19話
そこは白い空間だった。
そしてジオがそこを「空間」だと認識した途端、水彩絵の具が滲むように背景が変わった。
変わった場所は、古びた書物の匂いがするヨーロッパ風の小さな研究室。
本のタイトルは全部判読できない文字ばかり。
半分開いた窓の外には田畑が見える。
そよ風に舞った紙が、はらはらとジオの足元に落ちてきた。
ジオは一枚拾い上げた。
「これ、何て言うんだっけ……? 数式?」
【なるほど。これが君の心の奥底の風景か? いや、少しは私のものと混ざっているかもな。】
空間全体に響く声。
姿は見えない。ジオは戸惑ってあたりを見回した。
すると、笑い声が聞こえる。
撫でるように何かがジオの頬を触る。
【会いたかった。】
【私の■■■■。】
【ああ、もう『キョン・ジオ』だったな。キョン・ジオ。】
「……誰ですか? ここはどこですか? まさか誘拐犯?」
【大胆不敵なのは相変わらずだな。誘拐犯ならいいんだが、ここは無意識の世界だ。君の格が私に比べてあまりにも取るに足りず、弱いという事実をうっかり忘れていたんだ。】
【聖痕を刻むことさえ、あれほど手こずっていたから、少し無理を言った。だから正確には、私の中の君の無意識と見るべきだろうな。】
「何のこと?」
【ふむ。幼いからか? まだ勘は鈍いな。先行者たちがすでに方々で騒ぎ立てていたのではないか? 白色世界、そして格の高い存在との遭遇について。】
格の高い、
星位。
彼らから選ばれた者、
……化身。
火が灯るようにジオの頭の中に浮かび上がってきたものだった。
ジオはびっくりして叫んだ。
「お星様?」
お星様が笑った。
【君が熱心に見ていたテレビの中の奴らが辿った過程は、こんなに平和ではなかったという点くらいは覚えておけ。】
【何と慈悲深い星位だろうか。未契約の状態で、え? うちの猫が怪我をしたら困るから、君が背負うべき因果律まで全部……】
「覚醒。覚醒者……ちょっと、パパ!」
「パパ。うちのパパは? うちのパパはハンターなのに、危険なところに出かけたんだよ! 私はここにいちゃダメだ。パパのところに行く。出してよ!」
【……】
星位はどういうわけか、ぶっきらぼうな声で答えた。
【出て行ってどうするつもりだ? ちっぽけな子が。一人で何かできることでも?】
「星おじさんが何の関係があるのよ!」
【ああ、おじさん?】
ドンドン!
「出して! ここよ! ドアを開けて! キョン・ジオを助けて!」
【言葉を選ぶように。拉致プレイは好きだが、本物の拉致凶悪犯になるつもりはないんだ。】
「愛するママ、パパ。ジオは大丈夫だから、脅迫に屈しないで、誘拐犯が要求した1億ウォンは弟たちの学費に……」
【こいつ。羽根ペンを置けないのか!】
ジオは行儀の悪い手つきで羽根ペンとインク壺を放り投げた。
書き心地もひどく悪かった。仰向けに寝転がり、虚空を睨みつけた。
「何が欲しいのよ! この汚い奴。」
【君の母親は一体娘に何を見せているんだ? ちょっと待て……『夫の誘惑』、『WANTED』、『シークレット』、タイトルが全部どうなっているんだ? 子供のくせにポロロでも見ていればいいのに。】
「ふざけてる? ポロロは4歳の時に卒業したわ。」
まるで千字文を終えた神童でもいるかのように、ジオは鼻を高くした。
そして、軽蔑を込めて目をむいた。
「今になってみれば、ストッカーまでするなんて……」
【ストッカーじゃなくてストーカーだろう。】
星位はどういうわけか疲れた様子で呟いた。
【こんな風に言うつもりはなかったんだが、雰囲気を作る暇を与えてくれないな。】
「あなたはいったい何なのよ! 私をどうするつもりなの!」
【世界を与えてやるつもりだ。】
「……え?」
ひゅーっ。
小さなジオのボブがなびいた。
背後から吹いてきた風。
確かに床に寝転がっていたはずなのに、その床が消える。
いつの間にかキョン・ジオは虚空に浮かんでいた。そしてもう一度瞬きをした時には……
銀河水。
その真ん中だった。
数億の星々が誕生と共滅を繰り返していた。
「わあ……」
気高く生まれ、熾烈に生きて、また儚く死んでいく。
この一連の過程がジオの周りで絶え間なく繰り返されていた。
人間の目では到底理解できない、驚異的で圧倒的な光景。
넋を잃고 바라보는 ジオの耳元に声が聞こえてきた。
【富と権力。
勝利と栄光。
全知と全能。】
【失敗することはないだろう、挫けることもないだろう。】
【必滅者の勝利は永遠ではないが、君のものだけは永遠だろう。】
【望むならいつでも世界を君の足元に。】
【願うなら死さえも、あえて君を飲み込むことはできないだろう。】
もはや空間全体に響くことはなかった。
【ただし、このすべては私と君が縛られた時に可能なこと。】
彼が近くで、親しい恋人のように密やかで優しく囁いた。
【私に属せ。再び私に縛られろ。】
【契約しよう、キョン・ジオ。】
【一言でいい。そうすれば世界と私は君のものだ。】
キョン・ジオはそのまま答えそうになった。
本当にほとんどそうだった。
しかし「します」という一言が喉から出ようとした直前に止まったのは。
星の誘惑に乗りそうになった子供を捕まえたのは……
父親キョン・テソン。
数時間前まで見ていた彼の背中だった。
いつの間にか空間は再び最初の白色に戻ってきた。
底のない床の上に足がつく。ジオは虚空を見上げた。
何もないが、確かに視線が感じられた。
「……」
ためらう9歳のキョン・ジオ。
超越者は寛大に答えてくれた。
【悪くない。君は人間だ、あえて区分するなら中道ではあるが、善に近い。】
「……私の考えが聞こえるんですか?」
【君を読むのに、考えが必要だろうか。】
少し寂しくなったのは、この星様が異常なほど優しいから。
おそらくそうだろう。ジオはむやみに拗ねるようにぶつぶつ言った。
「バカなの? 力は欲しいけど、ハンターにはなりたくないのが、どうして悪くないの?」
力には責任が伴う。
キョン・ジオはパパの背中を押していた目つきを覚えている。
トラウマになるのに十分なほど暴力的で野蛮だった視線を。
家族を、また愛する人々を守れる力が欲しいのは確かだが……
力を持っているというだけで、そんな人たちのために立ち上がれと背中を押されるのは嫌だった。
もっと正確に言うと、
怖かった。
【ふむ。】
じっと見下ろしていた星位が失笑した。
【契約を懇願する立場だから、優しく宥めてすかしてやりたいところだが。これは本当に、無駄な悩みだという残念さを拭うことができないな。】
本当に子供を扱う口調だ。ジオは当然むっとした。
「何よ、私は今真剣なのに!」
【しなくてもいい。】
「え……?」
【気が向いた時だけ立ち上がれ。】
【それでもいい。】
【そうだ。今回君がやるその演劇。そこに出てくる王の役みたいに考えろ。】
やることはないが、権力は有り余っていた傍観者の王。
【背中を押される? 馬鹿げたことを聞くものだな。】
【力で築いた権座に向かって、誰があえて吠えるというんだ? その世界は君がいるだけでもありがたく思わなければならないだろう。】
星位はとても面倒くさそうに言った。腹でもボリボリ掻きながら言えば、ぴったり合いそうだった。
小さなジオは珍しく戸惑った。
「いや、その……」
【君も正直に言って、その王の役だから選んだんだろう。】
「そ、そうだけど。」
【怠惰で、乱暴で、気まぐれで、利己的で。】
【君の生まれ持った天性が、まるで暴君のようにできているのをどうしろと言うんだ? 覚醒したからといって天性を変えるわけでもないのに。】
「このおじさん、口が悪いな……」
【おじさんじゃないと言っただろう。】
どこかケチ臭いところまで。
少し腹が立ったので、ジオは言い返した。
「で、何歳なの? 私9歳よ。」
【……とにかく。まあ、それでも毎日遊んでばかりいても、何をしてもいいんだが、塔には時々行ってくれ。】
「塔?」
【バベルの塔のことだ。そこでは制約が少ないからな。】
方向もないのに吹いてきた風が鼻先をかすめる。
まるで指先でくすぐるようだ。ジオは首をブンブン振って振り払った。
星位が低く笑った。
【残念ながら、そして不幸なことに。今のように直接会話をするまでは、かなり時間がかかるだろう。】
【聖約を終えれば、君と私は『バベル』を経て初めて通じ合うことになるだろう。】
「どうして?」
彼の声には様々な響きが混ざっていたが、ジオが感じるには今だけは一つに鮮明だった。
【私たちの格が違うからだ。】
「寂しい。」
勘違いだったかのように、再び口調が変わる。
【君があまりにも取るに足りないからな。いくら格を分け、殺してみても、まともに見ることさえできないのをどうしろと言うんだ?】
【それでも塔に行けばバベルが緩衝役をしてくれるだろうから、君も早くすくすくと育って……】
「ところで。」
【うむ。】
「私、契約するって言ってないんだけど。」




