360話
ジョン・ギルガオンは天井の壁に刻まれたアルファベット二文字をじっと見つめた後、顔を背けた。
向かいには、くしゃくしゃになった友人の顔があって見ものだ。
彼は軽く笑った。
「卒業もしていない大学生を無理やり連れてきて座らせておく時、おとなしく言うことを聞いただけで、息子としての道理は果たしたんじゃないか?」
「会長は黙っていないだろう。お前の父親がお前に妙に執着しているのを知らないわけじゃないだろう?」
「いっそ出ていくわけじゃないから構わない。根はソンジンに置いておくから。誰のためによそよそしくするんだ?」
「それでも、こうして成果も出したことだし、お前が電子や物流の方に行きたいと言っても、誰も表立って反対はできないはずだ。王道を捨てて、いきなりギルド設立とは……。みんなお前が後継者争いから脱落したと思っているだろう。」
「どうせ私生児として生まれた時から、王道は不可能でした~。」
「はあ……。もういい。言うのをやめる。本人が苦労の道を選びたいというのに。」
「ハハ。ところで本当に私のところに来ないのか?よく考えろ。サ代理。その聡明な頭で慎重に、賢明に、長く長く。私はそんなに執着する男じゃない。適当に付きまとって諦めるだろう。」
「退社はするけど。」
「うん?」
「いや、転職をするというのではなく。ただ、しばらく休もうと思って。」
実はもう辞表も出して来たところだ。
カチャリ。
二人の男の間に置かれたコーヒーカップが音を立てた。
ジョン・ギルガオンはぼんやりと十年越しの親友を見つめた。
隈ができたやつれた目元。
体重が落ちて線が目立つ顔。
「死ぬのをやめられないで生きているようなものじゃないか、あれは何だ。」
「退社したら何をして生きるつもりだ?」
「休むって言ってるだろ。」
「サ・セジョンさんが休むタイプだったら、私たちの学生時代、私があんなに苦労することもなかっただろう。そうじゃないか?お前は休めない性格じゃないか。」
「それは私が自分で考えてみるよ。とにかく提案はありがたかった。今まで助けてくれたことも、少しは感謝している。」
「そんな顔でそんなことを言うと、死ぬ日を控えた人のようで不安になる。どうしてそうするんだ?」
「キルガオン。」
「……」
「お前はいいやつだ。環境が悪くて生きるのが大変だから、とげとげしくなっただけだ。お前が本当にろくでもないやつだったら、絶縁までした仲で、こうしてずっと会ってもいなかった。だけど。」
「……」
「ずっとそうやって生きるのか。」
「……」
「レースの時もピットストップがある。タイヤも交換して、燃料も入れる時間。その短い試合でもそうなのに。お前が走るそのレースは何十年も続くものじゃないか?」
ジョン・ギルガオンをじっと見つめながら、サ・セジョンは小さくため息をついた。
母親のことで家と縁を切って、迷惑をかけないようにと、周りの人間関係をすべて整理した。
ジョン・ギルガオンも例外ではなかったが、憎かろうが好かろうが、学生時代ずっと行き来した情はどこにも行かない。
サ・セジョンはジョン・ギルガオンが心配だった。
「油を塗って生きろ。私みたいに全部やめて休めとは言わないから、少なくとも余裕を持て。」
ずっとガツガツしていると、いつか壊れてバラバラになるようになっている。
サ・セジョンが見るに、ジョン・ギルガオンはその瀬戸際にいた。
「婚約者に優しくしてやれ。あんなにお前だけを見ているのに、かわいそうじゃないか。」
「ちゃんとやっている。」
「そういうことじゃない。その人がバカでもないのに、感じないと思うか?結婚する仲なのに、一生寂しく生きさせるつもりか?人としてひどいことだ。」
「さあな。」
「ジョン・ギルガオン。」
親友の低い呼びかけに、ジョン・ギルガオンも顔を上げた。
いつの間にか笑顔は消えて久しい。
出ていく声もまた、乾いていた。
「私くらいなら、この市場では選りすぐりの良い品じゃないか?」
「おい。」
「持ち上げているのではなく、客観的な価値として。」
「……」
「家の決定に従って、種馬のように価値を測られて売られていくのが当然の市場なのに。お互いに条件を合わせて取引した仲に、配慮や尊重以上を求めるのは割に合わない。」
「結婚が商売か?どうしてもそう言うのか。」
「私にとっては仕事だと何度か言っている。」
「私はその女の心配をして言っているんじゃないんだ、今。」
「そうか?」
表情のなかった顔を消して、ジョン・ギルガオンが斜めに笑った。
「お坊ちゃまが、お姫様の心配をしてくれるとはな。」
「おい、お前本当に……!」
「違うならいい。」
ジョン・ギルガオンは手首の時計を確認しながら、席から立ち上がった。
座った席で時間を使いすぎた。
手入れ一つで少し乱れていたスーツと暗褐色の髪がきれいに整えられる。
いつものように隙のないアルファの姿。
こちらをちらちら見ているサーバーや見物人に軽く微笑みながら、ジョン・ギルガオンは言った。
「ところでセジョン。」
「……」
「お前もいつまでそうしているんだ?まさか大韓民国の財閥と結婚するすべての人に、お前の母親を投影して満足するわけじゃないだろうな。」
「度が過ぎるぞ。」
「私も心配しているんだ。お前の言う通り、一生ガツガツ生きている私も、何者かになろうと必死にもがいて努力して生きているのに、お前はずっと逃げているじゃないか。」
ジョン・ギルガオンが素敵な顔のまま体を向けた。
片方の腕でテーブルをつく。彼が上体を低くしたおかげで、二人の顔が近づいた。
「私たち、しっかり精神を持って生きよう。」
「……」
「行くぞ。覚醒者だから食べなくてもいいわけじゃないから、ちゃんと食事をしろ。」
「……」
「ずっと飢えていたら、未登録の先覚醒者を見つけたと 申告してしまうぞ、サ代理様。ええと、そして。」
次の言葉は囁きに近かった。
「お前はその女について何も知らない。友達よ。」
混乱が広がる目。
その様子をじっと見つめていたジョン・ギルガオンがにっこり笑った。
「じゃあ、お疲れ。」
☆
ああ。
ああ……。
「八つ当たりしてしまった……」
偉そうにしているくせに、友達が心配してするアドバイスにカッとなって言い返したなんて。
「ああ。見苦しい。」
ドスン。
ジョン・ギルガオンは握っていたハンドルにそのまま額をぶつけた。低い呟きが続いた。
「恥ずかしい……」
「……本当に情けないな、私も。」
慣れた憂鬱感が訪れる。
真っ暗な車内とは異なり、外では回転しながら拭き取るウォッシャーとブラシ、スクレーパーの音が騒がしかった。
誰も彼を見ることができず、誰も意識する必要のない場所。
狭い機械式洗車場の中で、ジョン・ギルガオンはそうしてしばらく頭を下げていた。
「こういう時は少し一人にしてほしいのに……」
ジイイイーン- ジイイイーン-.
「……ああ。」
「どこにいらっしゃるんですか?出て行かれてからずいぶんと経つのに、まだお戻りにならないんですか。退勤されたんですか?本部長が退勤されたのなら、私もそうします。」
「入るよ。まだ午後3時にもなっていないのに、退勤なんてありえないだろ?」
「期待外れでした。今どこにいらっしゃるんですか?サ代理様はとっくに出庫されましたが、一人でどこで何を……」
「何ですか、この音?まさか洗車場ですか?」
「秘書って、もともとこうして上司をいびるのが仕事なのか?うちだけがおかしいんじゃないよな?」
通話の向こうで、ビビアンが深いため息をついた。
「……洗車場にはまたなぜ行かれたんですか。憂鬱なら一人でそこに閉じこもって、みじめな真似をするのはやめてくださいって言ったじゃないですか。車も億もするようなものばかり乗っていらっしゃるのに、どうして機械式洗車を、、、」
「はい、入ります~また後でね、秘書様。」
洗車もほぼ終わるところだった。
フロントガラスの泡が晴れていくのを見ながら、ジョン・ギルガオンは表情を整えた。
有名人を見ようとわっと集まってきた職員たちが、好奇心に満ちた顔で車の水気を拭き取る。
窓を開けると、サインしてくださいと周りの客までわっと集まってきた。
彼は適度な親切さでみんなに対応した。
「ジョン!ジョン、マジ尊敬してます!私もマジでジョンみたいになるのが夢なんです!私、もしかしたら選手覚醒をしたかもしれないんですけど、ジョンに一度だけ見てもらえませんか?」
「どこまでついてくるつもりだ?」
「え、え?」
ジョン・ギルガオンは笑顔のまま目配せをした。
いつ会ったのかもわからないのに、ジョン、ジョンと叫びながらしつこくついてきていた子供たちが、トイレの標識を確認して躊躇する。
「プライバシーは守ってあげないと。大切だから。」
「あ、すみません……!」
「わかればいいんです~。」
門の外でうろうろしていた人影は、しばらくして散らばった。
静かに秒を数えていたジョン・ギルガオンは、人影が消えるとすぐに服をはたいて出てきた。
若い年齢の最上位ランカーがあまりにも珍しいので、外に出るたびにこの騒ぎだ。
もちろん、彼の他に<ヘタ>の白鳥もいるけど……うううむ。
「そうか。私が見ても白鳥より私の方が扱いやすいだろうな。」
「だから、人はあまり優しく生きるとダメなんだ。顔に貫禄でもつけば、あまりまとわりつかないかな。
ああ、早く30代になりたい。」
ジョン・ギルガオンはため息をつきながら、ごそごそと車のキーを探した。ところが。
「あ、びっくりした!」
「……」
「……?」
何だ、これは?




