357話
一角門までは風に乗ってほんの数歩で十分だった。
しかし、訪問を知らせる声が終わる前に到着したにもかかわらず、門の前には誰もいなかった。
ただ、春が訪れたことを知らせる花びらが数枚だけ……。
足元に落ちる落花たち。
じっと見つめていた白鳥は、ふと背後に影が差すのを感じた。
獬豸の石像が置かれた場所だ。
彼女は振り返らずに言った。
「あなたの言葉は実現しなかった」
しかし、
「確信する。実現している途中だということを。だからこそまた確信できる」
白鳥は微笑んだ。
「あなたは心魔でも、仏でも、獬豸でもない。悪くてよこしまな存在では、なおさらない」
ジオも笑った。
「じゃあ何だと思う?」
「言ってもいいか?」
「言ってみろ」
白鳥が言った。自分が探し当てた答えを。
「運命」
「……」
「あなたは運命だろう」
「……」
「だから許してくれるなら、少し遅くなったが、今からでも言いたい。私の運命に」
風が優しく吹いた。
この上なく穏やかな風に黒髪がなびき、より成熟した宗主が固い眼差しで宣言した。
「私は、同意する」
「……」
「私に訪れた運命に喜んで同意し、与えられたこの道を後悔なく歩んでいくだろう」
「……」
「十分な答えになったか?」
「…ああ」
ハハハ。
力の抜けた息遣いが一度聞こえ、やがてハスキーで 心地よい笑い声が上がった。
「とても十分すぎるくらいだよ。この石頭め」
声だけでも満足感が伝わってきた。
共に穏やかな笑みを浮かべていた白鳥が、ふと頭に浮かんだ考えに顔を上げた。
「ああ。でも、それ一つだけが心配だ。私は自分の運命に答えただけだが、その過程でダビデが望まぬ形で関わってしまったのが気にかかる。ダビデにも同意を求めてみては、どうだろうか?」
「もう会ったよ」
「え?」
「お前たちはセットだからな。信じられないなら聞いてみるといい」
「それはどういう……」
理解できない話に、白鳥は反射的にパッと振り返ったが、振り返ったそこには誰も存在しなかった。
獬豸の石像の上にぽつんと残った花びらだけが、ここに誰かがいたという事実を知らせるだけ。
「……」
白鳥は再び歩き出した。
遅くもなく、速くもなく歩き、数分前の元の場所に戻ってきた。
修練館の外の門の外、縁側の上。
出て行く時に見た姿そのままに、チェ・ダビデがうつ伏せになって足を揺らしているのが見える。
極めて平和な日常の風景。
「ダビデ」
「…ん? 白鳥どうしたんだ。ああ、まずい。また寝そうになった。本に睡眠剤でも塗りたくってあるのか」
「いや」
白鳥は首を横に振った。
「何でもない。続きを読んでくれ」
「なんだ、つまんねえの」
ただ……
聞かなくても答えを聞いたようだった。
そうだ。この運命に一人だけというのはありえない。
これから訪れる日々はすべて二人の役割。
これはつまり「私たち」の運命だろう。
「ダビデ。中に入って勉強しろ。まだ少し肌寒いじゃないか。お前がそうしているからといって、書き取り試験を免除することはないぞ」
「……くそ、それなら早く言えよ。無駄に外でガタガタ震えてたじゃねえか。行くぞ!行く!」
パタン。
障子戸が軽快に閉まった。
☆
『運命干渉完了。』
『ネームド個体 -「白鳥」、そして「チェ・ダビデ」の宿運に干渉しました。成功です。おめでとうございます。』
☆
今や星系全域の管理者の中に、「世界復旧」問題について知らない者はいなかった。
星座様がすでに目標リストの半分を完成させたという噂まで広まっている状況だ。
このペースで行けば、「世界復旧」は本当に「すぐ」だ。
夫婦詐欺団に裏切られたバベルは食事もろくに取らず、諦めた上位管理者たちが一人二人とやってくる、巨大な改変に備え始めた。
「星座様、調べてこいとおっしゃられたネームド個体、コード:ジョーカーもまた、本人の定められた輪廻を終えて安息に入ったことが確認されました」
「ふむ。死後の世界に入らなかったのは本人の選択か?」
「はい。このネームド個体は計三生の輪廻が按配されていた個体で、二回の輪廻を終えて最後の1回が残っていましたが、それもまた本人の意志で拒否したとのことです」
「転生を選ばなかったと?理由は?」
「ですから理由は」
「え?」
死後管理処から移管された文書を淡々と読み進めていた管理者7-Aが困惑した。
「ん?なんだ?」
「そ、それが。違います。エラーがあるようなので、再度確認してから持ってきます」
「そのまま言え。なんだ」
これで合ってるのか?
管理者7-Aは迷った末、おずおずと書類を読み上げた。
「コスパが全く合わないと……」
「なんだと?プハッ」
…笑った?
7-Aはさらに、恥ずかしくなって、本や羊皮紙の間に埋もれている星座をちらっと見た。
「同意書プロジェクト」が本格的に始まって以来、星座はあの好きだった寝殿も放り出して図書館で暮らすかのようだった。
過ぎ去った無量劫の時間線の中に眠るネームド個体を探し出すために。
積み重なった本を漁るため、腹ばいになっていた星座がケラケラ笑いながら体をひっくり返した。
その満面に笑みが溢れている。
「ジョン・ギルガオンらしいな」
「はい?」
「とんでもない商売人だったんだ、あいつは。ものすごく強欲だったぞ。自分の命まで賭け金にして。死ぬ時も相変わらずだったか?チッチッ」
「……」
中位管理者7-Aは星系管理のために創造された生命体だ。
ただの部品としてのみ存在するため、人の感情のようなものは理解できない。
しかし、少なくとも今の星座のあの笑顔にどんな感情が込められているかくらいは察することができた。
「星座様は……」
「ああ、面白い。久しぶりに心からの笑いがこぼれたな」
「星座様は!」
「ん?」
無礼な質問かもしれない。
しかし、我慢できないほど気になった。
「差し出がましいですが、一体どんな絵を描いていらっしゃるのですか?」
「え。何の話だ、いきなり」
「彼らは脆弱な単生種である上に、一介の必滅者です。星座と魂を分けたコード:ムーンのような例外ケースでない限り、予定通り「世界復旧」が進めば全部初期化されます」
星座がリセット地点として定めた日は、
惑星地球基準で20xx年3月1日。
S級覚醒者キョン・ジオ、人生のターニングポイントであり、運命の分かれ目であるまさにその月だ。
言い換えれば、その3月以降に起こったすべてのことは消える。
完全に削除されるのだった。
個人の回帰ではなく、世界全体の回帰だから。その時点からはただの過去とは全く違う、新しい世界も同然。
「彼らは本当に全部忘れるでしょう。星座様がどんな人だったのか、お互いにどんな縁を築いたのか全部です。そんな彼らに「同意書」が一体どんな意味があるというのですか?」
ましてや会っている対象もまた、メインではなく枝葉に過ぎないのではないか。
「他の管理者たちが言うように、本当に無意味なことを暇つぶしに繰り返していらっしゃるのですか?」
上位管理者たちが口を揃えて騒いでいた。
複雑に考えるなと。
これはただの気まぐれで性格の悪い星座の遊戯であり、奇行に過ぎないと。
ただバベルを困らせて、ネームド個体たちと再び縁を築いていく時に使うおもちゃに過ぎないと。
しかし本当にそれだけだろうか?
7-Aの考えは違った。
「いいえ。星座様。そうではないはずです」
「……」
「私は三食、星座様の食事を担当しながら、どんな管理者たちよりも星座様を間近でお仕えしています。だからこそ敢えて知っていると自負します」
「ふむ、何を?」
「星座様は結果が出ないことに、これほど熱心になられるほど誠実な方ではありません」
「あらまあ。こいつめ?」
「また」
「ほう。どこまで言い続けるか」
キョン・ジオが退屈そうに顎を撫でる。
7-Aは緊張した息を飲み込みながら告げた。
「星座様は、指定したネームド個体たちをとても大切に愛していらっしゃいます。すべてを捨てて彼らの傍に戻りたいと思っていらっしゃるほど」
「……」
「だから他の管理者たちの言葉は間違っています。星座様は冷酷な方ですが、また一方で、所有欲が相当おありで、大切にしているものたちをぞんざいに扱ったりはなさいません」
暇つぶし?
ただのいたずら?
誰が暇つぶしにこんなに心を砕くだろうか。
7-Aは自分の腕の中にいっぱい抱えた文書の束を、見せつけるかのように持ち上げて見せた。これが証拠だと。
「そうでなければ、こうして休む間もなく輪廻文書を漁るのではなく、バベルに命じて安息に入った彼らを引っ張り出して大佐させろとおっしゃったでしょう」
これほど複雑で、面倒で、平和で、また極めて慎重な方式を選ぶことはなかったはずだ。
いつものように暴君らしく振る舞えば済むこと。
「さあね」
星座が首を傾げた。
「バベルが分類で後回しにされて手伝ってくれないと言っていたぞ?」
「ルールに従う方ではなく、ルールを便宜によって変える方だと存じております。盤をひっくり返してでも」
「……」
「違いますか?何か別に描いている絵があるの、そうでしょう?」
「……」
大胆に騒いでいたと思ったら、目が合うとまた恭しく腰を折る。
「なかなかやるな」
ジオは興味津々に尋ねた。
「お前の名前は何だ?」
「……太陽系所属中位管理者7-Aです。7番銀河を担当する7号上位管理者の直属の中で首席を務めております」
「名前じゃなくて」
「……?それが私の名前ですが……」
7-Aは慎重に付け加えた。
「ご用命の際は、7-Aとお申し付けください。ネットワーク管理を担当しておりますが、アルタレコードには記録が残らないため、特に名乗り名のようなものはないのです。」
「ふざけたことを。」
「え、何でしょうか?」
「よかろう。朕が名を与える。そなたは今日から『チ・レイ』と名乗るが良い。」
「……」
「不満か?」
「…少々、いえ、大変恐縮なのですが、いささか安易では…?」
「そうか?では、候補としては、チレレパルレレやチルチルなどもあるが―」
「畏れながら、チ・レイ、星座様からのこの上ない恩恵、ありがたく頂戴いたしまする!」
「良かろう。チ・レイ。」
「……」
口先ばかりで、憮然とした態度を隠そうともしない。こんな面白みのない連中に、こんな奴が紛れていたとは。
(今日はよく笑うな。)よし、機嫌が良い。
ジオは気前良く、誰にも言っていない秘密を打ち明けることにした。
バベルにも、愛する恋人にさえも打ち明けていない真実を。
「正解は……」




