【第1話】誰も組みたがらない女
ダンジョン都市──
それは、世界最大のダンジョンゲート群を抱える冒険者都市だった。
朝のギルド本部は、冒険者たちのざわめきと、報酬を計算する魔導端末の音で満ちていた。
リオは、いつも通りその喧騒の中をすり抜けるようにして、依頼掲示板の前に立つ。
「……相変わらず、まともな依頼は上に行かないとないか」
掲示板の下段には、F〜Dランク向けの依頼が並んでいる。
モンスターの駆除や素材採取、輸送の護衛など、どれも“命の危険はあるけれど、割に合わない”仕事ばかり。
リオはDランク。三つのスキル持ちとしてはかなり頑張っているほうだった。
だが、それはあくまで「三つ持ちの中では」という枕詞付きの話だ。
「またひとりか、リオ。よくやるよな。三つ持ちで五年目って、逆にすげぇよ」
カウンター越しに声をかけてきたのは、受付嬢のシェリルだった。
彼女はこのギルドに長く勤めていて、無口なリオに対してもよく話しかけてくる数少ない人間のひとりだ。
「生きてりゃどうにかなるって、どっかの先輩が言ってたからな」
「その割に、最近は稼ぎ少ないじゃない? 月末の審査、大丈夫?」
リオは肩をすくめた。苦笑いすら浮かばない。
ギルドでは、一定期間内に依頼をこなせない冒険者はランクを降格される。
リオは今、微妙なライン上に立っていた。
「……あ、そうそう。今日、Cランクの推薦依頼がひとつ出てるよ。条件付きだけど」
「条件付き?」
「《ペア限定》なの。Cランク以上とDランク以下の混合パーティで組むこと。理由は──」
ギルド内のざわめきが、すっと静まった。
明らかに“ある人物”の存在を意識した緊張が走る。
「──あれよ。重力女」
カツ、カツ、と硬質なブーツ音が床を打つ。
黒の戦闘装束を纏い、銀の髪を揺らしながら歩いてきたのは、ひとりの少女。
その名は、エリシア・ヴェルト。
“重力場”というユニークスキルを持つCランク冒険者。
「また来たよ……」
「よせって。目合わせたら吹き飛ばされるぞ」
「今まで組んだやつ、何人怪我してんだか……」
ひそひそ声が飛び交う。
──彼女の力は、強すぎた。
そのユニークスキルは、重力場の発生と操作。
だが、当の本人がそれを“制御できない”という致命的な欠陥を抱えていた。
これまでに10回以上の依頼に出て、全て失敗。
味方を巻き込んだ暴走の記録はギルドでも問題視され、誰も彼女と組もうとはしなくなっていた。
「依頼、受けに来た」
無表情のまま、彼女はカウンターに依頼票を差し出す。
その声には威圧も感情もない。ただ、淡々と日常をこなすように。
受付嬢は小さく息を飲みながらも手続きを進め、最後に言った。
「──あと、ペアが決まらないと出発できないから。できるだけ早く見つけて」
「……わかった」
エリシアはうなずき、無言のまま掲示板の前を通り過ぎていった。
だが、その場にいた誰もが彼女を避けるように距離を取る。
リオも、その中にいた。
ただ、彼は噂話に混ざることも、睨むこともせず、ただ一歩後ろに下がっただけだった。
「……重力か」
ぽつりと、呟いた。
派手すぎる力。強すぎる力。
そして、扱えない力。
それは、自分とは真逆だ。
リオのスキルは地味だ。目立たない。
ただし──使い方次第で、どうにか“戦える”くらいにはなる。
それが五年間の経験で得た、唯一の武器だった。
「……よし」
リオは依頼掲示板の一枚を抜き取る。
条件に目を通し、Cランク混合ペア限定、と書かれた紙を握った。
「やるしかないな。今月、もう時間がない」
その足で、彼はエリシアの背を追う。
誰も近づこうとしない少女。
そして、誰も期待しないスキル三つ持ちの男。
ふたりの出会いが、
世界の命運を変えるなど、この時は誰も知らない。
──だが確かに、物語は動き出した。