160話
どこか自嘲気味の叱責だった。
ウン・ソゴンが死んだ。ソウルは焼け焦げている。ジオは本能的に優先順位を計算した。
ママ、末っ子、友達……。
人間の欲は一旦脇に置いた。
一面識もない人より当然自分の人が大事だが、それが人ではなく人「たち」になると話はまた違ってくる。
暴君にも王国と民は守らなければならないものだから。
よって私的な感情を排除し、最も急ぎで必要なことから計算してみた。
〈銀獅子〉は崩れてはならない。
それなら今すぐしなければならない選択は……。
それが「ジョー」が一番最初にこの銀獅子邸を探した理由だった。
「マジでこうなると思ってたんだよ。」
ジオはどんどん奥に入っていった。歩くたびに黒い液状のような影が波のように押し寄せ足先に届いてきた。
壊れた誓約の破片たち。無理やり捕らえられ悲鳴を上げている。
手につかめるものを手当たり次第に片付け繋ぎ合わせながら近づいて行った。
「だから。早く誓約し直せばよかったのに？意地ばっかり無駄に張ってさ。」
……スウッ。
顔にまとわりついてくる、鋭い鬼気の吐息。
金色の点が星座のように散りばめられた灰色の目、遥かな黒色の影で肉体を成した虎が一匹。
うつ伏せになったまま、彼女を静かに見上げた。
視線が合う。冷たく見下ろしながらジオは真魔力をそのまま注ぎ込んだ。
「ハア……」
一瞬にして闇が晴れる。
影が退き、獣の姿が消え、その空席に残ったのは太古の囚人、一人。
人型を取り戻した虎が青白い顔色で苦笑した。
「弁解の余地はないな。」
誓約相手の死は残された者に少なくない反動を及ぼす。
大魔女の封印式は長い間抑えられてきた魑魅魍魎の鬼気を捉えておくほど堅固ではなかった。
疲れた眼差し、乱れた髪、冷や汗に濡れた首筋……彼を伝って続く背中の金制式たち。
ジオは腕を伸ばした。指で彼の硬い肉体をじっと押さえる。
魔力が絡み合い燃え上がる感覚に虎はぎゅっと歯を食いしばった。
かろうじて呻き声を飲み込みジオの手を掴む。
「……やめてくれ。」
「お願いだ……」
一度眷属誓約を結ぶと取り返しがつかない。
もう彼らは対等な線上に立てないだろう。彼女の力に取り憑き、ただ寄生する身に転落するだろう。
ジオも揺れる虎の目を見た。だが。
「言い争ってる時間なんてないの。」
「プライドかなんか気にしてやるほど思いやり溢れる人間だと思ってる？違うことよく知ってるでしょ。」
グッと、虎は掴んでいるジオの手に力を入れた。
自らも抑えきれない猛虎の殺気が彼女を刺す。
ジオも彼が意地を張る理由を知らないわけではなかった。
正直誓約を最後まで先延ばしにしたかったのは、子供も同じだったから。
「おじさんは誰？」
「俺？俺は〈銀獅子〉の虎。これからお前の保護者であり、師であり、また……。」
「許してくれるなら、お前の友達にもなりたい人間だ。」
幼年期。そして少年期。
彼の手を握って立ち上がり、彼の腕の中で成長した。
あの空の偉大なお星様が彼女を堅固に支え玉座に上げたとしたら、生きる方向を今まで導いてきたのは虎だった。
「よく聞いて。」
「あんたは私のものだし、最後まで私が責任を取る。無限の永遠を語るほど馬鹿じゃないけど、望むならそれまで約束してあげる。」
だから……。
彼の小さな王が冷ややかに囁いた。
「跪け。」
生涯聞いてきた中で最も残酷で、最も優しい命令だった。
虎はジオを見つめた。
幼い頬、無情な眼差し。桃色の染まった指先の柔らかい肌……
そしてその中の恐ろしいほど強大な力。
もしかしたらこうなるように最初から決まっていたのかもしれない。
「先延ばしにして、先延ばしにしても……結局。」
彼は絶対にこの至厳な命令に逆らうことはできなかった。ずっと前に始まった支配の関係はすでに骨の髄まで刻まれていたから。
光でできた埃一つ飛ばない日陰の中だった。
霊霊と万鬼が息を殺す。
静寂の中で長い時間背負ってきた影を解きながら、魑魅魍魎の覇者は傲慢な自身の肉体を低くした。
膝をついた。
「娑婆世界に属して受けた真名……鬼主。」
ゆっくりと、小さな足元に額をつけた。
「我が王に謁見いたします。」
服従と帰属を意味する最も低い姿勢、虎は無限の切なさを込めて誓いを唱えた。
「……あなたの最も低い下僕として、許される日まで私の永遠を捧げます。」
[超越者「鬼主 虎」が「キョン・ジオ」様に眷属契約を誓約します。]
[許可しますか？]
「許可する。」
……終わった。
虎は目を閉じた。
耐えられないこの悲惨さは同時に絶対に忘れられない恋情の証となるだろう。
ジオが先に席を立った。
魂と体に刻まれた新しい誓約を感じながら虎は立ち上がった。汗が冷えて冷たくなった人間の体にシャツを羽織る。
力の波動に押されてきたロサ戦囚たちがドアのそばでひそひそ話していた。
「あらら、あんなに抵抗してたのに……」
「のろのろしてた奴らが必ずあんなに騒ぎ立てるんだから……」
「その口を閉じろ。」
沈んだ低音にイクッ、首を一斉にすくめる。
あちらもこちらも……新たに「序列整理」をする必要がありそうだ。
シャツの最後のボタンを留めながら虎はタバコを咥えた。
「〈銀獅子〉、今どこにいる？」
[Rankings] ローカル 一 大韓民国
《 2》虎 A5
* * 米
「雨が降ったら「開始」しろって。」
「しとしと、雨が降りますね。ザアザア、狂った洪水みたいに降り注ぎますね。」
ある建物の屋上。
鮮やかな黄色のレインコートを着て鼻歌を歌っている一人の男。
よたよたと尻を振る姿は紛れもなく雨の日に狂った奴のようだったが、その足元の絵は決して尋常ではなかった。
屋上全体を埋め尽くすほど広大な大きさの逆五芒星陣（陳五苦星陳）。
多重に重なった図形と文字は見分けがつかないほど複雑で、中央の五芒星は不吉に上下が逆さまになっていた。
「ふむ、どこを見ようか。ちゃんと描けたかな？」
〈解放団〉の「2月」錬金術師、アルケミストは腰に手を当てた。
激しい雨にも消えずに丈夫だ。「堕落した聖者の血」だけで十樽も使ったのだから当然か？
「ここに入った金だけ考えると……ええい。」
「でも、こんな時じゃないといつこんなことまたやってみれる？」
今回の件はおそらく彼の生涯の力作になるだろう。
アルケミストは慎重に五芒星の端の上に「種」を置いた。
現在開いている異界の門とこの連結の輪は、より「大きな門」が開かれるようにしてくれるだろう。
今も一生懸命約束された位置で孤軍奮闘している犠牲者たちの努力と情熱を考えるととても涙がこぼれそうだった。
特に最も大きな生贄になってくれた老益壮を思い出すと……スッ！
「ハッ、ダメだ！泣くな。強くならないと。みんなあんなに一生懸命生きているのに、アジャアジャ！」
興奮で荒くなった息を整えながらアルケミストは懐から大切に物を取り出した。
いくら厳重に包んでも触るたびに汚染されるような感じがたまらなく恍惚とする。
「とにかく本当にすごい人なんだから、うちの13月は……。一体どこでこんなものを手に入れてきたんだ？」
虐殺された地の真土（眞土）だとか、堕落した血だとか。全部すごかったけど、「これ」に比べられるものはない。
「外次元神の媒体だなんて……」
まさかゲートの向こうに行ったりでもしたんだろうか？もちろんありえない話だけど。
「なんとなくあいつならありえそう……あっ、熱っ！」
慌てて別の手でポケットから名刺を取り出した。熱いものが、「餌」がついに正気に戻ったようだった。
「エゴ、じゃあ何するんだ？もう遅れてもとっくに遅れてるのに。」
舞台はセッティング完了だ。
雨の中で歯が光る。アルケミストは満面の笑みとともに陣の中央に壊れた神格を上げた。
「……なんかおかしい。」
火は鎮圧したものの1.5級以上の突発亀裂だ。亀裂を通った 魔獣たちは絶えなかった。
おかげでしばらく整理してからやっと一息ついたところ。
さっきから何か考え込んでいるようだったサセジョーンが突然呟いた。チョン・ヒドが皮肉った。
「そうですね。おかしいですよね。正式な外注もなく所属でもない区域でこんな無報酬奉仕とは。魔塔の先輩たちが知ったら……」
「それより。あまりにも実がないんじゃないか？」
「……ふむ。」
あちこち連携することが多い魔塔所属なだけに、巨大ギルドの家計をやりくりするサセジョーンとはかなり縁が深かった。
「でたらめを言う人ではないのに。」
チョン・ヒドは態度を改めて近づいて行った。少し離れたところにいたキョン・ジロクも関心を示している。
それより賢明な参謀の言葉を最後まで聞いてみないことはなかったから。
「私がわかるように言ってくれ、兄貴。」
「この連続ゲート事態のことだよ。誰かが板を組んでいるのなら 「目的」みたいなものがあるはずなのに、ずっと繰り返し戦って閉じるだけなのが何の意味があるんだ？」
最初は彼らの戦力を単純に消耗させようとしているのかと思った。
ナショナリズムとアナーキズムが蔓延したバベル時代。
国の外に目を向ければ狂った奴らはいくらでもいた。
先頭である韓国に向けたテロと牽制が激しくなるだろうということは誰もがある程度予測していたこと。ところが。
「「種」を育てるには相当な時間がかかる。それだけ手間暇かけて組んだ판なのに、たかがこんな風に無駄にするって？私なら……」
「何か他の決定打がある……！」
ハッとある悟りがよぎる。
サセジョーンは急いでインベントリから地図を取り出した。
彼は結界師。
種の流れを読み、領域を形成するのに彼より敏感な人は多くなかった。
尋常ではないことに気づいたチョン・ヒドが横に寄り添う。頭脳回転ではこの韓国魔塔一番の魔法使いも引けを取らなかった。
沈んだ眼差しが場合の数を素早く計算し……。
「マジか！」
「ちくしょう、生贄儀式……！」
黙って見守っていたキョン・ジロクがわっと顔をしかめた。
ただでさえ気が立っているのに、ろくでなしの引きこもりメガネどもがわからないことばかり喚いている。
「クソ、私が韓国語で言えって言っただろ。」
いつの間にか周辺にセンター支援チームからギルド員まで集まっていた。
集中した視線の中で、サセジョーンと視線を交わしたチョン・ヒドが地図を大きく広げる。
虚空からペンを取り出した手が躊躇なくスッ、スッと線を引いた。
汝矣島から三成駅へ、続いて新村へ、新村から舎堂を経て
往十里、再び汝矣島……！
「……逆五芒星。」
最終的に五つの軸を持つ、逆さまになった星が地図の上に完成する。
若い魔法使いは中央にピリオドのように点を打った。
「不正な呼び出し。生贄を捧げて超越的なものを呼び出す最も古い術式です。そして召喚されるものは通常陣の中央に……」
「チーム長！」
すっかり高まった緊張を破る。センターの支援チーム長がハッと振り返った。
しかし何事かと責めることはできなかった。急いで飛び込んできた要員の顔が彼らより青ざめていたから。
「こ、国立中央博物館に今」
ウェエエエエ！トゥ、トゥ-！！
街のサイレンが最も高い警告音で短く打ち鳴らされた。
誰かには聞き慣れないほどサイレン、また誰かは忘れられない音。
それもそのはず、あれが最後に鳴ったのももう3年も経つから。
[国民の皆様、今は訓練状況ではありません。政府の指示に従って行動してください。現在時刻ソウル特別市全域に警戒警報を発令します。]
[1級突発亀裂発生。]
[もう一度お知らせします。1級ゲート災害が発生しました。]
