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【第4話】巣の先触れ


呪毒喰いの巣を示す紫色の大きな魔導結晶が、洞窟の奥深くで淡く光を放っている。

その光を頼りに、リオとエリシアは再び足を止めた。



■ 魔導結晶の正体


リオがそっとランタンの明かりを当てると、魔導結晶は薄紅色を帯びて脈打つ。

「この結晶は瘴気を吸い込む性質を持っている。瘴気が濃いほど強く光って、同時に周囲の瘴気を浄化する力も備えているらしい」


エリシアは手のひらに載せた小さな魔力感知結晶を見比べながら頷いた。

「つまり、この結晶の周囲がもっとも瘴気濃度が高いから、呪毒喰いはわざわざここを“中継地点”にしているのね。生体反応がここに集まるように──」


リオは地面に降り注ぐ緑の瘴気をじっと見つめ、つぶやいた。

「結晶は瘴気を吸着して浄化するけど、その一部を自分の周囲に留めることで呪毒喰いを誘き寄せる。奴らは瘴気をエサにしているから、必然的に巣がここになるんだ」


エリシアはランタンの炎を手で覆い、暗がりに結晶だけが浮かび上がる様を見つめる。

「もし結晶を破壊すれば、一時的に周囲の瘴気が薄まるはず。でも同時に呪毒喰いが一斉に襲いかかってくるかもしれないわ」


リオは頷き、腰の反応式魔導釘を一度確かめた。

「まずは周囲の探索だ。呪毒喰いの通常種だけでなく、別の魔物も出てくるだろう。小型から順に潰していこう」


エリシアはつぶやくように答えた。

「わかった……でも、結晶から二、三メートル離れると、光の揺らぎで瘴気の波動がわかる。ここだけ突出して濃い」


リオは黙ってランタンをエリシアに向け、小さく指差した。

「瘴気のレベルが7相当だ。いつもの30層とは桁が違う。慎重にいくぞ」


二人は結晶から適度に距離を取り、穴だらけの岩壁に沿って周囲を見回しながら歩き始めた。


 


■ 闇蜘蛛の奇襲


リオは岩肌にそっと手を触れ、指先で瘴気の波動を確かめる。

「この先に、闇蜘蛛が潜んでいる」

小声で囁くと、エリシアはランタンを少し前へ動かして頷いた。


闇蜘蛛──小型の蜘蛛型魔物。瘴気に耐性が強く、群れで奇襲を仕掛けてくる。

薄暗い中、ランタンの照らす範囲に腰を低くした蜘蛛が二、三匹、じっと待ちかまえているのが見えた。

「思ったより数は少ないみたいだ」

リオは反応式魔導釘を取り出して岩壁に仕掛ける。

「この罠符で一瞬だけバリアを張る。視界を奪っておとりにするから、その隙に君が斥力を出してくれ」


エリシアはランタンを握りしめ、目をぎゅっと細めた。

「──わかった」

掌に魔力を込め、小さく息を吐く。


リオは静かに距離を詰めると、壁を軽く叩いて合図を送った。

──その刹那、岩の裂け目から闇蜘蛛が飛び出し、二人を襲いかかる。


「きた!」

リオは素早く画面の岩へ魔導釘を叩きつけ、透明なフィールドを展開した。

斜めに飛びかかる蜘蛛の一体が壁に弾かれ、呻き声をあげた。


エリシアは腰をさらに低くし、両手を前に突きだす。

「重圧領域!」

小さな振動とともに、彼女の周囲三メートルに強烈な斥力が生じ、闇蜘蛛二体が空中に吹き飛ばされた。

リオは念動ねんどうの気配を高める。

「念動!」

念動の奔流が宙を舞う闇蜘蛛をそのまま下へ押しつぶし、砂塵と瘴気の混ざった音が響いた。


「一体、片付いた」

リオはうなずき、再度岩肌を蹴って闇蜘蛛を探す。残る一体は慌てて逃げようとするが、魔導釘のバリアがまだ張られていた。

「今だ」

エリシアが再度斥力を放ち、最後の闇蜘蛛も宙を舞って粉砕された。


エリシアはわずかに震える声で言った。

「……闇蜘蛛、確かに厄介だったけれど、これで序盤は片付いたわね」


リオはランタンをエリシアに向け、礼を言うように微笑んだ。

「見事だった。だが本命は、もっと重い相手だ」


 


■ 呪毒喰いの通常種


二人は再び歩を進め、瘴気がより濃くなる通路を抜けた。

そこには薄暗い空間が広がり、ところどころに緑色の毒水が張っている。

リオは鼻先をひそめ、ランタンを腰の高さに下げた。

「次は、呪毒喰いの通常種だ。あれよりさらに大きい肯定の声が聞こえる」


エリシアはランタンの炎をわずかに揺らし、壁を伝う瘴気の流れを見つめる。

「足跡が見える……静かに近づいてくるわ」


暗がりに、赤黒い瘴気に巻かれた犬型魔物が一体、静かに姿を現した。

口からは黒い泡を垂らし、筋肉質の前脚で地面を引きずるように歩いている。

リオは素早く足元に罠符を設置し、息を潜めた。

「俺が念動で動きを止める。君は準備してくれ」


「……わかった」

エリシアは再び両手を前に伸ばし、魔力を集中させた。


呪毒喰いはリオの前で一度立ち止まり、鼻で空気を吸い込む。

その瞬間、リオが囁いた。

「念動!」

念動の奔流が呪毒喰いを襲うが、瘴気に満たされた厚い皮膚に跳ね返されてほとんど効かない。

呪毒喰いは怒りの咆哮を上げ、咆哮の震動が洞窟内を揺らした。


「危ない!」

リオは一歩後ろへ飛び退き、叫んだ。

「斥力、用意を!」


エリシアは叫び声と同時に掌を前に押し出し、

「重圧領域!」

と声を張り上げた。

強烈な圧力が走り、呪毒喰いは一瞬宙に浮くほどの衝撃を受けたが、瘴気の層が分厚く、再度地面へ踏みとどまる。


リオはそのすきにランタンを高く掲げ、小瓶から火を灯した掌をかざした。

「発火!」

小さな火球が呪毒喰いの側面を照らし、瘴気に包まれた身体を赤く焦がした。

しかし、呪毒喰いは一度吠えて瘴気を膨らませ、火球をその瘴気ごと包み込む。


エリシアは焦った顔でランタンを揺らしながら叫んだ。

「抑え切れない……もう一度、斥力を!」


だが斥力を重ねても、瘴気を纏った呪毒喰いは大きく揺らぐだけで動きを止めない。

巨大な瘴気の塊が渦巻き、エリシアは思わず後ずさる。


「リオ! 次はどうする?」

叫びながらエリシアは両手を胸元で震わせる。


リオは大きく息を吸い込み、ランタンを腰に下げた。

「バリアを使うぞ!」

反応式魔導釘から展開された透明な膜が呪毒喰いの向かってくる瘴気を受け止めたが、その瞬間、黒い毒瘴気の塊がバリアを突き破り、リオを吹き飛ばした。


リオは黒い瘴気にまみれ、壁に叩きつけられて呻き声を上げる。

「……まだ、倒せない……」

彼の声はかろうじて漏れるが、体中を瘴気が蝕んでいるのがわかる。


エリシアは恐怖に顔をゆがめ、ランタンを地面に落としかけた。

「リオ……!」


 


■ 突如の異常種襲来


先に出現した呪毒喰いの通常種がうめき声を上げる間もなく、洞窟の暗闇に別の影が滑り込んだ。

──想像を絶する巨大な足音とともに、一回り大きい巨躯が現れた。


エリシアは目を見開き、両手を震わせたまま叫ぶ。

「今度のは……!」


巨大な瘴気がどろりと滴る全身をもつ異常種呪毒喰いが、空気をねじ曲げるかのように迫る。

その背中は瘴気の渦を巻き、口の奥からは黒い液が糸を引いている。


エリシアは恐怖で声を詰まらせ、一瞬動きを止めた。

「……こんな、化け物が……!」


異常種呪毒喰いは巨大な爪をゆっくり振り上げ、瘴気の雲を纏って襲いかかってきた。

その爪は岩をも砕くほど硬く、ただの斥力や念動程度では歯が立たない。


リオは地面に倒れ込みながらも、何とか呻き声を絞り出した。

「──動くな!」

しかし、瘴気がリオの思考を奪い、体を激しく痺れさせていた。


エリシアは必死で魔力を呼び起こそうとしたが、恐怖で手が震え、なかなか重圧領域を放てない。

「……抑えられない……!」


異常種は一歩一歩、まるで全身の瘴気を刃に変えるかのように歩を進め、エリシアの目の前に迫る。

その瞬間──


古びた岩が大きく崩れ、天井から滝のように瘴気を含んだ緑色の液体が空間を覆った。

叫び声のような水の音が響き、暗闇と瘴気がまるで生きているかのように渦を巻く。


エリシアは目を閉じ、思わず俯いた。

「……もう……無理……」


しかしその時、遠くでかすかな“カラカラ”という金属音が鳴り響いた。

薄れゆく意識の中で、リオが最後の力を振り絞ってランタンを掴み直したのが見えた。


二人は暗闇の中、静かに沈み込んでいった。

天井から滴る瘴気は、両者の全ての動きを包み込むように渦を巻いていた。

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