「広告×ボタン押し 一位」
いつもの学校、いつもの教室、いつものクラスの皆……の様に見えるが、今日は違う。俺は忘れていた。
なんと、今日が、世界中で、一年に一度開催される「ナントカランキング」の表示日だということをだ。
例えば、世界で一番足が速い人には、首輪の様に、「足の速さ 一位」と表示され、世界で一番背が高い人には「背の高さ 一位」と表示される。
他の人のランキングがわかるのはおもしろい。首に巻き付く文字が邪魔なのは嫌なのだが。何より、俺が少し注目されるのが嬉しい。
なぜなら俺は……「広告×ボタン押し 一位」だからだ。
さて、それを見られた俺は、あっという間にクラスメイトに囲まれた。
「すごーい! 一位とか初めて見たよ!」
「広告×ボタン押しって……でもなんかすげえ!」
「ちょっと押してみてくれよ! これ中々押せなくて……」
広告×ボタン押し、なんだか微妙なジャンルで俺は一位を取っている。けれど、一位だというだけで人気者になれるなら悪くないのだ。
調子に乗った俺は、次々と差し出される、クラスメイトのスマホに表示された広告を消していった。
遅れて表示されるもの、左右が違うもの……。さらには、ブリッジしながら押してやった。
約三十個の広告を消して、得意げに顔をあげた俺は、すでに飽きられていることに気づいた。
そう、俺は、教室の入り口でブリッジをしながら、スマホの広告と睨めっこしている頭のおかしい奴になってしまっていたのだ。
俺は、顔に熱が集まるのを感じながら、すごすごと席に着いた。
実は去年のクラスでもこうなった。親友にはその動画を人質に取られている。それを種に何か言われた事もないのだけれど。
俺は親友に「今年もやらかした」とメールをしてから、適当なサイトを開いた。
俺の恥ずかしさを紛らわすためにもっと悲惨なエピソードを知りたかった。そうしていると、だんだん惨めになってきた。
ちょうど広告が出てきたので、惨めさをぶつける様に、×ボタンに指を叩きつけた。灰色で、表示される前の広告だった。
「俺の実力を思い知れ……」
ボソリと呟いた直後だった。広告のサイトに飛ばされた。なんと、偽物の×ボタンだったのだ。
俺はさらなる敗北感を味わい、魂が抜けた様にスマホの電源を切った。
目をつむると、何やらざわついてきた。どうやら俺のことを言っている様だ。
「ねえ、なんか、あいつランキング消えてね?」
「一位の人は消えるとか……あったっけ」
「おかしいよね、バグったのかなあ」
俺は飛び起き、慌ててトイレに向かった。そこで見たものは……ランキングが消えた俺だった。
「なっ、なんだよこれええ!」
思わず情けない叫び声が口から流れ出す。今までおかしなことは無かった。なんなら、俺は広告の×ボタンを押し始めた時から一位だった。
こんなのでも自慢ポイントだったのに、最悪だ。もう一度押したら治るかな……なんて思った。だからスマホの電源を入れた。
きっとその時、俺は学校から姿を消したのだろう。
今、俺の目の前には……大量のキノコと×ボタンが広がっている。
「どこだよここぉお!」
今すぐ倒れたい気分だったが、大量の白いキノコと×ボタンの上に寝っ転がるのはごめんだ。
×ボタンを触ってみたら、かなり硬かった。その一方でペラペラなのものもあった。とにかく、進むのすら困難な量のキノコと×ボタンなのだ。
「いやだなあ……それにしても、朝飯を食べ損ねてるのに弁当すら無いのは酷すぎる」
しゃがみ込み、なんとなくキノコに手を伸ばした時だった。
「食べるなああああ!」
遥か後ろの方から、甲高い叫び声が聞こえてきた。俺は驚き後ろを振り向いた。
叫び声の正体は、キノコと×ボタンの上を飛び、俺に突進してきた。
「だめだめだめ! 食べちゃだめだよー! 死なないでー!」
俺を持ち上げるそいつには、真っ白い大きな羽が生えていて、頭の上には、光そのものでできた輪っかがあった。どこまでも深い黒の目からは、濁った涙がこぼれ落ちた。俺の顔に触れる手はカサついている。
とにかく、首あたりを持たれていたので、今にも息が詰まりそうだ。俺は手振りでそれを伝えた。
どさりと落とされた。俺は咳き込み、やっと聞きたかった事を吐き出した。
「なあ、君は誰なんだよ。そしてここはどこだよ。なんでここにきたんだよ! どうやったら帰れるんだよーっ!」
羽の生えたそいつは、オロオロしながら答えた。
「私は死の天使……タケルだよ。そしてここは、君専用の一位……まあ、元一位だけど、君のための世界だよ」
どうやら俺は、俺のための一位の世界に飛ばされたというわけだ。それは良いのか悪いのか。目を白黒させる俺に、タケルと名乗った天使は続けた。
「君はね、帰れないよ。なぜなら、一位と定められたのに、その役割を放棄してしまったからだよ」
帰れない。その言葉が深く突き刺さり、混乱が襲った。
「役割……⁉︎ たまたま一位になっただけなのに役割とか……それに、放棄ってどういうことなんだよ!」
俺は今にも泣きそうなのに、タケルはすでにポロポロ涙をこぼしながら続ける。
「君は失敗しただろう。そして与えられた称号と役割を捨てたことになったから……その……君が存在する意味はなくなったんだ」
俺は理解を拒む頭を必死に動かして、震える声で、呟いた。
「死ねって事かよ……なんで、ちょっとミスったくらいで……」
頷き、こちらに手を伸ばしてきたタケルが恐ろしく思えた。死にたくない。殺される? いやだ。
そんな気持ちはぐちゃぐちゃの怒りへと姿を変えた。そして、俺はタケルの手を弾いた。パチンと音が響いた。
「なんでそんな事で死ななくちゃならないんだよ! ふざけるのも大概にしろ! そんなんで……そんなので俺のいる意味がなくなるはずがない……!」
俺の頬には、いつの間にか生温い涙がつたっていた。
タケルの方は、罰が悪そうに目を伏せた。そして、そっと言った。
「ごめんね……できる事なら、私もなんとかしてあげたいんだ。だから、ねえ、ちょっときて」
俺は落ちていた×ボタンを手に握らされた。タケルは、俺の手を見つめて続けた。
「これ、君が今まで押してきたやつの一つ。ここにあるのは全部君が消した広告の残骸。君が押した数だけ、消えた世界があるんだよ」
俺は、そう言われると、消してきたことの重みを感じた。じっと×ボタンを見ていると、タケルに手を握られた。
「この×ボタンは、いわばパズルのピース。繋げればいい。そう、繋げれば。ねえ、生きたいならやってよ」
俺は、もうなんでも良かった。パズルでいいならやってやる。決意を込めて、言葉を吐き出した。
「俺は生きてやるぞ。意味があるって、証明するためにね」