148話
ドキドキ。
全身に戦慄が走った。
首の後ろの鳥肌がなかなか引かない。ペク・ドヒョンは震える体に力を込め、目の前の信じられない現実を見つめた。
日が暮れ、矢の雨が降り注ぐ戦場の上。
異質な現代服姿のキョン・ジオが、手振りで再び魔物を弾き飛ばした。ちらりと振り返る。
すべてがまるでスローモーションのように感じられた。彼女が薄く笑う。
「ぼうっとしてるの? 遊んでるの?」
「……どうして、一体どうしてここにいらっしゃるんですか!」
「あらあら、大声出さないで。好きで来たと思ってる? あんたが予想ラインナップを最初からぶっ壊してくれたおかげで、S級ときたらみんなわけもわからず引きずり込まれたのよ」
S級? みんな?
ぼやきの中からどうにかキーワードを掴み取ったペク・ドヒョンが見開いた。
「まさか……韓国のS級が全員呼ばれたって言うんですか?ジロクと〈黎明〉ギルド長まで全部ですか?」
「ええ。聞いてみたら、私の回帰者の賞味期限は完全におしまいだって思ったわ」
グルルル!
小さな魔物が焼け死ぬと、刺激された周りの奴らが火の壁を前後構わず飛び越えてきた。
対魔属性を持つ一段階上の魔獣たちだ。ジオは後ろに体を退き、短く印を結んだ。
下から上に振り上げる強い手つきに、地面から黒い棘が솟아 났다.
[5階級攻撃系上位呪文、「影の錐」]。
足元から貫かれた敵が、怒りに満ちた悲鳴を上げる。
ザアアア!
そしてそんな彼らを瞬く間に斬り捨てる白色の刃。地面に落ちた敵の首を蹴り上げながら、ペク・ドヒョンが確認するように尋ねた。
「ロクと同じ組ではないようですが、合っていますか?」
視線がちらりと別の場所に留まる。
敵の真ん中で孤立したその先、城門の前では未だに狂暴な叫びが響いていた。
乱暴な神話(神話)をその身に閉じ込めたチェ・ダビデだ。
理性さえ維持してくれれば、狂暴化は彼女にとってこの上ない武器になるはず。
負けるとは思えなかった。ジオはチェ・ダビデの方から目を離し、失笑した。
「残りの一人は、自分の使命を果たしに行ったわ」
「私が行きます」
魔法使いは冒険性を軽蔑する種族だ。
与えられた選択肢は二つ。
すべてが定かではない中で、一つだけを選ぶ冒険を選ぶはずがなかった。
戦力を分け、誰がどこへ行くか決めている途中、チョン・ヒドが自ら手を挙げた。
「三頭蛇のラストアタックを私が決めて3階級まで円を満たしたとは言え、戦場であまり役に立つ戦力ではないでしょう」
「このウスノロが……。おい、どう見ても峡谷の方もめちゃくちゃ危なそうだけど。そうじゃないか、ドジェ?」
「まさか心配してくださるんですか?」
慌てて否定するチェ・ダビデと、黙ってじっと見つめるジオ。
二人の女に向かって、チョン・ヒドはまっすぐに背筋を伸ばした。毅然として。
「魔法使いはよくジョーカーとして見なされます。いつでもどこでも、勝機(勝機)を掴む最も有用なカードでなければなりません」
峡谷が険しく困難でも、速度と隠蔽魔法さえ助けてくれれば、目的地まではどうにか到達できるだろう。
遠くを見ながら、チョン・ヒドはにっこり笑った。
「犠牲心なんかで行くのではありません。『魔法使い』という私の自긍심と使命のために行きます」
いつも最も役に立つカードでなければならないという、魔法使いの使命。
王の道とは違うようで、また似ていた。
首元で揺れるペンダントを感じながら、ジオはまた別の魔法使いと似た笑顔を浮かべた。
「バンビは別に異常ないわ。ないはずよ。それなら私は今すぐ、私がやるべきことから始めないと」
熱い火の風に髪が舞い散った。
きれいな首、その上で浅く揺れるおかっぱ、そして日に日に成熟していく頬。
堂々と正面を見るその視線が、彼が見た肖像画と驚くほど似ていた。
「アタナス……
墜落した神格の恋人であり、急速に半神の境地にまで到達したが、自ら地に残ることを選んだ悲劇の皇帝。
長い名前の由来を尋ねるペク・ドヒョンに、デル将軍は笑って答えた。
「正確には『アウレル・ジオ』と発音する。アタナス・アウレルは上から受け継いだ皇帝の名前、人間の体で受けた陛下の真名は……」
……ジオ。
「まさか……バベルの塔の中の世界が、ランカーたちの前世に由来するとでも言うのか?」
しかしこの仮説は後で。
今はのんびり疑問を解消している場合ではなかった。
ペク・ドヒョンは敵の体に突き刺した剣を
荒々しく抜き取った。
「……異次元の話は、事前にお伝えできず申し訳ありません。ジオさんも驚かれたと思いますが。まだ時期ではないので、世界律に違反する事項だと思いました」
「わかってるわ。あんたも予想できなかったんでしょ。そんなことも許してくれないほど冷酷に見える?」
世界律を破れば、世界と星系に属する星約星との関係から直撃を受ける。化身の立場としては慎重にならざるを得ない。
何でもないことのように言うジオの口調。
かすかに微笑んだペク・ドヒョンは、素早く動いて矢を打ち払った。
ヒューイック! ジオに向かって飛んで行った矢が、そのまま真っ二つになる。
忠実な騎士のように隣に立ち、彼が尋ねた。
「それでも、回帰者のタイトルは返上しても……あなたの背中はまだ私が守らせていただけますよね?」
日が暮れかけている戦場。影と夕焼けの光が、古い記憶を呼び起こした。
ペク・ドヒョンが生まれて初めて誰かに惚れたあの日。
何気なく彼を振り返ったジオが、一瞬動きを止める。
血と埃にまみれた姿で、回帰者が笑っていた。
初恋に落ちた少年のように、晴れやかに。
「……あらまあ、こんな状況でそんな笑顔が出るの?」
「こんな状況だから笑うんです」
人は暗闇の中でひたすら絶望していても、一筋の光に結局笑ってしまう、お人好しな動物だから。
背中が触れ合う。
ジオの魔力が感じられた。威圧的で覇道的だが、下には極めて寛大な力だ。
ついに会った二つの組。
絡み合った時間の中で、戦争は今始まったばかりだった。ペク・ドヒョンは城壁の方を見た。
「今や鍵はあちら……」
誰が来ているのか、どうかあの狂信者が知っていればいいのだが。
* * *
「ジョヨンさん、ジョヨンさん! もう泣かないで!」
「す、すみません。でも……!」
エヘオオオーン!
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、ナ・ジョヨンが子供のように嗚咽した。
「あの方が、本当にあの方がいらっしゃった……! うわああ、ううあああ」
意志とは関係なく、涙が止まらなかった。安堵感、嬉しさ、感謝、申し訳なさなどなど。あらゆるものがごちゃ混ぜになって泣いていた。
尖塔の頂上へと続く長い螺旋階段。
終わりが見えないほど果てしない階段を急いで上っていた最中に目撃した、戦場に咲いた青い炎。
誰かが教えてくれなくても、見た瞬間に本能的にわかった。
ナ・ジョヨンの世界で、あれほど強烈な色を帯びているのはただ一人だけだから。
「ああ、うう、ジオ、ジオ様が……!」
「いや、力抜けるからお願いだから! 号泣するなら上がってからにして。あんた死ぬわよ、この女!」
クッ、チャ!
我慢できずに悪態をついたクォン・ギェナが、強い力でぐいっと引き上げた。
そのおかげで、落下寸前だった体がどうにか引き上げられる。
「うっ、すみません。ギェナさん…!」
本当に紙一重だった。ジオを発見したのと同時。
空から降ってきていた敵軍の投石機の石塊が、今度は彼らが登っていた尖塔の方へ向かった。
後を追っていたナ・ジョヨンの前の階段が壊れ、クォン・ギェナが間一髪で彼を掴んだのも一瞬のこと。
「陣営バフでこっちのレベルが上がってなかったら、これも不可能だったかも」
正気に戻ってしきりに謝るナ・ジョヨンを見て、クォン・ギェナがため息をついた。
「それより……マジですか?」
「本当に申し訳ありません、ええと?何ですか?
……」
きょとんとした表情。手を握って起こしてくれたクォン・ギェナが、片方の眉をひそめた。
「さっきジョヨンさんがそう言ってたじゃないですか。『ジョー』様がいらっしゃったって。私が知ってるその『ジョー』のこと、おっしゃってるんですよね?」
「……あ」
泣きながら早口で言ったせいで、「ジオ」を「ジョー」と聞き間違えたようだった。
ナ・ジョヨンが何か言い訳する前に、クォン・ギェナが先にきっぱりと言い切った。
「心配しないでください。どうして、は興味ありません。その方が入ってきたのが確かなら、私たちの仕事がより重要になっただけですから」
クォン・ギェナは上の方を見た。
去る3月、韓定食店での出会い。
「ジョー」の強さは彼女も直接味わったことがあるので、誰よりもよく知っていた。
「本当に、もうオーナメントが一つだけ開けばゲーム終了ってことね」
ぎゅっと、ペンダントを握りしめながらナ・ジョヨン
が、無言で肯定した。
先に解放された敵が、なぜ総合順位2位に終わったのか、ようやく理解できた。
大韓民国1位、世界1位。
シードになった場所の1位が入場したのに、比較的弱小チームから1位が出るはずがなかったのだ。
さっき階段が壊れた騒ぎで、周りの敵もこちらに気づいた。
二人の女は急いで階段を再び登り始めた。
「[大胆に叫びなさい、私は主が下さった助力者であり、そのような私の同伴者は何を行うにも決して恐れないだろう!]」
ロザリオや十字架のように聖力が宿った儀式道具をここで望むのは、贅沢に近い。
ナ・ジョヨンは木の枝二本を適当に継ぎ足して作った応急処置を強く突き出した。
[プリースト3階級神聖祝文、「助力者の祝福された祈り(Paraclete’s Benediction)」]。
ほのかな聖霊の白光が、体の活力を浮き彫りにした。
立て続けにバフを受けたクォン・ギェナが、振り返らずに叫んだ。
「先に行って! 早く!」
「……お気を付けて!」
おぞましいトカゲ人間たちの中に彼女を置いていくのは不安だが、仕方がない。押し寄せた敵と追いつ追われつの追跡の末、目的地は目の前だった。
足を引きずりながらナ・ジョヨンは最後の階段を上った。
どうか。どうかここが正解でありますように……!
「あ!」
[星と触れ合える場所‘タワー’に到着しました.]
魅入られたように歩いて行った。光に向かって。
シャアアア.......
正方形の石板の上へ、様々な色彩の光で構成された円柱が降り注いでいた。
透明なオーロラのようでもあり、小さな銀河水のようでもあった。
[►FINAL STEP - ‘オーナメント核’を指定された位置に適切に上げてください! ‘鍵’に合わせて変形され、テーブルに即時転送されます.]
躊躇するつもりなどない。
浮かび上がったアラートウィンドウを読むや否や、ナ・ジョヨンはすぐに首からペンダントを外し、手を伸ばした。
しかし、
タアン、デグルルル-!




