425話
「……」
「……」
息が詰まるような静寂が流れた。
そして
「……ご、ご主人様……!」
その静寂の中で、震えながら漏れ出た、か細い一言。
「……クソ。」
一番最初に我に返ったサルバが、すぐさま鍋の蓋のような手を振り回した。
バシッ、という音と共にピーターがバタッと倒れる。
「何やってんだ、この野郎。誰がご主人様だ。」
「ハッ。ハア?す、すみません!副船長!どういうわけか、何かが中で蠢いて、つい……!」
「わ、私は理解するよ。ピーター兄貴。」
「私も……」
「クソ、黙れ。この変態野郎ども!」
ちくしょう!
こんな奴らを部下だなんて。
神経質そうに前髪をかきむしったサルバが、奥歯をぎゅっと噛み締めた。
さっきのあのエイリアン女の言葉。
癪だが、正直、間違った部分は何もない。
神官が行う【回心】の儀式なしには、すでに刻まれた烙印を消すことはできない。
それさえも、主人の同意がなければ不可能。
うっかり海賊に烙印を押されることになった場合、人々はすぐに近くの神殿に駆け込み、大金を払ってスタンプを譲渡するのが一般的だった。
稀にそうしない場合には、自ら訪ねてくる異端審問官たちの執行を受ける。
結局、自意か強制かの違いがあるだけで、結果は常に同じだった。
それでは、そうして捕えられた海賊たちは、(神官たちが定義するところによれば)父なる海を汚す不純物でしかないため、公開処刑で盛大な懲罰を受ける。
すべての末路がそうだった。
例外はなかった。
だから海賊たちは普通、このような「事故」が発生すると、噂が広まる前に必ずその場で主人を殺して、スタンプから強奪する。
奪ったスタンプは、誰も見つけられないように遠い海に投げ捨てて。
しかし。
「どうしましょう、兄貴?処理しますか?」
「おい、空気読めよ?幼い女じゃないか。うちの副船長にかかった盟約を知らないのか?」
殺すことはできなかった。
サルバの目つきが微かに固まった。
こっそり盗んでこいと団員たちに合図を送りながら来たが、第一印象から強烈だった女は、やはり「覚醒者」だったのか、虚空にすっとしまい込んだ後。
「勘の良さは尋常じゃないし、隙もない……」
「おい。」
「ふあああ。」
「おい!」
「え?まだ起きてなかったのか?」
何なんだこいつ……!
「……お前、今二十歳だって言ったな。誕生日はいつだ?」
「知ってどうする。」
「季節だけでも教えてくれよ。春、夏、秋、冬のいつだ。」
「冬だけど。」
「終わりの冬、始まりの冬?」
「始まり。」
「じゃあ、半年か。」
今が夏だから、長くて半年。
その前に盗むか奪えば一番いいが、そうでなくても、ちょうどそのくらいだけ我慢して連れ回してから殺せばいい。
決心したサルバが、心の中で歯をギリギリと噛み締めながら、明るく笑った。
無理やり引き上げられた口角がピクピク震えた。
「勘が良いから交渉は決裂だ。じゃあ、お願いってことにしておこう。お前、うちの船に乗れ。」
「お願いは丁寧にやるのが基本常識じゃないの?チッ、チッ。未開だね。」
「クソ……お前も、他にいくところないんじゃないのか。俺たちが連れて行ってやるって言ってんだ!神官たちだって、たいして変わらないと思うか?あの独善的な奴らは、こんなふうにお願いもしないぞ。すぐに天罰を下して奪うだろう?」
「え。どうして奪うの。国の仕事をする方々が苦労しているのに、そのまま持っていってくださいって渡せばいいのに。」
「……どこからこんな狂人が。お前の手にあるそれは、俺の命綱なんだぞ?!渡すって何を渡すんだ!」
「念押し感謝。」
マジかよ。
込み上げてくる罵詈雑言をぐっと飲み込んだサルバが、目で悪態をつきながら、無理にまた笑った。
「……お……お願いしまスゥ……!ご主人様……!一緒に行きマショウ。」
奥歯をぎゅっと噛み締めて小さく唸る顔の色が、ほとんど赤なす級。
本当に這ってみろって言ったら、あいつ泣くんじゃないか?
「ふむ。からかうのはこのくらいにするか。」
ここの神官たちが、センターの公務員たちのように正義の味方ではないことは、ジオも知っている。
三食きちんとくれるから、面倒くさいついでに鉄格子の中でだらしなく寝転がってはいたものの、そこにいる一日で聞いたことといえば、全部神官の悪口ばかりだったから。
「ああ、クソ!おい!」
ところが、真っ赤になった顔でむすっとしていたサルバが、そのほんの少しの間を我慢できずに、いきなり爆発した。
「ここまでやったんだから、これ以上何を望むんだ?!本当に這えって言うのか?死んだら死ぬまで、それはできないって言ったらどうするんだ、クソ。いいから処刑場へ行け!行こう!」
「ひ、兄貴!ダメです!副船長!」
「副船長、落ち着いてください!大したことじゃないじゃないですか!ただ目を瞑って、ヨチヨチ歩きで這っていって、ご主人様ワンワンって言えばいいだけなんですよ!簡単です!」
……いや、あの、ちょっと待って。そこまで望んだ覚えはないんだけど?
「そうだ!尻を出して鞭で数回叩かれながら、ハアハア言えばいいんだ!男なら、そのくらいできないのか?」
「わ、私が嫌だってば。この変態ども。」
こいつら何?変だ……
「星よ、助けて。」
すでに正常な人の目ではない海賊たちは、今やサルバを取り囲み、革の服だの犬の首輪だのという話を洗脳していた。
事態が深刻だ……………!
身の危険を強く感じ始めたキョン・ジオが、慌てて叫んだ。
「お、お願いじゃなくて取引!取引だ!」
「ハーネスって何だよ、このクソッタレがー何?ちょっとこっち来い。クソ野郎ども、あいつが何か言ってるじゃないか!」
「取引しよう。取引。ぜ、ぜひ。」
ジオと同じように、慌てて抜け出したサルバが、急いで頷いた。
「よ、ようやく話が通じるようになったな!」
「う、うん……」
ふう。
仲良く安堵の息を吐く二人。
「それで。望むことは何だ?」
すぐに冷静さを取り戻したサルバが、眉間に皺を寄せながらピアスをいじった。癖のようだった。
「前もって言っておくが、すぐに運用できる現金はあまりない。望むなら契約書を書くが、詐欺だのなんだの文句を言われるといけないから、前もって言っておくんだ。6階にはちょっと立ち寄っただけで、少なくとも本船がある―」
「違う。情報。」
「情報?」
ジオは、じっと考えた。
現在の自分の不安定な状態を知っているのに、冬が自らそばを離れるはずがない。
何か深刻な問題が起きたのが確か。
バンビと他の子たちの行方もいぜんとして知れない中で、権限が制限されたバベルだけを頼りにしてばかりはいられない。
しょんぼりとした唇と、少ししょげているように見えるその顔……
「何だ……?」
なぜか心の片隅が気になり、サルバは少し慌てて言った。
「おい、それでもとりあえず言ってみろ。取引は取引だから、最大限調べてやるよ。それに、お前らクソ、上層の海賊だという奴らが、やってみもせずに弱音ばかり吐いてんじゃねえぞ?そんなことなら海賊旗を置いて船から降りろ、このクソ野郎ども。」
「あ、いや、そうじゃなくて!うっし、そんな意味じゃないって分かってるじゃないですか、副船長!」
ますます騒がしくなる海賊たち。
ジオは、じっと彼らを見てから、ぽつりと吐き出した。
「キョン・ジロク。」
「ん?」
「え?」
「え?」
サルバと海賊たちが一斉に振り返る。
名前が聞き慣れないのか、顔をしかめたり、混乱しているように見える顔。
やはり満足のいく反応ではない。
相変わらずがっかりしたジオが、そっけなく付け加えた。
「キョン・ジロクだって。キョン・ジロク。まだここに来ていない可能性もあるけど、来たら絶対有名になるはずだ。聞こえてくることなら何でも教えてくれ。そして、あと何人かいる―」
「いや、いや、ちょ、ちょっと待って!」
「今あいつ何て言ったんだ?誰が何だって?」
「さっきキョン・ジロクって言ったよな?俺が聞き間違えたんじゃないよな?」
「……え?」
知らない反応ではなかったのか?
キョン・ジオの目が丸くなった。
「あ、知ってるの?」
海賊たちが驚愕した。
「知ってるさ、クソ!おい!それを今言うか!」
「キョン・ジロクを誰が知らないんだ!エイリアンのお嬢さん、お前今演技してるんだろ?そうだろ?」
「純粋な海賊たちをからかって面白いか!前から分かってはいたけど、本当にただ者じゃないな!こいつは本当に恐ろしい人だ!」
わっと押し寄せる怒号。
興奮して騒ぎ立てる海賊たちの頭をバシバシと叩き払いながら、サルバが近づいてきた。
「おい。臨時の取引先。」
ジオを見る大海賊の視線が、いつの間にか慎重になっていた。
意中を探ろうとするかのように、じっくりと見つめて。
「お前、本当に知らなくて聞いたのか?」
「ううん。とりあえずはそうだけど。反応がどうしてこうなの?ちょっと大げさじゃない?」
「マジか。」
本当に知らないんだ、こいつ……
小さくため息をついたサルバが、硬い顔で言った。
どうしてって。
「お前今、この黒層海全体で一番有名な海賊のことを聞いたんだぞ。」
「……海賊?海賊?」
「そうだ。」
現在、指名手配されている懸賞金140億。
異端審問官たちが血眼になって追いかける集中誅殺対象であり、聖戦で公式に指名した公敵掃海。
1層海の覇者、また「黒海の父」が眠っている最初の海に最も近い男。
そして……
世界で最も危険な海賊船の主人。
「呪われた幽霊船デッドシップの船長。俺たちはキョン・ジロクを『不滅槍』と呼ぶ。」
……え?
「何だって……?」
瞳に地震が起きたジオが、思わず口をあんぐりと開けた。
「ゴ、ゴールドジロク・D.スパロウ……?」
私の花鹿の弟バンビが海賊王?!




