291話 16. 星が輝く夜に
キョン・ジオはちらりと見上げた。
頭上に広がる広大な銀河。
よく知るグラウンドフロアの広場ではなかった。
空と地面の境界がない。四方が真っ暗な中、透明で浅い水面が真夜中の塩の砂漠のように星々をいっぱいに映し出していた。
無数の星座が降り注ぐように近く、眩暈がした。隣でナ・ジョヨンが呻いた。
「天文……?」
「似ているように見えますが、天文ではありません。話し合いにはこちらの方が適切かと思いまして移しました。」
天文もこれと似たような姿なのか?
塔に上る前から星があったので揀擇を受ける必要もなかったのでジオとしては初めて見る風景だった。
見物しながらジオが尋ねた。
「謝罪? 他のことはともかく。」
「まあ……ディレクターとして道義的な責任があるかと思いまして。苦労されたのにこちらで全くサポートできなかったのが申し訳なくて。」
地域ディレクターとランカーたちは運命共同体。塔を置いて互いの命を責任を持つ関係なので、あながち間違った話ではなかった。しかし。
「こいつがこんなに謙虚なキャラクターだったとは……?」
戸惑うジオと皆の表情は似ていた。E級出身のディレクターが塔を背負い込み、気難しい性格破綻者になったという話はランカーたちの間でかなり有名だったから。
塔を上り下りするうちにホン・ヘヤとそれとなくよく顔を合わせていたキョン・ジロクは、こいつがついに狂ったのかという顔だ。
社会人らしくサ・セジョンが一番に自分の表情を繕った。
「いいえ、謝罪だなんて。ディレクターも昼夜問わず苦労されているのを私たちもよく知っています。いつもご苦労様です。」
「ご理解いただけますか?」
「もちろんです。理解します。」
「よかった。今が10月だと言ったら怒るかと思いましたが、とても安心しました。」
「……え?」
……え?
一瞬ぼうぜんとした彼らを後に、ホン・ヘヤが眼鏡をさっと持ち上げた。
「やはり尊敬するランカー様たちは度量も格別です。それなりに最善を尽くしましたが、ハブがエイリアンなので時間線が少し難しくなり、このようなことになりましたが、ご理解いただきただただ感謝するばかりです。」
「……ちょっと待て、あいつをこのまま!」
「ジ、ジオ様!堪えてください!」
そんな中でもホン・ヘヤは冷静だった。虎が確認のため聞き返した。
「今正確な日付は?」
「10月13日です。」
「……狂ってる。」
一ヶ月以上過ぎた。
あちこちでため息が漏れる中、きょろきょろしていたナ・ジョヨンが手を挙げた。
「イージスギルド長様も問題なく帰還されたのは間違いないですよね?見当たらない上に時間までこの有様なので少し心配で……」
「[傭兵]はハブから出るまでですから。ガイドが最初に案内した通り。ティモシー・リリーホワイトの報酬は別途精算されるでしょう。」
「え?報酬ですか?クエスト報酬は、間違いなくビザ登録で……」
「報酬だとかどうでもいい。今すぐ外から確認しないと。」
ナ・ジョヨンの言葉を遮りジオが口を挟んだ。
そんなものは重要ではない。
ティモシーにも後で別途連絡すればいい。挨拶もできずに送ったのが少し申し訳ない気もするが、今は一ヶ月以上過ぎた外の状況が優先だった。
しかしホン・ヘヤは静かに首を横に振った。
「いざ受け取られれば考えもまた変わるでしょう。今回の業績はサイズが相当なので。とりあえずアルタ核から私にください。」
ジオが目配せするとナ・ジョヨンが慌てて懐を探る。
やがて燦爛たる金色の温気が四方に広がった。
まるで日差しを閉じ込めた姿。
慎重に差し出す核をホン・ヘヤが受け取った。しばらくじっと見ていた彼がそのまま手を挙げた。
ふわり、灯火のようにアルタ核が上空へと浮かび上がった。数え切れない星々の間へ……そうして。
ああ。ジオは少し口を開けた。
アルタ核を中心に蜘蛛の巣のように光が空全体へと広がっていった。
少し前とは比較にならない勢いだ。天体が揺れた。そして。
《バベルネットワーク、ワールドアラート》
アラート音が流星雨のように降り注いだ。
[おめでとうございます、韓国!]
[サーバー初、チャンネル「国家大韓民国」がアルタレコードの成長を達成しました。]
[クエスト最終完了!]
[英雄的な業績!アルタレコードの成長に大きく貢献しました。「天文」の大多数の星位たちが「国家大韓民国」の命運に集中し始めます。]
[塔のレコードに記録される大業績を達成しました。貢献度と業績に応じた報酬を精算中です。]
「これは一体……」
全体アラートと個人アラート。
消える気配なく鳴り響くアラートウィンドウにナ・ジョヨンが当惑した呻きを漏らした。
しかしハイライトはまだこれから。
キョン・ジオは視界いっぱいに広がる自身のアラートウィンドウを凝視した。
[業績精算中……]
[精算に失敗しました。]
[覚醒者の功績値が精算可能な範囲を超過しました。精算に失敗しました。]
[精算に失敗……]
《タイトル更新 一 昇格宣言》
[タイトルが進化します。]
[サーバーアース、チャンネル国家大韓民国所属「挑戦者」が「求道者」へと跳躍しました。]
[万流天秤があなたに敬意を!]
[あなたの名前が「求道者」として星系に記録されます。]
考えてみよう。
キョン・ジオは冷静に頭を冷やした。
求道者。
以前バベルは挑戦者を「格」に辿り着く資格だと説明した。そこからもう一度跳躍したのだから、求道者とは今のような単純な超越の座ではないだろう。
人間が自らの力だけでは到底辿り着けない座……。
振り返ってみれば初めて「挑戦者」という名前を得た時、その背景には[悪魔殺害者]と[神殺害者)]という二つのタイトルがあった。
準神話級タイトル、悪魔殺害者。
神話級タイトル、神殺害者。
上位格と神格を処置して得た二つのタイトルが呼応し、犯しがたい業績を完成させたのだ。
「そして今回は……」
アルタ核を得た功労だけが精算されたのではない。そうだったなら仲間たちも似たようなはずだ。
これは執政官の死まで個人的な業績として精算されたわけだった。
間違いなく神格である[外の破片]を追放し、1級災いを何度も単身で防いだのはキョン・ジオ。
執政官に拒否できない呪いをかけ、彼を殺害したのもキョン・ジオの功績が正しかった。
しかしこの全てには。
「絶対的な助力者がいた。」
彼女が一度も疑ったことがなく、絶対的に信頼していた助力者の助けが。
「私は今までただ手伝っていただけだと思っていたけど、その手伝いに死んでくれることまで含まれているとは思わなかったよ。」
とぼとぼ、とぼとぼ。
ジオは真っ直ぐ彼を見つめ歩いて行った。
誓約を結んだ契約者は天文に辿り着く時、聖約星の空間へと移動する。
踏み出す歩みに合わせ、白色図書館の中の本が落ちていった。
「馬鹿みたいに。相手が記憶を弄るのに長けているのをすっかり忘れて。」
【キョン・テソンと関連した記憶を消すのはそなたの選択だった。ただでさえ罪状が山ほどあるのに濡れ衣まで着せられたら困る。】
「黙れ。」
【……。】
ぐいっ!
襟首を掴まれ引きずり下ろされた「運命を読む者」がじっとジオを見つめた。
底の知れない星の目に感情を抑える顔が映った。
「これが今、冗談みたいに見える?」
落ち着いて話そうとした。
誰が死のうと全部過去のことじゃないか。
表面的には、いくら軽く振る舞っても星は星。
必滅者としては計り知れない歳月を生きてきて、上から見下ろすのが日常であるやつとまともに会話するには毅然としていなければならない。
そう決心して来たのに。
「このクソ野郎が……!」
ここまで?自分でも疑わしいほど怒りがこみ上げてきた。
笑う顔を見ると、死にかけながら笑っていたある顔が思い出されて。
声を聞くと、死にかけながら囁いていたある声が重なって。
混乱した記憶がそう……。
ぎゅっ。
襟首を掴んだ手に力が入る。ジオは険しく歯を食いしばった。
「これで何度死んだ?適当に済ませようとするな。どこまでが本当なのか、何を企んでいるのか今すぐ白状しろ。」
【これは……。】
星がため息を飲み込んだ。その時初めて彼も気づいたからだ。
ジン・ギョウルの記憶が入ってきて、遮っておいた39階の記憶まで復旧されたということを。
「どうりで反応がおかしいと思った。」
【……誤解だ。39階のことはその時点で時期尚早だと思っただけだ。そなたの記憶を弄ったのはその時一度……。】
「それを私に信じろと?」
キョン・ジオは堪えに堪えた。
墜落するウィンターの思い出が、大悪魔の心臓を切り裂いた感覚がぞっとするほど鮮明だったが。
その程度の過去が現在のキョン・ジオを崩すことなどできないので、何でもないふりをした。
しかし。
自分の手で二度も殺害した者が目の前にいた。
ましてや彼は過去がどうであれ、現在のジオにとっても大切な人だった。
彼が襟首を掴んだ手の甲を覆う。
なだめるようにゆっくりと抱きしめた。ジオは自分の頬を包む手をそのままにした。
【そうだ。】
【否定はしない。そなたが出した答えが正しい。】
視線が合うと、空虚な目が笑う。
たった一人の契約者の耳元に星が優しく囁いた。
【39階、55階。そなたが水車を通して見た記憶は全て私で間違いない。】
確認射殺は、思ったより衝撃的ではなかった。
今更他の人だと言われたら、そちらの方がおかしいくらいだったから。
じっと彼を見つめるだけのジオの髪を星が優しく梳いてくれた。
【望む答えを差し上げたのに、なぜ何も言わない?】
「考えてる。」
【何を?】
「お前をいつ殺すべきかな。」
ぴたりと止まる手にジオは彼の腕の中から顔を上げた。
「なぜ?」
【……。】
「何も知らない時は私の手を利用してよく死んでくれたくせに、私がそうじゃないからもう死んでくれないの?」
【……。】
「どうやら目的は「古い終末」か何か私がそこに辿り着くことを望んでいるようだけど、複雑に過去の影たちを殺して回るよりここで本体であるこちらを殺す方がずっと早いと思うけど。そうじゃない?」
星の顔が固まる。
ジオはわざとさらに優しく笑った。
「何をそんなに見ているの。目的のためなら何でも構わないじゃない。二度死んだのに、三度は死んでくれないわけでもないし。あ!もしかして……」
【……。】
「気分悪い?」
同時に笑っていた顔から嘘のように表情が消える。
キョン・ジオが冷ややかに嘲笑した。
「今私の気分がまさにそう。」
【……。】
「クソ野郎、面白い?」
【キョン・ジオ。】
「私のためだと。後で全部説明するつもりだったとよくある言い訳をするつもりはないでしょ。だからといって私を欺いたことがなかったことにはならないから。」
【落ち着け。そんなことないから。】
「何が違うの?勝手に私の記憶を弄って、そちらが望むように私を振り回したんじゃないの?全部私の誤解で、錯覚なの?」
皮肉っていたジオが突然頷いた。理解したかのように。
「確かに星位たちと人間の関係は元々そうだった。毎日上から見下ろす存在なのに、取るに足らない人間の意志なんか眼中にないだろう?」
【やめろ。】
「何を止めるの?まさか私の性質を知らないでこんなことを始めたの?まだまだ……!」
【辛いのはわかっているから、私よりお前を傷つける言葉はその辺にしておけ。】
星がため息をついた。
口に刀でも咥えているかのように辛辣な言葉を吐くのに、聞いている人よりもっと傷ついた顔をしているので、何も言えなかった。キョン・ジオ自身が知らなくても彼は知っていた。
【ジン・ギョウルが最後だった。もう二度とそなたの手でまた別の私を殺したり、私の思い通りにそなたを動かすことはないだろう。約束する。】
【欺瞞だったと感じたなら何度でも謝罪する。悪かった。】
「……騙すのも。」
誰が聞いても勢いの衰えた声。
可愛いな。彼は引き寄せて再び抱きしめ、丸い頭頂部に顎を乗せた。しれっとすっとぼけた。
【騙したことは特にないが?】
「クソ野郎が口を開けば嘘ばかり……!全部知っていながら知らないふりをしたじゃない。39階でも、55階でも!」
【あえて言わなかっただけだ。世界律のせいでこちらも自重しなければならないんだ。そうでなくても今回3次警告まで受けて処罰が……】
「何?」
はっと顔を上げたジオの目が尖った。
歯を食いしばった拳がばんばん音を立てて胸倉を叩く。お星様が死ぬ真似をした。
【うっ、痛い……。】
「このクソ!誰が考えなしにしゃしゃり出てこいと言った?じゃあこれからどうなるのよ!こんな内からも漏れて、外からも漏れるバケツみたいに!何をしたからまた警告を受けるの?」
【比喩するならドーピング摘発だろうか。そなたはどうあれ試験者で、今回の昇格にジン・ギョウルの死がかなり貢献したことはそなたも感じただろう?】
軽く笑ってみせる顔には一抹の後悔さえ見えない。
その顔を見ると、自覚する間もなく質問がぽろっと飛び出した。
「……なぜここまで?」
より根本的な疑問が。
「私はどうせ知らない前世だよ。」
【……。】
「以前私たちが何をして、何だったか私は知らないことだよ。縁がそこまでだったと思えばいいのに、私が何だと言って探し続けてここまでまでするの?」
【そなたの言葉が全部正しい。】
星は難なく肯定した。その質問に数百回答えてみた人のようにのんびりと。
【そなたには過去だ。】
【私には違う。ただその違いだけだ。理解を願って行ったことではないので、無理に気にする必要はない。】
「運命を読む者」がにやりと笑った。
【ただ他人より少し寿命が長い純情だと……そう思っておくように。】
ジオは言葉を失った。
それは一生受けるとは思ってもみなかった種類の告白だった。
何度かの生を繰り返して戻ってきた恋心だなんて。
唇がもぞもぞ動いては閉じた。何と答えるべきかわからずジオが躊躇すると星がふっと笑う。
【個人的な感情を返してもらおうとも思わないので、そなたは気にせず進むだけでいい。私の目的も求愛などではないことをもう知っているだろう?】
「目的なら……古い終末?」
呟いていたジオが驚いて息を呑んだ。
いつの間にか頬を包んだ彼が首を傾けてきた。とても近くに。
そして少し前より落ち着いた眼差し、低くなった声が囁く。
【そなたは二十歳で死ぬ。】
「……何?」
【それがそなたに定められた宿命だ。一度もその運命の呪いから逃れたことはない。】
突然襲ってきた余命宣告。
キョン・ジオは食い入るように彼女の星を凝視した。
眼差しを見ると嘘である可能性はない。狼狽もつかの間、ジオの顔色も驚くほど落ち着いていた。
「理由は?」
星が苦々しく空笑いをした。
【……勘がいいな。私が言う前に気づいたのではないか?推測通りだ。小さな器で受け止めるには。】
「過度に巨大な力だ。」
ジオは淡々と後を引き継いだ。
ただ……そうだった。衝撃的で、狼狽するというよりは来るべきものが来たという気分だった。
おそらく本能的に知っていたのかも。
九歳、エイプリルフールの日に病院で初めて目を開けた時だったか?それとも全身が引き裂かれる痛みに涙より血を飲み込む時だったか?
振り返ってみれば幼い頃は心の奥底で毎日そのことばかり考えていた気がする。
なぜ、死なない?
なぜこうしても死なない?
いつかはこの力に食い尽くされてしまう日が来ると、毎日そんな悪夢を見ていた昔。
長く待っていたその悪夢がついに現実となって襲いかかってきただけだ。
キョン・ジオはそう悟る。
密かに自分がいつも死を受け入れる準備をしてきたことを。
だから、ジン・ギョウルの記憶を見る時も、前世の自分がする選択があまり驚かなかったのだろう。
ジオはいたずらっぽく、ぷっと笑った。
「覚醒させなければよかったのに。」
【最初から言っただろう。早かれ遅かれ、結果は変わらなかっただろうと。】
「そうだった?は……とにかくダメになったね。今更、死ぬのはちょっと困るんだけど。死後の備えが足りてないんだよ。」
前もって少ししておけばよかった。
守るために力を操り調節することばかり考えてきたが、こちらの不在に対する備えは限りなく未備だった。
【お前は……。】
詰まった声にキョン・ジオは、考えから抜け出した。
ここで笑っていたのはただジオだけだ。冷たく固まった顔で星が彼女の顎を掴んだ。
【私が言ったことを今まで何だと思って聞いていた?一体私が何のためにこうして足掻いていると思っているんだ?】
「……あ。」
【そなたの死を座視するつもりはない。お前は生きろ。お前が生きることがお前を欺きながらも成し遂げようとした私の目的なのだから。】
ぱん。
神経質にジオの顎を強く離した彼が身を引いた。
またしても死に淡々とした姿を見たせいだろうか、星の動揺に空間が揺れていた。
時間がない。彼は乾燥淡々としなければならない言葉を続けた。
【古い終末は念願を叶えてくれる。狙う者たちもそれだけ多い。】
【「挑戦者」は星系あちこちに無数にいるが、「求道者」まで上がった者は歴史上指で数えるほど少ない。星系が昇格を公にしたので変化もまた押し寄せるだろう。この点留意して常に周辺を警戒し、大戦争を準備……どうした?】
ぼうっと見つめるだけのジオの姿に彼が片方の眉をひそめた。
【なぜそんな風に見るのか聞いたのに。】
さあ。
「わからない。」
とぼとぼ。
キョン・ジオは一歩歩いて行った。
彼が退いた距離に近づき狭めた。
ふとこみ上げてきた感情だった。
私が知らない時間を耐え、私の死を耐えながら、私の手に死にながらも最後まで諦められず、結局探しに来て私を生かすと言うこの男を見るとなぜか……。
誰かが締め付けるように心臓が締め付けられる。
ジオは近づき背伸びをした。彼の頬を不器用に包むと彼が反射的に細い腰を抱いてきた。馬鹿みたいな顔で。
揺れる眼差しが彼女を見下ろす。
ジオは感嘆するように言った。少し上気した頬、キラキラ輝く目で笑った。
「お星様マジで……私のことすごく愛してるんだね?」
【……くそったれ。】
それを今言うか?
噛み締めた悪態は重なり合う唇の間に飲み込まれた。慌てて上体を折り曲げながら彼が飢えた人のようにジオの唇を飲み込んだ。
ぱらぱら。
斜めに傾く本棚から本が雨のように落ちる。
我を忘れて舌が絡み合った。指先が彼の火照った筋肉に触れるたびに堪え忍ぶ感情が余すところなく伝わってきた。
息苦しい息が顎まで込み上げてくる。
離れまいとする唇を押し退けると、辛うじて堪え忍ぶ目がジオを食い千切るように見つめた。
【なぜ。】
キョン・ジオは呼吸を整えた。
「名前を言って。「運命を読む者」みたいな天文登録名じゃなくて真名。そうしたら今回一度だけ見逃してあげるから。」
ジオがこんな顔をしている時、またこんな顔で見つめる時、彼は一度も拒絶したことがない。
いつも無力だったし、今回も同じだった。
崩れる空間の中で星が答えた。
【私の真名は、……。】
世界北側の番人、「極地の大魔女」クロウリーは、神経質に卓を叩きつけた。
「交渉が決裂したわ。」




