100話
* * *
20数分前、午後5時20分。
「【信じて砕けないだろう!】」
治癒師4等級神聖祈祷、『信頼の帳』。
素早く半透明な幕が生成されると同時に、ドーン! 衝突が相殺される。
頭の上で弾き飛ばされる甲殻魔獣の腕。怒りに満ちた咆哮が耳元をかすめた。
間髪入れず、ペク・ドヒョンは甲殻の間に位置する奴の首筋へ剣を突き刺した。
ザック!
噴水のように血しぶきが虚空を染めた。崩れ落ちる死体が氷山と衝突し、氷の破片が四方へ飛び散る。
チッ。
ジオは舌打ちし、袖の中から指をパチパチと鳴らした。
キョン・ジロクの方へ飛び散っていた氷の破片が音もなく砕け散る。別の死体から槍を抜いていたキョン・ジロクがちらりと見て、残りの槍を引き抜いた。
「くそっ、バベルの奴。こんな中級魔獣に、てこずるとは、頭がおかしくなりそうだ。」
「バベルも不当に思うんじゃないか。ペナルティ状態でもこの程度……。」
キョン・ジロクの周りのボロボロになった魔獣の死骸を見て、ペク・ドヒョンは首を横に振った。
制限のせいで主武器である『ロンギヌスの槍』も出せないのに、本当に……。知ってはいたけど、驚くべき才能の持ち主だ。
「た、隊長! 申し訳ないんですが、少しだけ、少しだけ休ませてもらえませんか?」
「限界ですか?」
「ジョヨンさん、ポーションは……?」
「さっきのが最後でした。」
蒼白というより青白い顔色で、ナ・ジョヨンが床に座り込んだ。
AA級だとしても、塔の登攀が初めての初心者。まして今はベテランヒーラーでも一人で耐えられないほど連続した戦闘だったから。
ある地点を越えてからだった。
一行の前に棘のようにそびえ立つ氷山の森。ガラス細工のように鋭い形をしていた。
すぐその先に『塩の橋』があるのだろう。直感的にそう感じた。
それを証明するかのように、魔獣の襲撃も頻繁になった。
氷山一つ一つを越えるたびに衝突の連続。さらに高くなる難易度まで。
最初は例の人間カマキリだったが、だんだん大きくなったり、甲殻が付いていたり、様々な変形種が登場し始めた。
口には出さないが、ナ・ジョヨンだけでなく、皆の顔から疲労感がうかがえた。
ジオは深いため息をついた。
「マジきつい。超疲れるんだけど……」
……お前は何をしたんだよ?
「はあ。寒くて息をするのもつらいし。」
「ジ、ジオ様! ヒック、少し、少しだけ待ってください。何とかしてヒールを絞り出して、ヒック。」
ヒールではなく命を絞り出そうとするナ・ジョヨンの姿に、キョン・ジロクは一瞬顔をしかめた。やめましょう。
「まるでヒールを絞り出すゾンビみたいじゃないか。」
「だ、だって……!」
「だって、こうだって。たった一人のヒーラーが倒れたら、俺たちも困るから……。おい、お前が言え。強がりだって。」
「ちぇ……。」
むっつりとした視線を避けるジオ。
本当に寒いのか、鼻先が赤く凍っている。しばらく見ていたキョン・ジロクが短く舌打ちした。
「3分。それ以上は休めません。モンスターもリポップするだろうし、ご存知のように城門の方の状況も……」
「リーダー。」
呼ばれて振り返った。崖の端に立つペク・ドヒョンが自分の手を見つめていた。
「風が……」
正確には、自分の手の上にある風を。
「吹雪が弱まっている。」
言われてみれば、なぜ気づかなかったのかと思うほど明らかだ。キョン・ジロクの表情が険しくなった。
「いつから?」
「今しがた。」
良くない。突発的な変化は何かの兆候に近い。案の定。
ピリン-!
【特殊警告:大悪魔■■■■の深層意識が覚醒段階に入ります。本段階が終了すると、大悪魔■■■■が完全に目覚めます。】
「……クソ。急ごう。」
「ちょ、ちょっと待って!」
弱まる吹雪の間の光景。
ハッと二人が立ち止まった。ただ事ではないと感じたナ・ジョヨンも急いで崖の方へ近づいた。
ヒューイイイ-。
最後の突風が過ぎ去り、視界が開ける。同時に現れるのは……。
「ま、多くても千だって言ったじゃないですか!」
遠い視線の先にある城門。
その前を覆った黒色。
雪原の白色は、真っ黒にうごめく怪獣の群れに覆われて少しも見えなかった。
驚くほど、ひたすら黒い波だった。
一番最初に正気を取り戻したのはキョン・ジロクだった。険しい表情で一行を急かした。
「動きましょう。時間がない。」
「……だめです! 隊長、も、戻りましょう。すぐに助けに行かないと。あんなことになったら死んでしまいます。あ、あんなの、一人では絶対に耐えられません。」
「……塩の橋の方が近いです。行きましょう。」
ナ・ジョヨンが悲鳴のように答えた。どれくらいかかるかわからないじゃないですか!
「感情的になっているのではありません! 橋までどれくらいかかるか、行ってもすぐに終わるか誰もわからないのに、その間に大変なことになったら!」
「ナ・ジョヨンさん、今の状況では最善の選択肢なんてありません。」
選択肢が最悪と最悪しかないなら、進んでいた方向に突き進むしかない。
キョン・ジロクは非情なほど冷静に振り返った。
フーッ、フーッ。
息遣い、そしてナ・ジョヨンの抑えたため息しか聞こえない道。
雰囲気は重かった。誰が見ても絶望的な劣勢だったから。
また、誰が見ても逆転のキーが必要な状況だったが……ジオは考えた。
「やらない。うん。やらない。今回はマジでやらない。」
〈ヘタ〉にはもう十分やってあげた。
ただでさえ増えまくったジョミングアウトリストに、もう一人乗せる? しかもバンビと兄妹だってことまで知ってる人を? 何を信じて?
ありえない。
『死ぬって、ハッ、死ぬわけないだろ? あの白鳥が。』
全部ドビーの妄想に過ぎない。あいつはいつも大げさなんだから。今回も同じ。
そうだ。星一つもなしにランキング4位まで上がってきた怪物じゃないか。
『心配する奴を心配しろよ。』
今は身を引くタイミングだ。
最近ますますダダ漏れのバケツ。おかげで日常も十分すぎるほど揺れているんじゃないか?
正体が露出するほど必然的に危険も近づく。関係ない人を助けたせいで、そのままあの世行きになりやすい。
ジョーは王だが、キョン・ジオは人だ。キョン・ジオの日常には『人』が存在した。
平凡な母親、平凡な妹、平凡な友達……平凡で弱っちいキョン・ジオの人々。
だからこの間隔は遠く維持しなければならない。
無駄な責任は持つな。
そうだ、そうだ。もっと大事なことは何か考え……。
【そうしているうちに本当に死んだら?】
ハッと、ジオが立ち止まった。
「……何するんだよ?」
【4月じゃないか。】
【数年前のあの時のように、誰かが落ち込んでいる姿はもう見たくないから。】
「場合が違うだろ。あれはパパのことだったし、これは私と全然関係ない……」
お星様が笑った。
【本当に?】
お星様の質問。ジオは顔を上げた。
急に止まった足取りだったが、催促はない。皆、黙ってジオを見つめていた。
まるで、何かの決断を待っているかのように。
ジオも彼らを見つめ返した。いつの間にか見慣れた顔ぶれ。いつの間にか結んでしまった『関係のある』縁。
……もしかして、もう手遅れなのか?
気分がおかしい。ジオはぼうぜんと、思わずつぶやいた。
「全部ペク執事のせいだ。」
「……え。」
ペク・ドヒョンは戸惑った様子だった。
しかしジオは目を離さなかった。考えてみれば、本当に全部あの忌々しい回帰者のせいだったから。
全部回帰者に出会ってからだ。
狭かったキョン・ジオの世界が無駄に広がり始めたのが。
進まずに止まっていたキョン・ジオを世界へ、人々の間へ突き飛ばした奴がまさに……。
「私はあなたが誰か知っています、魔術師王。」
瞬間オーバーラップする最初の出会い。
ジオは呆れて笑った。
「ペク・ドヒョン、このクソッタレ主人公野郎……。一体私をどこまで連れて行くつもりだ?」
一度仮定してみる。
もしホン・ダルヤに出会わず、塔に来なかったとしたら。そうだったら……。
じっとバンビが彼女を見ていた。
バンビが「……ああ。」
キョン・ジオは悟る。
今の状況が、引きずられながら関わるようになった縁が、必ずしも悪いことばかりではないということを。むしろ。
「すべての可能性を計算し、軽重を量るなら、どうやって前に進むことができるだろうか?」
『……クソ。』
恐ろしい秩序善良どもめ。
一体いつの間にこんなに染み込んだんだ? マジでマルチ商法並みの腕前だ。
「天国にいるパパが娘が教化されたって泣き叫ぶだろうな。」
ジオはぎゅっと被っていたフードを脱いだ。歩き出し、向きを変えた。
その時、パッと後ろから掴む腕。
「おい。」
「何?」
「……お前、具合悪いんだろ。」
最悪に突き進む状況の中でも、彼らしくもなく一度も急かさなかった理由。
吐き捨てるように、キョン・ジロクが再び言った。
「ジオ、お前具合悪いんだって、今。」
具合の悪い姿を見るのは、中学校の時以来初めてだ。
そしてジオが具合の悪い時はいつも魔力と関連していた。そんな奴に魔法を使えと強要できなくて、だからだったのに……。
掴んだ腕から徐々に力が抜けていった。ジオの目を見ながらキョン・ジロクは最後に確認した。
「本当に?」
「うん。」
答えは短く、確信に満ちていた。
黒いおかっぱがひるがえる。振り返る背中はどこか晴れ晴れとして見えた。
現在時刻午後5時35分。
支援軍魔術師王『ジョー』、城門へ移動。
* * *
魔法使いが『公式に』扱う敵業スキルの階級は全部で9段階。
要求する演算能力も段階が高くなるほど次元が違う。
世界魔塔では9階級魔法を一度唱えるのに、高位魔法使い3人が必要だと定義した。
大魔法使いの場合、単独詠唱も可能だが、一日に二回以上は難しいだろうと。
ある日、ある人が尋ねた。
【それでは10階級は? 噂によると10階級魔法も存在するそうですが。】
魔塔主『マーリン』が答えた。
【デタラメだ。】
【あ、あの、これ放送……。】
【伝説の奥義だとか何とか、くだらない妄想に浸った無知な連中が騒いでいる戯言に過ぎん。仮にあったとしても誰ができるというのか? 9階級でもヒーヒー言っているのに。】
辛辣に言い放っていたのもつかの間、マーリンが突然真顔になった。
しばらく何かをじっくり考えてから姿勢を正して言うには。
【訂正する。】
【はい?】
【あの『怪物』なら可能かもしれない。】
『配列』。
『定立』。
『再定義』。
古く厳格な約束と法則に従い、世界の秩序を揺るがす。
一つでも狂えば、すべてが崩れるだろうが、精巧に組まれた魔力は恐ろしいほど適所に配置された。
演算は瞬く間に終わった。
たった六つしか存在しない10階級究極呪文。
魔力を完全に支配し、世界の均衡をしばらくの間でも乱すことを恐れて……その名。
王令(Order of the King)。
万物流転の法則を超越し、バベルが敬意を込めて授けたタイトル、『魔術師王』は約束された言霊でその偉大な術式を完成させた。
「【来たれ、極光よ。】」
【敵業スキル、10階級究極呪文 - 王令(Order of the King)
『アポカリプス(ApocaIypse)』】
ザーーーーー!
それは大自然の服従だった。
大気が震える。空に何重もの巨大な幕が垂れ込めた。
まるで、北極のオーロラ。
上位元素、光輝そして聖属性の極点が加わった広域大魔法。すべてを焼き尽くしてしまう、神聖な光の大災害。
スサアア……
極光が雪原を覆った。
--! ---!
数万の魔鬼、数千の魔獣が悲鳴も上げられずに燃え尽きていく。
乱暴な光の津波が一帯を飲み込んだ。無慈悲に黒色を焼き払い、雪原が白色を取り戻す。
白鳥はぼうぜんと空を見上げていた。
荘厳とさえ言える死の帳の下、単身で立っている一人の人。
風を受け、きれいな額が露わになった。何にも隠されていない顔。
後ろ手に組み、自分が起こした大災害を見つめていたキョン・ジオが顔を向けた。
パッ。
白鳥が再び目を瞬かせた時には、いつの間にか目の前が虚空に。
『瞬間移動……。』
詠唱すらない。白鳥はうっとりと見つめていた。
死体の山。床に突き刺さった剣を握る剣士が片膝をついたまま見上げている。周囲にはまだ曙光が揺らめいて……。
何だ、面白い構図だな。少し浮いた虚空から見下ろしながらジオはニヤリと笑った。
「ハアンセ卿。」
「……。」
「何か忠誠の誓いでもするような姿勢だけど、遠慮させてもらう。重いから。」
「……あなたは。」
大魔法の余波で天の川のように輝く瞳、その中にちらりと見える黄金色の魔力回路。
白鳥は馬鹿ではない。
世界で一番強い魔法使いを目の前にして、見分けられないほど、間抜けではなかった。
長いため息が漏れた。もしかしたら畏敬の念かもしれない。
手振り一つで世界が変わるのを目撃した立場では当然だった。
「信じられない……。」
キョン・ジオが斜めに言い返した。
「いい友達を持ったと思え。」
「友達?」
「フン。出てみればわかるだろう。」
鼻で笑ったジオが彼女を見つめた。血と汚れで汚れた顔。それでも眼差しだけは澄んでいる。
最初から最後まで一貫して。
「……まあ、お前みたいな鈍感も一人くらいは世の中に必要だろうな。」
感化まではいかなくても、もどかしくて間抜けでも、印象には残ったから。それは認めよう。
そして白鳥がまた口を開こうとした瞬間。
【特殊警告:大悪魔■■■■が冬眠から覚めます!】
【緊急! 現在のレベルでは太刀打ちできない敵です! ステージ内の人員に直ちに脱出を勧告します。】
【キョン・ジオ。】
誓って、そんな言葉を聞くのは初めてだった。お星様が囁いた。
【走れ。】
すぐに。




