35話
「見えない刃の剣士か……。こんなに特徴がはっきりしているのに、どうして聞いたことがないんだ?」
名探偵、ファン・ホンが独り言を言った。
ますます自分の考えに没頭していくようだ。ジオは焦りを感じた。
だめだ。深く掘り下げるな、この野郎。まだ準備ができていない。
「そ、それは、とても隠れるのが上手だから……?」
「にゃくざさん、火星にでも行ってきたのか?訓練所に入って出てきたのなら、情報が回ってこないはずがないのに」
「それは、引きこもりの陰キャだから存在感がないんだ」
「ランキングに『非公開』状態の奴は誰がいるんだ?」
「それは、そこまで実力が良くないから名前が上がってこない……」
どんどん膨らむ嘘。
おかげで、人斬り抜刀斎の設定も凄くなっていった。
とても隠れるのが上手で、存在感のない引きこもりの陰キャで、そこまで実力が良くはない奴になったキョン・ジオが静かに口を閉じた。
「サブキャラ、失敗したみたい」
畳んでまた育て直そうかな……。
しかし、自分の顔に唾を吐くような抜刀斎の努力にもかかわらず、ファン・ホンは依然として深刻だ。
「私はこう見えても仕事があって、この業界の情報は熟知しているんだ」
名前はファン・ホン、年齢24歳。
職業:〈黎明〉ギルド長(暴力団のボス)。
「でも、こんな実力者が聞いたこともない無名だなんて。ほとんど幽霊じゃないか?」
「今作ったばかりだから当然だろ」
「自分自身を消すレベルでなければ説明がつかない。一体、ここまでして隠れて生きる理由は何だ、抜刀斎」
「急に標準語を使って雰囲気出すなよ」
危機のキョン・ジオ2弾。
剣心、いや、ジオは再び頭を絞り始めた。
しかし、今日の嘘の限度超過。新しく得た「奇跡の詭弁」特性も発動する気配がない。
「にゃくざさん?」
ああ、分かったってば。
ジオはぎこちなく口を開いた。
「私は、私は……ただ」
「ただ?」
「恥、恥ずかしいから……?」
[聖約星、「運命を読む者」様が見ている私が恥ずかしいと呟いています。]
「く、クソ」
私は恥ずかしがり屋で力を隠してしまったトマトだよー!
感情的に叫んでしまった人斬り抜刀斎の耳が赤くなった。
[うちの可愛い子猫は大丈夫だと、嘘がつけない姿も可愛いと「運命を読む者」様が必死に粛然さを隠しています。]
「クソ野郎、お前が一番悪い」
ジオは咳払いをして顔を上げた。何とかしてまた取り繕おうと思ったが……。
「……」
「何だ、その表情は?」
何だよ、この豆腐野郎。
けなげそのもの。
哀れなものを見るソン・ダムビの表情でファン・ホンがジオを見つめていた。
「そうか……」
「何がそうなんだ?」
「世俗的な名声ばかりに執着する今の世の中が『恥ずかしい』から、知られるよりも日陰で他人を助けることを選んだご隠居上級者か……」
「……?」
「感動した、人斬り抜刀斎」
「何……」
そこで「恥ずかしい」を除いて私が付け加えたものは一体何があるんだ?
しどろもどろになりながら追加した設定が気の毒になるほど、1分でサブキャラの物語があっという間に完成してしまった。
「努力する人は楽しむ人に勝てないって言うけど……」
これが「本物」と「偽物」の差なのか?
ジオが驚くほどの格の違いに呆然としている間、ファン・ホンはすでにサブキャラにのめり込みに入った表情だ。
人生の先輩の顔で言う。
「でも、にゃくざ後輩、それではいけない。人は手に入れるべきものは手に入れて生きなければならない」
「……」
「何も持たない犠牲を誰が認めてくれる?死体にも肉片がついていなければカラスの群れが探さないだろう?」
真剣な声。
ジオは目の前の者が絶対に損をしない裏社会の王であることを改めて実感した。
「……そうか。無駄に繋がりに繋がった底辺の奴らが命を懸けて従うわけではないだろう」
一緒になって少し真剣になるその時。
続くファン・ホンの結論。
「だめだ。今日からにゃくざ後輩は私が責任を持って育てる」
……
……え?ちょっと結論がおかしい。
「私がガンガン背中を押してやる!この先輩を信じろ!」
義理!
ファン・ホンが親指を立てた。
* * *
一方。
とんだサブキャラ誕生で二人のS級が馬鹿騒ぎをしている時。
6階。すぐ上の階である6階のスタディゾーンの状況はやや深刻になっていた。
[「広がった隙間の汚染地(2級)」の培養室に入りました。]
[汚染地中心部進入により異界の濁気に直接露出されます。]
[深刻な疲労累積状態です。タイトル特性が活性化されません。]
[汚染抵抗が不可能です。]
/[弱化]汚染 - 異界の濁気により身体が汚染されています。状態が持続すると生命力に致命的な被害を受けることになります。/
ユン・ウィソはうなだれた。
状況による絶望感からではない。慣れ親しんだ自己嫌悪だった。
「いっそのこと、あんな約束はしなければよかった。何でも責任を持つだなんて……自分のことさえまともにできないくせに」
「どうしてできないんですか?」
手足を縛られうつ伏せになったままソ・ガヒョンが囁いた。
高く結んだ髪の上には華やかなキノコが生えている。
「ああ、本当に、お兄さんはランカーじゃないですか。それも1番チャンネル!ハイランカー!」
「デバフが思ったより強くて……」
「いや、どんなハイランカーがデバフくらいで4級の雑魚も処理できないんですか?」
「2級だよ、ガヒョン。変わってから少し経ったけど……」
「それでも!」
ソ・ガヒョンはもどかしい様子だ。
それもそのはずだ。ユン・ウィソが考えても話にならないことだったから。
[「……」が応答しません。]
[現在、召喚獣が応答不可能な状態です。パートナーとの接続に失敗しました。]
テイマーの召喚獣は三つに分けられる。
1つ目は、パートナー
2つ目は、ガーディアン
3つ目は、ペット。
その中でパートナーは名前の通り、唯一無二の伴侶としてテイマーと全てを共にするメイン召喚獣だった。
パートナーがいないテイマーとは手足なしで歩くのと同じ。
現在のユン・ウィソの状況がまさにそうだった。
「そばにいてあげるべきだった……」
弟のことで気が急いて、前後も見ずに飛び込んできてしまった。
「ヨ、ヨンジョン!」
意識なく連れて行かれる友達の姿にソ・ガヒョンがもがいた。
激しい動きにつれて、彼女たちが縛られている蔓の監獄も揺れる。
「ガヒョン、そんなに動くと、ガヒョン、やめて……!これでは奴らの注意を引くだけだ!この蔓は培養室全体に繋がっているとさっき言ったじゃないか」
「でも、私の友達が……」
「当分、大事には至らないはずだ。先に連れて行かれた人たちがいるから」
寄生怪獣は普通、強い宿主を好む。
ブリーフィングで聞いた話だった。
ユン・ウィソは冷や汗を流しながら再び手足を解くことに集中した。
4階からの墜落で意識を失った後、目を覚ました時にはすでにここ6階の培養室の中。
一緒に墜落したハンターたちはいなかったし、縛られている失踪者たちも半分くらいの数しか見えなかった。
「お兄さん、意識がありますか?」
「……だ、誰ですか?」
「ウィソお兄さんですよね?私のこと覚えてませんか?ソ・ガヒョンです。ユン・ガンジェの高校の友達」
ソ・ガヒョンは彼が一番遅く目を覚ましたし、本当に運が良かったと言った。
ダンジョン化直後からずっと閉じ込められていた失踪者たち。
突然、数十分前から怪獣たちが男たちを連れて行き始め、彼の弟であるユン・ガンジェも、ハンターたちも皆そうやって連れて行かれたが、ユン・ウィソだけが残ったと。
「こっちは基準に満たないと判断したんだろう……」
寄生虫に門前払いされた苦々しさもつかの間。
プチッ。ついに手足が解ける。
ユン・ウィソはクモの巣を噛み切るのに苦労したペット、糸ヘビを逆召喚して立ち上がった。
「ガヒョン」
「うっ、何、ええ?お兄さんの手足が!」
「シーッ。気づかれないように抜け出さなければならない。まず、君と私だけで動こう」
「じゃあ、あそこの私の友達は?」
ソ・ガヒョンが少し離れた糸の塊の中に閉じ込められた友達を心配そうに振り返った。
「君が一番深刻だ。キノコまで生えているじゃないか。それは菌が体の中に深刻に広がっているということだ」
「何ですって?どうすればいいの!」
「仲間の中にタク・ラミンという、旧1チームの要員がいる。治療薬があるはずだ。その人から探そう」
「正直、探したい人たちは別にいるけど……」
ユン・ウィソは片方のパーティーチャンネルをちらっと見た。
呼んでもいいのか、その判断ができなかった。下手に失敗して正体でも明かしてしまったらどんな反応をするか分からないから。
いくら同じ1番チャンネル所属だとしても、皆が同じ連帯感を感じられるわけではない。
ランカー、ユン・ウィソにとって〈黎明〉のギルド長とはそういう存在だった。
目の前の寄生虫よりもっと怖くて、もっと恐ろしい人。
「それでも、隣のあの方は……」
やめよう。何を妄想しているんだ?
無表情の誰かを頭の中から消し去りながらユン・ウィソはソ・ガヒョンを支えた。
「一人で歩けるか?」
「ちょっと待ってください……血が通ってない」
「ゆっくり動くんだ。最大限気づかれないのが目標だから」
7階に向かう非常階段の位置はエレベーターの近く。
糸をずっと紡いでいる透明グモとそのそばを守る蟲兵たちは培養室の中央に位置している。
蟲兵たちの数が多いとはいえ、彼らは宿主の移動と汚染菌培養だけが目的だから自我のない存在たち。
したがって、クモの視界に入らなければいいことだ。
「匍匐前進って知ってるか?うつ伏せになって這っていくんだけど、あいつらを指揮するのがクモみたいだから、その視界領域だけを避けてうまく移動すれば……」
「お兄さん……」
「ん?」
「もう、終わったみたいです」
何?
背後を指差すソ・ガヒョンの指。彼に続いてユン・ウィソが体を向けたその時だった。
「鉄砕牙。風の傷!」
クワガガガ!
激しい突風が吹いた。
ユン・ウィソは反射的に腕を上げて防いだ。瞬間、体がよろめくほど大きな風だった。
そして、静まると現れたのは、巨大なノコギリが通ったかのように真っ二つになったクモの死骸。
「状況終了みたいです……」
放心したソ・ガヒョンの声に重なるまた別の声たち。
「ま、にゃくざさん。手加減しろ、手加減。失踪者たちが怪我するぞ」
「暴力団豆腐さん。私がそんなコントロールもできないアマチュアに見えるのか?」
「それより、今のその技術どこかで見たことがあるような……どこで見たっけ?」
「コホン。ガヒョン、うちのバトラーソはどこにいるんだ?」
聞き慣れた口調。聞き慣れた香り。
ソ・ガヒョンがむせび泣きながら叫んだ。
「ジオお姉さん!」
よく育てた子猫一匹、十人の人間にも劣らない。
ソ・ガヒョン、バトラーソは今日ほどその名言を実感したことはなかった。




