496話
「キョン・ジオ!何してるの~!」
慌てたゴトシャの肩が跳ね上がった。
観覧席で静かに観照していた番人たちも、クリフォトの陣が発動するやいなや、すぐに飛び出してジオを助けていた。
「ゴトシャ!」
集中を失うな、長く言う暇もなかった。
短く叫んだクロウリーが再び休むことなく封印呪文を唱えた。ひどく緊張した彼の首を伝って玉のような汗が流れ落ちた。
ジオも分かっている。
北と西の二人は、四人の世界番人の中でも魔術と神秘に特化した者たちだ。
そんな彼らが一軸を担い、もう一軸は私とキョウルが担っているにもかかわらず、クリフォトの陣は閉じられていなかった。よそ見をしてはいけなかった。
しかし。
「あのバカが……!」
ジオの顔が歪んだ。
チェ・ダビデは疾風のように走り出した。
仲間たちが、友人たちが驚愕して彼女の名前を呼んだが、どうすることもできなかった。
「私はどうしようもない!」
良い子供時代とは絶対言えないし、誰もが不幸極まりない過去だと、かわいそうだと指差すかもしれないが、それもすべてダビデだった。
チェ・ダビデという人間を作り、積み上げた根幹、そして。
世界がひっくり返っても変わらない事実一つ。
「ママ!」
「ママと呼ぶなって言ったでしょ。この馬鹿な怪物め。」
「へ、へへ…でも私のママだもん」
「ママ。」
チェ・ダビデはアンナ・チャリヤンの娘だ。
雨が降りしきる夜、へその緒も取れていない私を壊れるかのように強く抱きしめていた女の華奢な腕を、チェ・ダビデが覚えている限り、いつまでもそうだろう。
だからいっそ全く知らなければよかったが、その名前を聞き、娘を失って泣き叫ぶ母親を見た以上、目を背けることなどできなかった。
「コホッ、コホッ、クホッ•••••!?」
「「ドラゴニアンもどきのくせにどこへ。」」
面が取れて浮かび上がったサロメがもがいた。
竜人化の痕跡でまばらに鱗が突き出て、彼女の顔が青ざめていく。
龍血摂取で格を越え始めたレイモンド・ロスチャイルドに、ロシア傭兵王はもはや相手にならなかった。
「「ぼ、坊ちゃま•••••?」」
周りの怪漢たちがうんざりした顔でそそくさと後ずさりした。
高尺ドームを襲撃したテロリストの半分はロスチャイルドから、もう半分は似非教団から選抜した人材だ。
しかし、同じ味方が見ても、今のレイモンドの姿は尋常ではなかった。
ますます膨らんだレイモンドの体が蠢くたびに、赤ん坊の腕のようなものが彼の背中を裂いて飛び出した。
うわああああああああ!
生まれたばかりの赤ん坊の泣き声が引き裂かれるように響く。
龍血、そしてバッド・リオが分け与えた権能。
それによってナイトスランバーNight Slumber。
どんな状況でも人々を眠らせる彼の異能が悪夢に腐敗していた。
「「か、怪物•••••ああああああ!」」
触手のように生えた赤ん坊の腕が後ずさりしていた怪漢たちの足首を掴む。
降り注ぐ悲鳴と血の匂いが地獄絵図のようだった。危険だ。近づいてはいけない。常識人なら誰もがそう思っただろう。
常識で動くことも、計算することもしない一人を除いて。
「離せ、このクソ野郎!」
風のようにチェ・ダビデの蹴りが届いた。
クワアアアアアン!
破空音が地軸を揺るがす。
ばたり!いつの間にか昏倒したサロメが遠くに転がった。彼女の息の根を締めていた腕も床を転がった。
飛び散る血しぶきと共に降り立つ、覇気に唸る夜叉の眼差し。
「あら。困ったわね。」
遠くから見守っていた幼い顔のアバターは残念そうに呟いたが.....
来た。
「「アハハハハ!S級!S級だな!!」」
最高の餌!
レイモンドは口を開けて明るく笑った。
「ダビデ、退け!!!」
明鏡止水が崩れた白鳥の悲鳴が響く。
すぐに剣風が炸裂したが、バリケードのように人間の壁を築いた怪漢たちの死骸のせいで届かなかった。
「......!」
チェ・ダビデが目を剥いた。
何?
「か、体が•••••動かない?!」
バッド・リオは舌打ちをした。
星座の破片である彼が自分の手足であるレイモンドに与えた権能は「眠り」。
そして良い眠りは安息と夢をプレゼントするが、悪夢に変質した堕落した眠りは生命を麻痺させ、深い死に導く。
しかも今ここはクリフォトが「顕現」中の状況。
当然レイモンドに有利にならざるを得なかった。
レイモンドの裂けた口がさらに奇怪な形に足先まで開く。
まるで生きたまま飲み込もうとする様子。
チェ・ダビデは顔を歪めた。
仕方ない。こうなったら••••••!
「窮奇を-」
「しまっておけ。」
「......!」
「お前、あれ嫌いだろう。」
石化にかかってチェ・ダビデは顔を背けることができなかった。
しかし、抑揚のない穏やかな声、それと共にチェ・ダビデはある香りを感じた。
炎のように燃え上がる竜と星の匂い。その忘れられない強烈さの中に掠める一筋の甘さ。
チェ・ダビデのものよりずっと細く、筋肉など見当たらない腕が彼女の腰を抱き後ろに引っ張った。優しかった。
「バカ。ちゃんと避難してろ。」
誰?
「一体誰なの-」
なぜこんなに慣れ親しんでいて、なぜ、なぜ••••••私はなぜこんなに申し訳ないの?
魔術が空間を吸い込む。目の前の視界が急速に変動する刹那、チェ・ダビデは私をかすめていく黒髪の毛先を見た。懐かしい黄金色を、見た気がした。
「ダビデ!大丈夫か?」
ひどく驚いたのか、白鳥が蒼白になった顔で彼女を掴んだが、チェ・ダビデはぼうっとしているだけだった。
囁きが耳元を漂った。
「超越界••••••。」
ここから必要なのは超越者だと言ったわ。
超人ではなく、超越者。
「この場に加わるには階段をさらに上がってこなければならない」
もちろん、その言葉を本当にその子が言ったのか、私の中から聞こえてきたのかは分からないが•••••。
「ダビデ!しっかりして、ダビデ!すぐにヒーラーを呼んでこい!」
☆☆☆
神父のベールがひらめく。
純白に赤いものが飛び散って汚される様が見るに堪えなかったが、仕方ないか。
ジン・キョウルは舌打ちをした。
自分のものを触られることを何よりも嫌うキョン・ジオだ。
だから彼がすべきことは、おとなしく従順に、しばらく席を外したジオの分まで完璧に埋めることだった。
無慈悲な蹴りにレイモンドがめちゃくちゃになる様を見守りながら、ジン・キョウルは呟いた。
「生贄。」
「何?」
二人の番人が訝しげに振り返る。
情けなく無能な間抜けどもめ。
込み上げてくる軽蔑感をどうにか抑えながら、ジン・キョウルは乾いた口調で言った。
「生贄から探さなければならない。この扉のドアノブを頑なに掴んでいる鍵がこの近くにあるはずだ。」
「鍵?」
「そうでなければこんなに閉じないはずではないか。」
星座としてキョン・ジオの真名は、全能なる黄金魔術と全知なる母なる木の皇帝。
大げさで無駄に華やかに見える名前でも、真名ほどありのまま存在を現すものもない。
つまり、キョン・ジオの本体はセフィロト、
星系と神秘を支える宇宙の秩序、その生命の木こそが現在のジオの本体だった。
そして「クリフォト」はそのセフィロトに対抗する対称の究極格。
アバターたちはここにクリフォトの本体を「顕現」させ、その力で星座を食い尽くすつもりなのだ。
これほど本格的だとは。
「私たちみんなが誤判したな。」
偽物でもそれなりにキョン・ジオたちなのに、こんなに一生懸命生きるとは誰が思っただろうか?
ジン・キョウルが伝えてくる内容を意志で伝えられたジオも舌打ちをした。しかし。
それは言い換えれば-
「じゃあ、あの扉をさっさと片付ければいいってことじゃん。」
偽物たちがクリフォトの顕現に全部オールインしたのなら、むしろ悪くない。
あの血なまぐさい匂いをぷんぷんさせる木がここに足を踏み入れないように追い出せばゲームオーバーになるだろうから。
「バベル。」
ちょっと大きく力を使わないといけないな。
「命令遂行します。公示を出力します。」
《バベルネットワーク、管理者のお知らせ》
《警告。現在、究極格同士の大規模な衝突の可能性が感知されました。サーバー崩壊に備え、安定性を維持するための最高保護措置を作動します。》
《現時点をもって、アースサーバーのすべての管理者は直ちに作業を中断し、待機電力モードに移行してください。》
『全体ローカルディレクトリ遮断中。』
「シャットダウン完了•••••」
繰り返されるロールバックと世界復旧まで経て、地球は限りなく衰弱した状態。
究極格の力がむやみに押し寄せれば、耐えるどころか粉々に砕け散る危険性が高い。
だからきちんと力を解放するにはその前に、惑星から先に保護モードにしておかなければならなかった。
グウウウウウウウ!
力の胎動を感じたニードヘッグが咆哮する。
ボロボロのレイモンドの体を適当に放り出しながら、ジオが命令した。
「もうここは私が何とかするから、お星様と番人たちは生贄を何とかして-」
「7-A:せ、星座!」
何?
「7-A:最後の残ったディレクターが応答しません!権限も譲ってくれずに抵抗して、このままでは全体保護モードに移行できません!」
「何?誰だ?まさか紅海-」
「7-A:虚無!虚無のディレクターです!」
「......!」
ああ、顔しか見るところのないひねくれ者の悪役め……………!
「ゴトシャ!」
「…………どうか私だけは勘弁して。」
「早くキッドのやつを探せ!」
「はあ………………」
遠くで爆発したジオの一喝にゴトシャの可愛い顔も容赦なく歪む刹那。
「クソ。」
「む、何の音?!あらまあ、あの恩知らずな番人ときたら。星座様が昔の恨みを忘れて恩恵を施しても-」
「こっちじゃないんだけど?」
「え?」
みんなの視線が向かう。
ポマードでかっこよく撫でつけた髪はすでに乱れて久しい。
神経質そうに前髪を掻き上げたジン・キョウルが忍耐力を試す声で言った。
「遅かった。」
隙!
隙だ!
「アハハハハハハ!」
血の匂いが立ち込める空間で、クォン・ララは狂笑を爆発させた。
チェ・ダビデを救うためにキョン・ジオが封印陣から抜けた数十秒。
たったその一瞬の隙間だけでも十分だった。
待ち望んでいた者は近づいてきた機会を逃さず貪り食うものだから。
「完成よ……………。」
目からはもはや理性を探すことはできない。
車の中、血の色で描かれた紋様を目撃した瞬間からすでにこの幼い魔法使いは罠にかかった生贄、それ以上でもそれ以下でもなかったから。
〖私を呼んで。ララ。〗
ぞっとするほど甘い声。
夢で見て、ずっと頭の中を蚕食していた「木の絵」を遂に完成させる瞬間。
ザザス、ザザス、ナサタナダ・ザザス。
蝋燭が揺らめく。
クォン・ララは絶え間なく囁いた。
ザザス、ザザス、ナサタナダ・ザザス!
「我を聞け、我が声を聞け、影の残党の主よ、亡命者の亡命者よ、歪んだ魔術師の師よ、我に現れ、投げ出された者たちの願いを満たせ。」
私の言葉を聞け、私の声に応えよ。
捨てられた影の王よ。追放された者よ。歪んだ魔法の大家よ。私に現れ、見捨てられた者たちの願いを叶えよ。
惑わされた生贄はそう叫びながら神の名を呼んだ。
「降臨せよ、ジオバンニ………!」
☆☆☆
「・・・!」
ジオはくるりと体を翻した。しかし。
パラララララ!
血色の葉が伸びをする。
空が崩れ落ち、世界の錘が逆さまに傾いた。宇宙の木がひっくり返る。
赤く染まった太陽はどう見ても燃え盛っているかのようだ。歪んだ魔法使いはそうしてひどい血の香りを纏ったまま「門」を渡った。
星たちが慌てて姿を消す。
そしてついに交差する、双子のように同一の黄金眼。
産毛が残る頬が目の前に見えた。感激だ。こうしてついに…………遭遇。
背後からジオをそっと抱きしめながらジオバンニが囁いた。
「やあ?ママ。」




