273話
極地、境界線の雪原。
近づきにくい北極の中でも、さらに奥深く入らなければならない場所、そこがまさに北の番人「クロウリー」の領域だった。
真っ黒に群がっていたコウモリの群れが霧に変わって消えると、隠されていた人が現れる。黒人女性、ミルトが表情なく振り返った。
「彼女が塔に登ったそうです。二日ほど経ったとか。」
「……結局。」
分厚い本を下ろし、クロウリーがため息とともに眼鏡を外した。
「55階だったか?ハーブに入っただろう。過ぎ去った縁にも会っただろうし……時間が恐ろしいほど早く流れるな。果たして何を得て帰ってくるのか。」
「どうせ彼女は何も覚えていないのではないですか?」
「あの子は記憶するのが嫌でできないんじゃない。ミルト、まさかまだニューヨークでのことを気にしているのか?」
「いいえ。ただ一人だけが覚えていることがどれほど苦しく、寂しいことなのかよく知っているので。」
目の前でいつも見守ってきたから知っている。ミルトは人形のような目でクロウリーを凝視した。
彼女の創造主は忘却の祝福を受けられなかった。
だから死んだ恋人を忘れられず、その死体で真祖を誕生させるところまでしたが、再び目覚めたミルトは何も覚えていなかった。
今、塔の中の彼らも大きく変わらないだろう。
誰よりも冷静な大魔女が番人の義務を捨てて背を向けたのには、それなりの理由があった。
「……私は大丈夫なのに。やっぱり君は優しいな。」
苦々しくミルトの頬を撫でるのもつかの間。クロウリーが口調を変える。いたずらっぽくウインクした。
「もちろん、あの子が親しげにするなって頬を叩いたのはちょっと寂しかったけど!」
「マスター。」
「心配するな。『彼』の言葉によると、55階は少し違うようだ。」
記憶していないのはキョン・ジオだけではないはず。
クロウリーはニューヨークで最後に聞いた乾いた笑い声を思い浮かべてみた。魔女はひどく悲しくなった。
「……そこに残っているものは、とっくに終わって残った残りかす。彼らの中の何者も生者を邪魔することはできない。」
人生は続き、未練は力がない。未練が飲み込むのは、ただ過去に閉じ込められた者たちだけだ。
大魔女クロウリーは立ち上がり、ガウンを脱いで華やかなヴェルサーチのシャツを着た。最近外出が多いようだが、仕方ない。
「私たちの小さな挑戦者がまた勝利して帰ってくるだろうから、南と西が黙っていないだろう。行こう、お尻の重いお坊さんに会いに行こう。」
「無駄なこと。東の番人はいつも中道でした。」
「今回が『最後』の選択だ。どこに立つかは見てみることだ。そして。」
クロウリーは眉をひそめた。
「私が見るに、普賢のやつ、明らかに否認期だ。」
「帰ってくるやいなや、またここにいらっしゃるんですね。」
世界樹周辺の浅い水面がちゃぷちゃぷと揺れた。ジン・キョウルは振り返らなかった。構わないというように大神官が隣に来て立つ。
「消えろ。」
「今回はムハ多島海に行ってきたとか。収穫はありましたか?」
「ほほ……。ああ、飛行場での騒ぎは伝え聞きました。聖女様に似た方を見たとか。」
「軽々しく聖女と呼ぶな。」
「申し訳ありません。殿下のことです。」
こちらの意中を探る声がむかつく。
くだらない蛇の子を八つ裂きにすることは、彼にとって呼吸するよりも簡単なことだったが、いけない。
彼女を見つけるまで、この虫けらどもは生かしておかなければならなかった。隠した奴らを殺してしまえば、道が永遠に途絶えてしまうから。
ジン・キョウルは顔を向けずに斜めに視線を流した。
腹の中がどうであれ、いつものように余裕があり、見下ろす声が続く。
「勘違いだった。何でも見える狂った奴の目には、似て見えるものがどこに一人や二人だろうか。」
ああ。そうなのかと大神官がひどく残念そうに嘆息した。
「相変わらずお辛いんですね、閣下。殿下の最後の遺言でなければ、我々もお手伝いしたはずなのに……。しかし信じています。閣下がいつかその方をお連れくださると。寂しく銀河をさまよっているその方のためにも。」
「キングスタウンは名前からしてその方のための都市ではないか?」
「邪魔が過ぎる。下がれ。」
大神官が深く腰をかがめる。
用件は執政官の未練に対する確認であり、別状ないことを知ったので、これ以上残る必要もなかった。
邪魔者が退いた聖地には、水の流れる音、世界樹が呼吸する音だけが響く。
一人残ったジン・キョウルは、ぼんやりと光が宿った葉っぱを見つめた。
「燃やしたい。」
長年の欲望がうごめいた。
すべて焼き払い、破壊してしまえば願いはない。
しかし、これもまた不可能。
キングスタウンの世界樹はお前が咲かせたものだ。
彼女を肥料にして蘇ったこの木は、たった一人の恋人の遺産であり、彼の目の前で死んだ恋人が生きているかもしれないという一縷の希望だった。
冬は目を閉じた。身を切るような絶望が慣れたように押し寄せてきた。
「しばらく。」
そのまま時間が止まったかのように互いを見つめ合うことしばらく。
先に動いたのはジン・キョウルだった。冗談のように言う時はいつだったか、真剣に手を伸ばす。
ジオは固く湾曲した彼の手の関節が似合わないように震えているのを発見した。
だから星に似た初対面の男が額の前髪を払うまで、そのままにしておいた。
「声まで同じだな。」
「……いないな。」
「何が。」
「お前は彼女ではないんだな。」
何かを確認するように、目がさっきよりもずっと疲れている。
ジオは誰が見ても簡単にはいかない男の感情があまりにも簡単に読み取れるのが不思議だった。
好奇心と観察が込められたその眼差しに、ジン・キョウルが自嘲を込めて失笑する。
「確認射殺でもないのに。がっかりするのもそろそろ飽きたのに。」
「何にがっかりするんだ?」
「お前には関係ない。」
片方の口角を上げて笑った彼が、親指でジオの頬をなぞるように撫でた。
「今回は本当に騙されるところだった。いたずらもほどほどにしてほしいものだ、運命も意地が悪いな。」
言葉とは裏腹に、手つきは切ないばかりだ。余裕があるふりをしているが、指先までベタベタした感情でいっぱいだった。
キョン・ジオはまさにこんな風に自分に触れる誰かを知っている。
「……お前。私のこと知ってるだろ?いや、知ってるじゃん。」
それを少し違って聞き取ったジン・キョウルが失笑した。可愛いけど。
「勝手に勘違いした言葉に気を留めるな。見るとハーブは初めてのようだが、ここの執政官が狂って気まぐれを起こすという話は結構有名だ。そうではないか?」
「閣下……。」
お偉いさんの自虐に周りがどうしていいかわからない。
いつの間にか飛行場内の注目が集まっていた。
別に構わないが、相手には違うだろう。ジン・キョウルは近くに寄っていた体を引いて再びフードをかぶった。
そして、じっと自分を見ているジオの前髪を整えてあげて、つぶやいた。挨拶のように。
「必要ならまた会うだろう。」
「むかつく……」
キョン・ジオは斜めに顎を掻いた。
状況がどうも釈然としない。
星に似た男から感じた既視感がそれだけではないことに気づいたから。
なぜすぐに思い出せなかったのだろうか?
記憶が間違っていなければ、ジン・キョウルはジオが「運命の糸車」で見た映像の中のその人だ。
死にかけていた女を抱きしめて号泣していた執政官。
女の顔はジオ視点で見えなかったが、男の方は確かだった。彼だった。
「問題はそのイメージが一体何なのかということだが。」
未来の例示だと具体的に教えてくれた大戦争とは異なり、「糸車」はその映像が何を意味するのか教えてくれなかった。
早く過ぎ去ったりもしたし、後に見た大戦争があまりにも強烈で深く考えなかったが……。
「前世……?運命読者の生前の姿でもなるのか?いや、前世なら今、私の目の前に現れるはずがないじゃないか。」
知っているはずの星は言葉がない。
黙々と存在感でそばにいて、見守っているということだけを知らせるだけ。
「言いたくないならニンジンでも振れよ、クソ。マジでイライラする。」
誰もが認めるサイダーパスには過酷なサツマイモだ。ジオは額を押さえた。
「でも、もし、本当に、マジで万が一に前世が合ってたら……?」
……どうしよう?
こ、この野郎、一途だと思ってたらマジの愛人がいたの?クソ星、クソ星って言ってたけど、マジでクソ車だったって?
「私は初キスだったのに!」
あっという間にのめり込み終えたジオ(特:カカフェ愛用者)がギリギリと歯ぎしりした。
「許さない、節操のない奴!」
【……はあ。】
こうなった以上、帰ったらホン・ヘヤの襟首を掴んででも天文から攻め込む。顔を見ても何も言い訳しないのか見てみよう。
「わあ!風がすごく気持ちよく吹いてる。そうでしょ、ジオ?」
ジオはのめり込みから抜け出して顔を上げた。低い感嘆とともにティモシーが微笑んでいた。
共和国で執政官という名前が行使する重みは思ったより大きかった。
ジン・キョウルが去った後、工房長はいつ傲慢だったのかというように、なかったことにしようと言って練習用飛行船までおまけにつけてくれる太っ腹を見せた。要求してもいなかったのに。
「これがここの魔道学の集約体である飛行船というわけですね?大きさが小さくないのに貸してくれた方が太っ腹ですね。」
サセジョンが船体を撫でながらつぶやいた。
まともな飛行船は競走用とは操縦桿だけが類似しているだけで、規模からして違った。
人員も余裕があるだろうと、ティモシーが練習がてら一行をピックアップしたところ。
横で運行を手伝っていたミンチがにやにや笑う。
「太っ腹だなんて!ジョー様と閣下が話している姿を見てビビって、自分から言い出したんですよ、何を!」
「でも……ちょっと引っかかりませんか?黒髪だけでそこまで勘違いできますか?勘違いするほどの美貌でもないのに!普通の狂人ではないみたいだけど、クールに去ったふりしてどこかでストーキングでもしているんじゃないか。」
ナ・ジョヨンがカリカリと爪を噛んだ。狂人の狂気は同類が一番よく知っていると、飛行場でのことを伝え聞いてからずっとあの状態だ。
「よ、やっぱりジオ様、いくら考えても顔まで隠されるのが!」
「黙ってろ。」
「はい……」
ミンチがしどろもどろと言葉を続けた。
「聖女様に似た人に関しては、特に敏感になられると聞きました。でも今回が珍しいんですよ。閣下がそんなに誰かと近くにいるのは本当に初めて見ますから!」
ジオを見ているアライグマ少年の目がキラキラ輝く。その憧れの眼差しにティモシーが首をかしげた。
「ミンチ、お前、執政官を嫌っていると思ってたのに。そうでもないみたいだな。」
「私がですか?私がなぜですか?」
「あの時、旅館で確かに……」
わけがわからないというミンチの顔。
サセジョンが割り込んだ。
「少し違います。こちらの人々にとって執政官は生きている神話も同然ですから。だから嫌うというよりは畏敬に近いでしょう。」
二人ずつ分かれていた一行だった。
フェスティバルに参加しないからといって遊べないわけではないので、サ・セジョン&ナ・ジョヨンペアが引き受けた任務は、ゴールド稼ぎ兼情報収集。
おかげで一日中キングスタウンをゴロゴロ転がり回り、労働の埃とともに結構多くのことを知ることができた。
「執政官より劣りますが、元老院も同じです。執政官、聖女、元老院。この三人が共和国で絶対的に崇め奉る存在だと見ればいいでしょう。」
「なぜ?」
「うーん、つまり一種の開国功臣みたいなものだそうです。」
ナ・ジョヨンが引き継いだ。




