359話
「おっと。」
サ・セジョンは思わず「あっ」と言って、慌てて席から立ち上がった。
「コウンさんでいらっしゃいますよね?お久しぶりです。」
「あら、よかった!覚えていてくださったんですね。恥をかくところでした。急に話しかけて驚かせてしまいましたよね。」
「いいえ、全然。人の顔を覚えるのが苦手なわけではないんですが、最近どうも落ち着かなくて。」
コウンはすぐに心配そうな顔になった。
「どこか具合でも悪いんですか?以前お会いした時より、ずいぶん痩せられたようですが。」
「そうですか?仕事が忙しかったせいかな……。」
「……クグァンの方の仕事でしょう?詳しくは知りませんが、事情は大体聞いています。」
サ・セジョンは片方の眉を少し上げた。
自分の家の話で腹が立つのはさておき、少し意外だったからだ。
「ジョン・ギルガオンが僕の話もするんですか?」
「いいえ、まさか。」
コウンはすぐに否定した。苦笑いを浮かべながら。
「ただ、集まりで聞いただけです。ご存知でしょう?あの人は私に自分の話をしません。友達の話も当然……。」
「ああ。」
「もしかして、ご迷惑をおかけしたかもしれませんね。軽率に話すべきことではなかったのに。婚約者の親友だということで、勝手に親近感を抱いてしまったようです。申し訳ありません。」
「いいえ、そんなことはありません。知っている人は皆知っている話ですから。とりあえず……少しお座りになりませんか。」
立ちっぱなしで話すのも気が引ける。
12階に連絡するように伝えてはあるが、ジョン・ギルガオンの几帳面な性格からして、約束の時間より早く出てくることはないだろう。
サ・セジョンは注文するために手を挙げた。
「あら!大丈夫です。すぐに失礼します。車が来る予定なので。ただ、久しぶりにお会いできたのでご挨拶したかったんです。あの婚約式以来、お会いできていませんでしたから。」
「ジョン・ギルガオンに会いにいらっしゃったんですか?」
「そうだったんですが……。ええと。結局会えませんでした。」
膝の上のバッグをいじりながら、コウンはぼんやりと微笑んだ。
「約束なしではやっぱりダメみたいですね。無駄足でした。わざわざお昼休みに合わせて来たのに、一緒にご飯でも食べようと思って。でも、とっくに出かけたそうです。うちの本部長は本当に人気者ですね。」
「お昼……時間ですか?」
サ・セジョンは反射的に時計を見た。
13時47分。
会社の昼休みは大抵12時からであることを考えると……少なくとも1時間半は待っていたということになる。
「どうしてそんな風に見るんですか?」
「……その、電話は、なぜしなかったんですか?」
「しましたよ、当然。出なかったんです。何日も出ないので、ここに来れば会えるかと思って、やみくもに来てみたんです。勘違いでしたけど。」
「会社に、お昼時にですか?」
「ええ。やっぱりちょっと変ですか?あまりにも非常識な女みたいかしら?」
「……いいえ、そういうことではなくて。」
一瞬、言葉に詰まった。
ジョン・ギルガオンは会社で昼食をとらない。
絶対に。
時間の無駄が嫌だと言って、病的に仕事関係の席を設け、必ず外で済ませる男だった。
大学時代もそうだったし、今もそうだ。
彼の知り合いなら皆知っている、ひいてはジョン・ギルガオンと何の関係もない人々さえ知っている古い習慣だ。
なのに、それを当の婚約者が知らない。
一体どれだけ人のことを幽霊扱いすれば?
はあ、何なんだこいつは……自分のことで手一杯なのに、絶交した同級生の恋愛沙汰にまで頭を悩ませなければならないのか?
サ・セジョンはズキズキし始めた額を撫で上げた。
「……結婚式は、確か来年の春だと聞いた気がしますが。」
二人は大丈夫なのか、おせっかいだと分かっていながらも口に出そうとした瞬間だった。
「私たちの結婚式がどうかした?興味あるの?」
トン。
肩に乗せられる軽くはない重み。
しかし、それだけのせいではない。
サ・セジョンとしては名前さえも分からない、完璧な配合比率で調香された香りのせいでもなかった。
ただ、さっきから、本能的に分かっていた。
こいつが現れると、周囲のデシベルから変わるから。
こいつは一体、自分の会社の中にもファンクラブがあるのか?
サ・セジョンはため息を飲み込み、振り返った。
肩を掴んでいた手が、それに自然に離れていく。
サングラスを少し持ち上げながら、ジョン・ギルガオンがそのままウインクした。
「サ代理、そんなに約束の時間を守らずに歩き回るつもり?時間通りに行動する人が困るじゃないか。」
「……会ったらまず挨拶しろ。」
言われなくても当然そうするつもりだったかのように、ジョン・ギルガオンが向かい側のコウンの方へ歩み寄った。
「今日、綺麗だね。どこかに行くのか、そんなに着飾って?嫉妬しちゃうよ。」
「あ、いいえ。どこにも行きません。ジョン・ギルガオンさんがよければ、一緒にお昼でも食べようかと思って、通りがかりにちょっと寄ってみたんです。」
「え、本当?言ってくれればよかったのに。そんなことも知らずに、腹の出たおじさんたちの世間話を聞いてきたよ。」
「電話に出なかったので……。」
「ん?そうだった?どうしてだろう。忙しかったかな。今度からはちゃんと確認するよ。寂しかっただろう?」
「いいえ、そんなことありません!全然!」
「そうじゃなくて、代わりに今夜でも一緒に食事でもどう?僕に埋め合わせをする機会をくれよ。」
「……いいですよ。私は嬉しいです。待っています。」
「コースはお任せ。ちゃんと準備して、退勤したらすぐに迎えに行くよ。まっすぐ家に帰るんだよね?今日、すごく綺麗だから心配だな。」
「冗談も。連絡してください。」
「ああ。」
サ・セジョンは腕を組んだまま二人を見守った。
そうやって見ていると、間違いなく仲の良い恋人。
男は優しく、女は恥ずかしがっている。
しかし、長い間ジョン・ギルガオンのそばにいたサ・セジョンの目には、コウンのときめく顔だけが見えた。
ひたすらコウンの方だけ。
感情だけだろうか。
もしかすると、感じられる二人の不均衡は、外見から来るものかもしれない。
ジョン・ギルガオンはつまり……。
毎年、毎月、あらゆる媒体で描写をこれでもかと付け加えながら称賛しているが、単純に言ってただの美男子だ。
道を歩けば、すれ違う人百人中百人が振り返る、ミジャンセンが完璧に織り込まれたロマンス映画の中にしかいないような美男子。
今すぐその異名からして「俳優」ではないか?
それに反して、コウンは……。
「地味だな。」
古臭い表現なので好まないが、サ・セジョンの個人的な好き嫌いとは別に、それよりも適切な表現はなかった。
印象はぼやけており、存在感さえ驚くほど希薄だ。
あのように二人が一緒にいると、ジョン・ギルガオンの途方もない存在感に埋もれて、コウンの方はよく見えもしなかった。
正直、お似合いのカップルとは言い難い。
客観的に見ても。
占いに行けば、男の方が女を食い尽くす相性だと巫女が止めるのではないか?
迷信に関しては全くの無知であるサ・セジョンだが、そんなとんでもない想像まで広がっていった。
「いっそ、互いに会わない方が……。」
その時、コウンと短い会話を終えたジョン・ギルガオンが体をひねって彼に目配せする。
送って行ってやろうという意味。
サ・セジョンは何も言わずに頷いた。
そしてジョン・ギルガオンは、過不足なく正確に10分後に戻ってきた。
婚約者を車でエスコートし、見送りまで完璧に終えるのに要した時間だ。それ以上はなかった。
彼が着席するや否や、サ・セジョンがぶっきらぼうに言った。
「クズ。」
「私のこと?私が?」
「好きでもないのに、なぜ結婚するんだ?」
「ああ。」
なんだろうと思った。
その話かというように、ジョン・ギルガオンが頷いた。
そして、注文を取りにサーバーが近づいてくると、反射的に微笑む。
「本部長、いつも召し上がっているものでよろしいでしょうか?」
「いいえ。今日はエスプレッソで。昼食に脂っこいものを食べたので、胃が、うう。」
「はい。すぐにご用意いたします。」
「ありがとう。そして、髪の色を変えたの、よく似合ってるよ。」
「あ、ありがとうございます!」
サーバーが顔を真っ赤にして逃げていく。
サ・セジョンは再びため息をついた。
「このクズ野郎。」
「また何かした?」
「結婚するつもりもないくせに、人を誘惑するなと。礼儀知らずな奴め。」
「うちのサ代理、どこか具合でも悪いのか?家でこき使われ、会社でこき使われて、ついに壊れてしまったか?」
「婚約者に対する態度と、名前も知らない店員に対する態度が同じでいいのかと。」
「会長?」
「何?」
「ああ、一瞬ここにチョン・ミョンジェ会長が座っているのかと思ったよ。言うことがそっくりだから。」
「おい。」
「だから、まるで60代のおじいさんがするような小言を言っているんですか~。」
後ろに背を預け、ジョン・ギルガオンが顎を片手で支えた。
のんびりしているように見えるが、それよりも退屈そうだ。
声がぼそりと低く落ちた。
「心が惹かれなければ結婚できないのか。」
「……。」
「ああ。失礼。君の前で言うことではなかったか?」
サ・セジョンの両親は愛で結婚した。
財閥家には珍しいシンデレラストーリーだった。
現実に勝てなかったシンデレラが自殺で生涯を終えたという点が童話とは違うが。
サ・セジョンが眉を少しひそめた。
「いい。高校時代にお前と絶交したのが、私の人生最高の業績だということが、またしても証明されたな。」
「えー、どうしてそう言うんだ。ただ価値観の違いじゃないか。結婚も仕事の延長線上。そんな些細なことにこだわっていたら、レースを完走できないよ。」
「……まだ、もっと上に行きたいのか?」
ジョン・ギルガオンが当然だというように肩を一度すくめた。
「2年前にここに入ってきた時に言ったはずだ。私の刀はまだ抜かれたことすらないと。」
国内エンタメ業界1位。
大韓民国ハンターランキング3位。
わずか26歳の男が成し遂げた成果としては、途方もないどころか非現実的だ。
ドラマの主人公もこう書いたら、制作陣は社会生活を送ったことがないのかと視聴者から非難が殺到するだろう。
しかし、当の驚くべき成果を成し遂げた当事者には、さて。
「まだまだ先は長い。」
「じゃあ、お前、本当に父親から独立すると?」




