【第5話】一人きりの決断
洞窟の最深部。濃密な瘴気が渦を巻き、呼吸が焼けつくように痛む中、リオは壁にもたれかかっていた。
前方に立つのは、Bランク相当の巨大呪毒喰い──全身を瘴気の塊で覆い、胸の隆起部分から毒瘴気を噴き出している。爪先が床を引っ掻くたび、獰猛な咆哮が響き渡る。通常の念動や発火ではまったく歯が立たない相手だ。
その背後、床に横たわるのは意識を失ったままのエリシア。第四話の異常種呪毒喰いの攻撃を受け、背中に瘴気をまとい続けて倒れたまま動けない。リオは彼女のそばにすら近づけない状況を痛感しながらも、戦わざるを得なかった。
「……行くしかない」
肺を震わせながら深く息を吸い込み、リオは決意を固めた。最後の術、《パラメータ錬成》を使い、勝負に出るしか方法はない。
■ パラメータ錬成
リオは揺れる視界の中で、自らに言い聞かせるように呟いた。
「パラメータ錬成――スキルの数値(威力・範囲・消費MP・詠唱時間など)を、一部を犠牲にして他を強化する技術。リスクは大きいが、強化した分だけ威力が上がる」
普段のリオのスキルパラメータは次のとおり。
•念動(通常)
•威力:12/範囲:3m/消費MP:10/詠唱時間:1秒
•発火(通常)
•威力:10/範囲:6m/消費MP:12/詠唱時間:1.2秒
•魔力感知(通常)
•感度:8/範囲:6m/消費MP:3/クールタイム:5秒
これらだけでは、あの瘴気を突破できない。リオはまず段階的に自分のスキルを強化し、最後に「念動」を極限まで振り切って一撃で仕留めるつもりだ。
1. 魔力感知で瘴気の「コア」を探る
リオは掌に小さな魔導結晶を載せ、魔力感知を強化して洞窟内を探る。
魔力感知
•感度:8 → 14(+6)
•範囲:6m → 10m(+4m)
•消費MP:3 → 8(+5)
•クールタイム:5秒 → 8秒(+3秒)
掌の結晶が強く光り、瘴気の流れが線として浮かび上がる。その中で、胸の隆起部分よりやや左後ろに瘴気の柱が強く揺れているのが見えた──これが敵の「コア」だ。
「ここを壊せば、一瞬でも瘴気の制御が乱れる」
魔力感知を元に戻し、消費したMP8を心に刻んで次の行動へ移る。
2. 小型念動で瘴気結晶を砕く
続いて、リオは壁や床に点在する小型の瘴気結晶を念動で砕く。
念動(結晶砕き用)
•威力:12 → 18(+6)
•範囲:3m → 2m(−1m)
•消費MP:10 → 14(+4)
•詠唱時間:1秒 → 1秒(変化なし)
リオは揺れる視界の隙間から床の瘴気結晶を狙い、「念動!」と詠唱。蒼白い渦が掌から飛び出し、2m先の瘴気結晶を粉々に砕いた。砕けた結晶からは黒い瘴気が激しく噴き出し、洞窟内に濃密な波紋を広げた。その波紋は、視界を乱すだけでなく、巨大呪毒喰いの瘴気制御にも一瞬の混乱をもたらす。
「今だ!」
瘴気層が波打った瞬間、リオは素早く移動し、次の準備を進めた。
3. 煙幕と発火で視界と瘴気を切り裂く
瘴気が乱れて見えやすくなった隙を狙い、リオは煙幕瓶を取り出して投げ込んだ。白い煙が洞窟内を覆い、視界を奪う。続いて、発火を強化して瘴気を焼き払う。
発火(遠隔焼き払い用)
•威力:10 → 14(+4)
•範囲:6m → 8m(+2m)
•消費MP:12 → 14(+2)
•詠唱時間:1.2秒 → 1秒(−0.2秒)
「発火!」
火球が煙幕を切り裂き、瘴気の塊を焼き尽くした。黒い瘴気が赤く炙られ、巨大呪毒喰いの胸から立ち昇る瘴気が明らかに減少した。敵は呻き声をあげ、瘴気を再構築しようとするが、その動きは鈍く、バランスを崩してよろめいた。
「ここまで詰めれば…」
リオは視界の合間を縫うようにして、およそ5mほど前進し、敵の左後ろ──魔力感知で示されたコアへと接近した。
4. 最終攻撃
リオは壁にもたれかかり、深く息を吸い込む。全身が瘴気に焼かれ、手足は疲労で震えている。MPも残りわずか。ここで一撃を放たねば、エリシアの命ももたない。
「…これで…終わらせる」
リオは両膝を床につき、掌に念動の渦をゆっくりと巻き上げ始める。瘴気がその周囲を巻き込み、洞窟内は静寂に包まれた。
念動(最終決戦)
•威力:12 → 40(+28)
•範囲:3m → 0.5m(−2.5m)
•消費MP:10 → 25(+15)
•詠唱時間:1秒 → 3秒(+2秒)
•代償:消費MP25でMPが枯渇し、以降30分間は魔法やスキルが一切使えず、肉体疲労で動作が大幅に鈍る。
「――念動!」
約3秒の詠唱を乗り切り、掌の渦が爆発的に解き放たれた。瘴気の層を強引に引き裂き、0.5m先のコアをめがけて直撃した。
――ゴォオオオォンッ!
洞窟全体を震わせる轟音と熱波が走り、瘴気は勢いよく引き、次第に静まっていった。巨大呪毒喰いは胸を抑えたまま崩れ落ち、その体は床に横たわったまま動かない。
リオはその場に膝をつき、肺の痛みで荒い呼吸を続けた。体中のMPは完全にゼロとなり、30分は動けない。視界の隅で、エリシアがゆっくりと目を開くのが見えた。
■ 意識を取り戻したエリシアへの謝罪と感謝
意識を取り戻したエリシアは、視界のぼやけた中で天井と床を行き来する景色に戸惑いながら、弱々しく声を絞り出す。
「ここは…? 何が…起きたの?」
彼女はしばらく周囲を見渡し、やっとリオと巨大呪毒喰いの亡骸を認識する。
「リオ…」
薄れゆく意識の中で、リオが壁にもたれながら膝をついているのを見て、エリシアはえずくように息を吐きながら手を伸ばす。
リオはエリシアのそばへ駆け寄り、彼女の肩をそっと支えた。
「エリシア、大丈夫か?」
声には安堵と疲労が混ざっている。
エリシアはゆっくりと頷きながら、やっと「ありがとう…」と小さく囁いた。
「リオ…あたし…動けなくて…」
リオは目を細め、静かに答えた。
「気にするな。お前がいなかったら俺はここまで来れていない。お互い様だ。」
エリシアは涙をこらえて俯いた。
「次は…ちゃんと…力になる…」
リオは弱々しく笑みを浮かべた。
「十分だ。今は無理せず休め。30分後にはMPを回復する。そしたら、一緒に先を進もう」
エリシアはゆっくり頷いた。
「……うん」
洞窟内は静寂に包まれ、遠ざかる紫色の魔導結晶がかすかに揺らめきながら、二人を見守っているかのようだった。