【第0話】“階層ゼロ”のある世界
その世界には、《ダンジョンゲート》と呼ばれる扉が存在する。
神の加護もなく、誰が開いたのかもわからない。
ただ、ある日突然、世界中に“現れた”。
剣と魔法が支配するこの地において、
それは災いであり、富であり、命を試す試練だった。
《ダンジョンゲート》の先には、数千にも及ぶ《階層》が広がっている。
まず、どのゲートも最大で30層までの“単独領域”に繋がっており、
この段階で既に命を落とす者も少なくない。
そして、ダンジョンは地下で繋がっている。
10のゲートが束ねられた40~60層、
100のゲートが融合した70〜80層、
1000のゲートが接続される90層へと、深く、広く、構造を変えていく。
それらを越えた先──
全てのゲートがひとつに集束する“終端”が存在する。
伝説の最深層。
どのゲートからも辿り着くことができるというその場所は、
《階層ゼロ》と呼ばれていた。
階層ゼロに到達した者は、三人しかいない。
一人は、尽きることなき寿命を手にし、魔塔に籠った賢者。
一人は、命を失った者を蘇らせ、生涯をその人と共に生きた。
そして、最後の一人が何を願ったのかは、今も語られていない。
いずれにせよ、それは人智の及ばぬ領域──
誰もが夢見るが、誰も届かぬ“神話”だった。
ダンジョンに潜る者を、《冒険者》と呼ぶ。
彼らにはランクが与えられており、それは実力だけでなく、
“どの階層まで潜ることが許されるか”を示す境界でもある。
10層までしか踏破できない者はFランク。
20層でE、30層でD。
そこから50層でC、70層でB、90層でAと上がっていき、
90層を越えた者だけが“Sランク”と認定される。
そして、階層ゼロに挑む資格を得るのは──Sランクの者だけ。
この世界では、人間は生まれながらにして“スキル”と呼ばれる力を持っている。
その数は、最大で三つ。
だが、その多さは決して誇れるものではない。
一つしか持たない者は、その分だけスキルの出力や成長性に優れており、
力を磨けば“派生スキル”へと進化する可能性も高い。
一方で、二つ持つ者は全人口の大多数を占め、器用貧乏ながらも社会に溶け込んで生きている。
そして、三つ持つ者──
それは“スキルの落ちこぼれ”と見なされていた。
三つのスキルは互いに干渉せず、出力も低く、派生の兆しすら見えない。
スキルで戦うには中途半端すぎる。
誰もがそう言い、彼らを冒険者として見下した。
だが、それでも“潜る者”はいる。
己の力が弱くとも、知恵や工夫を積み重ね、
誰にも気づかれぬまま、少しずつ深くへと踏み込んでいく者がいる。
――これは、そんな“最底辺のスキル持ち”と、
誰よりも強く、誰よりも孤独な少女が出会い、
世界の最深層《階層ゼロ》を目指す物語。
誰も知らない、まだ始まってもいない“冒険譚”の、
その“はじまりの扉”が、今ゆっくりと開こうとしていた。