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286話

皆が沈黙に包まれる瞬間だった。


ある者はその劇的な登場に、ある者は覇道的な存在感に、またある者は衝撃的な再会に。


「……殿下?」


老人がか細く呻いた。


急速に押し寄せた歳月は、若さが防いでいた疾病を一気に呼び寄せた。霞んだ目に、大神官は信じられないとばかりに何度も目を擦った。


「まさか、まさか……そんなはずは……!確かに死んだ、死んだのをこの目でしかと……」


「『あれはどうせ放っておけば死ぬだろうし。』」




タッ!


大神官の方をちらりと見たジオが、水面に着地した。浅い水深の水が足首に触れ、ちゃぷんと音を立てた。


無情な魔法使いの目が、素早く状況を読み取った。


正気を失っているように見える大神官も、ぼんやりとした顔のナ・ジョヨンも、皆こちらを見ているが、別の場所に意識が向いていることに、敏感に気づく。


世界樹の根の方だった。


焼け焦げている巨大な根の隙間、蓋が開いたまま横たわっているガラスの棺一つ。


どうやら飛行船が起こした衝突の衝撃で押しやられたようだ。


「何だ……?」


キョン・ジオは片方の眉をひそめた。既視感が襲ってきた。どこかで見たような……。


「……ジオ?」


その時、背後から響いてきた、押し殺したような低音。


聞いた途端、本能的な鳥肌が立った。ジオは反射的に後ろを振り返った。


するとそこに、


崩れ落ちる一人の男がいる。


息が止まった人のように、ジン・ギョウルが固まってそこを見つめていた。


チャプン。ジオと同じように水面へとゆっくりと踏み出す足。こちらを見ない彼の姿に、ジオも悟る。


「名前まで同じだと……?」


一体何なんだこれは?


胸が激しくむかついた。気分が形容しがたいほどおかしかった。


初めて見るジン・ギョウルの表情が、彼女が世界で最も頼りにする者と同じ顔をした、あの男が鮮明に表している絶望感が、ジオの身動きが止めた。


世の中の不運と絶望をすべて背負った姿で、ギュウルは歩いて行った。



生きるのが辛いというように歩きながら、顔を覆い、膝をつく。


「ジオ……どうか、違う、そうならないでくれ。」


「私を呼んでいるんじゃない。」


私を見ているのではない。


彼は私に懇願しているのではない。しかしジオは、認めざるを得ない瞬間だと悟った。


心臓が痛かった。


張り裂けるほど胸が痛かった。本当に信じられないほどに。


辛い瞬間は数えきれないほどあった。


父を自分のせいで失った時も、母が悲しみで崩れ落ちた時も、キョン・ジロクがもがきながら自虐する時も、キョン・グミが癒えない傷で棘を立てる時も、また祖父を一人寂しく見送った時も。


辛くなかったと言えば嘘になる。


キョン・ジオは、皆のために完璧でなければならない人間であって、完璧な人間ではなかった。他人よりも痛みの閾値が高いだけで、全くなかったわけではない。


しかし、これはそんなものではなかった。


そんな種類では……なかった。


初めて味わう感情に、ジオはぼうぜんと立ち尽くし、ジン・ギョウルを見つめた。


その時だった。





【殺せ。】


【迷うことはない。無理に共感する必要もない。あれはここに捨てられた思念体に過ぎない。】


ずっと沈黙していたお星様だった。


今、彼女の感情がどんなものか知らないはずがないのに、ひどく淡々と告げた。


【私的なことに囚われるな。我々がすべきことと、行くべき道は多い。早くあれを殺し、アルタ核から回収しろ。お前が 気になることは外に出て話そう。】


「思念体……?」


【頼む、ジオ。】


ジン・ギョウルの震える手が、聖女に触れようとしていた。焦った星がジオを急き立てる刹那。


「ジ、ジオ様!聖女様はジオ様の転生です!名前も、顔も全部同じです!遅れて申し訳ありません!執政官と対話しなければなりません!必ずしも殺さなくても……ああ、ああ!」


バタン! アアアアアアアアアアアアアア。


喉が嗄れるほど叫んでいたナ・ジョヨンが、身を縮こまらせる。


頭上の空から、隕石のような衝撃波がしきりに降り注いだ。


ジオはハッと床に突き刺さるものを確認した。


先端が三角形の錐のような刃。


槍台は根元に行くほど太い。 馬上槍。 騎兵が使うランスだった。


「援軍!天弓騎士団だ!」



飛行獣の広い皮膜が出す羽ばたきの音が聞こえた。


この「聖地」は、世界樹の樹液をキングスタウン全体に流し込むため、崖と繋がっている。


飛行船と銛によって半壊した王宮は、天空を我が家のように飛び回る騎士団に、効率的に道を開いたも同然だった。


「反逆者どもを討て!」


急に老化するリーダーたちに、慌てていた兵士たちが急いで武器を整える。


こちらも気を確かに持とう。


ティモシーが彼らに走り去るのを確認し、ジオも首をかしげた。



「……外に出たら教えてくれるという約束、守って。」


わがままだが、自分が吐いた言葉は守護星である。



どうせ誓約のせいでジン・ギョウルはもうすぐ死ぬ奴。対話で解き明かしてみよう。


ナ・ジョヨンの提案は素晴らしいが、遅すぎたし、無駄だ。


「転生というのはもう知っていたじゃないか。しっかりしろ。」


キョン・ジオは過去などにはこだわらない。 いつもそうであったように、今回もそうだろう。


「[白馬たちが鼻を鳴らすので、巨山よ、無力さに泣くな。] 」


[敵アップスキル、7階級攻撃系広域呪文 - 「飢えた海流]。



浅い水面が恐ろしいほどに増水する。白い泡が立った。いつの間にか馬の形をした波が、荒々しく胴体を持ち上げ、鼻を鳴らした。


「うわあああ!」


ピタッ! 瞬く間の水流に振り回された兵士たちが壁や四方八方にぶつかった。


相変わらず虚空から放たれる斬撃や槍はティモシーの盾で防いでいるが、範囲が広いので簡単にはいかないようだ。


押しのけた敵を素早く仕留めて助けようと、ジオが素早く振り返ったその時。



パガガガガガ!


噴き出した血が頬まで飛び散る。


ほんの一瞬で、場内を乱暴に掻き分けられた円形の軌跡。


「……おい!大丈夫か?」


タッ!


槍を回収したキョン・ジロクが、濡れた髪を撫でる。 どれだけ必死に包囲網を突破してきたのか、引き締まった全身に生臭さが漂っていた。


「お前、怪我してるぞ?」


ジオは目をぱちくりさせた。


ああ、そうだった。ここにはバンビがいる。急に晴れ晴れとした気分に思わず笑ってしまったようだ。


「何を似合わないことを喜んでるんだ……」


キョン・ジロクと不平を言った。 癖癖のように眉をひそめ、片方の眉を掻きむしった。


「虎はすぐ来る。ここは俺とそこのイージスギルド長がカバーするから、お前はナ・ジョヨンさんのところに行って、苗木を受け取ってこい。」


「オッケー。」


ほとんど燃え尽きた世界樹。


空いた場所に浮いていた金色の粉も、いつの間にか集まってしっかりと固まっている。


世界樹の交換を終え、あれを回収すればいい。


そうすれば星間ハブでの仕事は全て終わる。


頷くジオを確認したキョン・ジロクが槍を構えた。


うーん、そして。


「死体は、気にしないでくれ、チクチクするけどバベルの塔の中だもんね、別に何もなくても全然おかしくないよ...... 姉さん!」


クワアアアア

「こんな、クソ……!」


キョン・ジロクこの臼歯を噛みしめた。 全く感じなかった。 先ほど彼が放った惨劇と似ているが、一段とレベルが高い。


チャラン。


少しずつ色が混ざるだけだった水面が、いつの間にかぞっとするほど赤かった。


わずか1秒も経たないうちに、あの"怪物"の仕業であった。


「時間稼ぎをすればいいんだろ?」


成体だけ奪還すればいいって、愛した恋人の死体と対峙したら大丈夫なはずがないだろ!?


サリュクと革命軍は間抜けだった。


彼らの予想はひどく外れたが、しかし……。


キョン・ジロクはたった一つ、なぜ彼らがたった一人の人間を恐れたのかがよくわかりました。


キョン・ジオの背後で、ジン・ギョウルが起きているのを見た、それだけだった。


たった1秒。そうして人だったものが、ことごとく墜落した。


空を飛び回っていた天弓騎士団も、奮起していた軍隊も血の海に転落し、水面下に沈んでしまった。


キョン・ジロクは強いデジャブを感じる。


彼はこの感覚を知っている。経験したことがあった。






バベルの塔。


39階。


聖都アドミヤ。


— 大悪魔!


「なぜだ?」


ほんの数秒前までは決してこれほどの存在感はなかったのですが、何かの覚醒でもしたかのように一瞬で一変しました。


緊張で口の中が乾く。一寸先は見当もつかない、圧倒的な強者の前。


キョン・ジロクは、頭を下げてささやいた。


「......キョン・ジオ、俺が合図したら」


「いや。いい。」


「何?」


「あれは、あの人は私たちを害さない。」


キョン・ジオは不安げに自分を包む弟の腕を離した。 真冬はこちらを見ていた。 急速に崩れ落ちる世界の中で、立ち止まった男。 砕け散る聖地の残骸が延々と水面を叩く。それでも揺るがない。


「……ジオ。」


はっきりとこちらを見て呼ぶ。


チャプン……チャプン。


キョン・ジオはためらうことなく近づいた。近くで彼の前に立った。


目の前の彼をじっと見上げる。現実感はなく、ハンサムな顔は絶望と疲労に染まってぐちゃぐちゃになっている。



睨みつけた真冬が唇を噛みしめた。 濃い血筋が彼の口元を伝った。



魔法使いの誓い。


「いい。条件は、聖女を見る即時。自決すること。」


彼はすでに聖女を見た。


「……強制力が強いな。数秒も耐えられない。」


「世界で最も強い魔法使いの呪いだから。」


「呪いと言わなくてもいい。そのようなことは別として、貴方が私にすることはすべて、それでいい。」


この私が容認したのではないか。ギュウルはかすかに微笑んだ。


ジオは我慢できなくなり言った。


「私は……お前の恋人じゃない。」


「私はキョン・ジオだ。」


「ああ、キョン・ジオ。いい名前だな。」


「理解してるのか?」


「ああ。」


「……じゃあ、なぜ泣いているんだ?」


ジオは思わず拳を握った。こんな男がこんなに静かに、寂しく泣いているのを見たことがない。


経験したことがないので、何をすればいいのかわからない。


そして、そのどうすることもできず、唇を噛み締める顔が誰かさんにはとても愛おしいです。


「かわいそうな私のジオ。」


どうしてこんなに幼いのか。かわいそうに、なぜお前はまた……。


苦痛をこらえ、ジン・ギョウルが尋ねた。




「さっきと少し違うだろう?」


「……知っているならよかった。」


「忘れていたものが戻ってきたからだ。」


死んだ恋人に触れた途端、喪失していた記憶が津波のように押し寄せてきた。


死んでくれなければならないことを知っている。そう約束したし、次のためにもそれが正しい。しかし、

ギュウルは自嘲気味に笑った。



「これが最後だ。」


いつも死よりも愛が近かった。


死を覚悟してこの顔を見ることができるなら、見たかった。生きている恋人を感じたかった。


ジン・ギョウルがジオの頬を包んだ。


揺れる瞳の中に、薄く微笑む彼の姿が映る。


キョン・ジオは今回は目を閉じなかった。


だから、広場で彼が額にキスをした時、気になっていたことを初めて知ることができた。


こんな表情、こんな悲しみだったのか。


血なまぐささ、涙の匂いがごちゃまぜになった。悲劇の匂いだった。


込み上げる感情と血の味を飲み込んだジン・ギョウルが、触れ合った唇の間から低く囁いた。



「[早く、夜明けよ。] 」


「[惨めな死から我々を救い給え。] 」


そのまま退くジン・ギョウル。


そして一歩、一歩後ろに退いた彼の体が、躊躇なくドン後ろの奈落の底に傾く瞬間。




[刻印キーワードを聞き取りました。]


[メモリを呼び出します。]



押し寄せる記憶がキョン・ジオを襲った。


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