第3話:二人きりの特別な夜
王宮内の会議が終わり、日が傾き始める頃。レオン王子と私は、王城の中庭をゆっくりと歩いていた。昼間の喧騒とは打って変わって、夕暮れの王城は静かで、澄んだ風が心地よく肌を撫でていく。
「マリア、今日は色々と君に助けられてばかりだったね」
レオン王子の穏やかな声に、私は少し照れくさくなりながらも、笑顔で返事をした。
「そんなことないです。王子にお仕えできるだけで、私は十分幸せです」
そう答えた瞬間、王子はふっと笑いながら私を見つめてきた。彼の目には、どこか親しみがこもっていて、私は思わず視線をそらしてしまう。
「君は……本当に変わった子だね。普通は、僕にこれほど堂々と接してくる人はいないよ」
「そ、そうですか?」
「でも、僕はそんな君が好きだよ」
その言葉に、胸が高鳴った。これも、ゲーム内でよく見られる「特別なイベント」だ。信頼関係が深まった際に発生する、親密度の高い会話――けれど、実際にこうして彼から直接言われると、心臓が飛び出しそうになる。
「えっと……私も、王子のことが大好きです! 尊敬しています!」
そう答えたものの、どう考えても動揺が伝わったはずだ。レオン王子は私の顔を見て、さらに微笑んだ。
「ありがとう、マリア」
夕日が、彼の髪をオレンジ色に染め上げ、その優しい笑顔をさらに際立たせる。王子のその姿を見て、私は改めて強く思った。この人を、絶対に闇堕ちさせてはいけない、と。
――――――――――
王城を歩いている間、レオン王子はふと立ち止まり、険しい顔つきになった。
「……マリア、君に話しておきたいことがある。実は、最近王国の内部で奇妙な動きがあるんだ」
「奇妙な動き……ですか?」
「貴族の一部が、裏で何か企んでいるという噂が広がっている。しかも、父上の側近たちもそれに関与している可能性があるんだ」
それは、ゲーム内の「陰謀ルート」の伏線だった。エリシア王国の内部で、何人かの貴族が反乱を計画している。王子がその事実に気づいたとき、彼は自分の信頼していた者たちに裏切られ、心が闇に染まってしまうのだ。
「私は、そのような動きがあるとは夢にも思いませんでした……」
「実際にはまだ、確証がないんだ。ただ、僕は彼らの動きに注意を払わなければならない。もし、何かあったとき……君には、僕を助けてもらいたい」
レオン王子の声には、深い不安が滲んでいた。彼の背負っている重責を考えると、その苦悩が痛いほど伝わってくる。
「もちろんです。私は王子を……絶対に守ります!」
「ありがとう、マリア」
レオン王子は私に優しく微笑んだが、その笑顔の奥に、どこか悲しみが隠れているように感じた。これ以上彼を苦しませたくない、そう思いながら、私は彼の手にそっと触れた。
「大丈夫です、王子。私は、王子の味方です。何があっても、王子を裏切ったりしません」
「君は……本当に、僕にとって特別な存在だよ。こんなに信頼できる人は、そういない」
そう言って、王子は私の手をしっかりと握り返してくれた。その瞬間、胸がドキドキと高鳴る。これもゲームの選択肢で正解を選んだ際の「親密度アップイベント」そのものだ。けれど、今目の前にいるレオン王子は、単なる攻略対象ではなく、一人の人間として私に信頼を寄せてくれている。
この信頼を、絶対に裏切ってはいけない。私は、心の中で強くそう誓った。
――――――――――
その夜、王城内では王族と一部の貴族を招いた夕食会が開かれた。私もレオン王子に招待され、緊張しながら席についていた。王子の隣には、いつものようにセリアが座っている。彼女は相変わらず美しく、完璧な礼儀作法で王子に話しかけていた。
「レオン様、今日は父から新しい情報が届きましたの。王国内の情勢がさらに不安定になっているようですわ」
セリアは王子にそっと耳打ちするように話しかける。彼女の父親は、王国の有力な貴族であり、政治的な影響力も強い。そんな彼女が、レオン王子に接近するのは当然のことだろう。
「そうか……ますます、状況が厳しくなるな」
レオン王子は真剣な顔で頷き、彼女の言葉に耳を傾けていた。そんな中、私は黙って食事を取っていたが、ふと、隣の席から冷たい視線を感じた。
「……あなた、随分と王子にお近づきになっているようですね?」
視線の先には、セリアの冷たい目が私を見つめていた。
「え、ええ、私は……王子のお手伝いをしているだけで……」
「そうですか。まあ、あなたのような平民出身の者が王子のおそばにいるなんて、少々驚きましたわ」
セリアの言葉には、明らかな嫌味が含まれていた。彼女は貴族の出身であり、王子の婚約者候補として強力な立場にある。そんな彼女が、平民の私を警戒するのは無理もないのかもしれない。
「でも、私は――」
「セリア、もういい」
突然、レオン王子が割って入った。その声には、いつもの穏やかさではなく、鋭い冷たさが感じられた。
「マリアは僕の大切な仲間だ。彼女のことを悪く言うのは許さない」
セリアはその言葉に一瞬驚いたが、すぐに笑顔を作り直し、頭を下げた。
「申し訳ありません、レオン様……」
王子はそのまま私に視線を戻し、優しく微笑んだ。
「気にしないでくれ、マリア。君は僕にとってかけがえのない存在だから」
その言葉に、私は胸がいっぱいになった。レオン王子は、本当に私を信頼してくれているんだ。だけど、まだ安心するのは早い。この信頼を守るために、もっと頑張らなければならない。
夕食会の終わりを告げるベルが鳴り響く。私たちは食卓から立ち上がり、それぞれの部屋へと戻ることになったが、レオン王子は私にそっと囁いた。
「今夜、もう少し話をしよう。大事な話がある」
その言葉に、私は頷いた。王子が私に何を話そうとしているのか――それが、運命を変えるきっかけになるかもしれない。