435話
アンカン・サマリアは思った。
昔、彼は家族を一度に失った。
彼に仕事上の恨みを持つ者たちの復讐だった。
そうして、たった一人の娘を失い、生涯を約束した妻も失った。
一夜にして世界で一番愛する女二人を失った家長は、すべてを捨ててその道で海賊になった。
恋しさに耐えかねて娘と妻の物をあれこれ持ち歩いていたら、いつからか女装をしていると噂が立った。
狂った奴だと笑い者にされたが、有能な事業家として冷静な理性を持っていた男は、実はまともに狂うこともできなかった。
また、そんな自分がひどく嫌だった。
むしろ良かった。
私をもっと指差し、もっと罵り、もっと嘲笑ってくれ。
彼の狂った奴の真似はますますひどくなった。
本当に狂ってもいない奴が狂った奴の真似をしているという事実に気づいたのは、今までたった二人だった。
副船長のサルバ・ガスパル。
サルバから一部始終を聞いたが、サルバのためには仕方なく同行しなければならないという話も聞いたが……。
娘と同年代の女の子だった。
一緒にいるには苦痛で、アンカンはもっと醜く振る舞って、 勝手に避けさせようとした。
しかし、無駄だった。
おかっぱの女の子は一目で彼を見抜いた。
そして続けて、ぽつりと言った。
ひざまずきたければ、ひざまずき、許しを請いたければ請えと……。
「……間違えました。ご主人様……」
「せ、船長?いや、初対面からもう-」
「私が間違えました。間違えました。許さないでください……」
「…………」
「間違えまし……間違、間違えました……私が、私が間違えました……」
サルバが舌打ちをして団員たちを連れて出て行くまで、アンカンは娘くらいの女の子の前にひざまずき、頭を下げてひたすら許しを請うた。
「ジョー」と自己紹介した者は何も言わなかった。
ただ、老いて疲れた男の腐りかけた心をただ無関心に聞いてくれただけ。
借りはあの時十分に作ったと思ったのに。
「どうして」
どうして娘たちはまた彼を救うのか?
「ちくしょう、あれは何だ?」
「自分たちが同盟だと言っているのか、今?おい!小僧!さっさと消えろ!」
「…ま、待って!あれはもしかして-!」
「ほほ?」
チョラトゥが当惑と馬鹿らしさが混ざったように、からからと笑った。
「私がやった、それがどうした!お前の雌猫がブサイクなのは俺のせいか?それに同盟だと?ここは子供の遊び場か?どこで戯言をほざいている?」
「せ、せ船長!ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
「同盟で間違いない。」
全ての船のマストよりもさらに上の空。
「サマリア海賊団同盟。戦力1人。魔法使い。その他特記事項-」
自分の家のように足を踏み入れた上空で、キョン・ジオが顎をしゃくった。
「世界観最強者。」
[適業スキル、8階級元素系広域呪文(属性強化) - ‘祥夢のテンペストTempest of Propitious Omen’]
ざああああああああ!
「ま、マジか?!」
「百億の魔法使い!奴らの魔法使いだと!ああああああああ!」
魔法使いの実力が最も如実に現れる呪文は、元素系だ。
自然法則を無視して土足で踏み込む魔法使いに、鼻の高い世界がどこまで許容してくれるかによって、同じ魔法でも具現される規模が天地の差で変わるから。
そしてキョン・ジオが万物法則を超越した者という意味の[魔術師王]タイトルをバベルから付与された年齢は12歳。
その言葉はすなわち、12歳以降のこの魔法使いに、大自然が一度も逆らったことがないという意味だった。
ただ服従するのみ。
ざああああああああ!
「ああ……」
ピーターはぼうぜんと顔に降り注ぐ海水を受けた。
冷たい。
これが本当に現実だった。
彼らの本船、超大型ガレオン帆船がよろめきながら揺れたが、その程度は何でもなかった。
いつの間にかサマリア号の周りにそびえ立った数十本の水の柱。
水中で渦を巻きながら上がってきた嵐が、沈没中だった船を一気に引き上げ、周辺の海賊船を代わりに深海の生贄として突き落とした。
瞬く間にひっくり返った戦況。
事態を把握した団員たちが一人二人と感激に満ちた叫び声を上げた。
「フ、フック・ジョーオオオ!!!」
「キャプティイイイイン!」
「オイオイ!信じてたぞ!来ると分かってたぞ!漢の中の漢!」
「キ、キャプテン!マイキャプテン、フック・ジョー!!!」
「見たか、この野郎ども!うはは!ざまあみろ!俺たちがまさにそのフック海賊団だ!」
「フック・ジョー!フック・ジョー!フック・ジョー!」
「いや、あの。」
フック・ジョーがいつから、この海賊団の船長になってしまったんだと。
キョン・ジオは、気まずそうな顔で、甲板にパッと着地した。
「それでもまあ、気が滅入らなくていいけど。」
10日以上も苦楽を共にした仲じゃないか。
韓国人の情緒上、特に修学旅行に一度も行ったことのない自発的アウトサイダーの情緒上、情が移らないのは難しかった。
未開人の海賊たちが王冠のようにかぶせてくれるキャプテン帽子を気取って受け取ったジオが、のそのそと歩いて行った。
片方で涙をすすっているアンカンの頬も一度叩いてあげて-
「おい。」
「…………クッ、ゴホッ!」
「風に二度も当たって帰ってきた人が無事で済むと思うか?」
ゴホッ、ゴホッ!うつ伏せになって海水を吐き出していたサルバが、青白い顔で上半身を起こした。
「散歩だと?ふざけるな…………… なんでこんなに時間がかかるんだ?ゴホッ!父さんと仲良く挨拶しようとしたら、襟首を掴まれて引きずり出されたぞ。」
平然を装って歯を見せて笑うが、それがどうした。
唇が紫色だ。
戦死したという噂が流れてもおかしくない姿だった。
銛のようなもので引っ掻かれたのか、脇腹がボロボロ。血まみれの大騒ぎだ。
ところが。
「よりによって腹の方•••••• よりによって銀髪•••••」
ジオの顔が急に曇った。
治療••••• しない方がいいんじゃないか••••••?
「なんだその顔はー ゴホッ!いや、待てよ。」
支えられて起き上がったサルバが指をさした。
「またあのクソみたいな鼻血か!お前マジで、余命宣告されるような不治の病にでもかかったのか?」
「え?きゃっ?ご、ご主人様!お兄様!血、血です!」
バタバタと駆け寄ってきたエンカンが、大慌てで袖でジオの鼻の頭をゴシゴシとこすった。
バイキングのような船長の太い腕に閉じ込められたジオが、オププッと首を振った。
「ケホッ、は、離せ!い、痛い!」
「••あ、パパ?」
スッ!
「そうだ、私の娘。ダディだよ。ダディ!いい子だ!」
「ヒギャッ!」
「ど、毒だ・・・・・・うちの船長。このままやすやすと船長の座を譲るわけにはいかないってか?」
「さすが俺が船長としてお迎えした男・・・・・・!みんなよく見てろ、船長同士の戦いだ。」
真剣に戯言を言う団員たちと、真剣に生命の危機を感じるジオ。
我慢できずに魔力を起こそうとした瞬間だった。
「うおっ!」
「う、うわあああ!」
ドーン!
激しく揺れる船体。
素早く振り返ったエンカンの顔が、野獣のように歪んだ。
「チョラトゥ、この卑怯者があああ!」
「一人では死なないぞ!今日ここがお前の墓場だ!エンカン変態サマリア!!!」
船を船で叩きつける中破0戦法。
今日、ランキング海戦の始まりとなった奇襲と同じ手口だったが、覚悟が違った。
8等級の広域呪文を直撃で受けたチョラトゥ海賊船は、すでに終わりを迎えていた。
沈没寸前に無理やり突っ込んだのは、本当に一人だけでは死なないという執念、道連れ精神の極みだった。
ドスン、ドスン、ドスン!
改造された衝角が次々とサマリア本船を貫き、鎖が船体を巻きつける。
そして最も深く食い込んだチョラトゥ海賊団の船首像が、ギギ- と口を開いた。
口の中の銛の先が反射して光った。
「おい、魔法使い!こっちを見ろ!」
近距離、手すりに足をかけたチョラトゥ海賊団の狙撃手が引き金を引いた。
まさに正面!
サルバが慌てて腕を伸ばした。
「ジオ!すぐに避け-!」
ガガガガガガガン!
再び揺れる船体。
しかし、今回の悲鳴はこちらではない!
戦いがまさに甲板での白兵戦に移ろうとする瞬間だった。
間近に迫っていた距離のせいで、目の前、敵陣に落ちた雷の槍がぞっとするほど鮮明に見えた。
「・・・・・・なんだ、今•••••?」
いつの間にか静かになった甲板の上。
ぼうぜんとしたピーターの声が響いた。
「不滅槍が俺たちを助け、助けたのか?」
なんで..... なんでですか.....?
現実感のない展開に、海賊たちの瞳が一斉に揺れる中。
メキメキ!
「.....!」
「ハアッ!」
サマリア海賊団が驚愕して口を開いた。
彼らの本船と似たような大きさのチョラトゥ海賊船をそのまま押しつぶしながら近づいてくる一隻の海賊船。
巨大に垂れ込める死の影。
急激に冷たくなる周囲の温度。
「デ、デ、デッド・シープ•••」
呪われた幽霊船!
聞いていた通り、すべてが黒一色だった。
頭上に現れた船首像を確認した団員たちが、真っ青になってへたり込んだ。
深海の魔女が生きたまま剥製にされたという伝説の船首像、そこから落ちる黒い血がポタポタとサマリア号の甲板を濡らす。
「ちくしょう。」
サルバが腰のカットラスを握りしめた。高位覚醒者である彼は感じることができた。
「包囲された.....!」
見えないものがいつの間にか甲板に上がり、彼らを取り囲んでいた。
おそらくあの幽霊船に帰属する魂の奴隷たちだろう。
副船長と無言で視線を交わしたエンカン・サマリアが前に出た。
四方が静まり返っていた。
波さえも静かだ。
彼らを除いた近隣のすべての船舶がついに沈没したのだ。
エンカンは乾いた唾を飲み込み、叫んだ。
「不滅槍よ-!取引を望む!そなたが探しに来た幽霊船の餌は、今日この海に落ちた命で十分なはず!私にも差し出せる代償があるはずだ!呪いの契約の代わりに、取引について話したい!」
不滅槍キョン・ジロクは無慈悲だ。
しかし、会話がまったく通じない相手かと言えば、そうでもなかった。
自らへりくだる者には幽霊船の呪いの代わりに、取引を与えてくれる場合もたまにあると聞いた。
船長の勇姿を注視していたサルバが、そっと足を横に動かした。
大きく広い背中の後ろに、ジオがすっぽりと隠れる。
「・・・・・・?」
「シーッ。」
何か言おうとするジオを静かに制したサルバが、再び平然と正面を見据えた。
「不滅槍!取引を〜!」
幽霊船から応答が聞こえてきたのは、まさにその時。
「不可能です。船長は不在です。」
タッ!
それと同時に、サマリア号の甲板に軽く着地する二つの人影。
重力の影響をまったく受けない動きだった。
長身でスリムな体つきだったが、高強度で鍛えられた肉体であることを一目で理解できた。
何よりも、数多くの視線が注がれても一切動揺しないその眼差し...
エンカンがひどく緊張して言った。
「確かに、神殺の聖槍を見たが。」
「もちろん、それは船長がやったことです。さっきの騒がしい船を破壊したのも。」
「……………私たちを助けたということですか?」
「はい。」
「なぜ?」
コートのフードが外れる。
驚くほど似た顔の男女に、サマリア海賊団が息を呑んだ。
「ふ、双子!双子じゃないか?」
「じゃあ、あの、不滅槍の災厄双子- ハッ。」
男の方の冷たい視線を受けた団員が、慌てて口を閉じた。
しかし、女の視線はフードを脱いで以来、ずっと一方に固定されていた。
「なぜ助けたのかって。それは……………」
歳月が流れ長く伸びた黒髪、そしてすっかり成人した姿で、ホン・ダルヤが歩みを進めた。
「お連れしたい方がいるからです。」
女性にとって3年は短い時間ではない。
彼女のように抑圧された人生を生きてきた預言者には特にそうだった。
ホン・ダルヤの落ち着いた眼差しに圧倒されたサルバが、思わず身を引いた。
するとついに現れる一人の人。
幼い頃から憧れ、尊敬した救世主だ。
恐れ多くも下を見下ろさないように、ホン・ダルヤが膝を低くした。
丁寧に挨拶した。
「皆が待ち焦がれていました。一日も欠かさず毎日を。」
「・・・・・・。」
「………………喜んでいただけませんか?」
思わず拗ねるように出てしまった言葉。
あちこちに広がる周囲の驚愕の中で、ようやくキョン・ジオはニッと笑ってみせた。
「綺麗になったね。」
いたずらっぽさは変わらない。
安心したホン・ダルヤが、ほてった頬で恥ずかしそうに微笑んだ。
「お迎えに上がりました。キング。」
そして同時に、静かに届く耳打ち。
「任務が始まりました。今すぐ聖戦に行かなければなりません。」
☆☆☆
黒層海1階の海、大聖戦の入口。
「・・・・・・ふむ。」
さっきホン・ダルヤと繋がっていた視界が途絶えた。
「無事に接触したということだろう。」
数時間前からずっと点滅している虚空の赤い槍をしばらく見つめたキョン・ジオが、再び顔を背けた。
一斉にこちらを向いている砲門たち。
隙間なく取り囲む聖戦の軍船が、まるで城壁のようだ。
のんびりと彼らをぐるりと見回したキョン・ジオが、組んでいた足を解いてゆっくりと立ち上がった。
「余裕ぶっこいてんじゃねえぞ、クソ野郎•••••!」
周囲の恐ろしい沈黙のせいで、遠くから聞こえる罵声の一言までくっきりと聞こえてくる。
「雑兵ども、ビビってやがる。」
キョン・ジオは失笑し、両腕を上げた。
「降参。」




