5 理由
カフェで休憩した後、真美とジュニアは新規契約を目指して繁華街を歩き回った。
ジュニアは「次の人に声をかけます」、「やっぱりさっきの人の方が良かったかも」等々、何かと理由をつけて話しかけようとしなかった。
「もう、結局誰にも声を掛けなかったじゃない!」
日が暮れてきた。大通りを歩きながら真美が少し怒った顔でジュニアに言うと、突然ジュニアが道にしゃがみこんだ。
「ははは……やっぱり小生には契約を取るなんて無理なんだ。小生は悪魔失格なんですよ」
通行人が不思議そうにジュニアと真美を見る。恥ずかしい。
真美が慌ててジュニアを立たせた。ジュニアは今にも泣きそうな顔をしていた。
流石に可哀想になってきた真美は、ジュニアを励ますことにした。
「ま、まあ、初日にしては頑張ったかもね。今日はここまでにして、明日また頑張りましょ」
「そうですね! さあ帰りましょう。夕御飯は何かな。楽しみ!」
パアッと明るくなったジュニアが、駅に向かって元気に歩き出した。騙された……
† † †
夕食後風呂から上がった真美は、自室に戻って驚いた。部屋の中央にお客様用の布団が敷かれていたのだ。
真美が慌てて自室から出て、下のリビングにいる母親に大声で聞く。
「お母さん、私の部屋に布団が敷いてるんだけど?!」
「ああ、ジュニア君用に敷いといたわよ。真美が布団を使ってもいいけど」
リビングのドアを開け、母親が階段の上にいる真美に向かって答えた。
「え、ジュニア君は私の部屋で寝るの?」
「別に平気でしょ? ジュニア君も大丈夫って言ってるし。ね、ジュニア君?」
「はい、まったく問題ありません!」
リビングで父親と一緒にテレビを見ているジュニアの声が聞こえた。
例の催眠術的なアレの効果もあるのだろうが、両親は真美とジュニアが同じ部屋で寝ることに何ら違和感を持っていないようだ。
リビングからジュニアと父親の笑い声が聞こえてきた。
ジュニアのこの家への適応力がハンパない。このコミュ力でどうして契約が取れないのだろうか。
「ベッドと布団のどちらを使うかは、後で2人で決めてね」
そう言うと、母親はリビングのドアを閉めた。
真美は自室の中央に敷かれた布団を見つめる。
ベッドと布団は多少離れているとはいえ、年頃の男女が同じ部屋で一緒に寝てもいいのだろうか。
まあ、昨晩は同じ部屋どころか同じベッドで寝た訳だが、あれは別だ。
とはいえ、今からジュニアに別の部屋で寝て欲しいなどと言うと、自分がジュニアのことを意識しているように思われそうで、なんだか癪だ。
とりあえず、真美は床に敷かれた布団の位置を少しベッドから遠ざけると、ベッドに寝転んだ。
しばらくスマホで動画を観ていると、風呂上がりのジュニアがパジャマ姿で部屋に入ってきた。
「はあ、サッパリしました。真美さんは動画鑑賞ですか? カッコイイ音楽ですね」
風呂上がりの瑞々しい髪を手櫛でかきあげながら、ジュニアが笑顔で聞いてきた。
「うん」
真美は頷いた。たまたま観ていたアイドルのダンス動画とジュニアを見比べる。
好みの違いはあるだろうが、風呂上がりのジュニアのキラキラした笑顔は、アイドルと比べても桁違いの可愛さ、格好良さだ。
「ねえ、ジュニア君は悪魔の中でもカッコイイ方なの?」
ちょっと気になった真美がジュニアに聞く。
「どうなのでしょう……容姿は整ってる方かもしれませんが、小生はあまり外見を気にしたことがありませんので」
床に敷かれた布団の掛け布団をめくりながらジュニアが答えた。
「でも、人間基準だと、かなりイケてる方よね。上手くやればすぐに契約取れると思うんだけどな」
真美がそう言うと、ジュニアが悲しそうな顔をした。
「そうですね。学校の教官にも同じことを言われました。ですが、小生にはそれが出来ない理由がありまして……」
あれ、この流れは……何かジュニアの心の傷に触れてしまったのだろうか。
真美が慌ててジュニアに言う。
「あ、ゴメン! 無理して話さなくてもいいから。気にしないで」
「いえ、真美さんにはその理由をちゃんとお話しておきたいと思います。聞いて頂けますか?」
掛け布団の中に足を入れ、上半身を起こした状態のジュニアが、真面目な顔で真美に言った。
真美も真剣な顔になって答える。
「う、うん。聞くよ」
「聞くと、真美さんは小生を軽蔑するかもしれない……」
ジュニアが辛そうな表情になる。真美は優しく言う。
「軽蔑なんてしないよ。安心して」
それを聞いたジュニアが、嬉しそうな、少し悲しそうな顔をした。
「あれは、学校に入って最初の実技研修。学生が初めて人間界に向かう日でした」
「その時、小生はある事件を起こしてしまったのです……」
「事件?」
真美が心配そうに聞く。ジュニアが深刻な顔をして頷いた。
「はい。学校始まって以来の大事件でした。あの日、小生は……」
ジュニアが目を閉じた。真美は息を呑む。
「小生は思いっきり熟睡していて、実技研修をすっぽかしてしまったのです」
「へ?」
「同級生や教官が必死に起こしてくれたそうですが、結局出発時間までに起きられませんでした」
ジュニアが目を閉じたま指を鳴らした。頭に三角帽子のナイトキャップが現れた。
「それ以来、小生のあだ名は『不動のジュニア』になりましたとさ。という訳でお休みなさい」
ジュニアは布団を被って寝てしまった。
「ちょっと、ジュニア君!」
真美が怒ってジュニアを起こそうとしたが、すでに熟睡していた。
スヤスヤと寝息をたてるジュニアを見ながら、明日はもっと厳しく契約獲得に向けて動こうと決意した真美だった。