七転八倒か七転八起か
[前回の話]
コンプライアンスで転んだ
[今回の話]
転んでもただでは起きないでありたい
今年一年を振り返ってみて。
漢字一文字で表すならば『転』もしくは『変』、そして影響を受けた言葉は『コンプライアンス』となるようです。
年始めには『コンプライアンス』を意識し配慮をした結果、長期に亘り連載を続けてきた代表作を無期限休載の実質的未完打ち切りとすることに。『転』けました。
その分余裕ができたため、別の連載作品に取り組むことに。
ほぼ月一での更新となっていたハイ(?)ファンタジー作品に取り組みGW過ぎで一応の完結。
次は当時流行りだった地方を舞台とした現実世界作品でラブコメを書き上げ……るつもりだったのですが、何を血迷ったのか実在の地域の名前を出していることに不安を感じて削除しました。別に実在の個人や団体に触れているわけではなかったのに、もったいないことをしたと今は後悔。結構気に入っていた作品でしたので……。これもやはり『コンプライアンス』への意識で『転』んだといえるでしょう。
ともあれ、連載作品のなくなったことで他の人の作品を読む機会も増えました。また情報収集のため質問板を見たりすることも。
そしてそこにコメントを送り始めたことで他の投稿者との交流が始まるという『転』機が。何事も悪いことばかりというわけではないようです。
質問板の利用は私に新しい作品の連載を齎しました。
実はこの『魁! 戯言塾』はそこでの私の質問と問題提起へと貰った回答が示したものでした。そういうのはエッセイでやれと言われたもので。(苦笑)
とはいえ、いきなりそれをやるのも当て付けっぽいため、最初は別のテーマで。あそこではいろいろな人が相談にきていて、中には劣等感故に卑屈になっている人もいたり。そんなわけで初回及び二回目はそれを扱ってみました。まあ、それで彼が読んでくれているかどうかはともかくとして、私自身を振り返るきっかけとなってくれましたしね。但し私のそれは一般的なそれとずれていたりはするのですが。(苦笑)
それが終わって漸く本題。そこで触れたのが最近の作品に対する『コンプライアンス』だというのですから、今の私の表現と比較してみるとあまりに皮肉ではあるのですが。
とはいえ、やはりねぇ。異世界ファンタジーという明確なフィクションならば非倫理的行為もそういうものと肯定称賛されるというエンターテイメントはどうしても疑問です。そのくせ風刺は現実世界のものだからと否定される不条理。なぜ……?
問題提起が終われば、答は出ずとも一応は気分もすっきり。交流のある人たちの作品を楽しみつつ、自身の感じた日常を語るスタイルという奔放な作品を目指すことに。
ただ、感想というのは難しく、特に私のようなに思ったことを素直に書いてしまう人間としては相手との軋轢も生じるもので……。
今年私が距離をとることとなってしまった人が三人ばかり。ここでもまた『コンプライアンス』が立ちはだかりました。はだかるって『開かる』と書くのになぜ行く先を塞ぐのやら。
一人はまあ、私が纏わり付き過ぎたのが原因。高嶺の花は遠くから愛でるべし。そんな現実を思い知りました。彼女はストーカー的恐怖を感じていたのかも知れません。(泣)
もう一人はごく最近。元々価値観の乖離が激しく逆方向であったため当然の帰結。理解をしようにも理解しきれず、理解を求めど理解されず、お互いにそんなストレスを感じていた故でしょう。私としてはそんなやり取りの中何かを発見できればと思っていたのですが、完璧主義の自信家が相手では相手が悪かったとしかいいようがないか。絶対に対する多様性は存在自体が冒涜ですしね。(泣)
そして最後の一人、彼についてもまた複雑。その能力は優れているものの、それ故に他者の無能が滑稽に映る冷笑主義者。先ほどの人と類似してはいるものの、導く者と嘲笑う者としての在り方が違う。片や金、片や火のような人間であり、水の如く在ろうとする私とはやはり相性はよくなぜったようで。
まあ、人の多様性に対し寛容であろうという人間が彼らを批判するという矛盾自体が問題だったのではありますが。彼らもまた表現により世論に問いかける者たちであり、その形が違っただけでしょうから。表現の自由という『コンプライアンス』でここでも『転』んだといえます。
『転』覆ともいえることばかりかというと、災い転じて福となすという一面もあるわけで、少なくとも先ほどの彼の存在は私に新たな出逢いを与えてくれました。
彼の挑戦(?)に応えようと無理を押し、とある個人企画に参戦。結果は散々なものでしたけど、お陰で主催者さんとの縁ができたわけで、そういう面では彼には感謝。引き籠りだった私が今のような交流の輪を持てるに至ったのは偏に彼と彼女のお陰といってよいでしょう。
……もしかすると彼の掌の上で踊らされていた?
ともあれ、今年は良くも悪くも『コンプライアンス』に翻弄され、さまざまな『転』機を迎えたわけで、なんとも複雑な年となりました。果たして来年はどんな年となるのやら。
何にしても全ては私と関わってくれた人たちのお陰。感謝です。




