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306話

ジオは彼をちらっと見て言った。


「あるよ。[幼き羊の聖情]っていうのが」


「神話級シナリオアイテムで『復活』が可能な聖遺物だ。癪に障る奴の手に渡ってるのが問題だが、時間の問題だ……どうした?」


「……ジオさん」




「[幼き羊の聖情]に時間制限があるってこと、ご存知ですよね?」


ああ、何事かと思った。キョン・ジオは気が抜けたように笑った。


「取引するのにアイテム情報も読んでないと思ったか? 3時間だろ。その間に견キョン・ジロクの生体時計を止めようとどれだけ苦労したか……」


「2時間です」


ジオを見るなり、指先から痙攣が起きた。ペク・ドヒョンは、ある種の恐怖に囚われ、呻くように囁いた。


「中立の番人から聞いたので確かです。その方がなぜこれを僕に言うのか疑問だったんですが……」


見つめ合う顔から表情がすっと消える。ジオも悟った。


「現実偽造」


「……ト、トリックスター」


ぎりっ。魔法使いはそれ以上考えず、空間移動した。









うっ、うっ、、、、、


「助けて…」


血の海だった。


よろよろと這いずっていたヘルパーの手が、男の靴に触れる。涙でぐちゃぐちゃになった顔が上を見上げた。


「ダ、ダン……!」


「シー」


キッドは優しく慰め、立ち上がった。


チャプ、靴底が床に着くたびに、音が湿っぽくまとわりついた。


そして血の海が始まる根源。無主の塔の広場真ん中で、四つの海を敷いて座ったジオが、じっと彼を凝視する。


「これは……それでもナンバー2なのに、あまりにも惨めな姿にしちゃったんじゃない、自分?」


「団長様ともあろうお方が、下の奴らを皆殺しにする前に、自分の足で訪ねてきたんだな」


「怒ってるじゃないか。ここまで怒った理由は何だろうな」


キッドは綺麗に目を細めて笑った。


「ついに嘘がバレたんだ」


「3分12秒」


がしっ。キョン・ジオはネバダの頭を掴んだまま立ち上がった。ずるずると引きずり、ゴミを捨てるように遠くへ放り投げる。


「どんな嘘を吐こうと興味はない。私の仕事さえ成功すれば。いくらでも寛容を施してやってもいいんだが、残念だな。192秒。ちょうどそれだけ超過したんだ」


「復活制限時間2時間から」



顔を上げて彼を見る目は、焦点の合わない狂気にギラつき。


「悩むな」


キョン・ジオは傷で敏感になった猛獣のように牙を剥き出した。


「お前をどう引き裂いて殺せば気が済むかな? このクソ野郎」


轟々々。


捨てられた塔が傾く。


崩れるのだ。ついに。


「はあ、、、、」


キッドは魔力に貫かれた腹部を掴んだ。彼のスキルや能力などは、この瞬間には無意味だった。


本気で覚悟を決めた魔術師王の前だ。全てを捨てて殺意だけを残した超越者を、世の中の何者も敢えて遮ることはできなかった。


感情のない冷たい目が彼を見下ろす。


最後か。キッドは肩を震わせて笑った。


「どう殺せば……気が済むか、と聞いたな」


「遺言なんか許可しないぞ」


「殺してまた殺して、俺の死体まで掘り起こしてまた殺しても、そんな日は来ないだろう。ジオ」


「詐欺師のくせに呪いまで吐き散らかしてやがる」


「お前は『いつも』そうだった……」


意味深なニュアンス。


容赦なく首を刎ねようとしたジオの手が、一瞬止まった。


舌を弄ぶのが得意な奴だ。頭では聞くべきじゃないと思うのに、おかしい。本能がジオを捕らえた。


ん? キッドが意外だというように、ぼやける目を瞬かせた。


「これを聴くのか……? ……ああ」


そうか。そういうことか……。


ぱっと、ある悟りがよぎった顔になり、納得したように笑う。


「今回はペク・ドヒョンが時間通りに探しに行ったんだな。そうだろ?」





....


「誰が邪魔をしたのかと思ったら、そういうことだったのか。今になって理解できたよ……。だから、キョン・ジロクの復活が失敗したと知りながらも、自決しなかったんだな」


ぎゅっ。


美麗な手が腹部の魔力槍を掴む。キッドはジオの方へ体を寄せた。


槍の刃がさらに深く食い込んだが、意に介さず囁いた。


「『希望』が残っているから」


「••••••お前」


「なあに、驚くことはない。『審判者』は臆病で哀れな世界が選ぶんだ。『執行者』はその審判者のスペアで……」


「ただ失敗した『審判者』だけが継承可能なタイトルだ」


乾いた灰色の目に、奇異な熱気が宿る。後ずさりするジオを、血痕が長く追いかけた。


「なぜそんな顔をするんだ? 『回帰』が可能だってことは、もう知ってるだろう」


偉大なる魔法使い様。


世の中がどれほど悪辣で、人間がどれほど酷いか、試行錯誤がまさか一度だけだったと思うのか?


「ペク・ドヒョンが帰ったところで、どれだけ変わるかな。俺も気になるな」







「どうなさるおつもりですか?」


「……離せ」


「嫌です」


刃をぎゅっと握った手。


鋭い痛みが肉を貫き、骨の髄まで抉ったが、ペク・ドヒョンは一歩も引かなかった。


「僕に殺されるはずだったじゃないですか。今更自殺ですか?」


食事も絶ち、引きこもっていたジオだった。何日かぶりに現れるや否や、素手が血まみれになるまで氷を叩き壊し、今度は自ら命を絶とうとしている。


彼が力を込めて奪うと、力なく落ちる指先。


空っぽなその目に耐えられなくなり、ペク・ドヒョンは奥歯を噛み締めた。


「……『キッド』。あの野郎でしょう?」


「クロウリーから全部聞きました。あの忌々しいクソ野郎があなたに何を言ったのか、ええ。知りません。僕は何も知りません。それでも!」


「天下のキョン・ジオが、いつから他人が吐き捨てる言葉なんかに動揺するようになったんだ」


疲れて正常ではないとはいえ、それでも時折、いたずらっぽく笑みを浮かべていたジオだった。守ってあげることはできないが、守ってあげたいという欲が出るほど、ペク・ドヒョンはその笑顔が好きだった。


「顔も見たことのない相手に、ここまで憎悪心を抱くとは夢にも思いませんでした」


「……全部終わったんだ」


血がぽたぽたと滴る彼の手をじっと見ていたジオが口を開いた。


「バンビは助けられない。回帰したところで、それも正解じゃないんだって。夜が真っ暗で星は見えないから道も分からないし。何も分からないんだ。ただ」


「ただ私は……分かるか? もう終わりにしたいんだ。休みたいんだ……」


憐憫と愛は似ている。


しかし、すでに愛した相手を憐憫するようになったら、その時はどうなるのだろうか?


ペク・ドヒョンは嘆息し、膝をついた。泣くジオの手を握り、額を埋めた。


胸を締め付ける切なさで無力になった男の声が、低く沈んだ。


「一度も……」


「たった一度も、まともな人生を生きたことがないくせに、何を休むんだ……。何を止めるんだ」


「少なくとも一度くらいは、まともに生きてみないと。悔しいじゃないですか」


友達もたくさん作って、やりたいことも見つけて。大学にも行って、卒業式には家族と写真も思う存分撮って。季節が変われば花見もして。


こんなにもすごいんだから、他人から適当に称賛もされながら。


「他人より少し特別だけど、他人と同じくらい幸せに」


「そう生きるべきです。そうする資格があるじゃないですか」


ペク・ドヒョンはこの瞬間、痛切に悟る。


この人を、生かしたかった。


この人を殺してでも。


「僕が全部……そうできるようにします。全てが正しく、全てが正しく回るように」


「そうやってあなたを助けます」


キョン・ジオはペク・ドヒョンを見つめた。


初めて会った時だけは、光を失ったと思った目だった。自分と似ていると感じた。しかし、今見ている彼は明らかに違っていた。


清らかで高潔な、信念の光を宿してジオを見上げる。


「信じたくなる」


「信じてください。絶対に失敗しません」


握り合った手に力が入る。


ジオはぼんやりとその顔を見て、唇を噛み締めた。


「なぜ……なぜお前なんかが救世主みたいに見えるんだ? ありえない」


「それはちょっと言い過ぎですね。救世主というよりは……案内人。ジオさん専用の案内人だと思ってください」


ペク・ドヒョンが儚げに笑った。彼らが進むべき道を見つけた目で。


「戻ったらすぐに私を探しに来い」


「お兄さんが私を殺す記憶を持って帰っても、豆腐メンタルには何の役にも立たないから、それは消えるようにしておくよ。面倒くさいから、なぜ片思いなんかするんだ、ちっ。とにかく初恋の良い記憶だけを持っていろという、思いやりに溢れたキングの特別サービス」


「どの時点に戻るか分からないけど、ふむ。多分、お兄さんが再覚醒する時点じゃないかな? あの頃の私はちょっと……」


ジオは咳払いをして遠くを見た。少し照れくさそうに。


「分別もないし、とても傍若無人だろう。お兄さんが何と言って捕まえようとしても、門前払いする確率が高い。道を説く人扱いするかもしれない。でもクソ、知るかよ。我慢しろ、ただ」


「何をしてもお兄さんの業だと思って耐えろってんだ。可愛がってやるか。私の言う通りに、言われた通りに、言うことをよく聞いて。分かったか?」


ついに剣士はS級に到達した。


元々も意志力では地球人全体で二番目と言えば悔しがるほどの狂人。


本格的な肉体再構成に入り、むしろ死んだ方が楽な苦痛が続いたが、毎晩血を吐きながらも、結局耐え抜いた。おかげで全ての準備も完璧に終わった。


今日、ついに訪れた約束の日。


クロウリーは親友の死をどうしても見届けられないと言って去った。ジオは別れの挨拶に、次を約束した。


万が一、事が上手くいかずに番人たちが動いても、お前だけは私に猶予を与えてくれという約束と共に。


「最後なのに何か言葉でもないのか? ったく」


眩しいほど真っ白な雪原。


災いのように舞い散る吹雪の中で、滅剣を握ったペク・ドヒョンが、突っ立ってキョン・ジオを見つめる。


よし、よし。失笑したジオが、わざとすっきりした顔で両腕を広げた。


「さあ。殺せ」


「最大限、苦痛が少ないように」


そして……。


完璧な準備を終えた彼らが、見落としていた事実、一つ。


ぽとん。


落ちた長剣が雪の上を転がる。


ぼうぜんとジオを見つめていたペク・ドヒョンが、呟いた。


「できません……」


愛は、どんな決意も無力にする。どんな誓いも崩れさせる。


ぽつり。ペク・ドヒョンの目から、音のない涙が落ちた。


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