ったんだ。クォン・ララ、あいつがそんな器じゃないのに。あいつが門の取っ手だったのか？」
「・・・私が間違っていたのか？母を母と呼んだだけなのに。」
こちらの言葉を聞くそぶりもしない。
ジオはそっけなく言い返した。
「クソ野郎が、さっきから何ママの話をしてるんだ。結婚もしてない女に。ちょっと足りないんじゃないか、偽物だからか。でもなぜ男なんだ？背もなぜ高いんだ？」
正直に言うと、少し戸惑う様子だった。
こちらとは目鼻立ちだけが似ているだけで、奴はジオとも、ジオの想像ともかけ離れていた。
「むしろ、それなら私よりバンビと-」
「偽物じゃない、俺はジオバンニだ。」
「…何？」
ジオの眉間にしわが寄った。
だが、立ち上がるジオバンニの表情も良くなかった。ただでさえ青白い顔色は、暗くなると一見憂鬱にさえ見えた。
「俺の名前。ジオバンニ。」
ひどく沈んだつぶやきが聞こえると同時に。
「そして結婚しただろう。」
「......！」
「なぜ嘘をつく。」
再び目の前に近づいた距離！
花嫁のベールを撫でる手がひどく愛おしかった。
ジオバンニが微笑んだ。
「結婚式、どれほど感動的だったか。」
ドゴォン、ドゴォォン！
二人の超越者の攻防は、他の魔法使いたちの戦闘とは違っていた。秩序と亀裂が絶え間なく繰り返される。
世界が悲鳴を上げた。
奴の登場とともにバベルの存在感は完全に消え去り、管理者の声のようなものももう聞こえてこなくなったが、その悲鳴と苦痛が感じられた。
ただでさえ制限されている力だ。ギュッと閉じた奥歯から音がした。
「足りないか？そうだろう。」
すべてを知っているかのようにジオバンニがつぶやいた。
「だから世界の復旧なんてことをなぜしたんだ。すべて台無しにしたじゃないか。」
バシッ！
容赦なく繰り出されたキョン・ジオの足がジオバンニの腹部を強く蹴り上げる。
そのまま飛んでいき、だが目を瞬きすればまた目の前に-
「クソ。」
まるでブーメランダニでもないのに！
まるで一度広がると剥がせないヒル癌細胞のように、少しでも離れると死ぬかのように襲い掛かってくる。
すでにうんざりして悪態をつくジオに、ジオバンニは止まることなく自分の頬を差し出した。
蛇のように巻き付いてくる腕、執着と悪意に満ちた声。慣れない手つき、慣れない存在感。
ジオは瞬間思った。
これが、アバター？
「ふざけるな。」
これは完全に私とは違う存在じゃないか。
「悪口を言うな。俺が憎いか？なぜ？」
「俺の声がお前の頭の中に響いていたのと同じだからか？」
「......！」
「だが、それは俺じゃない。」
知っているだろう。再び近づきながら彼が囁いた。血色の黄金眼が横に線を引く。
「お前の母だろう。」
ジオの瞳に起こる波紋。ジオバンニの微笑みが濃くなった。
「そして嫌う資格はない、お前は。」
「俺を産ませておいて。昔死んだ俺をお前が引っ張り出したんだろう。」
どれほどこの言葉を言いたかったか？
言いたいことが本当に・・・たくさんあった。
ジオバンニは抵抗が弱まる体を抱きしめた。
「俺はお前が廃棄した未来で、殺した可能性だ。」
ジオバンニ。
この名前を持っているのは、彼が本当はジオバンニになり得た存在だから。
彼はジオバンニになり得た、遠い昔ジオバンニが「外のもの」と関わらず、自らの道を探していたらいつか到達した未来だった。
ジオバンニが狂わせ、そしてキョン・ジオによって完全に捨てられた。
「こんな風に生まれたい奴がどこにいる。俺も生まれたくて生まれたんじゃない。望んだんじゃない。」
だから、
お前は少なくとも哀れんでやらなければならない。
惜しみなく俺に分けてやらなければならない。
「………………だからお前が「ジオバンニ」だと。」
「そうだ。マドンナ・ミア。食べても食べても永遠に腹が減る気分をお前は知っているか？」
白く眩しく露出している鎖骨。
言いながらもジオバンニは止まることなく視線をジオのうなじに固定した。服装さえ彼の心をねじ曲げさせた。
あれ、あの「外のもの」ごときが何だ？
そもそも一つになり、完全でなければならないのはあちらではなくこちらだったはずだ。
息を吸うたびに合わさる黄金色の魔力が密酒のように甘かった。ひどく酔う気分。ジオバンニはジオを抱きしめながら口を開けた。
冷たい犬歯が白い肌に触れた。
そしてまさにその瞬間。
「......！」
ジオバンニがハッと顔を上げる。
そして見つめ合う黄金眼に映る、少しの諦めさえ見られない無心な顔。
もう遅い。準備は終わっているから。ジオバンニの髪を乱暴に掴みながらキョン・ジオは反対側の腕を伸ばした。
「ゴトシャ！」
ヒュイイイイイイ！
そして三叉槍が虚空を切り裂いた。
☆☆☆
「空が••••！」
激しい衝撃にしばらく意識を失っていたビビアンは立ち上がって驚愕した。
2世代ハンターの中で最もキャリアが長いと言える彼女だったが、こんな光景は生まれて初めてだった。
「空じゃない。秘書さん。」
「はい？」
「よく見て。私たちが立っている場所がどこなのか。」
「それがどういう•••••。」
いつもより沈んだジョン・ギルガオンの声。
混乱して見回していたビビアンの顔色も急速に青ざめた。
「い、理事、理事、これまさか•••··•！」
「そうだ。その通りだ。」
世界の軸の歪曲。
天地がひっくり返った。
何気なく血色の空だと思っていたのは、高尺ドームが落ちていった空き地。血に染まった大地だった。
そして歪曲はクリフォトの象徴。
ジョン・ギルガオンは容易に状況を把握した。
「ジョーが領域権をあちらに奪われたんだ。」
強制的に空間が分離されてしまった余波のせいか、観客席側に開いていたワープポータルもすべて消えてしまった。
市民の避難を誘導していたナ・ジョヨンやキム・シギュンの叫びも、四方に飛び交っていた市民の悲鳴ももう聞こえない。
現場に残った味方は彼とビビアン、そして。
ジョン・ギルガオンは素早く外野席の方を見た。
「白鳥、チェ・ダビデ、ファン・ホン。3人か。」
「アナウンスオン。」
「要求された作業を実行できません。」
「チャンネル接続失敗。」
「•••••聖約開門。」
「読み込み失敗。」
「天文と接続できません。」
「エラー発生。サーバーの状態が不安定です。しばらくしてからもう一度お試しください。」
おかしくなったな。ジョン・ギルガオンは気づかれないように乾いた唾を飲み込んだ。
聖約は覚醒者たちが持つ力の半分だ。いや、半分以上と見るべきか？
結論だけまとめるとバベルは機能停止し、彼らは片腕が切り落とされた状態で敵の領域権に閉じ込められた状況だということだが。
「......これはちょっと。」
「不味いになったみたいだな。」
「………………本気ですか？まさか。」
「わからないな。ステュクス川が目の前で少しちらついている気もするが。」
「理事！」
「とりあえず動こう。ファン社長があちらでキングを発見する前に、私たちが先にそちらと合流しなければ。」
ジョン・ギルガオンは強力な流れが行き来している内野席方向をちらりと見た。
遠くから見ても尋常ではない規模。
揺さぶられる流れのせいでこちらは奥までむかむかするほどだ。助けになるどころか邪魔にならなければいいレベルだった。
こんな状態ならあそこの3人は時限爆弾も同然。
熾烈なキョン・ジオ側の状況を見たら、見境なく飛び込んでくるだろうから。
「味方の荒らしは事前に遮断しておかないと。」
ビビアンを支えながら彼は急いで歩き出した。
「・・・！」
しかしそこまで。
目を瞬き。
ほんの一瞬の刹那だった。
空間移動特有の高揚感と吐き気がすると思うと-
「ジョン理事？！何だ！何だ！」
すぐ目の前で聞こえる、嬉しさと当惑が混ざったファン・ホンの低音。
タイミングは何だ？そうでなくても空気が少しおかしいから私たちも探そうとした
「違う。私たちが行ったんじゃない。ファン社長。」
「え？」
「送られたんだ。」
困惑な顔でジョン・ギルガオンはファン・ホンの肩を掴んだ。
状態が悪そうなチェ・ダビデの隣の白鳥と一瞬視線を交わし、そのまま顔を向けると……………。
「ありがとうはいいよ～もともとVIPはVIP席で観覧しなければならないんじゃないか。そうじゃない？」
ゆらゆら、つま先にかろうじて引っ掛けたビーチサンダルの色が騒がしい。アロハシャツもそうで、目に見えるものすべてが派手な奴だった。
それなのに、いることすら全くわからなかった。
「………………何だ。あのクソガキは。」
深刻さを認識したファン・ホンの表情もジョン・ギルガオンのものと同じように固まった。
ジョン・ギルガオンは横目で周囲を見回した。
スカイボックス。
しかし堅固に遮断された密室だ。彼はここを囲んでいる力の正体を推し量ることさえできなかった。
「あちゃ！こう言ってもわからないか？」
パチン！
手を叩いたバッド・リオが顔を向けた。
「さあ。もうわかるだろう？大したことじゃない。うろつかずにここで大人しく安全に見物でもしてろ～。」
「何だ、チョン理事か？あいつの面相··。」
「わかる。ファン社長。」
ジョン・ギルガオンは静かに視線を固定した。
キョン・ジオと瓜二つの奴の顔に。
少し若く、性別が曖昧に見えるという若干の相違点を除けば、本当に完璧に同じ顔立ちだった。
衝撃に陥ったファン・ホンがつぶやいた。
「こ、子供がいると····あんなに大きな赤ちゃん···？ガキは一体いつ......？」
「........」
劣らず衝撃を受け、ジョン・ギルガオンのポーカーフェイスも揺らぐ。
一般的な想像力をいつも軽々と超えてしまうあのヤクザの無知...。
「••••20歳が14、5歳の子がいるわけないだろう？お願いだからファン社長。」
「あ？…ああ！コホン！なんだ！俺は何を言った？お前、どうかしてるのか？急に、何を言い出すんだ！」
「プッ！」
バッド・リオがそんな彼らを指さしながらクスクス笑った。
「お前ら本当に面白い！本当に一貫してるな？」
「......」
「どうしてそうなるんだ？記憶も全部あるのに。選ばれた子供たちだから少し違うのか？」
違うのに。
「こいつはこんなに大騒ぎしてるじゃないか。」
いつの間にかチェ・ダビデのそばに移動し、いたずらっぽく頬を突く指。
「宗主！」
反射的に剣の鞘を掴んだ手の甲の血管が、必死の制止に落ち着く。代わりに冷静に押し退けながら白鳥が言った。
「下がれ。」
「え？今俺に命令したのか？」
びくともせずに踏ん張ったバッド・リオが首をかしげた。
「お前、それじゃダメじゃないか？キョン・ジオの剣なら俺の剣でもあるのに。違うか？」
白鳥は黙って立ち上がった。
「宗主、軽率な相手-」
「ギルガオン。過剰だ。」
「・・・。」
「私の剣がいつ抜かれるかは私が決める。」
冷ややかに露わになる剣光とともに虚空に消える剣の鞘。
バベルが沈黙し、天文が閉じた状態だった。
数多くの覚醒者がそれによって力を半分ほど失っただろうが、すべてではなかった。ここに一度も星の力を借りたことのない剣士がいるから。
「力を収め、道を開け。」
正体不明の超越者の急所に剣を突きつけながら白鳥が低く警告した
「これは、そうだ。命令だ。」
私はお前の剣ではない、という。
断固たる拒否を込めて。
「...ふむ。」
静寂が続いた。
息詰まる沈黙が過ぎ
「むかつく。」
高まっていた緊張感は子供のような一言で崩れる。
顔をしかめながらバッド・リオが泣きそうな顔をした。
「なぜ俺の気分を害するんだ！」
「......」
「俺は好意で連れてきたのに、あいつが、お前らが騒ぐせいでママに殴られて俺のレモンも完全に台無しになったのに！それでも連れてきてやったのにバカ。俺がどれだけ優しくしてるかも知らないくせに！」
「何、何なの。」
息を殺して状況を見守っていたビビアンは思わずたじろいだ。
恐怖のせいだった。彼女もまた高等級覚醒者。
だからこそ敏感に感じることができた。
あの子供がむかつき始めてから、この中で何が起ころうとしているのか。
しかしなぜか何の動揺も見せない韓国人3人。
ヘタ宗主をそれほど信じているのか？
ビビアンは無意識のうちに考えたが-
ヒュイイイン。
突然、密閉された中を切り裂く剣気！
方向は後ろだ！バッド・リオが素早く体をひねった。
しかし。
「ハッ.....！」
いつの間にか首筋にぴったりと触れている金属特有の冷気。
「好意は相手も望んでこそ好意だ。坊や。」
輝く相手の目と向き合いながらバッド・リオは雷に打たれたように悟った。
今切り裂かれたのは、「世界律」だ。
世界が自ら進んで自分の体を裂き、こちらに道を開けてくれたのだ。瞬間的に格の壁さえも超えるほど！
そして世界はどんな者にそんなありえない反則を許すのか？
「お、お前......！」
「そうじゃないか？『宿命の敵』。」
「審判-！」
世界に選ばれた者。
世界を転覆させようとする者たちの宿敵。
ペク・ドヒョン、再び選ばれた「審判の剣」がその狂気に満ちた刃を研ぎ澄ませながら唸った。
「答えてみろ。偽物。今お前の首を刎ねたらカウントはいくつで計算される？」
