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305話

彼の体を流れる血が床に落ちる。その音だけが空虚な静寂を埋めた。ペク・ドヒョンは視線を逸らさなかった。


ジオは歪んだ信念が込められた彼の目をじっと見つめ、軽く笑った。


「いっそ、私があなたを殺すのはダメなの?」


「お前を殺して時計を強奪して、私が戻る方が、私はもっと惹かれるな。誰が見ても出来損ないのB級なんかより、最強者の私が回帰する方が世のためにもなるだろ。時計も元々私のものだろ?」


「なりません。」


ペク・ドヒョンは断固として否定した。


「俺が既に一つの条件を満たしたため、時計は既に所有者を私として認識しました。それは不可能です。」


キョン・ジオは超越者であり、魔法使いだ。


彼の否定に私欲や計算、そして嘘が混ざっていないことは、当事者のペク・ドヒョンよりもよく分かった。


「回帰、か……」


全てをやり直したいと思ったことがないわけではない。


ただ、世の中万事、何でもそれ相応の代償があることを知っているから、夢にも思わなかっただけだ。


ここでまたどんな代償を払うには、キョン・ジオは疲れ果てていたからだ。


しかし。、


「都合のいいカモが勝手にその代償を払ってくれるというのか。」


きれいに用意された食事。食べないわけにはいかない。魔法使いの面目が立たない。


「肝心なのは、じゃあ……信じられるか、ということだな。」


ペク・ドヒョンをゆっくりと見定めるジオの目つきが細くなった。


ダブルA級くらいなら二つ返事で任せたのに、やっとB級だ。


しかも元々は土方だったという奴。


「どん底からB級まで上がってきたのを見ると、器や意志力が全く使えないわけではないが……ふむ。」


「いいわ。」


快く落ちた承諾にペク・ドヒョンは目を大きく見開いた。ぱっと顔を上げる。


「……いいと仰いましたか?」


「代わりに、私も条件があるわ。死んであげるのはいいけど、自殺はちょっと困るのよね。ええと、何だっけ?宗教上の理由?自殺すると地獄に行くと信じている人たちの宗教は何だっけ?」


「カトリックのことですか?」


「そうそう!私がそのカトリュク何とかだから。」


「全くそんな風には見えませんが……」


疑わしげな顔でペク・ドヒョンが見つめたが、ジオは意に介さず頷いた。腕組みをして、そっけなく言う。


「自分の手で、自分の実力で一度正当に殺してみて。」


「みっともなく感情に訴えかけたりしないで。魔王を審判しに来たのなら、勇者らしく全力でぶつかって殺してみなさいよ。言っている意味分かる?」


キョン・ジオはペク・ドヒョンの顎を強く掴んだ。ペク・ドヒョンは憑りつかれたように彼女を見上げた。


「そうじゃないと、私もどこかでペク・ドヒョンの手に死んだなんて、言うのが恥ずかしいじゃない。」


「え?」


目は決して笑っていないその顔。


「……よく分かりました。」


ぎゅっと。後ろ手に縛られたペク・ドヒョンの拳に力が入る。


ずっと死んだ人のようだった彼の目に、瞬間、ある光がよぎった。初めて見る顔でペク・ドヒョンが歯を食いしばって笑ってみせた。


「あなたの名誉ある死のために……一度必死に挑んで差し上げましょう。」


スルスルン、ドーン!






言葉が終わると同時に、犬の全身を締め付けていた鉄鎖が解き放たれる。そうだ、これだ。キョン・ジオは意地悪く笑った。


「期待しているわ、審判の剣。」


誰よりも計算の早い魔法使い。


決心したペク・ドヒョンのように、ジオもまたある決断を終えただけだ。


こいつを「S級」に育てようと。


戦って、戦って、また戦って。


死ぬ者と殺さなければならない者の奇妙な同居が続いた。






そうして丸々半月。


隙あらば剣を抜いて襲い掛かるペク・ドヒョンと、彼を叩きつけるジオのせいで、大魔女の古城は無事な日がなかった。


「ふざけやがって!外はだだっ広い荒野なのに、中で何をしているんだ、このチンピラ野郎ども!」


午前中から響く騒音で強制的に起こされたクロウリーが、むしゃくしゃしながらアイマスクを投げ捨てた。


「外で戦え!」


ドガガガガーン!




悪態をつく彼の目の前に、タイミングよく墜落するペク・ドヒョン。


強く落ちてくる彼とぶつかった城内の彫刻像が、ドミノ倒しのように崩れていった。


「ミ、ミケランジェロの未公開作品が!」


目眩にクロウリーがよろめいたが、招かれざる客たちはそんな家の主など眼中にないようだ。


遠い上空にそびえ立つジオが、後ろ手に組んで見下ろしながら鼻歌を歌った。


「いつになったら死ぬのかしらね〜。ああ、体がだるいから散歩にでも行かないと。」


そして魔法少女の効果音のようにピョンという音と共に消える。クロウリーが感嘆した。


「わざとやっているのか……癪に障るように!」


本当に煽り耐性は天性のものだ。


案の定、崩れた石の山の中から這い出てきたペク・ドヒョンが、悔しそうに床を叩きつけた。


「くっ、ちくしょう!」


「ああ。」


傷が癒えることのない満身創痍の体がボロボロだ。神経質そうに首元の包帯を剥がして投げ捨てるペク・ドヒョン。


クロウリーがため息をつきながら近づいて行った。


「慰めは要りません。」


「慰めだと?お前が殺すと騒いでいるあいつは、私の唯一の友だ、この野郎。」


睨みつけていたペク・ドヒョンの目つきから、すっと力が抜ける。少し申し訳なさそうな気配も漂わせるのが、こんな時でも人間的な奴だった。


「だから気難しいキョン・ジオの気に入ったのか……」


「治癒術はかけられない。自然治癒させろという厳命があって。」


「期待もしていません。」


緩んだ包帯を新しいもののように巻き直してやると、感謝の意を込めて軽く黙礼する。


クロウリーは凝り固まった筋肉をほぐすペク・ドヒョンをじっと見つめた。


「魔力密度が変わった。骨格まで。」


ペク・ドヒョンは知らないだろうが、彼はキョン・ジオとぶつかるたびに、職人が金槌で原石を削り出すように、日ごとに体質から始まり、筋繊維一つ一つまで変わっていた。


キョン・ジオの好みに合わせて。


「モデルは……キョン・ジロクか?」


クロウリーは顎を撫でた。


キョン・ジロクほど戦闘に天賦の才を持つ武骨者もいないから、モデルとしては申し分ないだろう。ジオが一番よく知っている人でもあるし。


この過程はある意味、生まれ変わるようだが、また違っていた。


世界で最も偉大な魔法使いが丹精込めて設計しているのではないか?


魔力運用に精密に最適化された筋繊維を見ていると、彼自身も驚嘆するほどだった。


「ジオは本当にこいつの手に死ぬつもりなのかも……」


「私だって別に死にたいわけじゃない。」


辛そうに見えたその姿。


全てをやり直す可能性を秘めたペク・ドヒョンは、もしかしたら唯一の希望なのかもしれない。


クロウリーはペク・ドヒョンの剣を拾って手渡した。剣面を撫でる大魔女の手つきで、まばらに欠けていた刃が綺麗になる。


「受け取れ。」


「……ありがとうございます。」


受け取ったペク・ドヒョンは複雑な表情だ。口をもごもごさせて、尋ねた。


「番人たちは王を敵対すると聞きました。僕にここを教えた番人は違って見えましたが……あなたはどちら側ですか?」


「なぜ?何か言われたからまた助けてくれるのかと混乱しているのか?」


「……はい。」


「正直だな。」


失笑したクロウリーがペク・ドヒョンの肩を軽く叩いた。


「敵対もしないし、お前をここに送った普賢(ボヒョン)のように中立でもない。私は完全にキョン・ジオの味方だ。初めて会った時からそうだった。」


北の番人、クロウリー。


不毛な境界の地に閉じこもって暮らす彼は、世の中の出来事には一切関心がなかった。番人という名前も、見栄えの良い名ばかりだ。


彼の関心事は、ただ死んだ恋人を蘇らせることに限定されていたからだ。


だから狂ってしまった王が世を捨てて彷徨い、彼の地に辿り着いた時も、直接会うまでは全く知らなかった。


「キョン・ジオ……?」





ヒュウウウウウ!


獣の叫びのように吹雪が唸った。北極の過酷な夜は深淵と似ている。クロウリーはランタンを近づけた。


カーン、ドーン……。




身を屈めて氷河の氷を割っていた手が止まる。


身を切る寒さなのに、羽織っている服といえば、自分の体格よりも大きなライダースジャケットだけだった。


差し出された光にキョン・ジオが顔をしかめた。


「これはまた何だ……クソ。消えろ、忙しいから後で相手してやる。」


「何をしているんだ、ここで?」


彼が慌てて尋ねたが、キョン・ジオは意に介さず石を再び手に取った。


バンビを早く凍らせなければならない。狂った人のようにそんなことばかり呟いていた。


「凍らせる?」


ランタンをさらに高く掲げたクロウリーは、少し離れた場所にある棺を発見した。遺体だ。


「そういえば弟と行方不明になったと……」


行方不明ではなく死んだのか。


死んだ弟を連れてきたのか。腐敗しないように最も寒い土地に……。正気ではない人だけが思いつくことだ。


クロウリーの視界に、その時初めて赤く腫れ上がったジオの手が入ってきた。見当違いの焦点で夢中になっている顔も。


死を受け入れられない者。番人は詰まる喉を整えた。


「素手で何をしているんだ……?」


「魔法が効かないからどうしろって言うんだ。」


「番人の領域だから当然だ。ここは私の心臓の中だから、主が別にいるんだ。」


「……ああ。」


ドーン!


手に握っていた石が落ちる。


そうか。虚しいようにそれを見下ろしていたジオが、ぼんやりとした顔でクロウリーを振り返った。噛み締めてボロボロになった唇をもごもごさせた。


「良かった……。魔法まで私を見捨てたのかと思った。」











「それではキョン・ジロクの遺体が……ここにあるということですか?」


重く続く静寂だった。


ずっと黙っていたペク・ドヒョンが尋ねた。そうだった、義兄弟だったな。クロウリーが苦笑した。


「花は持っていくな。ジオが嫌がるから。」


トボトボ……。


洞窟だから音が響く。ジオは振り返らず呟いた。


「魔女が余計なことをしたな。」


「ジロクは僕にとってもたった一人の兄弟なので。」


彷徨っていた彼をまともな人間に育ててくれた恩人でもあった。


ペク・ドヒョンはジオの隣に立った。剣は身につけていなかった。


そうして黙ってしばらく、並んで懐かしい人を見つめた。互いに共感する沈黙が続いた。


ペク・ドヒョンが言った。


「僕があなたの初恋だと言ったことがありましたか?一目惚れしたと。」


「……言ってないわ。」


「では今から知っておいてください。」


「だからといって手加減してやるつもりはないわよ。勘違いしないで。」


「人の告白を卑怯にする才能までお持ちなんですね。あなたより弱いのは事実ですが、こちらにも異性としての自尊心はあります。」


「こいつ面白いわね。あのね、ペク・ドヒョンさん。あんたが私にとって異性になれると思っているの?」


「みっともない今は見込みがなくても、次に会った時はまた分からないでしょう。」





次。


確信に満ちたその約束に、ジオが彼を振り返った。軽くはない視線を惹きつけながら、ペク・ドヒョンがジオの手を軽く触った。


「そんな風に手を握らないでください。そうしていると手のひらに傷跡が残ってしまいます。」


「……ほっといて。」


口調がむすっとなった。


軽く笑ったペク・ドヒョンが再び正面を見つめた。穏やかに目を閉じている顔を見ていると、胸のあたりが締め付けられた。


「この人は毎日ここでこんな気持ちを感じていたんだろうな。」


「生き返らせることができると信じていますか?」


「信じているのではなく、可能なの。」


「どうやって?」


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