482話
「[……人を見る目がなかったようですね。]」
同類だと思ったのに、勘違いだったか。
短く舌打ちをしたレイモンドは、自分のミスを認めながら身なりを整えた。
これ以上の会話は必要ないようだった。彼の主も興味はあるようだが、熱烈に求めているわけではなさそうだったから。
「[我々の追求する方向は少しも変わっていません。まあ、そちらもすぐにわかるでしょう。その時、あなたがどんな顔をしているか楽しみですね。]」
「はい、バイバイ~。」
「下品なマフィアのくせに。」
レイモンドは不快感を隠さず、さっと振り返った。
その背中に向かってキッドがひらひらと手を振る。
少し残念ではあった。
ついて行けば、それなりに収穫があっただろうに。
しかし、坊ちゃん育ちのレイモンドが三流悪党のように下手に出たおかげで、情報を手に入れることはできた。
「タイミングもいい。」
「つまり、確実に、第三の勢力が存在するってことか?」
顎を撫でながら、キッドは念入りに計算してみた。
ニュアンスからすると、あちらはジョーを敵対視しているようで、審判者もジョーの敵だから………これは。
「うちのキング、ピンチじゃん。」
「事を大きくした理由があるんだな。」
ピンチに陥った往年の恋人とは、想像するだけでワクワクする言葉の組み合わせだ。
「じゃあ、白馬に乗った王子様の登場タイミングかな?」
いや、この場合は、改心した往年の悪党、黒騎士と言うべきか?
もちろん、その黒騎士が果たして信頼できる存在なのかどうかは、様子を見る必要があるだろうが。
キッドは鼻歌を歌いながら振り返った。
「.....」
「.......」
「•••••今日はお客さんが多いな?」
「[私を覚えているか?]」
静かな声が響く。廊下はいつの間にか海の匂いで満たされていた。
キッドが肩をすくめた。
「それはどうかな。誰が見ても私を目的に来た方みたいだから。」
ゴトシャが頷きながら言った。
「[海の捨て子よ。軽率な行動は慎むように。この件には関わらず、退いているように。]」
「.......!」
キッドの目が驚愕で大きく見開かれた。
何だ?
一体どうして?
[固有タイトル]は、覚醒者当事者を除けば、誰にも見えないステータスウィンドウの一部だった。
ファーストタイトルのように、バベルの塔を通じて明らかになる部分ではない。
彼が溺死した妊婦の腹を裂いて引きずり出した死産児だったという事実を覚えている者たちも、皆死んで土に還って久しい。
キッドの顔から余裕が消えた。
弱点を突かれた獣のように、最大限に警戒心を尖らせる。
「お前、誰だ?」
「・・・。」
ゴトシャは、じっとそんな彼を見つめた。
星座の許可なく傍観を破り、ここまで来て助言をする理由は長くない。
「[お前が後悔しながら騒ぎ立てる姿は、もううんざりするほど見た。二度と見たくないだけだ。]」
彼は深海の妖獣、最も深い場所の番人。
海で起こったすべてのことを管掌し、記憶していた。
だから、繰り返される世界の中で狂って壊れていった死体も、海は記憶している。
北極にやってきた者に世界の真実を教え、取り返しのつかない道へと歩ませたことも記憶していた。
勝手に世界を復旧させた絶対者の傲慢さに驚愕しながらも、キョン・ジオを非難する気になれないのは、あまりにも長生きしていると後悔することは常に起こりうるからだ。
「[愚かな者よ。お前が見つけた平和が誰かの施しによるものであることを肝に銘じておけ。]」
「…!ちょっと待っ-!」
しかし、現れた時と同じように、ゴトシャは忽然と、また音もなく消えた後だった。
キッドは腕を伸ばした姿勢のまま固まった。
無駄だと知りながらも、慌てて追いかけて廊下の角を曲がると-
「どこに行くんだ?」
「......!」
「なぜそんなに驚くんだ?」
「…は、呆れてものが言えないな……。」
キッドは虚脱した笑いをこぼした。今日はいったい何の日だ?
三流悪党に、幽霊に…今度は
「リレーサプライズか?みんな何か約束でもしたのか?」
何を言っているんだ?
首をかしげた白鳥が、すぐに無視して厳しい口調で言い放った。
「ジョヨンが探している。遠方から来た客だから観光したい気持ちは理解できるが、そなたの保護者たちは多忙ではないか。面倒を起こさず、見える場所にいるように。」
「........」
「何をそんなに見ているんだ?」
「…ただダーリン、急にすごく疲れた。」
「ならば体力を鍛えろ。そうでなくてもそなたの虚弱な体が気に障っていたところだったから、ちょうどいい。明日からすぐに-」
「もういい。行こう。行こうって。」
「ふむ。それはそうと、もしかしてダビデがこちらに来なかったか?」
「ダビデ?」
「我々と一緒にいた少女のことだ。背丈はこれくらいで、髪の色はナナカマドの咲き乱れる花のようで、秋のブドウのようにぷりぷりした可愛い子だ。」
「……全然知らないけど?」
☆☆☆
体が水を含んだ紙のように重い。
冷や汗でびっしょり濡れているから、あながち間違った比喩でもないかもしれない。
ティモシー・リリーホワイトは倒れそうな顔色でよろめいた。
[聖域発動中 - 自動解除まで残り時間:2日2時間29分13秒......]
[強制解除] | [解除延長]
* 強制解除条件:施術者の残り生命力1/4および身体の一部を永久放棄
相変わらず眩しく神聖な光の壁の中、孤立21時間目。
もはやまともに立っている人はほとんど残っていない。
マフィアはもちろん、最後まで耐えていたルカスとジョナサンも少し前に倒れた。
白く聖なる沈黙の中で、失神した人々の弱々しい呻き声だけが響く。
まるで巨大な病室のようだが、この場合は無菌室の方が比喩として適切だろう。
神の好みに合わない者は皆、病原菌として排除される無菌室のことだ。
「しかし、どうして………。」
こんな状況の中で、どうしてあの男はあんなに泰然自若としていて、ピンピンしているんだ?
ティモシーには全く理解できなかった。
「星々がこんなことをしでかした原因は、明らかにあの人のはずなのに……。」
「なぜだろうな、リリーホワイト?」
まつげがぴくぴくと痙攣する。ティモシーはぎゅっと目を閉じた。
まただ。また始まった。
「[ずっと否定しているな。本当だって言ってるだろう。私がその人だ。お前があんなに会いたがっていたその一人(the one)だと。]」
ずっと沈黙していたジョバンニがティモシーに話しかけてきたのは、皆が倒れて二人だけが残るようになってから。
罪を犯した者たちを遮断していた聖なる光も恐れないかのように、ずかずかと近づいてきて、ティモシーの円の外、すぐそばで、あんな途方もない話を並べ始めた。
「[ああ。もしかして私がずっとイタリア語で話していたからか?!]」
ジョバンニの言語が英語に変わった。
ネイティブのように、いや、ネイティブよりも完璧だった。
「[リリーホワイト、こんなことは何の意味もないことを知っているだろう?]」
次はラテン語。
「[本物の魔法使いにとって、言語はただの道具に過ぎないことを。あの黒い塔に、なぜ「バベル」という名前がついていると思う?!]」
ヘブライ語、そしてコイネー・ギリシャ語。
こちらを嘲弄するように、全部聖書に関連する言語だった。
ティモシーは顎を伝って流れる冷や汗を拭うこともできずに固まった。
「なぜ信じないんだ?お前も「ジョー」の顔を見たことがあるだろう?」
最後は••• 韓国語。
ティモシーは沈黙した。
ジョーの身元を公に暴かないのは、魔術師王を崇拝し尊重する人々の間の不文律だ。
しかし、立場が立場だけに、彼は不可抗力的にキョン・ジオの身元を確認したことがあった。
少し前から<アルカナの証人たち>の一員になり、グランドロッジごとに公開された肖像画を見たこともあったし……だから知ってはいる。
「そう。似ているのは事実だ。」
しかし違う。明らかに違った。
ティモシーは無視して、ひたすら空の壁を見つめた。
あれは悪魔の囁きだ。
一言も言葉を交わしてはならず、見ることさえ避けるべきだった。
そうして静寂の中で、ティモシーの円の外を回るジョバンニの靴音だけが響くのをしばらく。
「これも違うとなると•••·• ああ。そうか?」
ジョバンニが首をかしげた。
「女性体ではないから?おお、それでがっかりしたのか?望むなら可能だが、今からでも胸をつけて見せてやろうか?どこだ、お前が知っているジョーならこのくらい-」
「[黙れ!そんな下劣な•••!]」
「ちくしょう。」
失敗した••••••!
待ち構えていたかのようにぶつかる視線。
ティモシーが凍り付いた。
一方、ジョバンニの目元には笑みが浮かんでいる。
象徴のように刻まれた二つの涙ぼくろが鮮明だった。
「いや、お前は・・・そんなはずがない。」
ティモシーは反射的に否定した。舌が固まるようだった。
「ジョーは、キョン・ジオはバビロンギルドの•••••!」
[私の目を見ろ、神の子よ。]
本能が先に反応した。ティモシーは祈りの言葉を唱えた。
慎め、目を覚ませ。
あなたがたの敵である悪魔が、ほえる獅子のように、食い尽くすべきものを求めて歩き回っています。
あなたがたは信仰を堅く守って、この悪魔に立ち向かいなさい。(ペテロの手紙一5:89)
[答えてみろ。私の目は何色だ?]
「・・・・。」
しかし、内面を強く叩きつけるように響く音声。
それは••••••神の声だった。
ティモシーはもう彼から顔を背けることができなかった。
そのまま固まって見つめる。澄んだ空を映していた聖者の目が、混乱でぐちゃぐちゃになった。
ジョバンニがほくそ笑んだ。
信仰が壊れている信者は、血を滴らせる獲物も同然だ。
「見ろ、こんなにも簡単ではないか。」
ジョバンニの足が、ティモシーを囲む円の縁を音もなく踏んだ。
静かにそうして、彼の中に入っていく。
もちろん、この件をしくじったとしても構わなかった。まさか逃げ道一つ用意していないはずがないだろう。
「母が呼んでいるのに、いつまでここに捕まっているわけにはいかないからな。」
どうやら「あちら」も遠くないようだが。
「[金色は.....]」
乾ききってひび割れた金属音。ティモシーが唾を飲み込んだ。
「[本当に自ら光を放つ黄金の瞳は、自然には存在しない......]」
「そうだ。」
ジョバンニが肯定した。
「そんなものは、魔術的にしか存在しない。」
メラニン色素によって人種によって現れる琥珀色や黄褐色の目、あるいは覚醒者が稀に特質的に備える金色の目とは、感じが全く違った。
魔術的な黄金の瞳は、文字通り星の光であり、魔法の真髄であり、また神秘の証明だからだ。
そして、神秘の世界で[王]を象徴するこの栄光ある色の魔力を所有することを許された者は、今日、星系でただ一人の魔法使いだけ。
冷たく冷え切ったティモシーの顎を撫でるジョバンニの黄金の瞳が輝いた。
「世界の善。」
純粋な善でキョン・ジオを支える一軸。
しかし果たして、今回も同じだろうか?
試練に遭っている神の子を興味深く見物しながら、ジョバンニは心の中で大笑いした。
母が彼らの存在を「自覚」することで、世界もまた彼らを初めて認識し始めた。
押し退けたり、認めたり、足止めを試みたりしながら、方向を工夫しているように見えるが••••••少し遅い。
ジョバンニは、キョン・ジオという偉大な根源に向かうこの欲望の戦車は、ずっと前に胎動しており、のんびりした競争者たちとは異なり、盤が敷かれると同時にすでに走り出していたからだ。
☆☆☆
「私は正直気に入らないな。犬みたいにママと呼ぶ気はないけど、とにかくもう一人の私ってことでしょ?でも食い尽くすって?それって自分が自分を食べるってことでしょ?うぇ。面白そうではあるけど、それは認める!でもちょっとディスガスティング~じゃない?」
「くそ!何言ってんだ?!狂ってんのか?めっちゃソーメニーディスガスティングなんだけど?」
「はあ。ちょっと落ち着いて?」
チェ・ダビデは、奇怪なものを見るように自分の隣にしゃがみ込んだおかっぱ頭の青少年を見つめた。
ジョーの濡れ衣を晴らすために、一生懸命クォン・ララのバンの近くを探していたところ、出会ったやつだった。
「お姉さん、お姉さん!何してるの?一緒にやろうよ!」
「しっ!あっち行けって?しっ、どっか行け!あっち行け!」
「えーん。私も土を掘って一緒に遊びたい!」
「ぶりっ子やめろ!それにこれが遊んでるように見えるのか!例の番組を見ると、こういうところに決定的な手がかりを埋めておくんだって!証拠隠滅!聞いたことない?」
「・・・?」
ずっとそばでうろうろしているのに、どこかを探している様子でもないし、見ていると妙に野良猫を思い出すし、あれこれ理由をつけて放っておいたのだが……………。
ただの迷子の子供ではなかったのか?
「こいつ、精神状態がかなりヤバい感じ?!」
いつの間にか、頼んでもいない自分の話を次々と並べ立てるので、聞いているには聞いているのだが、聞けば聞くほどナポリタン怪談そのものだった。
聞いていないふりをしながら、どんどんのめり込んで聞いていたチェ・ダビデが、むっくりと立ち上がり、頭を思いっきり叩いた。
「あ!叩いた?なぜ叩くんだ!」
「何が落ち着いてだよ、狂ってんのか!兄弟がママ食い散らかすのが面白いだと?!人生が退屈なら、ふざけたこと言ってないで食パンにジャムでも塗って食ってろ、この親不孝者ども!ヘタアンド青鶴洞連合キャンプに行って、新しい頭の先生に剣の鞘で死ぬほど殴られてみないと正気に戻らないか!儒教の炎の味でも見るか?!」




