166話
* * *
「そんなはずはない……!これは計画にない展開だ。人間ごときが、取るに足らない人間ごときが……!」
同じ言葉を絶え間なく繰り返す。
アルケミストは狂った人のようにぶつぶつ言いながら否定した。真っ黒に汚染された手が髪を掴んで引き抜く。
「ど、どこから間違ったんだ?どこからだ……直せばいい。直せばいいじゃないか。ファーザー、間違えました。もう一度やります、一度だけ機会を、一度だけ!」
「——狂った奴だったのか?」
どんな頭のおかしい奴がこんなことをしでかしたのかと思ったら。
「本当に狂人だったじゃないか」
M | 99
殺気!
急いで身をかわしたが遅かった。
シュッ!何かが耳を素早くかすめていく。すぐに火のような痛みが全身に広がっていった。
「あああああ!」
アルケミストは雨の中を転げ回った。体を濡らす湿っぽさが雨なのか血なのか区別できなかった。
遠くに転がっていく自分の肉片が見えた。彼は蒼白になりうめき声を上げた。
「キ、キョン・ジロク……!どうして!」
暗い雨の中を歩いてくる、退廃的な雰囲気の美青年。陰鬱な眼差しのキョン・ジロクが刃を獲物の喉元に向けた。
「俺が誰だか知っているんだな。よかった、話が早い。一度だけ聞く。ちゃんと答えろ」
「た、助け…」
「誰が送った?スケールが個人プレイでできる範囲じゃないだろう」
ハア、ハア。
荒い息遣いで見上げるアルケミスト。東洋人だが韓国人ではなさそうな顔だ。
キョン・ジロクは苛立ちながら刃を突きつけた。鋭く研ぎ澄まされた刃にすぐに首から血が滲んだ。
「余計なことを考えるのはやめておいた方がいい。俺の刃は『絶対』に外れないからな」
「……な、なぜ俺を見つけた?」
キョン・ジロクが嘲笑した。は、まだルールを言ってなかったか?
「クエスチョンマークは俺だけが付けられるんだ」
「1級ゲート!召集令です!」
数十数分前、1級災害サイレンが鳴り響いた直後。
最小限の被害、そして明かせない正体。国家と一人の目的が一致し、1級亀裂は最初発生時に「ジョー」が一番最初に投入されるようになっている。
はっきりとは言わなくても皆が知っている暗黙のルールだった。
また、特別災害法に基づき召集令が発令されると、すべての覚醒者は国家の指示に従わなければならない。キョン・ジロクが硬い表情で刃を下げた理由だった。
要員が慎重に言った。
「キョン・ジロクハンター、申し訳ありませんが…」
「待機すればいいんですか?」
すべてのS級は義務的に「ジョー」が戦闘不能に陥る、万が一の事態に備えて近くで待機しなければならない。
最初は力がなくて無力に見守るしかなかったし、二度目は抵抗してみたし、三度目にようやくキョン・ジロクは諦めた。
そして今日四度目。
冷たい怒りで手が震えたが、ギルド員たちが彼を見ていた。
リーダーとして彼は冷静でなければならない。
正体を隠している姉を助けると言って前後をわきまえずに狂ったように騒いではいけない。
我慢を底までかき集めながら、キョン・ジロクが振り返る。
「なぜ待機するんです?どうかしてますか?」
視線が一斉に振り返る。
慣れた集団の中でひときわ異質な一人。魔塔の魔法使い、チョン・ヒドだった。
群衆の注目も気にせず、防水魔法を矯正した眼鏡をかけ直しながらチョン・ヒドが顔をしかめた。
「今すぐ駆けつけても足りないくらいなのに……それとも、坊ちゃんはもしかしてサイコパスかなんかですか?生まれつき感情欠如?」
「おい、チョン・ヒド。口から出まかせを言うんじゃない……」
「……何よ。まさかこの人たち、全然知らないんですか、バビロンギルド長?」
訳の分からない言葉に止めに入ったサ・セジョンがハッとする。
状況を把握したチョン・ヒドが眉間を揉んだ。ふむ、いくら何でもそれは……。
「しっかりして、ぼんやり坊ちゃん。一番大切な人じゃないの?」
「そんな怖い顔をして、何を他人が言う通りにおとなしくしてるの?」
彼らを見た期間は短かったが、重要なことではない。
初めて会う人に染み付いている微量の魔力に気づくほど、正気に戻るや否や抱きしめてどうしていいか分からなくなるほど。
キョン・ジロクは一貫して見せていた。何が、また「誰が」彼にとって一番大切なのか。
キョン・ジロクの目が嵐に遭った船のように揺れる。
バビロンギルド員たちが混乱に陥り二人を交互に見た。
誰が若いボスにそんなことを言うだろうか?彼らにとってバンビはアンタッチャブルな聖域だった。
たった十代の少年が見せる
信念に惹かれて従おうと決心した後からずっとそうだった。
知らなかったから、あるいは大切だから誰も触れられなかった若いボス。
時として重要なことは少し離れた外からよりよく見えるものだ。
この瞬間のチョン・ヒドがそうだった。
長い沈黙が続いた。そして。
「……逆五芒星陣。それが原点だろ?」
「まあ、そうですね」
「見つけられますか?」
スイッチが再び入った眼差し。乱暴に揺らめく殺気と覇気が皮膚を刺すように痛く……
ぞっとする。
「……さすが王の血筋」
あれが本来の姿なのか。チョン・ヒドはニヤリと笑った。
「さっき答えを出したじゃないですか」
国立中央博物館、近くにこれほど巨大な魔力を運用できるほど水脈の良い場所を選べば万事解決です。
「何ですか。皆して何をそんなに見ているんですか、魔法陣を一度も描いたことのない野蛮人みたいに?」
ザーザーザー— ドシンドシン、トントン、スースー。
重々しい足取りと重みのある何かが床に引きずられる音。チョン・ヒドは顔を向けて見つめた。
「殺しましたか?」
「殺すなって言っただろ」
「よく我慢しましたね。誰が見ても遠
く理性を手放した顔だから無視すると思ってた……え、これ生きてると見ていいんですか?」
キョン・ジロクが鼻で笑った。冗談を全く受け付けない顔。チョン・ヒドは頷いた。
「とにかくよくやりました。生贄は必ず必要ですから」
「、、、、生贄?」
「生贄儀式じゃないですか。呼ぶ時も、閉じる時も必要です。この場合は強制的に送り返すので、怒りを受ける対象が必要なので尚更」
私を召喚した奴程度なら八つ当たりの相手として納得するだろうと、チョン・ヒドが付け加えた。
しかしそんなことはどうでもいい。
雨に濡れた髪をかき上げながらキョン・ジロクが掠れた声で呟いた。
「役に……立ったんだろうな?」
「……うん、さっきまで人を八つ裂きにしようとしてた人間か?」
本当に分からない兄妹だ。
どこで血縁者がくたばろうが、家で呑気に寝ている妹を思い浮かべながらチョン・ヒドが気まずそうに肯定した。
「当然でしょう。陣を壊すことなのに。業績だけで言えば市庁広場に銅像を建ててあげないといけないくらいです。偉大な魔術師王の隣の勇敢な仲間たち、みたいなもので」
召喚媒体はとても古く見える金属の箱だった。
チョン・ヒドが正しい位置に置くと、破壊するためにキョン・ジロクが刃を再び握る。
じっとその姿を見つめていたチョン
ヒドは顔を背けた。
屋上の向こうに広がっている、超越的な戦場。遥かに遠い。
目撃して以来ずっと戦慄が消えない首筋を撫でながら魔法使いは小さくため息をついた。
「……だからどうか話をつけてくださいよ。49階はどうか忘れてくださいと」
* * *
サラサラサラ!
「ライブラリ化」は文字通り指定した範囲をキョン・ジオの領域にする聖位スキルだ。
魔力、物質、法則などなど。
すべての要素が一人の意志に服従するこの全知な領域が広がると、その中でジオは神話を創造することも、具現化することもできた。
しかしここには限界がある。
一つの世界の法則の中で進行するから、一瞬でもその支配権を奪い取るだけでも力の半分以上が消耗するからだ。
領域を維持しながら、同時に戦闘を続けなければならないので多くのプロセスを回すことができなかった。
しかし……クガガガガーン!
燦爛たる文字列でできた黄金の鎖が巨大な暗黒を縛り付ける。
ジオは力いっぱい力を込めて引っ張った。荒々しく噛み砕いて真言を完成させた。
「【締め付けろ!】」
ヒューイック!名と共に拡張して伸びていく鎖。木が様々な枝を伸ばすように瞬く間に荘厳な雷の監獄が形成される。
[敵業スキル、9階級攻撃系超絶呪文 - 「鳥籠(Aviary)」]
無窮で限界のない白黒世界。
聖痕の完全なフル開放。それによって「領地」を宣言して力によって分離し出した超越的空間。
見えるものも、触れるものも全部一致するが……違う。
同じ世界のように見えてもここは物質界とアストラル界、その隙間に作り出したキョン・ジオの支配領域だ。
「領地」の中で起こるどんなことも物質界に影響を与えることができず、使える力は無限。
あれは彼女を自分の悪夢に引きずり込もうとしたが、逆にジオが作った戦場に閉じ込められたのだ。
グオオオオオ-!
[外の破片、「黒く古い悪夢」が苛立たしげに睨みつけます。]
「本当に苛立たしいのは誰だよ?」
ろくでもない姿をしやがって。ジオは嘲笑と共に奥歯を噛み締めた。
追い出そうとする者とこじ開けて入ろうとする者。もう扉の外に現れている赤い目は半分だ。
敗北はしないだろうが殺すことも難しい「格」の高い相手。彼らの攻防は終わらないように見えた。
【心配するな。すぐに終わるだろう】
キギギギギギ!
星の囁き。
そして敵の歪み。
ジオがハッと視線を上げた。出所不明だった繋がりが切れた!
悪夢を固定させていた供給源が途絶えると広く広がっていた悪意の波長が一箇所に集中される。
戦闘興奮で開いている瞳孔が素早く原因を見つけ出した。
薄れていく霧の中。遠くない建物の屋上から感じられる、自分のものとそっくりの魔力波動。
「ギョン、キョン・ジロク……?」
あいつがなぜここに。唖然としたジオが固まった。それだけではない。
まるで申し合わせたかのように、時を合わせて空を高く染めるファンファーレの音。
[100%! バベルネットワーク 一 サーバー「国家大韓民国」、ディレクターの引継ぎが最終完了しました。]
[チャンネル「首都ソウル」のセキュリティ段階が3段階から1段階(最優先管理国家)に再調整されます。]
[ファイアウォールを強化稼働します!]
範囲が急激に狭まる霧にジオは下の街も見ることができた。こちらに向かって必死に走ってくる見慣れた脱色ヘア…….
「な……何、これ」
ドクン、ドクン!心臓が太鼓のように鳴った。
とても、変な気分になる。
しかし……このままぼんやりしてはいけない。
赤い目が止まった。扉の動きも止まった。まともな理由が分からない
が、明らかなことは…….
「チャンス!」
「— 飛べ!!!」
ザアアア!
主人の命令に黒い竜が素早く高度を下げる。皮膜が凄まじい速度で空中を裂いた。
直線の下降飛行。風の音がかすれていく。全身の感覚が研ぎ澄まされた。
白黒世界を分ける金色の点。
「【私、折れない……!】」
襲いかかる触手と手下たちを魔力で引き裂いて突破した。
数万の演算を同時に行う頭が冷たい。
しかし敵の隙を見て飛び込まないほど純粋には育っていない。皆が作ってくれた機会を投げ捨てるほど愚かでもない。
幼年期、人を失って力を得た。
少年期、人のために力を学んだ。
そして今……二十歳。
パアアア!掴んだ虚空から大気を裂く勢いで魔力と聖力が湧き上がる。長い人類神話のレコード、ライブラリが具現化でその命令に力を込めた。
青い扉が近い。
赤い目が直視する。
黒い王は宣言した。
「【神話の王になる!】」
[敵業スキル、10階級究極呪文 — 王令(Order of King) 「グングニル(Gunner)」]
クワガガガガーン!
亀裂を強打する世界魔力。
どんな閉鎖装置よりも強力なストライクだった。睨みつける悪意に向かってジオが荒々しく囁いた。
「消えろ、ブサイク」
キイイイイイ — !
渦が巻き上がっていく。
空が閉まり、ぞっとする悲鳴が遠ざかっていった。粉のような星の光が頭上に砕け散る。
爆発した大魔力の残滓だった。
「終わった……?」
ジオは下を見下ろした。
霧の柱があった中心部。
古いボロボロの箱が粉々になって消えていた。そして舞い散る灰の中から…….
ピロリン!
[信じられない勝利!]
[サーバーで初めて神格を追放しました!]
[偉大な業績!世界の滅亡を阻止しました。誰もあなたの業績に逆らうことはできないでしょう。]
[固有タイトル、「神殺し(神殺者)」が解禁されました!]
[「格」に到達する資格を獲得しました!あなたの名前が「挑戦者」として星系に記録されます。]
【始まりだ】
ただ今この瞬間のために傍観していた星の笑い声が虚空に響いた。
勝者に向かうバベルの賛嘆が絶え間なく続いた。連続的なお知らせ。そこで終わりではなかった。
《バベルネットワーク、ワールドアラーム》
《全サーバーアップグレード》
[おめでとうございます、アース!]
[最初の挑戦者の登場でレベルが上昇調整され、ロックされていた機能が解除されます。]
[コスト(Cost)制度が解禁されました。]
[これで商店の利用が可能です。]
ラッパの音が長く鳴り響いた。
全世界に広がる音。それを聞いて初めて現実感が湧いた。
ジオは顔を上げた。
いつの間にか雨が止んでいた。
暗雲が晴れる。裂ける雲の間から微かな曙光が彼女に向かって降り注ぐ。
頬に触れるその暖かさにキョン・ジオはふと気づく。
終わった。
長くて長い成長期の終わりだった。
「は、ハハ……」
色が戻ってきた世界に音もまた元の場所に戻った。
ウィイイーン!機械音が聞こえてくる。
数十台のドローンカメラが黒竜に沿って飛行していた。
星、風、世界、人…….
じっとそれらを感じてみる。
[このまま進めますか?]
バベルが尋ねた。ジオは目を閉じた。深く深呼吸した。そして。
パッ!
黒い布が西風に舞い上がる。
風に乗って首の上の髪が舞い散った。肌で遮るものなく伝わる風が爽やかだ。
西から吹いてくる風は日が昇る東へ行くと言った。本当だろうか、今まで以上に晴れやかな気分になった。
正面に見えるカメラたち。世界が息を殺して彼らの王を待っているいた。
そこには自分の人々もいる。
ジオはにっこり笑った。
「こんにちは、世界」
[名前の変更が完了しました。]
《1位 一 ジョー • キョン・ジオ》




