454話
ちょっと待って。
……何だって?
ナ・ジョヨンは目をぱちくりさせた。
凍り付いた彼女の代わりに、白鳥の言葉に反応したのはその隣。
ファン・ホンがわっとばかりに応酬した。
「そうでしょ?そうでしょ?あれ、背格好もあの、噛み殺しても飽き足らないやつじゃないの?
こいつ、なんでここにいるの?」
ファン・ホンと白鳥は、目を皿のようにしてキャリーの中を覗き込んだ。
人ではなく、人の形をした宝石だと言っても信じられるほど美しい男。
だから、見分けられない方がおかしい。
「お二人がそれをどうして……?」
今や、さらに戸惑っているのはナ・ジョヨンの方。
だって、今の世の中には〈解放団〉なんて存在しないのだから。
だから、解放団団長も当然いないし、「キッド」という名前も公には知られていない。
まさか……?
同じことを考えたのはファン・ホンも同じ。
「ま、まさか!」
ファン・ホンが、ぶるぶる震える指を突き立てた。
「お、お前も……………?」
ナ・ジョヨンは言葉を最後まで言えず、ぶるぶる震えながら口を塞いだ。
泣きそうな顔で、コクコク。
「戦、戦友よぉ!」
「黎明ギルド長様!」
「ということは、さっきあんたの手にこの国の命運がかかっているって話は、これのことだったの!」
「はい、ぐすっ!そうです!この身を犠牲にして、愛する私の彼との宇宙ハネムーンさえ涙をのんで諦めざるを得なかった、まさにその理由!私の使命!」
「何を言ってるのかわからないけど、とにかくこんな重大なことだったなら、早く言えばよかったのに!」
「言ったじゃないですか!コンクリートドラム缶の話!東海に投げ込んでやるべき天下の悪党が、このガキ以外にいると思いますか?この悪いやつ!悪いやつ!ところで、お二人はいつから「いや、正確にどこまでご存知なんですか?」
「戦友だ」
「はい?」
「ふう……………あんた、俺たちがこんな時間にここに一緒にいると思う?」
「はい……………?」
ナ・ジョヨンの肩を軽く叩いてやったファン・ホンは、それ以上何も言わずにしゃがみ込み、キャリーをぎゅうぎゅう押し込んで閉め始めた。
あれは何を言ってるんだ?
ナ・ジョヨンはきょとんとして白鳥を振り返った。
白鳥が短く頷いた。
「ファン・ホンも、アメリカ人がここに来たという話を聞いて、私にあの者の行方を尋ねてきたところだった」
「えっ……………!」
「その過程で、互いに一致する記憶を確認しているうちに、ジョヨン、君が現れたのだ」
「ひええっ!」
じゃあ、[啓示]を受けた大預言者は私だけじゃないってこと?
まさか!興奮したナ・ジョヨンは感激して叫んだ。
「ウィ・アー・ザ・ジョー・ワールド!」
「……?」
何かちょっと違うように理解しているようだが……。
白鳥が再び口を開こうとした瞬間だった。
「宗主!どこにいらっしゃいますか?」
「白鳥宗主様!おい、そっち探したか?」
「はい!いらっしゃいません。携帯機器をお持ちでないので連絡も取れず………………白鳥宗主様!」
「……!ど、どうしよう!」
「行かなければなるまい。時間をかけすぎた」
「え?!結論も出てないのに、そのまま行かれるんですか?!世界の悪をこのまま放置して?!」
「いかんのか?」
ナ・ジョヨンとファン・ホンが同時に叫んだ。
「いけません!」
「いかんでしょ!それを言うか!」
そうか。白鳥が頷いた。
「わかった。では、挨拶だけしてこよう」
「ちょ、ちょっと!なぜそんなに無駄に誠実なんです。!」
制止する間もなかった。
そのまま角を曲がって開けた場所に出ていく白鳥の姿に、驚愕したナ・ジョヨンとファン・ホンは、キャリーを抱きしめて慌てて身を隠した。
「ま、マジかよ!」
「あいつ、頭おかしいんじゃないの!」
「あ?宗主様!そこにいらっしゃったんですね!」
「宗主!なかなかお見えにならないので心配しました。何かあったんですか?」
「事はこれから起こりそうだ」
「え?それはどういう………………」
「私は別の用事があって行かなければならない。行事が完全に終わるまで席を守りたかったのだが、残念だ。ソワン、君は私の代わりにヘタの席を守るように」
「はい。承知いたしました………………」
ヘタ5長老、ヒョン・ソワンがためらっている。
何か言いたいことがある様子。
白鳥が見つめると、一緒にいた政府関係者が代わりに素早く口を開いた。
「宗主様、実はその件に関してお急ぎでお伝えしたいことがあり、お探ししておりました」
「ほう?」
「まだ確実な部分ではありませんが…………どうやら、貴賓側で問題が発生したようです。同行したアメリカのランカーのうち、お一人がいなくなったよう、で……」
「ひっ」
「ひええっ」
その後ろでファン・ホンとナ・ジョヨンの心臓が爆発しようがしまいが、政府関係者は深刻な顔で続けた。
「連絡も取れず、追跡スキルにも反応がないため、穏やかではありません。下手をすると国際的な問題に発展しかねない事案ですので、行事はここで終了することになりました。まもなくレンジャー系の要員が投入される予定ですので、ヘタ宗主様にもお力添えいただけると」
「うわああああ!」
「じ……………え?よ、黎明ギルド長様?!」
誰かが助けを求めて手を差し伸べれば、すぐに掴んでしまう国民検事、白鳥の性情は有名だった。
このままではいけない。
焦燥感に駆られたナ・ジョヨンの手に背中を押され、前にずいっと出てしまったファン・ホン。
「いや、ここは一体どうしたんだ?!ずっと連絡が取れないと、チャン局長がすごく探してたぞ!」
「あ、ああ……………それがだな、つまりその……………」
ええい、どうにでもなれ。
世界平和が一番大事で、私の恥ずかしさなんてどうでもいい。
使命感で精神武装を終えたファン・ホンは、片足を突っ張って思い切り叫んだ。
「あの白鳥のやつ、俺がちょっと連れて行かないといけないんだ!」
「え?なぜですか?」
「なぜって!ちっ!男が大きなことをするとなれば、必要な時もあるんじゃないか!」
「いや、だから、いいから。なぜですか」
「………………え?」
政府関係者は手ごわかった。
ファン・ホンの行き当たりばったりの仕事ぶりにやられて始末書を書いた同僚が何人いたか。
センター内では、ファン・ホンがめちゃくちゃに暴れだした時は、最大限理性的に対応しろという黎明ギルド長専用マニュアルが別途出回っていた。
「な、なぜかって?」
「こちらも白鳥宗主様の助けが必要な立場ですので。非公式ではありますが政府の要請ですので、それよりも優先される理由がないと、お送りすることはできません」
どうしよう?
ファン・ホンの額にじっとりと汗が流れた。
政府関係者は、今こんなことをしている暇があったら、チャン・イルヒョン局長に先に連絡しろと小言まで言っている。
「そ、そうだ!理由がある。あるんだ!」
「はい。何ですか?」
「……」
「何ですか。その理由。私、始末書は書きたくありません。黎明側の始末書は内容が全部同じだと、上もまともに処理してくれません」
「考えろ。考えろ。ファン・ホン……!」
揺れるファン・ホンの視線が、手でぎゅっと握りしめたキャリーの方に向かった瞬間。
「……家出」
「はい?」
「家出だ!俺が家出したんだ!だから保護者が必要なんだ!白鳥!あいつが俺の保護者だ!」
「……」
「……」
「あ。家出ですか……」
「…そ、そうだ…」
「24歳で家出……」
「……」
☆☆☆
「あの、黎明ギルド長様。もう肩の力を抜いてください」
「……」
「大丈夫ですよ。最近の若者は自立しないのが社会問題じゃないですか。すごく子供っぽく見えるから、みんな納得して引き下がったのを見てください」
「俺の落ちたイメージはどうしてくれるんだ、……」
「え?申し訳ないんですが、もともとそんなもの特にありませんでしたけど……」
「……」
「さあ。それでは……皆さん、準備はよろしいですか?」
緊張した顔で二人を見回したナ・ジョヨンが、深呼吸をした。
カチッ!
スイッチを入れると同時に、キッドの顔の上に叩きつけられる、黄色い電球色の照明。
京畿道のとある片隅。
人目を避けて避け、ナ・ジョヨンが苦労して用意しておいた隠れ家に着くと、もはや否定することはできなかった。
これは「拉致」だ。
彼らは厳然たる犯罪を共謀しているのだった。
「さっき話し合ったことを整理してから起こします。第一に、この[真実の薬]から飲ませる。第二に、解放団の有無をはっきりさせる。第三に、ジオ様について質問して反応を確認する。第四に、潔白なら制御装置だけかけて解放し、そうでなければ……こ、ここで処、処……処理する!」
生唾を飲み込んだナ・ジョヨンが、薬をぎゅっと握りしめて椅子に縛り付けられたキッドに近づいていった。
ぶるぶる震えながら腕を伸ばす瞬間。
「こっちに」
「はい?」
「どうせ震えてばかりで何もしないだろう。出て行け」
ナ・ジョヨンの手からいとも簡単に薬を奪い取ったファン・ホンが、前歯で軽く、手慣れた様子で封印を剥がした。
表情は、いつ騒いでいたのかというほど無表情だった。
「出ていてもいい。人を治して助けるヒーラーじゃないか。向いてないことを無理にするな。人それぞれ、身の丈に合ったことがあるんだ」
「ギ、ギルド長様……………」
「白鳥、お前も。出ていてもいいぞ」
剣の鞘を持った白鳥が、淡々と答えた。
「私の身の丈に合ったことは、必要な時に斬ることだ。配慮は感謝する」
「まあ、それならいい。聞いたか?ここは任せて、退いていろ。」
ナ・ジョヨンに目配せしながら、ファン・ホンが、キッドの顎を掴んだ。
「解放団?無塔、無主の地にあるあれから聞けってことじゃないか」
「無主の地をどうして知ってるんだ?そこは俺しか知らないはずなのに」
「何を言ってるんだ。さっき全部言ったじゃないか。『記憶』しているのはお前だけじゃないって……」
ファン・ホンの言葉尻が濁った。
相変わらず彼と視線を合わせているナ・ジョヨンの顔色が真っ青になっていた。
短い間、目つきで会話が交わされた。
「さっきのこれ、お前が言ったんじゃないだろうな?」
コクコク!
「……」
震えるファン・ホンの視線が下に向かった。
「ん?ダーリン。俺、返事を待ってるんだけど」
眠気など微塵も感じさせない顔。
紺碧色に輝く瞳が宝石のように見えた。
「手荒く扱われる時も中でずっと我慢してたのに……これはどうしても気になって、これ以上我慢できないよ」
「起、起きている……!」
「うん。起きてたよ。頭を吹き飛ばしたわけでもないのに、ヒーラーに一発殴られただけで一日中気絶してるハンターがどこにいるんだ?」
「ま、まさか、睡眠薬も飲ませたのに……!」
「それ、睡眠薬だったの?」
キッドが甘く笑った。
「ごめんね、ダーリン。俺、慢性的な不眠症なんだ」
驚愕する拉致犯たちの視線をよそに、キッドが自然に立ち上がった。
彼をがんじがらめにしていた紐が、最初から縛られていなかったかのようにサラサラと流れ落ちた。
「中で聞いてた話で、状況把握は大体できたよ。つまり、俺のせいで世界が一度滅びかけたみたいだけど……不思議だね。そこまで意欲的なタイプじゃないんだけどな。俺は、どうしてそうしたんだろう?」
「そ、それを今、私たちに聞いているんですか?!」
「えー、ヒントは全部あげたのに」
「え?」
「ジオ様、ジオ様。耳にタコができるほど聞いたよ」
「……!」
「その『ジオ』って、キョン・ジオ、『ジョー』でしょ?ワールドランキング1位。魔術師王」
凝り固まった体をストレッチしたキッドが、再び椅子に腰掛けた。
彼を照らしていた照明が、さっきとは全く違う雰囲気に感じられた。
「さあ、みんな早く座って。久しぶりにすごくワクワクするよ。無主の地もそうだし、俺がつまり……世界一の魔法使いと、とても複雑で深い関係だった、ってことじゃない?」
万事無気力で意欲のない自分が、世界を滅亡させようとあれこれ苦労した理由。
キャリーの中でキッドは考え続けた。
じっくり考えてみたが、普通こういう場合、可能性は二つに絞られるという結論に至った。
不倶戴天の仇か。
あるいは……
しかし、彼には家族もいないし、友達も何もないので、仇の方は絶対にない。
したがって。
ギシギシと音を立てる頭上の照明を軽く叩きながら、キッドは首を傾げた。
「もしかして俺は、ジョーの恋人だったのかな?」
☆☆☆
失踪29日目。
明日で一ヶ月になる。
それはつまり、ただでさえ稀薄だった被害者の生存可能性がゼロに近くなるということ。
これ以上の交渉は不要だ。
ダラダラと続くこの論争を終わらせるべき時だった。
絶対に交わることのない平行線のように対峙しているテーブル。
ティモシー・リリーホワイトは、向かいに座った韓国人たちを見て、乾いた口調で通告した。
「復帰したと聞きました。ジョーと会わせて下さい。さもなければ、イージスは明日、全員全戦力でソウルに入国します」




