478話
観覧席の大学生Aは茫然自失としていた。
「元々トーナメントって、こんなものなの……?」
「……違うんじゃない?」
一緒に座っていた友人が即座に否定した。
ブライド・ウォーは誰が何と言おうと、現時点で全世界で最もホットな場所。
そんな戦いやスポーツには興味がないと断る彼女を、友人たちが無理やり連れてきたのだった。
大はしゃぎの友人たちと一緒にウェディングドレス(D.I.レンタルショップ)まで借りて着て、袋入りカクテル(D.I.売店)をちゅーちゅー吸いながら観覧すること数時間。
「思ったより悪くないかも?」
「でしょ!」
ロシア傭兵王がいるという1区域や、女装までしたイギリスランカーの2区域の座席に割り当てられなかったのは少し残念だったが、6区域にはクォン・ララがいるからいいか。
D組の予選が始まり、傭兵王の娘だという期待外のダークホースまで登場すると、大学生Aの期待感は最高潮に達した。
「面白いじゃん」
こんなゲームには興味がないと思っていたけど、スポーツも悪くないかも?
そうやってどんどん集中力が高まり、試合を楽しめるようになった頃だった。
「……」
「……」
「……」
周りで携帯電話で中継を流していたのか、解説陣の声が聞こえてきた。
「これは予想外の展開ですね」
「いやはや、敏捷と見るべきか、巧妙と見るべきか……」
巨人化した参加者と激しくぶつかり合ったロシアのアンナ・クラスロワ。
舞台が半分壊れてしまうほどの激しいバトルだった。
一瞬たりとも目を離せない、名勝負と呼ぶにふさわしい試合だった。
中継陣も、観客も、オンラインのチャット欄も、皆が息をひそめて集中した。
3分ほどの時間。
しかし、一般人には目で追えない数十回の攻防が一瞬にして繰り広げられた。
そしてその果てに、間一髪の差でアンナが劇的な勝利を収めた時。
プハ!皆が我慢していた息を吐き出した。
6区域D組はアンナの独壇場だった。
誰も否定できなかった。
誰に言われるまでもなく、誰かが先に立ち上がって拍手を始め、興奮した観客が見たかとばかりに自分の感想と余韻を分かち合おうとした瞬間。
トッ!
「……」
「……?」
「????」
ぐったりと疲れて息を整えていたアンナ。
その背中に向かってどこからか現れた足……ごく少数の人を除いては皆がすっかり忘れていた「1列目ポップコーン野郎」、ジ・キョンの足がキックを放ったのは、まさに不意打ちだった。
トッ、という音と共に、すっかり気を抜いていたアンナがよろめき倒れた。
「……」
舞台の外……
つまり、場外だった。
「え、勝った」
「……」
「めっちゃ楽勝」
ワグジャクワグジャク……
ポップコーンを噛む音が軽快に舞台の上に響いた。観客席が巨大な沈黙に包まれた。
「チッチッチ。だから油断は禁物だって、こんな基本も知らないの?韓国戦争がなぜ起きたか知ってる?油断したからだよ」
「……」
「あ、えーと、アンナ・クラスロワ選手が……」
「せ、戦闘不能状態に……なりましたね?」
「まだ審判のコールは出ていませんが、そう見えますね。驚きです……!」
:クソッたれども、戦闘不能ってこういう時に使う言葉かよ
:場外だから戦えない状態ではあるけど
:マジかよwwwwアンナの表情ヤバすぎ
:今殺しても韓国人として正当防衛認めます
:これが…国際ゲーム?
:これが…ハンターオリンピック精神?
:ジ・キョンを見てちっちゃくて可愛い孝行娘ハンターだとか言ってた奴らどこ行った出てこい
:キャラ解釈wwww盛大にやらかしてるwwwwww
「あ、えーと……」
しかし、ショーは続けなければならない。
早く進行しろというサインを受け取った司会者も、慌てた顔でマイクを持ち上げた。
「アンナ・クラスロワ選手、残念ながら、じ、場外です!というわけで、最後に残った参加者は……!」
:ダメだ
:MC野郎、エンジンかけるなよ、止めろ
:叫ぶな、叫ぶなってんだよクソ野郎
「6区域D組ウィナー、『魔術狩り』ジ・キョオオオオオオン!ダークホース、ジ・キョンが衝撃の中、本選に進出します!」
ウオオオオオオオオオ!
誰がダークホースだ!引っ込め!ウオオオオ!
「無効だ!これは不正だ!やり直せ!クソッたれども!ウオオオオ!」
大型電光掲示板に、ウェディングドレスを着たまま険悪な表情で中指を立てる大学生の姿が映し出される。
スポーツに興味のなかった平凡な大学生が、フーリガンへと進化する瞬間だった。
☆☆☆
「ふう~、マジ焦った」
ジオは流してもいない額の汗を大げさに拭った。
降り注ぐ観客の歓声が熱い!
手を振って応えてやると、歓声が一段と激しくなった。ジオは肩をさらに堂々と大きく広げた。
もちろん、深い意味を理解できない一部の愚民の罵詈雑言も混じっていたが………………宇宙の皇帝となった身として、どうして愚かな民を責められようか?
「危なかった!あれ、人じゃないよな?生煮えっぽいけど、あれだろ。あれ」
『ええ、そうです。ドラゴニアンですね』
バベルの肯定にジオは頷いた。
モンスターと話すとか、説明魔ラリサの情報を聞いた時から予想はしていたが、やっぱりな。
星系でも珍しい希少種だった。
龍の特徴を持ち、人間の姿を被った種族。
龍人、ドラゴニアン。
魔獣と意思疎通しながら人間たちと生きていく種族だったが、魔獣と人、決して共生できない二つの勢力の中間に位置するせいで、どこでも歓迎されず、またどこでももてはやされた。
生まれつき強力な力を持っているが、狙う者が非常に多いため、星系保護種に指定されていた。
ジオも地球では誓って初めて見た。
「ふむ。そんな希少種の、自分でコントロールできないほど幼い個体とはな」
経験値も足りないのか、体力が少し底をついただけで、国民の前で正体を公開するところだったじゃないか………………
あれをそのまま放置していたら、全世界がロシア人少女の脊椎から龍の尻尾が生えてくる場面を目撃していただろう。
「バレたらハンターはまたどれだけ集まってくるんだ?」
ただでさえアバターのことで頭を悩ませているのに、宇宙ハンターまで加勢するだと?
想像するだけでも恐ろしい。
地球人たちは、このジオ様がまたしても世界を救ったということを知っているのだろうか。
『7-A:星座様、何かおかしくありませんか?我々の惑星地球は、ドラゴニアンが自生できる場所ではありません』
「地球で生まれたんじゃないのか?」
『7-A:地球において龍は神話的な存在ではありませんか。一部だけが天文に留まっているだけで…………生きている生命体は、あなた様が創造された悪龍と東の青龍、西のティアマト、北のウロボロスくらいです。南は少し前に天文に上がりました』
「じゃあ、外から流れ込んできたのか?」
『誰かが「連れてきた」のかもしれません』
バベルの意味深な付け足しに、ジオは舞台から降りようとしていた足を止め、アンナの方を見た。
憤慨して荒い息をしているアンナを、傭兵王サロメが丁寧に慰めていた。
『7-A:なるほど、そうですね。確率を考えれば、偶然流れ込んでくる可能性よりも、誰かが持ってきたという方がより正しいでしょう。ドラゴニアンはご存知のように-』
「宇宙の山参、と呼ばれているからな」
彼らが星系保護種に指定された決定的な理由だった。
ドラゴニアン一人の龍血は、龍一匹の心臓に匹敵する。
それは摂取者の格を一段階引き上げるだけでなく、世界と意思疎通する龍言をはじめ、すべての【言語】への扉を開くショートカットキーだった。
人の思考は全面的に【言語】に依存する。
そして「万流天秤」バベルは、全宇宙の言語と意志、思考を管掌する法則システム。
【言語】を悟ることはバベルに近づくということであり、覚醒者の世界が無限に広がるということだった。
それゆえ、まさに千古の霊薬。
このような様々な利点のため、龍血は単に魔力回路だけを大きくする龍の心臓よりも高価で取引される霊薬だ。
「家の庭を歩いている山参か」
『7-A:それでは密輸者は、どうやら……「あちら側」なのでしょうね?星座様。すぐに番人たちに知らせて、静かに処理するのがよろしいかと思います』
「ふむ。どうかな」
『……怪しいですね。また何かお考えですか、最高管理者?』
「ふむむ」
バベルは不安になった。まさか?
『まさか…あれをキョン・ジロクに食べさせるおつもりですか?!』




