異世界転生したけど取り調べを受けるようです
ギルドで捕まり荷馬車でどこかに連行されていく面々。取り調べを受ける羽目に
幌馬車の中、重苦しい空気の中、馬に引かれて一定の速度で進んでいく。
「これ、どこに行くんですか?」
俺は恐る恐る隣の中年のギルド職員に尋ねた。
「・・・多分、治安維持部隊の施設」
ふてぶてしく答えた。先ほどまで震えあがっていたくせに、開き直ったのだろうか。
「あんた、全然冒険者っぽくないね。どうせ『冒険者用ギルドサービス』目的だろう?」
『冒険者用ギルドサービス』?この世界にも保険や公的年金制度のようなものがあるのだろうか?
だとしたら形だけでも冒険者ということにしておけば得することがあるのか?
「いや並ぶ列を間違えたんです、本当はスイーツのお土産を買いたかった」
中年の職員は一瞬だけ目を見開いたが、それからすぐ腕を組み目を閉じた。
俺に興味を無くしたのだろう。俺も彼と同じようにして目を閉じた。
荷馬車に乗せられてどのくらい時間が経っただろうか。
日が沈みかけて、辺りは暗くなり始めていた。
スマホを取り出すと明かりが照らした。
午後6時を表示していた。
「それは貴族の特注品?携帯できる松明とか?」
戦士の男はスマホを興味深そうに眺めている。
しまったと思ったがもう遅かった。ほぼ全員が俺に注目している。
「あなた、どこから来たの?珍しい服よね」
俺の服装が気になったのか声を掛けられた。
上はブレザー、下はジャージを履いている。靴はローファーだ。いずれも学校指定のものである。
「お前どこの貴族様だ?そんな形のエンブレム、初めて見たな」
獣人が人の言葉を話したのは驚いたが、俺はひたすら平静を装っていた。
エンブレムとはおそらくブレザーに付いた学章のことを言っているのだと思ったが俺は黙っていた。
「ちょっとその服触ってもいい?私、こんなのみたことない」
金髪の女性が話したのを兵士が注意した。
女性は手を引っ込めて俯き、静かに舌打ちをした。
このことがきっかけで、なんとなく俺への注目が散開したような感じがして少しホッとした。
荷馬車は治安維持部隊関係の施設と思わしき場所についた。
全員降りると兵士が書類を持って駆け寄ってきた。
人数を確認すると門扉を開き、誘導した。
一列に並んで進んでいく。
「その服、どこかで見たような気がするんだが、あなたどこかで前に会った?」
中年の職員が小声で後ろから聞いてきた。
「いえ、初対面だと思います」
他にも何かいろいろ聞きたそうにチラチラと見てきたが、俺は無言を貫き通した。
建物に入るとそこは取調室だった。
まるでカラオケルームのように番号の付いた扉が並んでいた。
俺は8番の部屋に入るよう命じられた。
中は4畳ほどの広さで、机が一つに椅子が二つというミニマリストの極みといった感じの部屋だった。
粗末な木製の椅子に座らされ、両手には魔力封じの手枷。
灰色の石壁に囲まれた取調室には、窓ひとつない。
唯一の明かりは天井のランプだけで、それすらも薄暗い。
椅子に座っていると、荷馬車の旅の疲れが出たのか頭がボーッとした。
あの臭さと窮屈さから解放されたのだ。
心地よい疲労感と眠気が来た。どのくらい舟をこいでいただろうか、数時間にも数日間にも思えた。
睡魔を打ち破る音がした。
重い鉄の扉が鈍い音を立てて開いた。
「あんた、その服なんなの?ダサいけど動きやすそうじゃん」
鋭い視線がこちらを射抜く。声の主は、黒い軍服をまとった長身の女性。長い銀髪を一つに結び、冷たい青の瞳をこちらに向けている。
「異世界転生者か……随分と乱暴な真似をしてくれたな」
「は!?何人のせいにしようとしてんの?あの騒ぎは俺のせいじゃねーし!」
俺は乾いた喉を鳴らしながら、無表情を保った。精一杯舐められまいと気を張った。
「いずれ解ることだ」
「それで? 俺は何の容疑で捕まったんだ?」
女性取締官は書類と俺の顔を交互に見比べている。
書類には何が書いてあるのか気になったが黙っていた。
向こうが何を言い出すのかまるで見当もつかない。
ここは異世界だ。何が起こっても不思議ではない。慎重にならざるを得ない。
じっと見つめてくる。豹のような目だ。何年も修羅場をくぐってきた凄みと威圧感があった。
そして気のせいかもしれないが、ほんのわずかに怯えの色が窺えた。
「第一級犯罪。王国に対する謀反。公認冒険者ギルドの破壊」
女性取締官は俺をじっと見つめた。
「言い訳は?」
俺は肩をすくめ、皮肉げに笑った。
「言い訳? そもそも俺は冒険者ギルドにすら登録できなかったんだ。ギルドの破壊なんて、どうやったのか俺のほうが知りたいね」
すると、不意に クックッ と笑う声が響いた。
「ハハ、皮肉を言う余裕はまだあるみたいだな」
男の声。ギルドにいた騎士だ。横の椅子に座る、もう一人の取調官。短く刈った黒髪に、鋭い目つき。こちらを見下ろすようにしているが、その表情には "何かを知っている者" の余裕があった。
「あんたらは俺が異世界転生者だとわかるのか?」
「ああ、わかるとも。だがな……お前は厄介すぎる」
そう言って、男は一枚の紙をテーブルに放った。そこには、見慣れた文字が書かれていた。
「異世界転生者の管理規定 第十三条。"秩序を乱す者は、例外なく処分する"」
女性取調官が言葉を継ぐ。
「……君は、処刑対象だ」
取調室の空気が、一気に張り詰める。
俺は静かに息を吐きながら、目の前の二人を見た。
このまま大人しく処刑されるつもりはない。敵が異世界転生者に悪意を抱えているとなると……
さて、どう動くか
「身体検査をしろ」
騎士が女性取締官に命じた。
俺は枷がついたまま立たされると、ポケットの中を調べられた。
所持品はすべて机の上に並べられていく。
「これは何だ?」
女性取調官は机の上に一万円札を二枚置いた。
俺の心の友、ユキチちゃんと親友のエイイチ君だ。
間違いなくこれは俺が持っていたものだ。
折り曲げて顔の表情を変えて遊んだ折り目がしっかりついていた。
「尻を拭く紙かね?」
「え?」
女性取調官は場を和ませようとしているのか、それとも何か試しているのか、俺にはわからない。
「大便みたいな色をしている」
何ということを言うのだと俺は少しだけ怒った。
この紙のためにどれだけの人間が、どれほど苦労しているというのか、この女性取調官に伝えるすべがあるだろうかと唸った。
女性取調官は、ふむ、というと立ち上がり部屋から出ていった。
代わりに取調室に少年が入ってきた。
「なあ、光るやつを見せてくれんか?」
先ほどの女性取調官とは打って変わって、ずいぶんフランクな印象を受けさせる少年取調官だ。
見た目はまだ10代のように見える。光るやつとはスマホのことだろう。
おそらく他の人から取調で聞き出したのだろう。
俺はあごで机の上に置いてあったスマホを指し示した。
「おい、これ売ったらいくらになる?」
俺は何か少年取調官の目の奥に何かいやらしいものを感じた。
こいつ、取調の最中に金品を巻き上げてから開放するというのを手馴れてる。
その様子を見ていた騎士が口を挟んだ。後ろには先ほど女性取調官が直立不動で立っている。
「おい、もう終わったから返してやれ、それはその男のもんだ」
少年取調官はいいじゃないかと不満そうな声を上げた。
「偉そうに」
俺は少年取調官の左袖の裏に、血がついているのに気が付いた。
そして金の鎖が左後ろポケットからはみ出しているのが見えた。
あれは中年の職員の首にかけてあったものではないか?
「こんなやつ、どう扱ったってどこからも文句は出ん!」
机を叩いた。衝撃で書類が広げられた。何も書いていない、白紙だ。
「なあお前!どうせ親の顔も知らんのだろ?」
少年は興奮した猿みたいに見えた。
はぁ?どうしてそうなる?俺の両親は地元では名士として知られる傑物だぞ。
何か言い返してやろうかとした時、騎士が先に口を開いた。
「もういい、邪魔だ。失せろ」
ギラリと睨みつけると、少年取調官はスマホを乱暴に置いた。
騎士はスッと人差し指を少年取調官の眉間に打ち込んだ。
痙攣を起こすと頭は粉みじんに吹き飛んだ。
後には軍服の制服と帽子、金時計が残った。
俺はあっけにとられていた。
目の前で人が爆発したというのに現実感が全然湧いてこない。
「その制服に着替えてくれ、エイト」
騎士の男はあごで床に落ちた服を差した。
「は?エイト?」
「お前のことだろうエイト」
女性取締官に促された。
しぶしぶ、服を脱ぎ、少年取調官が着ていた服を拾い上げた。
「なんか、生温い」
文句を言ったら一瞬、女性取締官の目が光ったような気がしたのでいそいそと着替えを済ませた。
騎士がサイズは合っているかと聞いたが大丈夫だと答えた。
「では私がお前の身元引受人になる、私の名はジェリドだ」
騎士はそう名乗った。
「そして彼女はお前の世話係、シルビィだ」
女性取締官は手を差し出した。
俺は握手をするのかと思い手を差し出したが違った。
二枚の一万円札を手渡された。
シルビィは目を見開いて言った。
「こんな精巧な紙幣、お目にかかったことねぇわ」
矛盾が起きないか冷や冷やしながら書いてます