第6話:未知の存在、魔法剣士の登場
レオン王子と私は、側近たちと共に王国の東にある小さな村へと向かっていた。魔法使いの痕跡が発見されたという報告を受け、調査に向かうためだ。マリアとしては、この瞬間が訪れることは、まるでゲームのシナリオ通りのようだった。
「ここが例の場所です」
村に着くと、案内役の騎士が示したのは古びた建物だった。村の外れにひっそりと建つ、荒れ果てた家。かつて誰かが住んでいた形跡が残るが、今では人の気配はない。
「確かに魔法の痕跡がある。魔法使いがこの場所で何かを行ったようだ」
側近の一人、エリオットが冷静に調査結果を確認する。彼は緻密に魔力を解析し、過去にこの場所で行われた魔法の内容を探ろうとしていた。私もその様子を見守りながら、ゲームの記憶を頭の中で整理する。『ミッドナイト』のストーリーでは、闇の魔法使いが王国の中枢に暗躍し、裏で計画を進めていた。それに巻き込まれていくのが王子だった。
「この痕跡は、ミッドナイトのシナリオとほとんど一致している……!」
私は心の中で確信した。これなら、ゲームの知識をうまく活用して王子を守り抜けるかもしれない。マリアとしての自分の力がここでも役立つことに安堵感が広がっていく。
ゲームの知識に基づく安心感
レオン王子が言葉を発する。
「マリア、どう思う? この痕跡をどう見る?」
「王子、これは……闇の魔法使いが使う魔力の痕跡に似ています。近くに何かの結界が張られている可能性が高いです」
「結界か……」
レオン王子は私の言葉に少し驚きながらも納得したようにうなずいた。側近たちも真剣な表情で聞いている。エリオットが続けて解析を進めている間、ルークは警戒を強め、剣を抜いて周囲の見張りを開始した。
「もし結界があるなら、どこかに隠し部屋や異空間への入り口があるはずだ」
私は自分が過去に攻略したシナリオを思い返し、思わず言葉にしていた。ゲームでは、こうした場面で隠された通路や空間を発見することが次のイベントに繋がるのが常だった。
「その可能性は高いな。引き続き調査を進めよう」
王子が指示を出し、私たちはさらに詳しく調べることにした。状況はゲームとほとんど同じ。これならうまくやっていける……そう感じた私は、少し安心感を覚えていた。
だが、その瞬間だった。
「……誰かいる」
ルークが鋭く声を上げ、剣を構えた。その方向には何も見えない……はずだったが、突然、風が吹き荒れ、目の前に一人の青年が姿を現した。
「!」
青年は、長いコートをまとい、腰には見慣れない装飾が施された剣を携えていた。だが、それだけではなかった。彼の周囲には、魔力のような気配が漂っている。彼の存在感は、他の誰とも違っていた。
「君たちがここにいるのは予想外だったな」
青年の声は落ち着いていて、どこか余裕すら感じさせる。それに対して、私は目を見開いた。
(この人……見覚えがない!?)
ゲームのどちらのバージョンにも、この人物は登場しない。攻略キャラのリストにも、脇役にも、こうしたキャラは存在しないはず。だけど、目の前に立つ彼は、ただのモブキャラではありえない存在感を放っていた。
レオン王子が前に進み出た。
「君は何者だ? この場所に何の用がある?」
青年は笑みを浮かべ、軽く肩をすくめた。
「名乗るのが礼儀だな……私は、セリウス。魔法剣士セリウスだ」
「魔法剣士……?」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で警鐘が鳴り響いた。魔法剣士――そんなキャラは、ゲームのどちらにも存在しなかったはず。
(そ、そうよ……この人は、ゲームには存在しなかったけど……)
私は思い出した。設定資料集の片隅に書かれていたキャラクターのことを。
(この人、没キャラ……!?)
魔法剣士という設定は、サンセット、ミッドナイト、どちらのバージョンでも中途半端な立ち位置になるとされ、惜しくも没にされたはずだ。ゲームに登場することなく消えたキャラ……それが今、目の前に立っているのだ。
「魔法剣士だと……?」
ルークが剣を構えたまま、セリウスに鋭い視線を向けた。しかし、彼はまったく動じることなく、笑みを浮かべ続けている。
「そうだ、そして私は君たちに用がある。特に、そこの少女……マリア、君にだ」
「私……?」
セリウスの視線が私に向けられた瞬間、背筋が凍りつくような感覚が走った。彼の瞳の奥に、何か計り知れないものが宿っている。それは他の誰とも違う、底知れない力を感じさせた。
「君がこの世界で何を成すのか、興味がある」
「どういうことですか?」
私が問いかけると、セリウスは軽く微笑んだ。
「それを知りたいのなら、私を追ってみるといいさ。今、君たちが追っている陰謀の先に、私の存在が関わっているかもしれない。だが、それを知るためには、君自身が選ばなければならないんだ」
「選ぶ……?」
何を言っているのか、私には理解できなかった。だが、確かに彼の言葉には何か重要な意味があるように思えた。
「さあ、私を追ってみるか? それともこのままゲームを続けるか? 君の選択次第だ」
セリウスはそう言い残し、軽やかに踵を返す。そして、再び風が吹き抜けた瞬間、彼の姿は霧のように消え去っていた。
残された私たちは、その場に立ち尽くしていた。誰もが言葉を失い、目の前で起こったことを理解しようとしていた。
「今のは……一体何者なんだ?」
レオン王子が呟くが、誰も答えることができなかった。私自身も、混乱したままだ。
(あの人、没キャラのはずなのに……どうして現れたの?)
ゲームの知識が役に立たない未知の存在――セリウス。その彼が何を企んでいるのか、どこへ向かおうとしているのか、まったく見当がつかない。だが、彼がこの物語の核心に関わっていることだけは間違いない。
「……追うべきかどうか、判断を下さなければならないな」
「……追います。彼の存在が、王子を救う鍵になるかもしれません」
レオン王子の言葉に、私は強く頷いた。ここから先は、これまでのゲーム知識だけでは通用しないかもしれない。それでも、この世界を救うためには、彼に立ち向かうしかなかった。