第2話:王子の信頼を得るために
レオン王子の優しい声に、私は胸の奥が温かくなった。まさか、本当に彼と話せる日が来るなんて――。
「君のお願いなら、なんでも聞くよ、マリア。僕が力になれることなら、遠慮せずに言ってくれ」
彼の手が、私の頭にそっと触れる。これはゲーム内のイベントと同じ流れだ。けれど、今ここにいる私は単なるプレイヤーじゃない。レオン王子を救うために、彼のそばで全力で動かなければならないんだ。
「レオン王子……ありがとう! 王子のそばで、私も力になりたいんです。王国を守るために、そして……」
そこまで言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。「そして、あなたを闇堕ちさせたくない」とは、さすがに言えない。そんなことを告げたら、王子はきっと不審がるだろう。でも、私は知っている。レオン王子はこのままでは陰謀と裏切りの波に飲み込まれ、やがて闇に堕ちてしまう運命だ。だから、その未来を変えなければならない。
「……そして、みんなのために!」
私はにっこりと笑いながら言葉を続けた。レオン王子はその笑顔に少し驚いたようだったが、すぐに優しい微笑みを返してくれた。
「君ならきっと、みんなの力になってくれるだろうね。僕も君を信じているよ、マリア」
――信じている。
その言葉が、心に強く響いた。レオン王子が私を信じてくれるのなら、私はもっと頑張らなきゃいけない。この世界で、彼と出会えたことが何よりも嬉しいけれど、それ以上に彼を幸せに導きたいと強く思った。
「では、今日は父の元へ行くところだが……一緒に来るかい? 君にも王国の現状を知ってほしい」
「もちろんです!」
私はすぐに返事をして、彼の隣に立つ。これもきっとゲーム内のイベントの一つ。けれど、ゲームとは違う何かが起こるかもしれない。私が知っている情報を活用しながら、どうやって彼の未来を変えられるか、考えなくちゃ。
――――――――――
レオン王子とともに王城の廊下を歩くと、すれ違う人々が一斉に敬礼する。その姿を見て、レオン王子が本当に信頼されていることがよくわかる。彼はエリシア王国の第一王子であり、民からも部下からも絶大な支持を受けているのだ。
「王子、皆さんからとても信頼されていますね」
私が思わずそう言うと、レオン王子は少し照れたように肩をすくめた。
「信頼というより、僕の父――国王陛下の威光だよ。僕はまだ至らないところが多いからね。皆に迷惑をかけてばかりさ」
「そんなことありません! 王子は……とても立派です。私も王子を信じています」
そう言った瞬間、レオン王子の表情が少し変わった。彼の目がまっすぐに私を見つめ、その視線に一瞬、息が止まりそうになる。
「君がそう言ってくれると、少し自信が湧くよ。ありがとう、マリア」
その瞬間、私たちの間にふっと暖かい空気が流れた。こんな風に彼と話しているだけで、彼の運命を変えられそうな気がしてくる。でも、安心するのはまだ早い。私は彼の未来を知っているからこそ、ここから先がどれだけ危険かもわかっている。
王城内の廊下を進むと、突然、向こうから華やかなドレス姿の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。彼女の美しい顔立ち、整った姿勢、そして冷たい視線。私はすぐに彼女が誰なのかを悟った。
「お久しぶりです、レオン様」
優雅な仕草で頭を下げたその少女は、ゲームでも登場する王子の婚約候補、セリア・フォン・アルトン。貴族の家柄に恵まれ、王族との縁を強く持つエリートだ。彼女は、レオン王子に深い思いを寄せているキャラとして描かれていた。
「セリア、久しぶりだね。どうしてここに?」
レオン王子は微笑みながら彼女に声をかけたが、セリアは私に一瞥をくれた後、少し冷たい笑顔を浮かべた。
「そちらの方は……どなたですか?」
「ああ、彼女はマリアだ。父上の側近として、この国のために働いてくれているんだ」
レオン王子の説明に、私は軽く頭を下げた。
「初めまして、マリアと申します。よろしくお願いします」
だが、セリアの視線は厳しく、私を値踏みするように見つめていた。
「そうですか……ご立派ですね。王子のおそばで働くなんて、光栄なことですわ」
その言葉にはどこか棘が含まれている。乙女ゲームをやり込んでいた私にはわかる。セリアは私をライバル視しているのだ。ゲームでも彼女は、他のヒロイン候補に対して強い競争心を抱き、王子を手に入れようとする存在だった。
「ええ、王子の力になれるよう、精一杯頑張ります」
私は笑顔で答えたが、セリアの冷たい視線は変わらなかった。彼女は一瞬、私を鋭く見つめた後、再びレオン王子に向き直った。
「では、レオン様、また後ほどお会いできることを楽しみにしております」
セリアはそう言って、軽くお辞儀をした後、優雅にその場を去っていった。その背中を見送りながら、私は思わず深いため息をついてしまった。
「……セリアは少し強気なところがあるけれど、悪い人じゃないよ」
私の様子に気づいたのか、レオン王子が苦笑しながらそう言ってくれた。だが、私は知っている。セリアが王子に抱く強い思いと、彼女が持つ野心を。
「はい、わかっています。王子のおそばで頑張るために、私も負けません」
「ははは、君がそんなに頑張らなくても大丈夫だよ。僕は君を信頼しているから」
レオン王子はそう言って、私に微笑んだ。だけど、その言葉を聞いて、私はさらに強く決意した。
(私は、誰にも負けない。王子を守るために、全力を尽くすんだ!)
――――――――――
その後、レオン王子とともに王宮内の会議室に入った。ここでは国王陛下のもとで、エリシア王国の未来について重要な会議が行われる予定だったが、王子はその前に少し時間があることを告げ、私と二人きりになった。
「マリア……君には話しておきたいことがある」
急にレオン王子が真剣な表情になったので、私は少し驚いた。
「何でしょうか?」
「実は、最近父上の周囲で、奇妙な動きがある。王国内で一部の貴族たちが、何か裏で動いているという噂が絶えないんだ。僕はそのことが心配で……」
それは、ゲーム内でも描かれていた「闇堕ちフラグ」に繋がる要素だった。貴族たちの裏切りによって、レオン王子は失望し、やがて闇の力に取り込まれてしまうのだ。
「王子……」
「君にはまだ言えないことも多いが、僕は……」
王子が言いかけたその言葉に、私は彼の未来を思い浮かべてしまった。彼が闇に堕ちてしまうなんて、そんなことは絶対にさせない。
「大丈夫です、王子。私は、王子を信じています。そして、何があってもお守りします!」
その言葉に、レオン王子は少し驚いたようだったが、すぐに優しい笑顔を浮かべてくれた。
「ありがとう、マリア……君には本当に感謝している」
その言葉を聞いて、私は胸が熱くなった。レオン王子を救うための第一歩を踏み出せたかもしれない。私はこのまま、彼を絶対に守り抜いてみせる――そう、強く心に誓った。