242話
韓国へ帰る専用機の中。
赤い土色の都市も、砂嵐もどんどん遠ざかって行った。
アロハシャツを着たジョン・ギルガオンが滑らかになった自分の腕を動かした。
「マダムは純粋だったな。ムスタインが彼女の愛称をそう呼んだ時から絶対に手放すつもりはなかったはずなのに。」
「愛称?真珠のことか?それがどうした。」
「世界史くらいは知っておけよ、ファン社長。『真珠』は先代モロッコ王妃の別名だ。国王の母親。ムスタインが幼い頃に亡くなって、とても慕っていた。」
おそらくそれは、何としてもランベールを自分の妃にすると言う、若いムスタインの覚悟だったのだろう。母親の名前をかけた息子の覚悟は、簡単に崩れるような性質ではないから。
「おかげで結果的に得をしたのは私だけど。」
ジョン・ギルガオンが余裕たっぷりに勝利のシャンパンを注いだ。
ネオ・デザーテック・プロジェクト
アフリカのサハラ砂漠を背景に始動している多国籍事業。
太陽熱再生エネルギーを通じて新物質を開発する大型プロジェクトだった。現代魔道工学及び科学者たちが全力を注いでいる。
「主導権を握ろうと企業同士の競争率が激しいのに、地主である国王と実質的な王妃に点数を稼いだのだから、まあ……ゲームは終わったようなものだ。」
いくつかの手続きが残っているが、さっきマダムは口頭で協力を約束したも同然だ。〈DI〉のジョン・ギルガオンなら、そちらも特に損をする取引相手ではないから。
「とにかくこれで一番美味しいパイの分け前はこちらのものだ。」
ジョン・ギルガオンが悠々と祝杯をあげた。
プロジェクトが成功すれば、人為的に覚醒者を作ることができるようになるだの、嬉しそうに騒いでいる。
「恐ろしい奴……」
ジオは舌打ちをした。
何か狙っている大きな獲物があるとは思っていたが、こんなスケールだとは。
呆れた目で見ている横で、ファン・ホンが唖然として口を開けている。
「何だよ、結局最初から計画的だったってことか?マダムに俺たちを連れて行ったのも全部?」
「まさか。私はせいぜい、そんな不吉な物が出てきたダンジョンなら、きっと何かあるはずだから、それを取り除いて国王の好意を得ようと思っていただけだ。」
ところが、最初のステップからつまずいたと思ったら、どうだろう。はるかに見栄えの良い絵が完成した。
マダムには愛のキューピッド、国王にはキューピッドであり命まで救った恩人になってしまったのだから。
「おい!結局俺たちを利用するつもりだったってことじゃないか、この商売人のクソ野郎!」
「話がそうなるか?」
「そうだ、苦労したのは俺たち二人なのに!功績はお前一人で全部持って行くのか、ヤクザが?そうじゃないか、にゃくざ様?何か言ってみろよ。似合わないのにどうしてそんなに静かなんだ?」
「やめてくれよ、ファン社長。二人はこんなことには興味がないだろう。どうせ捨てるなら必要な人が使えばいい。」
「それでも人には気分ってものがあるだろう!感謝の言葉もないし、え?」
「ありがとう。」
ジョン・ギルガオンが眉を下げた。
「私のために二人がそんなに努力してくれるなんて……私の生涯で最も危険でやりがいのある賭けだった。帰ったら盛大にご馳走するよ。」
何て奴だ、ファン・ホンがぶるぶる震えている。
タン!ジオはそっけなく椅子の上に足をかけた。
「いいよ。」
新物質だの何だの、ジョンガルリャン(諸葛亮)の言う通り、全く興味がない。今、キョン・ジオが気になっているのはただ一つ。
「さっきのは何だ?マダムを連れて来させなかった理由を説明しろ。話を変えるな。」
「ああ!それはもちろん必要ないから。」
意味不明な言葉にジオが首をかしげた。
意味深に笑ってみせたジョン・ギルガオンが、虚空に手を上げる。すると、手の中に生成される青い魔力の……ハサミ?
「え、え?」
「がっかりだな、我が陛下。私に全く興味がないんだな。私の能力が何なのか本当に知らないのか?」
ジョン・ギルガオン、異名は俳優。
ファーストタイトルは「ジョーカー(Joker)」。
彼の星位固有スキルの一つである「メソッド演技」は、相手の異能を真似て使用すること。
能力複製系の覚醒者がそれほど珍しいわけではないが、ジョン・ギルガオンはその中でも最上位に属していた。
「まあ制約も多くて完璧ではないけど、なかなか使える能力なんだ。一晩中仲良く一緒にいた相手の能力をコピーするくらいは朝飯前だ。」
チャキン、チャキン。見せつけるように指の間でハサミを鳴らしているが、どう見ても……マダム・ランベールが持っていた「ウェンディの裁断鋏」と全く同じだ。
「まさか、、、」
こうなるともちろんこっちとしては楽だけど……こき使うのはマダムよりも長く付き合っているギルガオンの方が楽だから。
でも、キングチマン…….
ジオは込み上げてくる良心に耐えきれず、ため息をついた。
「ど、泥棒……!」
ジョン・ギルガオンがジェントルな笑顔で受け止めた。
「どうか義賊と呼んでください、マドモアゼル。」
「おかえりなさいませ、キョン・ジオ様。」
三日と半日くらい経ったかな?
出かけた時と同じように静かに、そして早く帰ってきたようだが、どうして知ったのか空港にはセンターの要員たちがずらりと並んでいた。
うん。ああ。ジオは大まかに受け答えながら伸びをした。
ジョン・ギルガオンとファン・ホンは取り囲まれて検査を受けている最中。誰が恐れ多くも韓国でキング・ジオを検査するものか、悠々と歩みを移そうとしたら。
「遠くまで行ってきたのですから、ハンターライセンスくらいは見せてください。」
「クォ、クォン・ゲナ要員!またそんなにFM通りに。キョン・ジオハンターを知らないのか?ハハハ!違います、キング。長距離旅行でお疲れでしょう?早く……」
「ランキング1位なら例外になりますか?出入国時のライセンス確認は保安法上必須です。嫌なら一般出入国場でパスポート検査から順次受けていただければ結構です。」
「おい、コラ!クォン・ゲナ!」
「ライセンスがどこにあるか知らない。」
ジオはのんきに鼻の頭を掻いた。
かなり素直な答えに、ひどく緊張していた要員たちの目が丸くなった。
「インベントリのどこかにあるはずだけど……探すのが面倒くさい。見逃してくれないか?」
硬直した姿勢を固守していたクォン・ゲナが、慎重に目を伏せた。
「仮に確認証を発行することはできますが、その場合一週間センターから確認印をもらわなければなりません。」
「ああ。やってくれ。」
「……判子をもらいに7日間センターにいらっしゃると?」
「いや。それはお前が来なければならないだろう。私がそこまでするわけないだろう?」
ぶっきらぼうなその言葉に、クォン・ゲナが何か反論しようとしたが、ウップ!同僚たちが素早く脇腹をつついたせいで、うやむやになった。
「もちろんです、もちろんです!ちゃんとこちらから送りますよ。ハハ。ご心配なく。」
クォン・ゲナ、お前はラインにちゃんと乗ったと思えよ、くそ、羨ましい…….彼らは小声で話しているつもりだろうが、全部聞こえている。
しかし、その時点でのジオの関心はすでに別のところにあった。
カツカツ、カツカツ。
強い靴音を立ててこちらに歩いてくる一団がいたからだ。
空港職員たちがざわめいた。
「あれ、ジョン・ミラ副会長じゃないか?」
「ソンジン?あの人がどうして……
「オローズの母親か。」
ドラマの中の会長のような雰囲気で歩いてくるショートカットヘアの中年女性。親子でそっくりなので見間違えるはずがなかった。
気取っているが、罪があるためしょぼくれた眼差しを隠せないオローズがその隣にくっついていたりもしたし。
「気が早いな……」
ライセンス検査を終えて振り返ったジョン・ギルガオンが深いため息をついた。
彼らは正確に彼の目の前に立ち止まった。
「久しぶりだな、ギルガオン。」
「そうですか?少し前、会長の古希の時にお会いしましたが。やはり副会長ももう年だから記憶力が昔のようではないようですね。」
「生意気な。礼儀知らずに目上の人に口答えするなんて。人前でわざわざ下品なところを見せる必要があるのか?」
「私の礼儀のなさは可愛い程度ですが、副会長の非常識さは社会面レベルですよ、何。人の悪口は尊敬する姉さんが代わりに全部言ってくれるでしょう。」
「お前……!」
「何だ……」
ジオは深刻な顔で彼らを交互に見た。そちらにそっと歩みを移す。
「めっちゃ面白いじゃん……?」
ロイヤルファミリーみたいなタイトルの上流階級ドロドロドラマみたいな感じ……!
二人とも教養を身につけてたくさん学んだ出身だからか、発声と発音も俳優のようにハッキリしていた。
そう感じたのがジオだけではないのか、ファン・ホンとセンターの要員たちも興味津々な顔でこっそり耳を傾けている。
ハ!ジョン・ミラ副会長が大げさな作り笑いとともに首を横に振った。
「いいわ。これ以上時間を無駄にしても仕方ないでしょう?用件だけ言って帰るわ。」
「望むところです。」
「……あなたが私の娘の命を救ったそうね?」
ジョン・ギルガオンがちらっとオローズの方を見た。オローズが彼の視線を避けてそっぽを向く。
「ふむ、そう言っていましたか?」
「とぼけることはないわ。神経を逆撫でするふりをしながら計算機を叩くこともないし。うちの子があまりにも詳しく話したから、私も逃げ道がないのよ。」
表情の変化が少ない顔。誰が見ても財閥のように見える副会長がため息をつきながらスーツを整えた。そして、
ためらいながら口を開いた。
「……ありがとう。」
これはちょっと意外な展開だ。
ジョン・ギルガオンが片方の眉を上げたが、副会長が続けて言った。
「あなたも知っていると思うけど、苦労して授かった一人娘なの。もしこの子を失っていたら、私の全てを失うのと同じことよ。」
横でオローズが必死に涙をこらえている。そんな娘を一度振り返ったジョン・ミラが再びジョン・ギルガオンを見つめた。
「あなたと私の仲が良くないし、喧嘩中だとしても、感謝していることは感謝していることじゃない?子供を使って神経戦をするほど腐ってはいないわ。」
最近〈ソンジン〉グループの次期会長職をめぐって、子供たちの間の争いが真っ盛りだった。
兄弟はジョン・ギルガオンを含めて4人。
バカ者たちはとっくに脱落させ、最も有利で可能性のある候補は、今や末っ子のジョン・ギルガオンと長女のジョン・ミラだけが残った。
「このまま引き下がるつもりはないけど、口を拭うつもりもないわ。欲しいものを言いなさい。」
抜け目のないジョン・ギルガオンが、このような状況まで念頭に置いていないはずがない。そして、借金は放置しておけばおくほど膨らむもの。
ジョン・ミラは淡々と恩を受けた事実を受け入れながら、この借金をできるだけ早く返済してしまうつもりだった。
そして、言葉通り賢いジョン・ギルガオンは、そこでさらに頭を働かせてみる。
借金でさらに大きな借金を返す手。
横に視線を向ける。ハンサムなやり手はにやりと笑った。
「……実はですね。感謝の言葉は私に言うべきではありませんよ、副会長。姪御さんの恩人はここに別にいるんですから。」
柔らかい手が、見物していたジオの肩を引っ張った。ジャーン。
「この方が誰かは当然ご存知でしょうし……」
ようやくここに誰がいるのかを知ったジョン・ミラは、かなり戸惑った様子。ジョン・ギルガオンはわざと親しげにジオに顔を近づけて言った。
「さあ、陛下。お聞きになりましたか?うちの副会長がいくらでも『欲しいもの』をおっしゃってくださいと言っていますよ。」
「盛大にご馳走すると言ったな?」
ジョン・ギルガオンがしなやかに上げたトス。こんなところでは絶対に引かないスパイカーがせせら笑った。
「こいつめ……?」
まあ、いいか。
ちょうど財布がパンパンな金づるが必要だったんだ。ジオはとても愉快な気分で片手を差し出した。
「副会長?はじめまして。顔色が良いですね。ミョンジェという奴は子供の育て方は本当に上手かったんだな。ハハ。」
【特性、「大物専門の借金取り」が活性化されます!】




